学校七不思議3 被験者の受難
「そんな事ないって!それよりもカシアノフさんの事色々教えてよ!ロシアってどんな国なの!?」
「……ロシアと私の事どっちから話せば良いの?」
「じゃぁロシアで!」
と、問われて僅かにリーリャは困る。あちらであまり文化的な行動をした覚えが無いのだ。だからあくまでも表面的な回答になってしまうが…。
「そうね…寒い日に暖房つけないと室温が-13度ぐらいになって、その部屋中の物が凍りつくような国ね。とにかく冬場の寒さが辛くて夏場の暑い時期に入ると蚊が酷く多いわ、郷土料理は…ピロシキとかボルシチなんかは有名かしら?私が作れるのはストロガニーナぐらいだけれど、多分頑張ればコートレィガヴャージェイぐらいなら作れると思うわ」
とりあえず大雑把な基本情報でお茶を濁して見た。
「こーと…ゔぁー?」
「正しい発音はКотлеты говяжьи よ、ロシアのハンバーグみたいな物ね?ストロガニーナは凍らせた魚なんかをそのままナイフで削ってお皿に盛った物に、塩コショウを付けて頂く料理。削るのは大体一家で1番力があるお父さんの仕事なの」
チェロのように大きな魚の切り身を構えるポーズを取って、演奏のように削る動きを真似するリーリャ。彼女がそれをすると少しコミカルではあるが、動作としては概ね正しい動きと言えるだろう。
「お刺身みたいな物?」
「ええ、ロシアだと冬場は魚を凍らせたのをそのまま露天や市場なんかで売ってる事が多いわ。日本だと魚は血抜きをするけれど、ロシアだと血も貴重なエネルギーだから凍らせて全て食べるの」
かつてリーリャはロシアを天然の冷蔵庫などと評した事があるが、それは食材の保存においても言える事である。
「へー…血かぁ」
「日本じゃあまり馴染みは無いと思うけれど…っと、先生が少しこっち見てるからおしゃべりは此処までにしましょう」
リーリャを注意したくともし辛そうな教師の視線に気づき、コホンと軽く咳払いをして黙するリーリャ。一先ず其処まで大きな問題は無く一限目を終える事に成功するリーリャなのだった。
◆
リーリャが学校で仕事をしている頃、アルフォンソと葛乃葉も又仕事中であった。
「あー…ビルに残るべきだったかなぁ、貧乏くじ引いたかもしれない」
「まぁまぁ、そう言わんと…ため息なんてついたら幸運が逃げますえ?」
清潔感のあふれる廊下…アルフォンソと葛乃葉が並び歩いているのは、輪転道社内の裏部門の開発部である。面白い物ができたので、是非ともCLOSEの意見を聞きたいと呼ばれたのだ。
幸いにして現状其処まで急ぎの仕事も無かったので、留守をヒロフミにまかせて2人が出張ってきた訳である。もっとも、2人ともあまり期待はしていないのだが。
「しかし面白い物ってなんだろ」
「びっくり箱やあらへん事だけは確かやろねぇ?」
「そういう基準なの?」
プシュン、と軽い音を立てて自動扉が開かれた。もはや隔壁とでも言うべきその扉の先には、にこやかに2人を待つ研究員の男が佇んでいる。
「お久しぶりです、葛乃葉さん、はじめましてアルフォンソさん」
「あら、ヨシヒコのボンやないの、元気してはりました?」
ヨシヒコと呼ばれた小太りの男が軽くペコリと頭を下げる。
「ええ、お陰様で…貴方の抜けた穴に私が収まる事になって、過労死しかけました」
その言葉にクスクス笑う葛乃葉。葛乃葉が数人に分裂してまで行っていた作業をこなして尚、"死にかけた程度"ならば十分優秀な内である。少なくとも常人であれば死んでいる程の労働量なのだから。
「やろね、ウチの事務方のポスト欲しがっとったさかい、社長にあんじょう言うて押し込めたんよ?」
ニヤリと意地悪く笑う葛乃葉、もっとも葛乃葉もただ嫌がらせとばかりに押し付けた訳でもない。彼の実力を見込んでの事であり、決して無責任な行為では無いのだ。
「ハハ、過去に戻れるなら私自身を殴りたいですね、ま…それは置いといて今回は新商品のお披露目をと想いまして」
そう言って、パチンと指を鳴らす研究員の男。すると周囲の風景がカシャリと切り替わる。同時に地面から椅子が出現し、自然に腰を下ろす葛乃葉とヨシヒコの2人と少ししてから気づいて腰を下ろすアルフォンソ。
「さて、怪異の増加にあたって今まで以上に異能持ちが貴重な戦力になったのは周知の通りですが…我々として1番困るのは何でしょうか?」
