学校視察


「ふーん…結構頑丈な作りね」


 学校を歩きまわりながらリーリャが酒天童子に呟くと、以外にも否定の声が上がった。


『ううむ、脆いように見えるが?』


「鬼の貴方からしたら建造物なんてどれも飴細工みたいな物じゃないかしら?少なくとも銃撃戦になった時の事を考えられて作られてるわよ?」


 不意にリーリャがガン!と壁を蹴り飛ばすと、表面のコンクリートが崩れ落ちて内部に仕込まれていた鉄板が顕になった。


『無いよりマシ…程度であるが』


「あった方が良いのは間違いないわ」


 リーリャがポケットからカルシウム鉱を取り出して、その崩れたコンクリートに押し当てると破損したコンクリートをカルシウム鉱が引き寄せ、再び傷の無い状態まで巻き戻した。


『便利な物よな』


「ええ、馬鹿正直に骨を操ると柔軟性に欠けるでしょう?」


『がしゃ髑髏が見たら泣いて許しを乞うだろうよ』


「ガシャドクロ?」


 リーリャは日本の怪異に詳しくは無い…というか無頓着な節すらある。少なくともリーリャの実力で対策が必要な怪異は、それこそ海外にすら悪名を轟かせる物であるというのも理由の一つなのだろう。


『うむ、日の本の古戦場に出るこの建物程もある巨躯を持つ怪異でな?動きこそ鈍いが程々の力と簡易ながらも逢魔による防壁を使う』


「全部材料にしたら結構なカルシウム鉱になりそうね」


『そういう所よな』


 軽く笑い合うと意外にも気が合う2人が再び散策を再会する。リーリャは先程のように数カ所の壁を蹴って剥いでは骨で補強を繰り返していると、不意に酒呑童子が声を上げた。


『ふむ、罠を作っているのか?』


「此処で戦闘した場合の事を考えて、不意打ちで壁から攻撃を飛ばせるように仕込みをね」


『早々負けぬだろうに、念入りな事よな』


 リーリャの回答に思わず苦笑しながらも、行為自体を否定はしない酒呑童子。理由としてはその罠が相手を倒す為ではなく、相手を逃さないようにする…という目的の元に作られているからだ。


「お仕事に手を抜いたらダメよ?私達は社長と葛乃葉姉さんの代役で来ているのだから」


 下手を打てばCLOSEの信用問題にも関わってくる事はリーリャも重々理解している。故に、出来る事は小細工であっても行っておくつもりである。無論、リーリャもこういった仕掛けを滅多な事で使う事になるとは思っていない、あくまでも何かあった時に『最悪の自体を想定してこういう事を事前に行っていましたが、それでも失敗しました』という言い訳になると思っての事だ。


 リーリャは強くとも周囲の人は強くは無い、故に手は多い方が良いと考えての事でもある。


『やれやれ、アルフォンソの小僧に爪の垢を煎じて飲ませてやってくれ』


「あの人はあの人で扱い辛い所あるみたいだからね、それに別段彼もサボっている訳でも無いわよ?」


『存外見ているのだな』


 思わぬリーリャのフォロローに少し驚いた表情を見せる酒呑童子。


「当然、いざという時に不穏分子を処分するのは私の役目だから…っと、少し天井を歩くわ」


 リーリャがそう言うと2人に掛かっていた重力が反転し、その両足を天井へと付ける。


『いやはや、お主は真退屈せぬなぁ、斯様な新しい術をぽんぽんと惜しげもなく使う』


 屍鬼神兵に搭載されている物理現象遮断防壁の改良型をリーリャは常に纏っている。これは、遮断するだけではなく掛かっている力や重力の方向をある程度操作する事も可能であり、場合によっては空を横方向に事で飛行も可能な代物なのだ。


