わくわくキャンプ

「まぁそんな顔をするな、別に詰め込みでやる訳じゃないしコツさえつかめば誰でも出来る…見てろ」


 そう言ってクロウはゆっくりとしゃがみ込み、俗にウンコ座りなどと言われる体制を取った。


「人工筋肉は体に掛かった神経負荷を確認して次の動きを読み取り伸縮する、そして日本製の人工筋肉はこの読み取りから伸縮のレスポンスが異様に速く、動きに初速を乗せやすい…これが瞬発力に優れる理由だ」


 そのままトンと軽く飛び上がると、停止状態から20m近い幅跳びを見せた。思わず隊員達は息を飲む。彼らもある程度スーツを着ての運動は行ったが、同じ物を扱っているにもかかわらず2倍近い差が出ているからだ。


「が、同時に欠点でもある。というのも…日本製の人工筋肉は力んだ最初の瞬間が最も力強く駆動する為に、の時点で大きく力をロスしてしまう訳だな」


 つまり、先程のように停止状態からの幅跳びを行う際、もっとも力が出る初動のボーナスタイムをしゃがむという力を使わなくても出来る行動に費やしてしまい、出力の落ちた脚力でジャンプを行うというパワーロスが発生しているのだ。


「試しに一度脱力した状態でしゃがんで幅跳びを行ってみるといい、恐らく初心者でも15mは軽々飛べる筈だ」


 皆が顔を見合わせ幅跳びを行い始めると、事前に使い込んで居た時よりも動きに鋭さを見せた強化スーツに驚く表情を浮かべた。


「という訳で本日学んでもらうのは…姿勢制御や動きの為の事前動作を脱力した状態で行い、人工筋肉にさせなくても良い動作を知ってもらう。走る事もある程度今の話しを意識しながらやれば、高速移動自体は然程難しくない」


 そう言いながら軽く駆け出すクロウ、踏み込みの度に段階的に加速度を上げていき、やがてF1カー並の速度を見せて地面を滑りながら停止する。


「と、まぁこれ以上に極端な速度を一瞬で出すと身体負荷がとんでもない事になるからあまりオススメはしないが、強化スーツ本来の目的を考えれば一応は出来た方が良いだろうな」


「本来の目的といいますと?」


 若い男性の自衛官が不思議そうに問いかけると、クロウは至極真面目な顔で答えた。


「陸上兵器の単身破壊だ、互いに航空優勢が取りづらくなった近代戦闘において、単身にて戦車や装甲車等に追いつきスクラップにするのが強化スーツの本来の目的だ」


 そもそもの強化スーツのコンセプトが、自分よりも体の大きい怪物や兵器に対して単身立ち向かう為の装備である。幼かったクロウが強化スーツをテスターという形で手に入れたのも、怪異という存在がちょうどコンセプトにあてはまり、クロウはその怪物との戦いを日常的に繰り返していたという点が大きい。


 最新型であるこの強化スーツには、クロウの戦闘データが反映されており、より大型の標的に食いつく性能が引き上げられている。日本製の強化スーツが瞬発力に富み、使用者の想定体重を軽目に設定されているのは概ねクロウのせいと言っても良いだろう。


「あの、このスーツでは流石に戦車の対人散弾は回避できないと思うのですが…」


「確かに単身破壊とは言ったが…戦闘になれば実際には戦車や装甲車が居る、其処で初弾に対人散弾仕込んでる戦車が居たら味方戦車の負担が大きく軽減されるだろ?ようするに戦車随伴歩兵が単身で戦車を破壊できるって威圧と、市街地で気づかない間に直上から対戦車地雷の塊やロケットなりバズーカなり叩き込まれるって可能性があるって事が戦術的に重要なんだよ」


 一同がなるほど、と、納得の表情を見せた。確かにクロウの言う通りバカ正直に撃ち合うだけが戦争ではなく、見せ札や抑止力というのは戦況に大きな影響を与える。

 

 敵航空機が飛んでいるから戦車を前線まで動かし辛い状況に陥ったり、狙撃兵が居るから迂闊に前進できなかったりというのは確かによくある事だ。そういった抑止力としての役目、そして実際に必要に応じて敵戦車を叩く…それこそが強化スーツの大きな役目なのだ。もちろん普通のライフル弾程度なら数発は受けれる強度があるので、歩兵戦や白兵戦においても十分な効果を齎す事は間違い無い。


「ちなみに、参考までに日本製のって戦車の対人散弾凌げます?」


「アレを壁だと思ってジャンプで回避すればなんとかなる、ちなみに俺は3度回避したぞ」


「参考にならない奴ですね、よく分かりました」


 クロウの回答に即答する男、まぁ確かに仕方の無い事だろう。普通は死ぬ。


「まぁ今は無理に思えるだろうが存外この訓練で出来るようになるかもしれない、其処は個人の努力次第という事にしておく。では、先の話しを踏まえた上で各々強化スーツを使って12方向にジャンプ訓練だ、どんな体制からでも15mを一瞬で幅跳びできるか否かで生存力は大きく変わるからしっかり訓練するように」

