◇直感でそれを知った魚は逃げ惑い ……♀
私は自分の名前が余り好きではなかった。否応なしにあの『繭』をイメージさせるからだ。
繭。
大人でも子供でもない、その間に存在する不安定な何も出来ない存在。モラトリアムと同じくして繭も好きではなかった。
自分としか対面が出来ない。もし、私が繭になったらきっと発狂してしまうだろう。他の誰とも会えず、逃げることも出来ず、ひたすら醜い自分を見つめ続けて耐えなければならないのだ。……美しい人なら、それも耐えられるかもしれない。けれど、私は違った。
醜い人間、醜い繭だ。しかも厄介なことに、私はこの世に生まれ落ちたその瞬間から、この世から消え去るその瞬間まで、嫌だろうが何だろうが永遠に繭なのだった。
それでも発狂しないのは、多分自分が想像以上に愚鈍で鈍感な人間だからであろう。
そんな自分から高価で美しい絹がとれるなんて思いもしなかった。私という繭をとって絹にした人は、完成した絹を見て肩を落とすに違いない。使い物にならない、質の悪い絹が出来るに決まっている。
だったら、まだそのまま耐え続けて成虫になり、蛾となって好き勝手に空を飛び回った方がまだ害がないように思えた。だけれど、実のところその繭の中は空っぽで、中には何もいないのかもしれない。
そうすると成虫にはなれず、黙って他の繭と一緒に釜の中で茹でられるしかないのだった。私が加わったことで、他の絹の質を落としてしまうことになっても。
それはそれは、自分ながらなかなか恐ろしい妄想だった。結局、私は人様の邪魔になるようなことしかできない。碌なものではなかった。
その碌でもない私が、またあの人に碌でもない事をしてしまったのは、だから必然なのかもしれなかった。またしても私は失態を犯してしまったのだ。
自分の名前は好きではない、と何気なく言った時にあの人は前と同じようにものの見事にフリーズしたものだった。当然私も同じように凍り付いた。
その時は、どうやってあの空気を誤魔化しただろう。多分あの人が何とか元通りに修復してくれたに違いなかった。
だって私は、碌でもない繭だったから。
……ああ、この考えが、あの人を凍り付かせるのだ。
いくらその表情が綺麗だったからといって、またそれを見たいからとあの人を困らせる発言をするほど私の性格は悪くないし、そこまでして碌を並べ立てたくはない。
高貴で綺麗で、ついでに冬生まれのあの人に、成る程『氷』や『冷たい』といった要素は似合うかもしれなかったが、それとこれとでは意味が違う。
うん。
結局のところ、とことんあの人を凍り付ける発言ばかりしてしまう私は、きっとあの人に嫌われているか、ましでも苦手だと思われているに違いなかった。
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