彼の地より
研究者二人にたっぷり検査された翌日。デートすっぽかした言い訳を考えていたアルフォンソに入った連絡は、彼の目を覚ますには十分なインパクトがあった。
「新人異能者の発掘?」
『そうだ。今増えつつある新しい社員はその大半が元外部の組織の人間だ。俺達の誰かが死んだ場合の事を考えると、CLOSEと言う組織としての何にも染まっていない血が必要だと考えている…って話は前にしたっけか?』
少し深刻そうなクロウの声が携帯電話から聞こえたからか、ソファーに腰を下ろして本格的に話しを聞くアルフォンソ。
「で、それを今から僕に?」
『他に適任が…な…それに諸々急ぐ必要が出てきてな、開始は早くても3日以内にしてもらいたい』
他の幹部の面々を思い浮かべるアルフォンソ。葛乃葉はイラっとしたらうっかり首をもぎ取りかねないし、ヒロフミは新人に修羅の道を歩ませる事必至。クロウはああ見えて最近社長業務が忙しいから論外で、リーリャは…上手くやるだろうが新人に拭いがたいトラウマを植え付ける事だろう。
「それ言われると断り辛いんだけどねぇ…」
『断らせる気が無いからな』
おそらく電話越しに肩を竦めているであろうクロウの姿を思い浮かべ、思わず苦笑するアルフォンソ。
『俺はアルフォンソを高く評価してるんだぞ?他の三人に負けず劣らずの実力を持ちながら、それでも尚マトモな人間性を持ち合わせているからな』
「人を辞めるつもりは毛頭無いからね、人間で十分さ。はぁ…OK、引き受けるよ」
『頼んだ、こっちはまだたっぷり1月は動けなさそうだ。顔合わせやパーティーやハニートラップやら暗殺やらで存外忙しくて予定が遅々として進まん』
「楽しそうでなにより」
微塵もそうは思っていなくとも、少しぐらい嫌味の一つでも言いたくなるのは仕方ない事なのだろう。
『代わってやろうか?』
「社長みたいに体が光るようになったら考えようかな?」
『ハハッ、チェレンコフ光とかでいいなら手軽に光れるんじゃないか?』
「……人間辞めたくはないってば。それと、給料の方も見直し頼んだよ?」
『ウチは出来高だからな、むしろ俺が期待する側だ…任せたぞ』
「了解了解、期待して待ってなよ」
そう言って電話を切り、クロウの言葉にあった違和感を少し考えるアルフォンソ。
「チェレンコフ光…ね」
以前、アメリカの異能者がデイビークロケットを日本国内で使用した件を嫌でも思い出す。あの時の事を正確に把握しているのはCLOSEの人間達であるからして…口封じが出来るなら行いたいと言うのがアメリカの本音であろう。
報復核のカードを新たに日本政府への手札に加えさせるのは、怪異によってパワーバランスが変わりつつある世界において痛手となりかねないのだ。故に冗談めかしていたが、クロウの電話にあった暗殺やハニートラップなどと言うのも言葉以上の重みがあるのだろう。
「社長なら上手くやるかな?」
とはいえ、一応葛乃葉の分身体とアリアもクロウと共にある。そうマズイ事にならないだろうとアルフォンソは踏んでいる為、そこまで気にはしていないが…。
「あまりアメリカに不利益を被らせて、目を付けられないといいけどなぁ」
そんな、少々今更な事を気にするのであった。
◆
一切の暗闇の中。風通しが良い筈のビルの一室は、むせ返る程の血肉の焼け焦げた臭いが充満していた。風が吹いても臭いを吹き飛ばし切れないか、あるいは鼻腔にこびりついた臭いが取れないか…ここまでの惨状であれば些細な問題だろう。
「社長、此方も終わりました」
アルフォンソとの衛星通話を切ると、見計らったかのように葛乃葉の分身体がクロウに声を掛けた。否、事実見計らっていたと言うのが正しいか。
「ん、ご苦労。しかしアンタも一日何回命を狙われれば気がすむんだ?」
嫌味っぽく、机の下に隠れていたファットマンにため息混じりの言葉を送るも、ファットマンは特に悪びれた様子も無く…。
「いやいや、久々に警備の連中に暇をやったらこの騒ぎだよ。これじゃぁ警備費用を浮かせた意味がない。ああ…だが…夕飯のステーキ代の節約と、君達とのデートに用意してた夜景スポットを回る時間が節約できたと考えれば、悪くは無いな?」
軽く口笛を吹きながら爆発で吹き飛び無くなったビルの壁から星空を眺めて、何やら満足気に頷くファットマン。その姿に少しイラっとしたクロウは少々意趣返しに金銭を要求する事にした。まぁ、要求しようがしまいが目の前の男の得になるという事実がクロウにとって一番イラっとするのだが。
「護衛費用は貰うし晩飯も食うつもりだ、精々資金繰りに頭を悩ませてくれ」
「ええ!?君と私の中じゃないか!?」
ニヤリと笑いながらも小切手の束をクロウに投げ渡すファットマン、クロウは嫌がらせには少々大きな金額を書いて投げ返すが、少しも渋い顔をせずに金額を締めサインを入れると、ウィンクしながら改めて小切手をもぎり手渡された。
