あくのそしき
「……フッ」
途切れた瞬間の映像を見て思わず笑うクロウ。本当ならばもう少しあのパイロットには生きていてもらって、お仲間の乗っていた船の爆散を見届けてもらう予定だったのだろうが…まぁコレットクオリティなら仕方ないと言った所か。
船での逃走に関しては朱雀の占術によってある程度先読み出来ていた為に、後は純粋に足の差だろう。航空機で逃げていれば流石に逃げられたかもしれないが、船での逃走ならばキマリスの足から逃げ切れる筈も無い。
一連の惨劇はおそらく沿岸部で起きた爆発事故程度で処理されると思われる。日本政府も内々にブリキ缶を処分出来てハッピー。CLOSEも依頼を完遂出来てハッピー。AQUAも飼い主を処分出来て皆ハッピー。
で、おしまい…とはいかないらしい。あまりにも圧倒的な戦力は恐怖を生む。それが敵でないと理解していても、ただ其処にあるだけで怖いのだ。いつ銃口自らに向くか分からないと思われるのもクロウとしては心外ではある。
「クロウさん、貴方は一体何をなさるつもりなのですか」
そう、恐る恐る聞いてきた男に。
「人類の救済ですよ」
ただ一言、クロウはそう答えた。
「我々は貴方を信じられる程強くはない」
「ならば信じなくても結構、例え世界が敵に回ろうと我々は成すべき事を成す、その為の力であり組織だ。必要であれば奪い、必要であれば襲い、必要であれば殺す、覚悟の無い者が、力の無い者が、金の無い者が振り落とされるならば私は覚悟と力と金を以て…必要な悪を為します」
そして、凍えるような微笑みを浮かべてクロウは呟いた。
「つまりは、何時も国がやってる事を行うというだけですよ」
フルフルの言葉によってクロウの覚悟は決まった。悪や正義などというまやかしではなく、自らの信じた善意をこそ信じて歩みを止めない事を。
自らの行いが間違っているならば仲間が殺してくれるとクロウは信じている、だからこそ迷いは無い。人は力を得た時にこそその本質が垣間見える…などと言う言葉があるが、そういう意味ではCLOSEは皆善良である。
死者を一人でも減らす為に無意味に死に絶える筈であった2000人を犠牲に残りを救ったリーリャ。魔女を守る為にウォーロックと成ったアルフォンソ。人類の滅亡を防ぐ為に暗躍した葛乃葉。人に仇なす者を私情全てを滅した上に切り続け修羅となったヒロフミ。そして…一人でも多くの人を幸福にと覚悟を決めたクロウ。
皆、力がある。だがその始まりは善、力を得た後の継続も常に善良であろうと生き足掻いた。故にこそ、終着点も又善き物である筈なのだ。
「別段どの国が敵対しようが、それこそ貴方達が敵対しようがお好きにどうぞとしか言えないですね?我々はそれに勝つ算段が既にあり、我々を唯一止めれる可能性のあったイザナギはあの体たらくだ」
クロウはイザナギをCLOSEへの抑止力として期待していた。自らが誤った時に首を落としに来てくれるのだと…そう思っていた。だが、既にその望みも絶たれた…だからこそ、クロウはより慎重に力の振るい方を考えねばならなくなったのだ。
門脇家と提携を結んだのもソレが理由だ。イザナギ亡き今、自らの行いが国や人々に対して強い影響を与えるようになったと悟ったクロウは、アドバイサーとして政界に強い影響力を持つ人間を選んだ。
「……」
「同時に、だからこそ歩み寄りが必要だとも考えています。元に我々も全世界相手にドンパチしたい訳でも無い、それに今回の強化スーツの件も別段蹴っても良かった、手に入るのは我々が1時間働いて手に入る賃金の1%にも満たない金額だ」
だが、と、言葉を続けるクロウ。
「金で信用は買えない、誠意と言動の積み重ねのみがそれを得る事が出来ると…我々は知っている。信用を金に変える事は確かに簡単だ、だが我々には豊富な資金と戦力があり、残った欲しい物が精々信用と信頼ぐらいの物だ。かつてのローマがそうであったように、衣食住と贅沢が足りれば後は文化や技術が発展し…そして最後に隣人に目を向ける余裕が出来た」
「貴方方は、既に満足していると?」
「身も蓋も無い話をすれば、もう力をつけるのと人助け以外にやる事が無いんですよ」
肩をすくめてクロウは笑う。例えばゲームで、全てのキャラのレベルをカンストさせてアイテムも全てコンプリートして、イベントも全て消化した。なら残りにする事は?次のゲームに行くかあるいはバグを探したり無意味な事をする。
つまり、かつて昇華を行った神々は次のゲームに行った。葛乃葉とリーリャはバグを探して遊んで、アルフォンソとヒロフミはまだ強くなれる筈だと道を探し、クロウは無意味な縛りプレイをして日々を無駄に過ごしていた。
そんな彼らの元に、人類の危機という名の玩具が現れたと考えてみよう。遊ばないという選択肢は無い筈だ。CLOSEとはつまりは…
