そして最初に戻る

 深々と降り積もる雪にリーリャは小さな白いため息をついた。クロウはアメリカに渡り、キャンプの予定はそれによってお流れになり、挙げ句の果てには気乗りしていなかった学校に行くなどという依頼に向かわねばならないのだ。ため息の一つも出てしまうのは已む無い事だろう。


 白をベースにした上着には学校の紋章が入り、黒のネクタイと黒のスカートが可愛らしい制服に身を包んだリーリャは小さく胸ポケットを叩いた。


「本当、貴方がついてきてくれて助かるわ」


 ポケットの中には手のひらサイズになった酒呑童子が入っており、周囲を伺うようにチラリと顔を覗かせた。


『何、此処最近は嬢の機嫌も良く私が駆り出される程の苦戦も無い、このぐらいは喜んで手伝わせて頂こう』


「頼もしい限りだわ、私のイライラが最高潮に至って誰かの首を落としかけたら遠慮なく殴り飛ばして頂戴ね?」


『ハッハッハ!嬢に似て無茶を仰る!…数発までなら耐えれるが以降はあまり期待しないでくれ』


「……誰かを守りながら戦うのって、難しいものね」


 其処でふとリーリャが一つの事に気づいた。


「もしかするとクロウは私に守りながら戦う事を覚えてほしかったのかしら?」


『可能性は0とは言えんな、確かに"くろーず"の皆はどうにも攻勢にばかり寄って守りに欠ける。そういう意味で黒殿やアルフォンソ殿は実に小器用な物よな』


 葛乃葉にしろリーリャにしろヒロフミにしろ、敵性驚異が防衛目標に近づく前に先んじて前に出て敵を叩く傾向が強い。確かにそれは事実として一つの解決策としては非常に有用なのだろうが、今後もこれまで通りに動けるとは限らないのだ。


 場合によっては拠点を防衛する必要があったり、人を守らねばならない局面も来るかも知れない。そういった意味で、今回の依頼はリーリャにとって事前練習と言っても良い物だ。


「これでも結構繊細に戦える方だけれど…繊細に戦った場合、私本体は其処まで強く無いものね」


『……ううむ、強さの定義が崩れる発言ではあるが、言わんとする事は分かる』


 CLOSEのほぼ全員に言える事だが、アルフォンソ以外は基本的に全力で攻撃に回ると周囲を巻き込みかねないのだ。クロウの場合であっても火力を押さえながらの場合立ち回りにかなり気を使う為に、基本戦術が散弾と強化スーツによる格闘術になるのである。


「さて…もう少しかしら?」


 降り積もる雪に、その小さな足跡を幾つも刻んでかれこれ学園周辺を一周。最後に自らのにそっと足を下ろすと、トンと跳ねてグルリと周囲を見渡す。


「日本系の術式を使うのは初めてなのだけれど」


『うむ、合いの手は任されよ』


「お願いね?」


 コンパスのように片足を軸にクルリと回るリーリャ。不意にピタリと動きを止めてううんと軽く唸り、ポッケの中の酒呑童子に再び声を掛けた。


「えーっと、日本式だと大雑把で大丈夫?」


『大雑把というのは語弊があるな、黒殿のように心よりの想いがあってこそ術式の省略は許される故』


「真心が大切なのね、なら私の得意分野だわ」


 トン、トン、トン、と。円の中でリーリャが軽く足を踏み鳴らす。


「"畏み申し奉る、神床におわす天照大神…"ダメね、なんだかしっくり来ないわ」


『む?そうか?』


 しばらく目を瞑り、言いたい事を頭の中で整理するリーリャ。そして、再び目を見開いて…自分の言の葉を紡いだ。


「"天照大神様、私いろんな人を助ける貴方の事を敬っているわ、だけれど貴方の手からこぼれ落ちてしまう人も居るみたいなの…当然よね?だって貴方と私達じゃスケールが違うもの、だから私は貴方の手から落ちた人を救いたいの、それが私が貴方に出来る小さな信仰。貴方程人を救う事は出来なくても大目に見てね?だって私は貴方じゃないの、小さく矮小な人間。だけど小さいからこそ細やかな所で人助けが出来ると思っているわ、それで…とても厚かましいのだけれど、その小さな貴方の手助けの手助けを、ほんの少しお願い出来るかしら?何も大きな力じゃなくても良いの、ほんの少し…未だ未来のある子供たちを守るだけの力をお借りしたいの、ダメかしら?"」


