屍鬼神兵


 リーリャと葛乃葉によって作られた式神兵。…否、屍鬼神兵とでも言うべきソレは通常兵器での撃破は事実上不可能である。瞬間的に物理法則をシャットアウトするAAntiPPhysical phenomena装甲を初めとした様々な防御機構に身を包み、攻撃はクロウの手首から供給された光弾散弾銃を使う。散弾でありながら着弾すれば周囲を抉るように炸裂するソレは、装甲車程度なら直撃を取れば一撃で大破、戦車であっても数発あてれば爆散する代物だ。


 機動力は最高速で時速300kmで市街地を縦横無尽に駆け巡り、隠密性も非常に高い。身も蓋もない性能は、はっきり言って戦場における最低最悪の悪夢の具現である。何が酷いと問われれば全てが酷いとしか言いようがない程だ。


 しかも、これがただの量産兵かつ下っ端以下であり、殺せば殺すだけ製造の為の材料が増えて雪だるま式に戦力が増強されていく。既に一国家程度ならば容易に転覆できるが…管理がめんどくさいという理由から行われていないだけなのだ。


「仕上げて来たか、流石だな…」


 ボソリとクロウが呟く。クロウが最後に見た屍鬼神兵は、少なくとも指揮官であるリーリャ及び葛乃葉による情報整理と指揮が必要な物であった。だが、現状は全てがスタンドアロン状態…ようするに屍鬼神兵全てが自立行動の上で連携を取っているのだ。


 例えば先の攻撃連携の場合、屍鬼神兵Aが敵兵を狙っている事を確認した屍鬼神兵Bが、Aが隠密で倒そうとしていると状況判断を行い、A側の意図に乗る形で他の目撃者を隠密で倒すという判断を下し、その結果として連携を行うという形を取った。


 ようするに、かつて必要であった指揮の必要性と情報整理。それら欠点に対する回答として、非常に高度な状況判断能力を全ての個体が保有する事で、という極論に至り、実戦に耐えうるレベルでそれを仕上げたのだ。クロウが唸るのも無理は無いだろう。


 尚、勿論の如く全ての屍鬼神兵同士は状況や視覚をリンクしている上で、ジャミングや相手に制御を纏めて奪われない為の機能の延長線上としての自立思考機能でもあるので、やりすぎも良い所である。ついでに言うと機密保持の為に呪詛を大量に詰め込んであり、解析しようとすると空間ごと周囲がねじ切られて消滅する徹底ぶりである。


 材料は成人男性の遺体二つ、もしくは男性と女性1つづつ、紙に印刷機と、片手間に葛乃葉が祝福を施した普通のインクである。お財布に優しい兵器に経理担当の上原も思わずニッコリ。


『おやおや、どうやら大物が出てきたようです』


 まるで今始めて知ったかのような白々しいリーリャの声に思わず苦笑するクロウ、事前にAQUAからの情報にあったアーマードスレイブが、炎上する倉庫の壁を突き破って現れたのだ。


「バカな!?何時の間にあんなものが日本へ!?一介のマフィアが保有しては良い物ではないぞ!海上部隊は何をしている!?」


「これは…マズイですね」 


「警備と積荷の確認の強化を、そうだ、ああ、多少無茶をしても構わん」


 その映像に場が一気にざわめき立ち、他の基地に戦車の出撃を要請する声まで聞こえ初めた時。クロウはパンパンと大きく手を叩いた。


「まぁ、見ていてください、私が貴方方に強化スーツの導入を進めた理由がこの映像で分かります」


 有無を言わせぬ威圧。クロウの声にまるで体が押し付けられたかのように椅子に腰を落としてしまう彼らは、映像を見守る以外の行動ができなくなった。電話をしていた数人は一旦電話を切り、再び映像に目を向ける。


 皆が視線をそのモニターに集めるのを見計らったかのように、戦闘が始まった。


 まるで人間が膝で立ったかのように見えるそのアーマードスレイブは、そのまま機銃を屍鬼神兵に浴びせかける。だが屍鬼神兵は物ともせずにそのまま直進を見せた。受けている弾丸は12.7mm…人間に当たればその部分から両断される口径だ。

 

