真実の日


 大地が、揺れた。


 そう、地震の如くに大地が揺れた。通常であれば周囲一帯を壊滅させかねない威力である筈なのに、その程度で済むのは一重に食らった側である雲外鏡が自己保護の為に力を使い、大地とのクッションとなったからだ。


「っぐ…!」


「っふ……ッ!?」


 そうして、両方のリーリャが膝を大地に付けた。雲外鏡は物理的なダメージから。そして本物は急激に体から力を奪われた脱力感から。


 攻撃を行った側のリーリャとて無事では済まないのだ、だからこそリーリャも起動を躊躇い…そして雲外鏡も使用するとは思わなかった。起動時点でリーリャの持つ全体リソースの8割近くを消費する人造の悪魔、あるいは子供の為の守護天使と言っても良いだろう。


 其処から上手く残存リソースを管理しつつ守護天使を利用しての雲外鏡の撃破、少なくともそれをリーリャは考えていた。


『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』


 巨体が吠え大地が揺れる。ラグナロクに現れた巨人とはこう言った物だったのかもしれない、そう思わせるに値する純然たる力と威圧。


 3度、大地が揺れる。地面にめり込んで動きを著しく封じられた雲外鏡にその暴威が再び振り下ろされたのだ。4度、5度、加速的に振り下ろされる天使の拳は一撃毎に雲外鏡の命を削る。


 一つ、この戦闘においてリーリャが見誤った事があるならば、それは雲外鏡の精神性までもリーリャの物であると勘違いした事だろう。


 あくまでもあの鏡はリーリャを演じているに過ぎず、リーリャ本人ではない。即ち本人であればこの状況でも心折れず、たとえ力尽きるとしても相手の首を奪いに行く…あるいは死ぬ気での離脱を考えるだろう。


 だが、雲外鏡に其処までの気概は無い。


「死にたくない!!!」


 だからこそ、戦意喪失するのも仕方の無い事なのだろう。いや、普通はリーリャのような精神性を持つ事が難しいのだろうが…それでもリーリャは自分自身と全力で戦ってみたかった、自らの分からない新たな弱点を知れるかもしれないと思ったからだ。


「……ッ……ッハ…興ざめ…ね」


 息を切らせて侮蔑するように雲外鏡を見つめるリーリャ。そうして、興味を失ったと言わんばかりに手を軽く振るうと、その守護天使がトドメとばかりに両拳を振り下ろす。


 大きく揺れる大地。だが…の拳は雲外鏡に…そして大地にふれる事は無かった。


「ッ…!重たっ!?これ重たいってリーリャ!?」


その声に目を見開くリーリャ。


「コレット!?バカなの!?何してるのよ貴方!?」


 その天使の一撃をコレットがレイピアを横にして受け止めたのだ。無論人一人が支えきれる物でも無い、リーリャの知らない何かしらの技術をもって支えているのは明白ではあるが…。


「まぁまぁ、待ちなって、今日の僕は最高に冴えてるんだよ?」


 言葉の意味は分からずとも、このまま重量を乗せ続ける訳にもいかない。一先ず天使に拳を収めさせるリーリャは、改めて倒れ込む雲外鏡とコレットに向き直った。


「なんの真似かしら?」


「この子、空席になったフルフルの枠に入れたいんだ」


「悪魔として変性させるの?確かに誰にでも化けれるなら可能だとは思うけれど…」


 現状のソロモン72柱には、フルフルが持ち逃げした18柱分の空席がある。つまり72柱の再編成が目下コレットの目的でもあるのだ。オリジンの切り替えとでも言うべき作業は確かに難易度は高いだろうが、コレットならば可能である事はリーリャにも分かる。分かるが…。


「怒ってるの、私、その子を殺したい程度にはね?夢で見せられた黒き神にしろ、私の猿真似にしろ、半端な覚悟にしろ…」


「だけど、死霊術は完璧だった、でしょ?」


「……まぁ、其処は確かに」


 リーリャの前で、経験不足から来る甘さこそ見せた物の、技術を使うセンスに文句は無かった。だからこそワクワクしたし、ガシャドクロ自体も実に良い出来栄えだったとリーリャは思っているのだ。実際自分自身が相手でなければかなり良い線行っていたと思う程度には認めていた。


 だからこそ、このような幕切れに憤慨してもいるのだが。


「功罪から言えばまだ罪が勝つわね?」


「じゃぁ、この子がリーリャの悩みを解決出来たら助けてあげてくれる?」


「…悩み?」


「解決出来なかったら僕も引き下がる、どうかな?」


 少し考えるリーリャ。だが5秒と待たずに答えは出る。親友でありソロモン王である彼女がそこまで言うならば、と、納得の意を見せ頷いたのだ。


「なら、僕から鏡の君への質問だ」


「な、なに?」


 ニコリと笑い、じっくりと溜めを作るコレット。そして、10秒以上たってからその言葉を口にした。






「リーリャは、クロウを愛しているかい?」


「っ!?」






 思わず胸を押さえたリーリャ。確かにリーリャは愛を知らない、だが付喪神である彼女ならばリーリャが解読出来ない感情も分かる筈だ。


 だけど…深く憎んでいたならどうしよう?


 不安が、過ぎる。クロウを殺さなければならないのならば、それはそれで困った事になる。組織と敵対して勝てる案が見当たらないからだ。あるいはコレットと共に反旗を翻すべきか?だが2人には明確な未来へのビジョンが無い、ならば事が成されてから殺害に移るべきだろう。そこまで行けばある程度の未来が――――――




「す、好きです…」



 糸の切れた人形のように、カクンと落ちるリーリャの体。


「ね?今日の僕は冴えてるでしょう?」


 顔を抑えるリーリャ。今自分は一体どのような顔をしているのだろうか?耳が熱いのを感じる。手が熱いのを感じる。ヴォートカを一気飲みしたってこんなに熱くは無い筈なのに。サウナに籠もって酒盛りしたみたいに熱くて頭がクラクラしてくるように感じる。


「ねぇ、コレット」


 だから、思わず聞いてしまった。


「ん?何?」


「今の私の顔、どんな顔してる?」


 そう言われ、手を塞いだままのリーリャの姿を見つめるコレット。だけどコレットの手は顔から離れる事は無い。


 だけど。


「……なんてこった、完全に恋する少女の顔じゃないか」


 そう笑いながら、リーリャの頭を撫でる。


 コレットは、リーリャが意識する前からリーリャがクロウに恋して居た事を知っていた。ただ、それをリーリャに伝えたとしても意味が無い事も知っていた。デコボコに見えても本当の意味で対等な2人だから…だからこそ、その真実を照らし出す日の機会を覗っていたのだ。


 このままでは、クロウと明日顔を合わせる事は出来なかっただろう。自らに整理させる時間を作れる、即ち、アメリカに彼が居る今日このタイミングこそコレットの求めた瞬間。リーリャに最も簡単に納得させる方法こそコレットの求めた方法。


 だからこそ、今日という日がコレットにとっての真実の日となったのだ。

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