表に飛び立つプリマドンナ
10回の模擬戦を終了した後、一旦全員が集められクロウによる反省会が始まった。
「まず、今回の戦いでの大まかな失敗は機動力を生かせなかった所と逃げなかった所にある」
「逃げる…ですか?」
逃げるという行為に疑問の声が上がった。だが、自らよりも足の速く、そして強化スーツでの戦いに慣れている相手から逃げた所で意味が無いと思うのも無理は無い事だろう。
だが、クロウの考えは違う。
「そうだ、今回の市街地戦では十字路が多く、少なくとも2度の跳躍で射線を切れる構造だった。脱力からの15メートル跳躍、そして俺が来る前に皆が行なっていた7メートル程の短距離跳躍、これら2つを駆使して逃げながら射撃体勢の整った味方の前に誘い出せばチャンスはあった訳だな」
強化スーツによる戦闘は非常に高速だ。だが動き回るだけでは無く、静と動の使い分けが求められるあたりは彼等の学んでいた戦闘と何も変わらない。事実クロウも実際の戦闘速度は160km前後での中速…というには速いが、音速以上の戦闘が必要ならば纏を使うだろう。
「確かに諸君は強化スーツという新しく生まれた兵器を使ってはいる。だが同時に古い物が使えなくなった訳では無い、これからどんどん兵器が新しく強くなって行くだろうが使うのは常に人間…つまり前線で戦う諸君だ。棒を持った人とサルの違いはその運用を技術として後生に残せるか否かにある、ここだけの話しだが…諸君等が猿に劣るようなら私は明日から真面目に税金を払う事をちょっと考え直さないといけない」
冗談めかして笑うクロウに、隊員から笑い声が漏れた。
「最終日にもう一度同じ形の模擬戦を行う、一本でも取れれば諸君等の勝利だ。男子、三日会わざれば刮目して見よと言う言葉もある。だが、変わる変わらぬは努力次第だ。無理はせず、今回の経験をどう活かすか考えながらしっかり休み、学ぶ時は集中して学んで欲しい」
クロウが一人一人の目を見ると、様々な感情が見て取れた。だが誰一人としてマイナスの感情が無い事に一安心したクロウは再び頷いて指示を飛ばす。
「では次は諸君等で5対5のランダム戦だ、試したい事があれば失敗を恐れずガンガンやって行け!」
「「「「はい!」」」」
そうして、数度の模擬戦の後、1日目の訓練が終了した。
◆
時刻は夜9時、良い子であれば眠る頃。悪い子供であるリーリャはビルの上からその拠点を見下ろしていた。
「アレがマフィアグループの基地ね」
基地というのも言い得て妙だろう。ただの倉庫にしか見えないそのトタンづくりの建造物は、その中に大量の兵器…アーマードスレイブを5機と戦車3両を抱えているのだ。
「で、なんで僕が一緒に?」
リーリャ個人への依頼につきあわされているアルフォンソが愚痴を漏らした。AQUAからの依頼は確かにリーリャへの物であったが、リーリャが念の為にとアルフォンソを半ば強制的につれてきたのだ。
「念の為よ、こんな如何にもな所を叩いて道満が出てきたら、逃げられちゃうかもしれないでしょ?」
暗にもはや負ける事は無い、そう口にしたアリア。
「………え?もしかして頼られてるの?」
キョトンとした顔でリーリャに尋ねるアルフォンソ。
「言わなきゃ分からない?私も頼る事を覚えたのよ」
お茶目にパチンとウィンクを飛ばすと、ズラリと並ぶ強化式神兵達。以前の前面装甲を改良した全身装甲を身にまとい、立ち振舞はそれが死体とすら気づかせない程である。
「とりあえずこの子達をけしかけて様子を見るわ」
「りょーかい、AQUAによると
「それなのだけれど、社長から直々に依頼があったわ…
「対決!ネクロマンサー少女VS二足歩行ロボ!って言うとB級映画の題材みたいじゃない?」
「フフ、社長は私をハリウッドデビューでもさせるつもりなのかしらね?」
「頼んだよ名女優、こっちはアカデミー撮影賞でも狙ってみるさ」
「あら、男優賞は?」
