変わりつつある私の日常

 私達の世界は変わってしまった。


 例えば装備。かつては考えられない程高級な霊的守護兵装に身を包み…両手で羽ばたく事無く科学と怪異と異能の産物である、新しい魔女の箒に乗っている。


 例えば設備。一流などという話ではない。おおよそ現時点において地球における最高峰の工房を与えられており、取り扱う素材も神話クラスの聖遺物を自由に実験改造して良いと差し出される。


 例えば給料。前の50倍ある…しかもこれが最低賃金。


 だが、代わりにリスクも付きまとうようになった。いや、危険と呼ぶのもおこがましい程の…ほんの些細なリスクなのだけれど、リスクはやはりリスクなのだろう。


「此方ウィッチ1、ステルスドライブは良好、10秒後ステルスドライブを中断して高速移動形態へ移行、後にトップスピードまで加速します」


 今行っているのは、私達の為に新造された魔法の箒のテストである。私達マギア・クラフトワークスはCLOSEの傘下に入る事となり、偵察や町中のパトロール、屍鬼神兵を率いて逢魔の巡回等をメインの仕事として行うようになった。


 所謂下っ端であるが、それでも同業者の近くを通過したりすると非常に怯えられる事が多い。逆に、自分をCLOSEに雇ってくれという人もおり、そういう相手はCLOSEの採用部署への電話番号を書いたカードを渡しておく決まりだ。


 まぁ…テストで屍鬼神兵と肉弾戦をやらされるので、ほとんどの人が脱落するのだが。それでもある程度戦いになった人は雇う方針ではあるらしい。


 少し話が逸れた。


 そう、箒のテストという事なのだが…この箒というのが非常に高性能だ。まず武器としてクロウさんの使っている散弾銃が左右に2本づつ、合計4本セットされている。


 隠形を一時的に発揮するステルスドライブや、空気抵抗を一時的に消失させ攻撃を行いやすい状態を作るフリードライブ。逢魔を発生させ、その逢魔を潰す事で緊急離脱するエスケープドライブ。


 とにかく多彩な機能が搭載されており、通常時の浮遊にも魔力を使わず箒の前方に細く長い逢魔を発生させて、その仮想レールの上を走る構造なんだとか。


 正直意味が分からない。


「3,2,1…ステルス解除、続いて高速移動へ移行」


 とにかく便利なのだが…重大な欠点が一つある。


 乗り手の体重が50kg以下でなければ乗れないという所である。……尚、ほとんどの仲間が重量制限で脱落した。


 ちなみに私を含めて箒の乗り手は4人であり、この4人は他のメンバーよりも待遇が良い事もある為にプチダイエットブームがマギアの中で起きている。


 まぁ最初から乗るのを諦めている人も半数以上居るので、"プチ"止まりなのだが。


「っ…?」


 ふと、加速中に箒側の怪異センサーが反応を見せた。恐らく周囲に逢魔を伴った怪異が居る筈だ。


「こちらウィッチ1、試験中断」


『何かトラブル?』


 インカムの向こう側からアリサカさんの声が響いた。


「市街地に怪異の予兆アリ、どうしましょう?」


『放置する訳にもいかないでしょ、屍鬼神兵を送るから上空待機しておいて』


「了解、ステルスで待機します」


 ステルスドライブを再び機動して上空に待機する。魔法の箒とは言えど、バイクのようにしっかりと座席、ハンドル、左右への平行移動用の脚部ペダルが備え付けられており、直感的に操作できたり…今回のように空中待機であっても疲れる事も無い。


 開発者はリーリャ幹部と意外にもアルフォンソ幹部。彼もウィッチとして我々に思う所があるのか、他の幹部の方と比べてよく気にかけてくれている。女好きの軟派野郎…などと葛乃葉幹部に笑われていたが、私達の仲間はナンパされた事は無いので恐らく社員は社員と区切りを持って接しているのだろう。


 事実、美人である葛乃葉幹部やリーリャ幹部、コレット幹部補佐に対しては一切そういった仕草を見せないので信憑性は高いと思う。


 ……メイドにはよく声をかけているが、全然振り返ってもらえないのは多分そういう星の下にあるのかもしれない。


『聞こえる?今、屍鬼神兵が一体現場に到着したわ。貴方はこのまま高速巡航のテストに……いえ、リーリャ幹部から箒部隊に指示が来たわ、一旦店舗に帰ってきてもらえるかしら?』