 そう告げてから、リーリャはその舞を円の中より奉納する。バレリーなのように伸び伸びと、だけど何処か日本舞踊を思わせる舞。


 降りしきる雪の中で少女が舞う。まるで本物の妖精のような姿、リーリャの額に汗が浮かびそれに答えるように周囲に光の粒子が散り始める。


『おお…』


 思わず感嘆の声を上げる酒呑童子。リーリャが刻んだのは天照による守護方陣、日の上がる内に万全の備えを見せる…かつての鬼がついぞ破れなかった浄化の刻みだ。


 空より光がさすと、リーリャの居た場所の雪が徐々に溶け始める。それでもリーリャは舞続け、まるでスポットライトを浴びたプリマのようにも見える。


 しばらく舞が続くと、大地から泡のようにポコリと小さな闇が上がった。


「あら?不吉な物かしら?」


『案ずるな、呪いではない、むしろ寿ぎよ』 


「そう?なら良いのだけれど…」


 リーリャは元より陰の強い素質を持つ。それは確かに物事を負へと運ぶ呪詛の力ではあるが、リーリャ自信その使い方をしっかりと見極めている。


 結局の所、陰も陽も力だ。力の振るう方向を間違えなければ沢山の人々を救える事をリーリャは知っているし、同時に沢山の人を殺してしまう事も理解している。


 リーリャは神を力として見なし、故にその二面性の双方を許容した。太陽は干魃も恵みも齎す、善き所にのみ目を向ける事はしない、その悪しきも使いこなしてこその術者であると。


 ようするにこの黒い泡は、天照が持つ陰陽両面からの出力を一つに合わせて利用している証明だ。本来であれば陽の面のみを人々が利用するが、リーリャは陰を利用する事により純粋に通常よりも強い力で守護を構築してみせたのだ。

 

 闇と光が合わさり単純計算で出力が2倍に見える、という奴である。無論、制御できなければ術者は死ぬ。


「…ふぅ、こんな物かしら、久々に色々な意味で疲れたわ」


 ひとしきり舞が終わると、汗を拭って息を切らせるリーリャ。純粋な体力の消耗ではなく精神力の消耗から来る疲労ではあるが、その消耗に相応しい守護を張り巡らせた。


『あな見事!京の術者など歯牙にも掛けぬ結界方陣よ!ううむ、しかも害意のみを弾く故、我も問題なく出入りできるな…あるいは安倍晴明にも匹敵するか?』


「流石に褒めすぎよ、ライバルの道満に一杯食わされたもの」


『何、次に合えば仕留めるのであろう?』


「もちろんよ、素っ首落としてやるわ」


『そのいきやよし、しかし…おなごとしては如何な物か』


「………そうよね…ん?」


 僅かに視線を感じて振り返るリーリャ、肉眼で見える範囲には人は居ないが…。


「かなり遠くから双眼鏡で見てる子が居るわね…軍用双眼鏡かしら?舞を見られたかも」


『む、気づかなんだ』


「敵意がある訳でも精密機械を使っている訳でも無いもの、舞に熱中してたのもあるけど私が気づかなかったぐらいだし…」


 リーリャはその双眼鏡の主に手を軽く降って微笑むと、煌めく汗を手で拭いあるき出す。学生の居ない学校の正門へと向かうと、入り口門に警備員が居たので軽く挨拶を交わすリーリャ。


「おはよう、朝の早くからご苦労さま」


「おはようございます!随分と速いようですが…」


「ええ、既に情報が来てると思うけれど新しく門脇氏の護衛についたリーリャよ、よろしく頼むわ」


 手を差し出して微笑むと、僅かに戸惑いながらも握手を返す警備員の男。リーリャが軽く手に力を込めると僅かに目を見開き、ようやく信じたようにも見えた。


「…話には聞いていましたが、お若いですね」


「若くても貴方の2000倍は強いから安心して、警備の巡回ルートと学生達に何かあった時の退避ルートを私が帰るまでに用意しておいて、それと…貴方銃を持っていないみたいだけれど配給はまだかしら?」


「は?銃…ですか?」


 何を言っているのかさっぱりという表情を浮かべる警備員の男。


「話が通ってないの?この学園の内部で自己判断での発砲許可が降りる事になってるわ、銃と弾丸の配給も来る筈だけれど…見た限り丸腰ね、心配だわ」


 そう言いながらリーリャは自分の背中に隠していたソードオフ・ショットガンとコンバットナイフを取り出して警備兵に渡した。


「はい、クリスマスプレゼント」


「…マジですか」


「大マジよ、銃の弾丸は普通の物じゃなくて細菌兵器みたいな物だから慎重に使ってね?発砲する瞬間から息を止めて撃った後は速攻で後方に逃げる事。発砲後息を吸い込んだり一歩でも前に出たら外皮から腐り落ちて死ぬわよ?ナイフは…まぁ切れ味を見れば分かりやすいかしら?」


 ナイフの刃を下にして手を離すと20cm近くある刃がそのままストンと抵抗無く地面に埋もれ、柄の部分でピタリと止まった。


「良いナイフでしょ?」


 そう言いつつ、付けていたガンベルトと呪詛を込めた薬莢14発を押し付けるリーリャ。ちなみにリーリャ的には最大級の気遣いであるが、男は銃と地面のナイフとリーリャを見比べて軽く引いた表情を見せている。


「ど、どうも…」


「フフ、配給で来る銃よりもとても良い物だから皆に自慢できるわよ?男の人ってそういう玩具好きでしょう?」


「そ、そうですね…ええ」


「じゃ、私は内部の間取りを確認しているから、他の警備さんにも無線で知らせておいてね?」


 軽く手を振って去っていくリーリャ。見送る警備の男の手には、少女のぬくもりの残るガンベルトとわずかな痛みだけが残されたのだった。

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