感情
来た道を戻るリーリャであったが、一つの人影を発見したので一先ず近寄ってみる事にした。
「其処の人、少し聞きたい事があるのだけれど」
リーリャの呼びかけに振り返る男性、おそらく…教師だろうか?少し違和感のような物を感じてリーリャはわずかに一歩間合いを取る。何故か分からないがそれが正しい行動であると判断したからだ。
「おや、学生さんかい?まだ正門すら空いてない時間だけれど…どうかした?」
「職員室を探しているの」
「転校生かい?そういえば今日来るという話になってたな…職員室なら二階の東廊下突き当りにあるよ」
「親切にどうも」
そう言って優雅にスカートをたくし上げて一礼するリーリャ。背を向けて去る姿は何処か威風堂々とした物であった。
「彼女が…人は見かけによらないな」
ボソリと、そんな独り言を零す優男も再びあるき出すのだった。
◆
『先の男、おそらく異能持ちよな』
「ええ、だけど手練という程でも無かったわ」
『うむ、十把一絡げと言った所か』
そんな失礼な会話をしながら歩いていると目的の職員室が見えてきた。既に先生の何人かは来ているらしく、部屋に明かりがついている。リーリャは躊躇せず軽くノックをして、職員室の扉に手をかけた。
「失礼します」
ガラガラと扉を開け放つと其処には…職員らしき男と唇を重ねる、門脇七恵の姿があった。
「……失礼しました」
そっと扉を閉めて出ていくリーリャ、おそらく何も見なかった事にするつもりなのだろう。パタンと扉を閉めた途端、再び扉がガラリと開け放たれて乱暴にリーリャを部屋の中に引きずり込…もうとして失敗する七恵、リーリャの実計測体重は数トンである、少女に持ち上げられる物でもない。
「ちょっ、ちょっと待って!」
「あら、私は何も見ていないのだけれど?」
ニコリと微笑んで白々しく答えるリーリャ。年齢差の恋なんてロマンチックね?と言いたそうな表情でもある。
「ち、違うの!これはその…先生の鼻毛を抜く手伝いをしていただけで…」
「ウフフ、大丈夫よ?私給料以上の事はしない派だから」
「ぐっ、暗にお父様から監視依頼があったら報告するって言ってるわよねそれ…」
「お仕事になったら言うわよ?だけど今は大丈夫だから安心して?」
「……く、口止め料を」
「ちなみに私の年収は本気出して稼いだら貴方のお父様を凌ぐわよ?」
「え、本当に?」
「本当よ、国が相手の独占商売だから利益が凄いの」
ウフフと笑うリーリャとうなだれる七恵、すると流石に見かねたのか後ろに居た男の先生が声を上げた。
「七恵、もう隠すのは無理だ…諦めてお父様にお話を」
「ダメよ!きっと貴方殺されちゃうわ!あのお父様の事だからどうせ何処の馬の骨とも知らぬ男と…って言って…」
「なんなら私から口添えしてあげましょうか?」
と、リーリャが以外な言葉を口にした。リーリャとしては後1年で社会形態が大きく確変の時を迎える事を理解している為に、今更政治の駒として使うよりも娘の幸せを親として優先してあげなさいと諭すつもりではあるが…そんな事をつゆ知らない2人はなんとも複雑な表情を見せた。
「貴方にお父様が説得出来るとは思えないわ…」
「うーん、なら黙っておいて上げる代わりに一つお願いがあるのだけれど」
リーリャとしては別にどうでも良い程度の話なので、黙っていても喋ってしまっても損得も無い状態の情報だ。なら現段階で少しでも自らの利益を出せる状況に持って行った方が良いと考えたのだが……そんなリーリャの提案にパァと顔を明るくする七恵。
「何!?あまり無茶な事でなければ大体の事は出来るわ!」
「愛という感情を知りたいの、私には無い物だから」
「えーっと、それは誰かを好きになりたいとか?」
「それでも良いし、理解出来るならどんな形でもいいわ」
リーリャには過去の記憶が無い、記録として彼女はロシアで生まれネクロマンサーとして代々の技を受け継ぎ成長した事だけは分かる。だが…其処に至るまでの記憶が無いのだ。彼女が自らをリーリャであると認識した場所は2000人の死骸の上で、悪魔と戦っている時だった。
莫大な戦闘知識が彼女を突き動かした、莫大なネクロマンサーとしての術が彼女を戦わせた、何も知らない筈なのにどうやって戦えば良いのかだけは理解した。それは悪魔を討滅しうるに足る技術、それを振るう度に何故か瞳から涙が溢れて…躯の山となった人々の無念が彼女に流れ混むような錯覚すらあった。
全てが終わった躯の山の中、まるで自我を失ったように立ち竦むリーリャ。改めて自らという存在を確認した所、自らの全てに何もかもが伴っていなかった。心と体と記憶と記録と感情が全てバラバラのあべこべで、何処かふらついた感情だけが彼女と共にあったのだ。
そして、その悪夢は未だに続いている。だが…唯一つ、クロウが認めてくれた事だけは確かに嬉しいのだと感じた。恐怖と畏怖と蔑みと、負の感情ばかりが向けられてそれが当たり前になってしまっていた所に…クロウだけは別の感情を向けた。
そんな彼に感じる自らの感情を、リーリャは正しく図りたかったのだ。あるいは、彼を愛しているのかもしれないから。
「今すぐには無理かもしれないけど、徐々に確認していくのなら…なんとかなるかも?」
と、若干の躊躇いを見せつつも返答する七恵。
「ええ、手伝いだけで結構、結局の所…最後は自ら自信で出す答えなのは重々承知だもの…契約は成立かしら?」
「勿論!……後、もしバレてもフォローしてね?」
「それは貴方の働き次第にしておくわ、それよりも…」
そう言いながらチラリと男の方を見る。
「貴方、先生で良いのかしら?」
「あ、ああ…キミの話は七恵から聞いてるよ、僕は木梨ヒロキ…よろしくえーっと…アルヴィナさん?」
互いに軽く握手を交わすと、リーリャは近くにあった椅子に腰をかけた。
「ええ、宜しく木梨さん…それで本題なのだけれど、私以外にも後数人の警備枠を作ってほしいの、今日見た限りでは私一人だとカバーしきれない可能性が0じゃないわ」
突然のリーリャからの申し出に慌てた表情を見せた木梨、まぁ無理も無い話だろう。その辺りは政府と学園長の間で話を付けている為に、彼ごとき一般教師が口を挟める範疇を越えているからだ。
「うっ、流石に僕からは方針に口出し出来ないんだけど…」
「その辺りは分かってるわ、学園長へのアポを取りたいだけだから」
「そちらの組織経由ではお話を通せないんですか?」
「うーん、それが命令系統の関係上此方で申請すると、門脇氏・政府・学園の順番で話が通るからどうしても時間がかかってしまって面倒なのよ」
特に政府が一枚噛むと非常に時間がかかる傾向が強い為、リーリャは非常に嫌っているのである。
「貴方から私がそう言っていたと学園長に伝えて頂くだけでも良いの、お願い出来るかしら?」
「……分かった、話を通すだけ通してみる」
「ありがとう、これで一つ肩の荷が下りたわ」
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