「便利に見えて結構使い勝手悪いのだけれどね、それでも…自分自身の力で空を飛ぶのは楽しいわ」


『空を飛ぶで思い出したが、あの飛行機という乗り物…あれは未だに信用ならん』


「私もあまり好きじゃないわ、というか私の場合は海を渡るという行為が嫌いなのかしら?」


『ならば、何故日の本に?』


「それは内緒」


 酒呑童子の問いかけにウフフと笑ってごまかすリーリャ、実はリーリャは海が苦手であり夏場に海水浴等も行く事は無い。というのも、海の怪異とリーリャの異能は非常に相性が悪いのだ。


 例えば狂気を広範囲にばら撒く系の怪異の場合、大量の遺体を制御している大本であるリーリャの脳に凝縮された負荷がかかる。リーリャならば対策も練っているし煩わしい程度で済むのだが…それでもやはり、普段よりも繊細さに欠ける動きになるのは間違い無い。


「……気が緩みすぎてるわね」


『何か問題でもあったか?』


「逆さ吊りの所を誰かに目撃されたみたい」


 そう言ってリーリャが指差す先には、制服に身を包んだ少女が腰を抜かしている姿があった。


『ううむ、悪意であれば気づくのだが、どうにも一般人相手というのはな』


「隠形を貼ると術の精度が鈍るから人気の無い早朝を選んだのだけれど、ううん…見間違いで済むかしら?」


 逃げていく少女を見送ってリーリャは作業を続ける。


『はて、どうだろうな?存外学校の七不思議とやらになるやもしれぬ』


「学校の七不思議?」


 リーリャが可愛らしく首を傾げると、酒呑童子が頷いた。


『左様、夜中に動き回る骸骨標本、階段の数が一段多い、トイレに少女の霊が出るなど他愛ない物が多いがな』


「実害は?」


『あくまでも其れ等は伝承により制御された怪異よ、人を脅かし恐怖させる事はあっても人を喰らう訳では無い…そういった怪談においてとまで伝わっている物は少ない故にな』


「へぇ、それじゃぁ学校そのものが特殊な逢魔になっている可能性もあるのね?それにしては怪異は見当たらないけれど」


『そうさな、鏡の世界なる場所に引きずりこまれる…などという怪談もあった故に普段は其処に居るのではないか?』


 あら、と手を叩いて少し考えを巡らせるリーリャ。


「仕事道具を其処に置かせてもらえないか交渉してみましょうか」


『脅迫の間違いでは?』


「人を積極的に襲わないなら其処まで酷い事をするつもりは無いわよ?貴方のように人に理解のある怪異だって居る訳だし」


 その言葉に心外とばかりにそっぽを向く酒呑童子。


『我はただ嬢に真正面からの力で負けたが故に従っているだけよ、我等は力の信奉鬼であり力なき者に従う道理も無い』


「なら、ウチの幹部は皆クリアかしら?」


『ふむ…そうさなぁ、勝ち負けで言うならば手を選ばぬなら皆我に勝てるであろうが、純粋な力比べで勝ちうるのはお主と本気の嬢のみであろうな』


「かつての京を荒らした鬼神も型なしね」


 意外にも弱気な発言に肩を竦めて笑うリーリャ。


『言うてくれるな、皆と戦いたい気を無理を押して抑えておるのだ。強い者を見るとどうにも疼いてな…特にヒロフミ、奴は間違い無く日の本一の羅刹よ…異能は無くとも刃一つで我等を切り伏せるその様はまさに鬼名高き桃太郎』


 珍しく鼻息荒く語る酒呑童子に苦笑しながらも、着々と天井に仕込みを済ませていくリーリャ。一先ず長い廊下にある程度の仕込みを終えたと同時に、朝6時を告げる鐘が鳴り響いた。


「一旦は此処までにしておきましょうか、続きは夜に仕込みをすませるわ」


『うむ、元より軽く見回るだけの予定であったからな』


「っと、そうだ、日が高くなったら新しく入った魔女達に装備と昼食のデリバリーを頼まないと…」


 地面に降り立ちながら周囲を見渡して歩き出すリーリャ、警備員を探して職員室の場所を聞くつもりなのだが…。


「まぁいいわ、一旦入り口まで戻りましょうか」


 警備員が見当たらないのでそのまま入り口まで戻る事にしたのだった。

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