「新人が成長する間も無く死ぬ事じゃない?」
アルフォンソが口にすると、少し驚いた顔をするヨシヒコ。
「まさか一度目で当てて来るとは思いませんでしたね…」
「ある程度自分の実力と相手の実力を測れる力があれば、早々死なないからね」
そう、異能持ちが怪異と戦い死ぬ1番の理由は怪異と自ら…互いの実力差が大雑把にしか理解出来ないからだ。逆に言えばある程度経験を積んでいれば、この相手ならば問題ないとか少しリスクはあるが行けるとか、そういった判断を下せるだろう。
だが、異能に目覚めたばかりの新人はそういった判断が行えない。無論、依頼を表示するウェブサイト側も閲覧者の実力に見合った場所を表示するように努力はしているが、アンノウンやイレギュラーはどうしても多い傾向にあるのは避けられない。
以前にも話題に上がったが、初心者程偵察ができない為にぶっつけ本番で相手がどういった怪異かも分からず戦闘に陥るというのが1番問題である。クロウ達のようなとりあえず前に出れば相手が死ぬ…というレベルであれば然程問題ないが、そんな怪物が沢山いればそもそもクロウ達が苦労して組織を立ち上げる必要も無かったと言えるだろう。
「はい、なので逢魔の中の怪異の概ねの強さと自身の実力等を、大雑把な数値化する機械を作りました…名付けてエネミーアナライザーです」
地面から机がニョキリと生えると、その上に置かれていたリストバンドのような機械を手に取るヨシヒコ。
「ふーん?ゲーム見たいにレベルでも表示されるとか?」
「ええ、まさにそんな感じですね、例えばこうやって実力を計測したい相手や逢魔や物にロックオンすると…」
そう言いながら、葛乃葉の方を向いてリストバンドを操作するヨシヒコだが、その表情は硬い。
「あら、どうしはりました?」
「……故障でしょうか?お二方のステータスが少々おかしい事に」
「ちょっと見せてくれはります?」
そう言って、ヒョイとヨシヒコからリストバンドを奪い取りカチカチと操作する葛乃葉。ヨシヒコは手をわなわなと動かしながら、心配そうにその様子を眺めるしか無い。
「へぇ、ウチの戦闘レベルが264と…対してアルフォンソはんが102?うーん?」
首を傾げる葛乃葉。少なくともアルフォンソと殺し合いをしたとしても、双方五分五分ぐらいの勝率と見ているのだが…どうやら数値上はそうは見てくれないらしい。
「流石に其処まで実力に差は無いと思うけど?」
と、アルフォンソも抗議の声を上げる。
「やねぇ、一手違えたら一瞬でウチの首落ちますよって…出力差ではウチが上回っても技能やったらアルフォンソはんに軍配上がる筈やわぁ」
「いえ、そもそも100とか出ない筈なんですが…」
「え、そっち?」
カチャカチャと機材をイジるヨシヒコ、しばらくすると首をかしげてその事実を口にした。
「えー…おそらく二人とも人類の枠を越えて強すぎるだけですね。一応人間としての飽和許容限界点を100として設定しているのですが、普通に二人ともオーバーしています」
「ウチはまぁ半分怪異やからねぇ、けどアルフォンソはんは人間やめた訳やあらへんよ?」
「ん?天使の輪が落ちたから人間側の飽和許容点?とか言うのが引き上げられたんじゃないの?」
なんとなく思った事を口にするとピタリと動きを止めるヨシヒコと葛乃葉の2人。二人揃って何か小さな端末を取り出してカチャカチャと計算を始めると、十数秒語に2人が声を揃えて感想を述べた。
「……アルフォンソはん…天才やない?」
「…目から鱗です、まさか根本が変わるとは」
「えっ、そんなに」
再びヨシヒコと葛乃葉が目をあわせると、立ち上がってアルフォンソの肩を掴みズルズルと引きずって行く。
「えっ、何?なんなの?」
「その機械改造するから手伝ってもらうだけ、何も怖い事あらしまへんえ?」
「ええ、ええ!まさかこんな近くに良いモルモッ…ゴホン、サンプルが居るとは」
「今モルモットって言おうとしたよね!?ちょっ、本気で暴れっ…ゴハッ!?」
葛乃葉の腹パンを受けて気絶するアルフォンソ、彼はこの後たっぷり12時間拘束されて女の子との約束をすっぽかすハメになるのだが…それは又別の話である。
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