 

「「「「了解!」」」」


 こうして、1日目の訓練が本格的に始まった。



 クロウの訓練により、比較的早く基礎的なジャンプテクニックを習得した自衛官達は、クロウの提案によりちょっとした応用訓練に入った。それはクロウ対自衛官10人による強化スーツ同士での対人訓練だ。


 とはいえ、格闘戦ではなく撃ち合いのみの簡単な物だ。というのも、強化スーツでの対人格闘訓練は互いに高い実力を求められる。腕力や脚力が数倍に上がっている状態で殴り合いを行うと、内蔵破裂や骨折のリスクが非常に高いからだ。


 実際クロウとアルフォンソや葛乃葉が訓練するときも、強化スーツに互いに動きのリミッターを設定しての訓練を重視しているのだ。ようするに演舞に近い殴り合いを行う…だが演舞と侮るなかれ、そもそも実力が低いと相手の舞に付いていく事すら出来ずに拳を当てられる。


 極限まで無駄を削り攻防一体の動きを見せるアルフォンソ。一秒でも早く相手を殴り倒す防御を許さない突破力を見せる葛乃葉。そして攻撃・回避・防御・優位位置の確保…それら全てを一度の動作で行うクロウ。3人それぞれ高い技量を見せるからこそ訓練として成り立っているのであり、素人が3人と戦おうとすれば例え遅い速度での演舞であっても3発も受ける事は出来ないだろう。


 なので今回は動きを意識した撃ち合いの訓練なのだが…。


「ダメだ!また2人喰われた!!」


 廃墟に響く軽い発砲音。その発砲音の主である自衛官3人は、的確にクロウを狙い発砲するが、地面を這う蜘蛛の如き動きで回避され…挙げ句には飛来した弾丸を


「脚部ヒット!?なんだよそれ!?」


 投げ返された弾丸が自衛官の一人の脚部にヒットした事により、被弾部の動きが強化スーツ側の制御によりロックされる。


「動け動け!それじゃぁスーツがあっても無くても変わらんぞ!!」


 クロウの声を聞いた自衛官2人が、足をやられたもう一人に肩を貸しながらタイミングをあわせて飛び、室内へと逃げ込む。滑り込むような形で室内に入ると、被弾した脚部の再起動を行い初めた。仲間による治癒行為はハンデとしてOKとクロウが決めたのだ。


「どうなってんだよアレ…動きが別次元過ぎる…」


 最初は流石に10対1でなら上手く追い込めば勝てるとタカをくくっていた。だが実際にはその卓越した動きに振り回され、ついつい訓練通りの動きをしてしまい一方的に撃ち倒されてしまっているのだ。


「強化スーツと普段の撃ち合いは違うって、意識させる為の訓練なんだろうけど…あの動きは流石に無茶苦茶だろ」


「話しには聞いてたが化物過ぎるわ、あの速度で建造物を飛び回りながら精密射撃とか反則だって」


 通常、射撃というのは足を止めて行う物である。もちろん動きながらの撃ち合いもあるが、少なくとも走りながら撃って狙って当てる等ほぼ不可能に近い。その為クロウも怪異との戦いでは散弾をメインとしているのだ。


 では、クロウは一体どうやって狙いを定めているのか。答えは跳躍中、空中で横方向に常に同じ高度と速度を取って飛翔しながら発砲しているのだ。速度と高度が一定であれば、ある程度其処に偏差を入れて発砲すれば確かに当てる事は可能だろう。


 もっともかなりの訓練が必要なのも確かではあるが。


 空に数度の発砲音が響き、そして音が消える。繰り返す事3回…戦場が静かになった事になんとなく状況を察しながらも、一応確認の為に無線に声を掛けてみる自衛官。


「他に生きてる連中は居るか?」


 問いかけるが応答は無い、この部屋にいる3人以外は全滅したのだろう。


「入り口と窓を固める、すまんが…ッ!」


 窓から飛来してきたソレに目を取られた瞬間、入り口からクロウが音も無く…だが恐ろしい速さで侵入して来た。思わず窓側に銃を向けてしまっていた一人は、銃を向け直す事すらできないままに腹部と頭部に弾丸を受けて死亡判定。


 足をやられて壁を背に座り込んでいた男は、入り口のクロウにいち早く気づけたが…。


「なっ!?」


 部屋を四方八方へピンボールのように飛び回りながら接近してくるクロウ。線としか捉えられない程の動きで目で追う事も難しく、気づけば隣で銃を乱射していた味方が撃破され、負傷判定の彼も又、銃を肘で押しのけられながら心臓に3発の弾丸をもらい死亡判定を受けていた。


「ゲームセット、これで10勝目だな」


 カシャンと、窓から投げ入れられた空のマガジンが地面につくと同時にゲームセット。クロウが僅かに滲んだ汗を拭い、肺に溜まった空気を吐き出しながら…だが満足そうに頷く。


「では、一旦休憩だ、休憩ついでに今の戦いの悪かった所の反省会と行こうか」


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