「指示ですか?」


『ええ、基本装備とお弁当を持ってきてほしいんだって』


「忘れたんでしょうか」


『装備に関しては朝持っていってるのは見かけたから何かあったのかもしれない…大事は無いようだけど急いでくれる?』


「了解しました、ついでに高速巡航のテストも行いますね」


『ええ、お願い』


 自分の下で小さな破裂音がすると、どうやら屍鬼神兵が怪異を討伐したらしい。まったくもって恐ろしい、私達が一瞬で殺されるような相手を一瞬で殺してしまうような怪物を量産し、しかも制御しているのだから驚きである。


「……この組織に入れて良かった」


 思わず、そんな事を口にしてしまう程度には、私はCLOSEに頼っているのかもしれない。



 昼食のチャイムの音が高らかに鳴り響くと、リーリャは席を立ってそそくさと屋上へと移動する。弁当を持ってきていない(食べる必要が無い)為に、屋上で装備と一緒にマギアの子に配送を頼んだのだ。


 ちなみにアレからのリーリャはあらゆる授業で格の違いを見せつけた。もっとも、日本の歴史に関しては純粋に知らないという理由から、他の教科程才能を示す事はできなかったのだが。


 そもそも承認欲求が強い傾向がある為に、リーリャは人々の前で自らの優秀さを示す事が好き…とまでは言わないが一目置いて貰おうとする。一目置いてもらう事により有事の際に自らの発言力や、無駄な衝突を回避する事が出来るという一種の処世術でもある。


 ロシアの異能持ちは割と実力主義社会であり、なんでもありが基本だ。勝者であればなんでも許される修羅の国地味ている為に、力を持たない者はそれだけで悪に近い。そんな中で彼女は揉まれて逞しく育ってしまったが故に、実力差を見せつける事は彼女にとって一種のアイデンティティとなってしまっていると言っても良いかもしれない。


「……酒呑童子、遅いわね」


 廊下に飾られた鏡を横目で見ながらも、先に屋上を目指すリーリャ。仮に鏡の中で何かあったのだとしても、基本装備無しで飛び込むのは危険であるとわきまえている。自らの力を過信せず、常に慎重に慎重を重ねて冷静に状況判断を行う…それもまた、彼女の強さなのだろう。


 階段を登っていくと、途中で自分の隣の席の大人しそうな少女とすれ違った。先程から授業に出ていなかった事を考えるに…。


(体でも弱いのかしら?)


 保健室に居たのだろうと結論づけるリーリャ、確かに見た目そんなに体が強そうに見えないしどうにも顔色が悪い。


(声かけた方が良いのかしら?)


 少しだけ背中を見送るも、先に弁当と装備の受け取りを優先しようと一人頷くリーリャ。今日は色々な人にお節介をかけたので、本日分のお節介は売り切れという事にしたらしい。


「……あら?」


 階段の踊り場を、文字通り踊るようにして駆け上がると…屋上に出る扉の前に今朝出会った優男が居た。


「ああ、今朝の…職員室は見つかったかい?」


「ええ、勿論…其処で何を?」


「鍵が壊れていると報告を受けてね、だけど何処もおかしく無いからとりあえず油でもさして置こうかと、少し鍵の動きが悪いから故障と勘違いしたのかもしれないし」


 そう言って錆止めのスプレー缶を振って見せる優男。


「外に出たいのだけれど良いかしら?」


「屋上は生徒も先生も基本は立ち入り禁止だからダメだよ、利用してるのは…日に何度か巡回の警備さんが回るぐらいじゃないかな?」


 その言葉に僅かな違和感を感じたリーリャ。


(……警備が鍵の故障を見つけた訳じゃなさそうね、隠形でも使わない限りはこの距離なら流石に一般人相手であっても気づくわ…それに)


「貴方は先生じゃないの?」


「建物のメンテナンス係さ、本当は作業着を着たいんだけどね…お嬢様方から怖いなんてクレームがあって普通の服で作業してるのさ」


 何が怖いんだろうね、と苦笑いする優男。 


「フフ、箸が転んでもおかしいお年頃なんて言葉もあるし、人が近くに居るだけで怖いお年頃なのかもしれないわね」


「ハハ、違いないね…それじゃ、僕はコレで」


 そう言って階段を下りて行く優男、リーリャは彼の背中をしっかり見送ると、鍵に手を触れてそっと扉を開いたのだった。

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