「まぁ、力の値段だからね、安いぐらいだ」
「…アンタの命の価値じゃないのか?」
「私の命なんて安いもんさ!だが君の力に価格は付けられない!個人が持つ力で量産が効かないオンリーワンでナンバー1だ…ああ、羨ましい話だよ本当に」
キラキラと瞳を輝かせ少年のように熱く語るオヤジの顔にうんざりしながら、ソファーに腰を下ろして同じように星空を眺めるクロウ。
「一帯停電させてまで強襲か、実に大層な事だな」
「まぁそう悲観したもんじゃない、今どきアメリカでこんなに明るい星空を見れるのはド田舎ぐらいの物さ。子供の頃は良く両親と一緒にキャンプに行ってね?日本みたいに日帰り…なんてショボイキャンプじゃなくて数週間でのキャンプがアメリカじゃぁ当然なのさ、そこで見た星空は実に見事で未だに目を閉じれば思い出すよ」
「……あんたはいつまでも少年のママだな」
「なぁに、もう55にもなったが相変わらず私…いや、僕の心はヒーローに憧れる少年の物だ。そして強いアメリカにも憧れたまま、だが今のアメリカは本当に強いと言えるだろうかと悩んでいる」
「それで、俺への依頼か」
クロウの言葉にうなずくファットマン。
「ああ、ああ、そうだとも。キミに今の脆弱なアメリカの基盤を徹底的に破壊してほしい」
「………ウルド・スクルド・ヴェルダンディの三柱のコンピューターの破壊か」
「ああ、それこそが今の弱腰のアメリカを作っている。それになにより、怪異の存在を否定しているのに"ソレ"をコンピューター化して使うなんて、プライドが無いに等しいよ」
「勝てばプライドなんて…って事なんだろうさ」
「だからそのプライドごと粉々に潰すのさ!そうすりゃバカ達も目を覚ます!何が運命だ!何が繁栄だ!何が安定だ!ただ流れるままに立ち尽くして与えられる物がそんなに大事かね!?自らの拳で手に入れた物を誇ってこその"アメリカ合衆国"だろうが!!結局の所アメリカが負ける時はいつも曖昧な意思で拳を振り上げた時だけだ!生き残る為に拳を振り上げた時は常に勝利している!弱者を殴ってなんになるのかね!?強者を殴ってこそだろうが!!!強い者と戦いその血肉を得てさらに強くなる…当然の摂理だろう!?」
「葛乃葉と気が合いそうだな、一応…あんたの思想はわからんでもない」
「まぁ、気持ちは分かります」
少し苦い顔をしながらも一応の同意を示すクロウと葛乃葉。
「やはり分かってくれるか!君達に頼んで正解だったよ」
「そして、アンタが何故日本政府に強く絡めていたのかも分かった。その三柱のコンピューターで日本が少々不味い立場に立たされる可能性が高いって事だな?」
ファットマンがポケットから葉巻を取り出しカットして口に咥えると、クロウが座ったままにその葉巻に火をつける。
「そうだ、奴等日本を使い潰す気だ。だがそれはいけない、日本には生きて再び強い帝国を築いてもらわねばならないのだ。そして強く強く肥え太り…再び我々と雌雄を決しなければならない、宇宙開発が進めばきっとあの時のような物資不足の不甲斐ない敗北などのない…本当の闘争が見られる筈だ。あの時の日本は強かった、もう一度戦いたく無いとステイツが認める程に」
「
「高笑いでもするかい?丁度悪党の親玉が高笑いするにはふさわしいロケーションだが?」
「すると俺達は悪の組織の下っ端って所か?」
クロウが肩を竦めて言うと、満足げに笑って同じく肩を竦めるファットマン。
「ククク、悪くないね、それ?」
ふぅ、と、ファットマン口から煙を吹き、その煙が風に流れると同時に街に再び明かりが灯りだす。
「まるで街に命が灯ったかのようじゃないか…偉大なりしニコラ・テスラ。彼は我々の星を恒久的に照らし続けてくれるだろう」
「最近はエジソンの技術も見直されているがな」
「ほら、やはり並び立つ強大な敵は必要なのだよ。力とそれを振るう先…それだけで我々の文明は一気に進歩する。宇宙開発に必要な大戦の数は…後1回で済ませたい所だがね」
「戦争マニアめ」
クロウが口調こそは忌々しそうに、だが表情は少年を諭すかのように呟いた。
「ああ、だが今回の大戦は表ではない…知っての通り我々裏側で行われる。それじゃぁ、早速戦争の準備と洒落込もうじゃないか、夜景を見るデートスポットは潰れてしまったが…オモチャ屋にはよるだろう?」
「まぁ、興味が無いと言えば嘘になるな」
「Good!なら行こうか、幸いドライバーだけは手配してあるからね」
「まぁ、ウチのアリアなんだがな」
2人は立ち上がり、その遺体の散乱した部屋を後にするのだった。
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