CLOSEに集った者は皆、言葉にならない何かのつまりを感じて集った。もはや皆が善悪など超越している、それはただの言葉であり無意味だと理解している、最後にあるのは力と力のぶつかり合いで勝者が常に正義であると理解していた。
だからこそ、彼らはその無意味な勝利以外の何かを求めたのだ。同じような奴が居れば、この言葉にできない何かを解決できるような気がしていた。不条理を解決できるような気がしていた。力を意味のある方向に向ける事が出来る気がしていた。
そして、それら全てはクロウという男を中心に
「だから、救いましょうとも」
クロウ達は悪の組織だと胸を張れる。このような傲慢が正義である筈は無い。力を翳して敵を殲滅する者が正義である筈が無い。だが、悪でなければ人を救えないのであるならば…我らは望んで悪になりましょう、などとリーリャならば言うのだろう。
「……」
隣の男からは次の言葉が出なかった。無理も無い話だ、視線があまりにも違いすぎるのだから。個人における武勇、組織における戦力、持っている知識…それらはあまりに違いすぎた。
と、不意にクロウの電話が鳴り響く。
「失礼、出ても?」
「……どうぞ」
「では失礼して…アリアか?どうした」
『ステイツの大統領候補からお電話です』
「俺の知り合いか?」
『私は存じておりませんが…なにやら知り合いのような口ぶりです』
あまりにも良すぎるタイミングでの電話に思わず苦笑するクロウ。このタイミングでアメリカから電話をかけてくるような知り合いは…クロウには一人しか思いつかない。
「……一人心当たりがある、繋げてくれ」
『承知しました』
しばらくのコール音の後につながる電話。其処からは…クロウの知るこの世で最高に信用できて最高に信頼ならない男の声が響いた。
『やぁMr.Black、
「アンタの良い所は人種よりも実力を見る所だと思っていたんだが、宗旨替えでもしたのか?」
『まさか!私はいつだって力の信奉者さ!先の戦い…見せてもらったよ、実に素晴らしい』
「引き抜きか?なら諦めろ」
不意に、部屋の扉が開け放たれた。其処には電話の主、即ち…クロウがかつてアメリカに居た時に世話になった政治家が、何時も皆に見せていた信頼ならない笑顔で佇んでいた。
「いいや、私が大統領になる手助けをしてもらおうと思ってね!随分と探したよMr.Black…日本に居るのは知ってたが、起業したらウチにも一声かけてくれと言っていたじゃないか!」
そういって数十年来の友人のように手を差し出し握手して、ハグを交わす男とクロウ。その映画のようなワンシーンに思わず互いに苦笑してしまう2人。
「社交辞令だと思ってたよ、今はなんて名乗ってる?」
「ファットマンさ、本名は前と変わりなく内緒」
眼の前の小太りの男は、かつてクロウの若かりし頃、アメリカで仕事をしていた時のスポンサーであった。クロウを使いアメリカにあった強化スーツ派閥とアーマードスレイブ派閥の抗争に幕を下ろした人物であり、アメリカにおける怪異の権威でもある。
「なるほど、アンタにこれ以上なく似合った名前だな」
「よく言われるよ」
「それで、暗殺者をこっちに送ったのはアンタか?」
ガウスの事を冗談めかして聞いてみるが、勿論この男がそんなヘマをするような事はしないと理解している。おそらくは、ファットマンの敵対組織が嫌がらせに行った行為なのであろうが、おおよそ嫌がらせにクロウが怒った場合大事になりえるとファットマンは考えた。つまりは…クロウのガス抜きついでに、この件を上手く利用して自らの発言力を高めるつもりなのだろう。
「まさか、私が送ったならキミは死んでるさ!もっとも、殺せないから送らないけどね!」
「なるほど、所で…俺はハメられた感じか?」
少なくとも此処は日本の軍事施設だ、友好国とは言えど軍事施設になんの許可も無く立ち入るのは不可能の筈。つまり、誰かがクロウの情報を流したのだろう。実際にジロリと周囲を見渡すと、誰も視線をあわせようとしない。
「ハッハッハ!そうせめてやるな、彼らも色々必死なのだよ」
「アンタも人が悪いな、あの映像を見せた上で眼の前で俺を攫っていくんだろう?」
CLOSEの価値はあの映像で非常に高まった筈だ、それを敢えて目の前で掻っ攫って行くのは…良い性格をしているだろう。
「おっと、其処は想定外だったんだよ、まるで私が性格悪いみたいに言わないでくれよ?」
「ああ、良い性格はしてるよな、昔からだよアンタは」
肩を竦めて苦笑いするクロウ、どうやら厄介事を持ち込まれる事は確定したようだ。
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