「其処は社長かヒロフミさんに譲るよ、老い先短そうだし」
「フフフフ、ギャグのセンスあるわね貴方、イグノーベル賞なら簡単に取れると思うわよ?」
互いに軽口を叩き合いながらも、一切の気の緩みは無い。獅子は例え相手が兎であろうとも全力…とまでは言わないが、マフィア相手と油断するような2人では無いのだ。
「ライブ配信、行くわね」
「社長に良いところ見せなよ?」
リーリャがサムズアップで答えると、少し演技がかった語りでリーリャが声を上げた。それは地獄の始まりの合図である。
◆
『お集まりの皆様方、本日は我々CLOSEの公演にお集まり頂き、真、感謝感激の至りでございます』
会議室の大きなモニターにリーリャの視界が投影され、同時にスピーカーからのライブ音声が届く。
『さて、今回の演目は日々皆様の頭を悩ませる他国からの介入、それらを手っ取り早く取り除く…そんな痛快アクション劇でございます。あ、ちなみにフィクションですのであしからず、後ゴア表現も欧米基準なのでショックに弱い方や食後間もない方のご視聴はオススメできません、まだ間に合いますから今の間に退室なさってくださいね?』
たっぷり10秒の間を開けて、再び少女の語りが響いた。
『では、開演です、最後まで手に汗握るアクションを…文字通り骨の髄までご堪能あれ』
そんなリーリャの語りに、少しワクワクしながら画面を眺めるクロウ。今回は自衛隊に実際に極まった異能者がどういった事を行えるか勉強してもらうという意味で、お偉方を集めてリーリャの活躍のライブ視聴を行っているのだ。
なんならポップコーンとコーラでも抱えて見たい気分を押さえながら、クロウは画面に見入る。
「この声の主は?」
そう小声で聞いてくる隣の官僚らしき男に笑顔で答えるクロウ。
「ウチのエースのリーリャです、恐らく私より強いですよ」
「ほう…それはそれは…一体何歳ぐらいで?」
「恐らく14~16の間ですね、ロシア生まれなのは確定ですが本人も記憶が虫喰いで詳細が分からないとの事なので、外見での判断になりますが」
と、軽く情報を流している間に遺体がまるで某忍者漫画のように駆け出し、ビルからビルへと飛び移っていく。
「あの兵士は?」
「ウチの量産兵です、コストも安いし結構強いですよ」
『先行した兵の視界を回します』
リーリャがそう言うと、映像がリーリャの視界から先行した式神兵の一体に移る。夜空を疾駆する生の臨場感は、その場に居る皆を魅せるに値する物だった。
『エンゲージ』
リーリャの鈴を鳴らすような声が響くと同時、三半規管が狂いそうな程の回転を得た式神兵が見張りの兵士の首を蹴り折る。それに気づいたもう一人の兵士を別の式神兵が口を押さえたままに脊髄に深々とナイフを差し込み殺害した。
その手際の良さに皆が思わず声を漏らした。およそ人間の動きを越えて、なおかつ見事な隠密性…理解している者が見れば喉から手がでる程に欲しい代物だろう。
『4名殺害、隠密性はご覧の通り、ええ、観客の皆様のお気持ちは心得ております!次は真正面からの戦い…彼らの勇姿をどうぞ御覧ください!』
クロウは見えない筈のリーリャの歪んだ口元が見えた。自分が苦心して作った作品が評価される瞬間、それが待ち遠しくて楽しくてたまらない…そんな感情から来る笑みが見えたのだ。
巨大な爆発が巻き起こる。それはリーリャが態々用意した爆薬だ。彼女の流儀からは外れるソレは、きっと打ち上げ花火程度の感覚で用意したのだろう。
『ショータイム!』
心底楽しそうなリーリャの声が響いた、だがそれは殺戮の宣言でもある。
クロウはまるで、戦隊物のショーを見守る少年のような心持ちでそれを見つめ続けた。
そう、これはCLOSEが裏社会ではなく表舞台で評価される初めての演目なのだ。
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