神話の再来
『それで、手伝ってあげないんですか?』
「んー?まぁ大丈夫でしょ?」
『どっちが本物か分かっているんでしょう?』
学校の屋上、昼間リーリャが居た其処にコレットは居た。2人の戦いを邪魔をするでもなくただ見守り続けているのだが…既にコレットには何方が本物か看破出来ていたのだ。
「あっちの数出してる方が本物だね、多分だけど。答え合わせしてみる?」
そういってニコニコ笑いながら輪転道から渡されたリストバンドをカチカチ弄り、片方のリーリャに向けると雲外鏡と名前が表記されている。
「タリホー!」
『……便利ですねこれ』
「ほんとにねー」
そんな間の抜けた会話をする1人と一柱。だが、相変わらず手を出そうとはせずに見るに留めている。コレットが動かない理由は幾つかあるのだが…。
『ちょっと拗ねてます?』
「……ふーんだ!友達を信じられないリーリャなんてしーらない」
『で、本音は道満を警戒していると』
「それだけじゃないけどね?誰かがこの戦いを興味深く見ているのだけは確かで…僕達も見られてる。変な動きしないでね?気づいてるのに気づかれるから」
『その冴えを常に出してくれれば、どんなに私の負担が減る事か…』
「ふっふーん、実はそれだけじゃないんだよねぇ…今日の僕は冴え冴えだよ?」
そうネビロスにニヤリと笑ってみせるコレット、彼女にも何か狙いがあるという事なのだろう。だが…この段階で彼女の狙いを理解出来るのは、同じくリーリャぐらいの者だろう。
だからこそ、リーリャもわざわざ踊っている。コレットがどちらが本物か気づいている事にも気づいて…敢えて踊っている。
全てが2人の掌の上であり、だからこそ2人は対等な友なのだ。
「だけど…そうだね、一つ発破を掛けるのも良いかも」
『と、言うと?』
「それはもう少し後のお楽しみかなー?」
クスクス笑って頬杖をついて下を見下ろすコレット、彼女も何時まで静観すべきか悩んでいるのだ。全てはタイミング…多くの問題を解決出来るその瞬間を彼女は待ち続ける。
その姿はさながら釣り糸を垂らす釣り人だ。
「……状況が来るまでは、もうちょっと待つけど…リーリャも遊びすぎないようにね?」
◆
「っ、フッ!」
キュン、とリーリャの額から赤黒い光が放たれる。意識集合型呪詛…肉体の特定場所に集中し、神経に異能の力を通すだけで発動される即席呪術だ。だが、即席とは言えどリーリャの神経に刻まれた呪詛の数は有に万を超える。
紀元前より集められた呪詛の集大成は一本の線のように、その雲外鏡の同じく額を穿たんと飛来し…だが周囲に散らされた。同じく意識集合型呪詛、集中箇所は椀部の防御用の呪詛である。
本来であればそのまま相手に呪詛を返す物なのだが、リーリャの額から放たれた呪詛はリーリャ側で常時自由にコントロール出来る為に跳ね返る事無く、雲外鏡の周囲にまとわりついた。
「ほんっと、やりづらいわね」
「貴方がそれを言うのかしら?」
一瞬、雲外鏡の姿がゆらめくと、リーリャの周囲の空間が歪む。
「そういう事する!?」
「私はするわよ?」
バコン、と地面に叩きつけられるリーリャ。何らかの方法で重力を操作したのだろうが…少なくともリーリャにそれを即席で行うだけの蓄積は無い。つまり雲外鏡側の知識をリーリャの知識と合わせて新しい技を作り出したのだ。
「ああ、でもコレ…そういうトリックね…!」
今度はリーリャの姿が歪むと、先程まで地面に叩きつけられていたのが嘘かのように立ち上がる。周囲に対重力用の障壁を新たに創造したのだろう。
「あー…本当に千日手ねこれ」
そう言いながら膝についた土を払うと、再び雲外鏡を見据えるリーリャ。この状況を楽しんではいるのだが、同時に面倒であるという感情もチラホラと見える。