 だが、前方に小型の逢魔を発生させ、内部空間で弾丸の機動を歪めて弾丸を周囲に散らす屍鬼神兵。リーリャの使う逢魔防壁のモンキーモデルではあるが、通常の射撃武器に対しては非常に有用だ。ちなみにクロウの光弾も通常弾程度なら問題無く反らせるレベルである。


 異様な光景に押されたアーマードスレイブが、僅かに間合いを調整するように距離を取る。だが、そうはさせないとばかりに四体の屍鬼神兵が一気に距離を詰め、一体一体が、腕を、足を振るう度にそのアーマードスレイブの四肢が空を舞う。


「なっ!?」


 場に再び驚愕の声が上がった。無理もない、素手でアーマードスレイブを破壊するなど…一体だれが想像しただろうか?四肢をもがれて動けなくなり、情けなく空に弾丸を打ち上げるだけの機械に成り果てたソレに、屍鬼神兵は慈悲とばかりにコックピットへ光の弾丸を打ち込み…動きを完全に停止させた。


 と、其処で不意に屍鬼神兵の視界が横方向に吹き飛び、壁を抜けて見知らぬ倉庫の内部へと跳ね飛ばされた。


『おや、戦車砲の直撃を受けたようですね』


 事も無げにそう言うリーリャ。直撃を受けた感情の無い筈の屍鬼神兵は、何処か忌々しげな視線をその壁の大穴の外…即ち、自らを此処に投げ入れた戦車に向けた。


「バカな!?直撃を受けてコレか!?」


「強度云々の話じゃないぞ…」


「一体どんな仕組みが…」


 一体何度目になるだろうか?周囲がざわめき立つも、もはや無慈悲にすら感じられるように映像は流れ続ける。


 屍鬼神兵がチラリと視線を足元に落とすと、自らに直撃した…ひしゃげた戦車砲の弾頭が目についた。それを掴み上げると…サッカーボールのように蹴り返す兵。


 見事なカーブを描きながらも戦車砲塔の中に、お返しとばかりに砲弾を叩き返す。あまりにも常識離れしたその光景に、もはや周囲から驚愕の声すら上がらなくなった中、唯一クロウだけが立ち上がり声を上げた。


「ナイスシュート!」


 きっと、クロウの手にポップコーンかジュースが握られていたら、思わず握りつぶしてしまっていただろう。少なくともクロウにとってはかなりテンションが上がる光景であったようだ。


 まるでそのゴールインを祝うように爆煙を上げて戦車のキューポラが天高くに跳ね上がると、何処かにあったもう一両の戦車も同じように爆散する。


 蹂躙…と言うべきか。マトモな戦闘にすらなっていない、子供と大人の戦争のようだ。否、まだソチラの方が見応えがあると言った方が良いかもしれない。


『では、ラストダンスは僭越ながら私が努めます、皆様どうぞ拍手でお出迎えを!』


 他の屍鬼神兵が片手間で残りのアーマードスレイブを処分している所、今までの物とは毛色の違うその機体が現れた。


「おお、最新型か、何処の国のだ?」


 概ねの兵器に関しての知識があるクロウですら見知らぬと言わしめた、そのアームスレイブは…。


「……な、そんな…筈は…!?」


「おや、ご存知で?」


「……っ」


 隣に居た男が黙した事からある程度状況を察したクロウ。


「日本製ですか」


「なっ!?」


「ああ、安心してください…これは所詮フィクション映像ですから」


 そう、クロウにとってはどうでも良いのだ。何処の誰がアレの情報を持ち出したとか、何故組まれた物があの場にあるとか…心底興味が無い。ただ、どう芸術的にリーリャがソレをスクラップに変えてくれるのか、その一点のみにクロウは心囚われてると言っても良い。


「何が…望みなのかね」


「別に、何も、正しく我々の戦力を理解し、友好なお付き合いを望んでいるだけです。戦争がしたければとうの昔に初めてますし、国がほしければとうの昔に取っている。それでも尚詳しい話が知りたいのならば…門脇氏にでも聞いてください」


 面倒といった感情を隠す事なく口にしたクロウ。それよりも今はリーリャの戦いに集中したいのだ。それ以外の言葉はノイズでしかない、そう切り捨てるかのようにクロウは再び画面へと集中した。


 待ち望んでいた、プリマドンナのエントリーである。




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