そもそも日が上がるまでというタイムリミットもあるので、かなり速いがフィニッシュを掛けに入らないと3ヶ月ぐらい戦い続ける事になる。
なので…。
「切り札、そろそろ切っていくわ」
パン、と手を叩くリーリャ。
「なっ…!えっ、嘘でしょ!?」
そして、リーリャの行動に焦りを見せた雲外鏡。これからリーリャが何をするか…リーリャの記憶を持つ彼女だからこそ、顛末を理解している。
そして…それは普段通りのリーリャであれば絶対にしない事だ。
「ええ、本来の私ならしないかもね?でも、それだと時間がかかるから…被害は少し大目に見て貰う事にするわ」
その言葉と同時に、雲外鏡の背後にあった校舎がゆっくりと立ち上がる。リーリャがわざわざ朝早くから祝詞を捧げた理由が、其処にあったのだ。
「がしゃ髑髏!!」
「無駄なのは分かっているでしょう?」
変形した校舎が、二足歩行を行いその巨大な髑髏を一撃で薙ぎ払う。リーリャが学校に仕込んだのは、学院の在学生に降り掛かった厄災を弾く為の神霊的防御術式。
守護霊…などと呼ばれる物がある。それは霊能者が自らの手に負え無い物を刺して言い訳がましく言う言葉だ、無論…神に近い存在が憑いている事もあるがごく一握りの存在だけだろう。
リーリャは、それらの悪霊だの守護霊だのと言われる霊的な存在を全て一つに纏めてオリジン…即ち神の力と一体化させたのだ。同時にリーリャも在学生である為にその神霊的防御術式の庇護対象である。
だが…雲外鏡はそうではない。後、ついでに言うとコレットも。
「ギャアアアァァァァ!?ちょっとリーリャさん!?何これ!?何これ!?」
屋上で様子見していたコレットがポーンと吹き飛ぶと、いつかのようにナベリウスに頭を咥えられガクガクと体を揺らすコレット。
「ちょっとケルベロスさーん!?雑じゃない!?相も変わらず雑ではないでしょうか!?」
『そうは言っても此処が一番咥えやすいもんで…』
「もっと愛のある扱いを希望しまぁぁぁぁぁぁ……」
空に響くコレットの断末魔と、月光を背負って立ち上がる校舎は何処かこの世の終わりすら予期させる…そんな異次元めいた光景である。
「使わないって油断したかしら?残念、貴方強すぎるのよ…遊ぶ暇が無いぐらいにね」
純粋な計算だ。リーリャの力(有象無象の力+オリジン)とリーリャの力×雲外鏡…どちらの出力が上か、比べるべくも無い。
「基礎構築を変え…ダメ、間に合わなっ……!」
リーリャ単身の存在情報量の3倍近い総量による質量攻撃。さらに性能を守護という限定的な使用に絞った為に、学校の敷地内であればこの校舎の性能はさらに10倍…インド神話並のはっちゃけ具合に匹敵する力を見せるのだ。
天地創造級の一撃を残存リソースの全てを持って受け止める雲外鏡。だが、恐ろしい事に"今の"リーリャの体は核弾頭を素で凌ぐ、即ち…天地創造程度の一撃では文字通り殺しきれない。
どちらかと言うと威力よりも概念的な攻撃を通す必要がある。それはクロウの光であったり、ヒロフミの狂気であったり、アルフォンソの意思であったり、葛乃葉の畏怖であったり。
あるいは…万人が等しく持つ前に進むための意思。そして、かつてリーリャを死の一歩手前まで追い詰めた男のような純粋な愛であったり。
少なくとも…この力を破る事が出来るのは人だけだろう。
そうして…その天地創造の拳が、大地と雲外鏡へと炸裂した。それは…あるいは、神代に起きた狂った事象の焼き直しなのかもしれない。
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