たのしいキャンプ
キャンプの話しから丸一日、クロウは別のキャンプ場に来ていた。とはいえレジャー目的のキャンプ場ではなく…軍隊のキャンプ地である。
轟音を響かせるヘリからキャンプ地を見下ろすクロウ、今回のクロウの仕事は自衛隊に採用予定の、
「デモンストレーション代わりに少し飛び降りる!ソチラは後ほどヘリポートに着陸してくれ!」
「は!?何いってんですか!?まだ地上まだ600メートルは…ちょっと!?」
パイロットに一声かけるとそのまま飛び降りるクロウ。ちなみに大地に手足がつくタイミングで上手く衝撃を逃し、その上で体に負荷がかからないように全身を横滑りさせるように回転すれば、例え4,000メートルだろうが大気圏からだろうが問題無く着地可能である。もっとも二歩間違えれば潰れたトマトになるが。
一応、着地か回転どちらか片方だけの失敗であればスーツが破損するだけで済むのだが、それならパラシュートを使った方が幾分も安価である。つまり…危険だから止めたほうが良い部類の行為である事は言うまでも無い。
もっとも、クロウはこれを完璧にこなす。しっかりと練習をしているからだ。
落下してくるクロウに数人の自衛官が気づき、慌てふためく様子を見せるが…どうこう出来る訳でもない。やがて数秒の後…ズドン、と鈍い音と共にクロウが無傷で着地した。
落下した直後に回転を入れて衝撃をさらに殺す事で、完璧な着地を見せたクロウ。そんな彼に周囲から人が集まってきて声がかけられた。
「ご、ご無事で…?」
「ああ、スーツの最終調整と言った所だ…強化スーツのレクチャーに来た、宜しく頼む」
体についた土を払いながら軽く一礼するクロウ。クロウの狙い通りヘリポートに空より鋭角に突っ込んで着地したのだが、クロウの到着を待っていたと思わしき数人のお偉方が、ヘリポートまで駆け寄ってきた。
「これは…CLOSEの!?なんて無茶を…」
「強化スーツの基礎性能テストレベルだ、一切問題無い」
そう言いながら事前に葛乃葉から受け取っていた資料にあった顔写真を思い出し、今回のクライアントの元へと歩いていくクロウ。
「お初お目にかかるCLOSEのクロウだ、今回は門脇氏からの要望を受けて強化スーツのレクチャーに来た、双方有意義な時間になる事を期待している」
「あ、ああ…どうもご丁寧に…私は守宮一茶と申します、階級は2等陸佐です」
あっけに取られながらも、クロウの差し出した手を握りしめるスーツの男性。
「今しがた見せた通り、強化スーツは使い手とメーカーによって想像以上の性能を見せる。これは時に相手の虚を突く事にもなるし、今までの装備では行えなかった優位な位置取りや進軍ルート…そして新たな戦術を生み出す事になる事は明白だ。国防の要である自衛隊が
若干の早口でしゃべるクロウに圧倒されながらも、クロウが協力的である事に気を良くする守宮。
「ええ、我々としてもアーマードスレイブの採用は避けたいと思っています、ロボットに対するロマンは確かに無いとは言えないのですが…その、お恥ずかしながら資金繰りが」
「ハハハ!違いない…アレは金食い虫だ、それにそっち方面で伸びてるロシア・中国との摩擦やアメリカからの圧力は避けられないからな」
クロウの言葉に一瞬目を細めて警戒を強めるも、表情は変わる事なく微笑みを浮かべたままの守宮。
「ご存知ですか」
「ウチの目と耳が優秀だからな、そうだ…ちょうど今日あたりウチの若手エースが中国のブリキ缶を数台スクラップにする筈だ、良い絵が取れたらデータを送ろう」
「ハハハ、頼もしいですな…ではこちらへどうぞ」
表情は笑いながらもその瞳は笑っていない、クロウもそれを理解しながら微笑み頷き守宮についていくのだった。
◆
一通り打ち合わせを終えて、クロウは強化スーツを着込んで運動用のグラウンドで待機している男女それぞれ5名の元に来た。皆微動だにせずに待機状態を維持しており、見事と言うほか無い。
「私が今回諸君に強化スーツのレクチャーをするクロウだ、宜しく頼む」
「「「「宜しくお願いします」」」」
良い返事だとクロウは頷く。皆若いが鍛えているのは見て取れる、これならば多少基礎を飛ばしても良いと判断したクロウは少しだけ訓練過程の変更を思い立つ。
「今は時間が惜しい、早速だが強化スーツの筋力サポートをオフにして二時間程ランニングを行う、軽く手足に疲労を覚える程度で良いからスピードは重視しない!自らのペースで走るように!」
「「「「承知しました!」」」」
「では開始!」
その言葉と同時に我先にと走り出す隊員達、クロウも同じペースで走り出すと全体の速度が僅かに上がった。クロウとしても、此処の所戦闘ばかりで基礎訓練を怠けていた所があるので少し感覚を取り戻したかった為に、ありがたい事であった。
得に変わり映えする事もなく二時間、途中で水分補給を挟ませながら行われた走り込みであったが、流石に誰一人として大きく息を切らしている様子は無い。
「よし、では此処から本格的な訓練を開始する、まずは強化スーツのクセを掴んでもらう訓練を行う!今流通している強化スーツは概ね三種類、日本式、イギリス式、アメリカ式でそれぞれ採用されている人工筋肉にクセがある、恐らく仕様書等には乗って居ないが…誰か分かる物はいるか?」
「はい!アメリカ式は出力に優れ、日本式は軽く、イギリス式は双方の中間の性能であります!」
一人の男性がハツラツと答える。
「50点の回答だ、アメリカ式はパワーに優れるがバッテリーと筋肉重量が重く、防弾機能を重視されている。対して日本式は防弾はそれなりで、人工筋肉グラムあたりのパワーが最も高く瞬発力もありバッテリーも軽いが…体重が85キロを越えた場合は瞬発力が落ちる。続いてイギリス式は操作難易度が最も高く、代わりに使いこなせばアメリカ・日本の双方を部分的に超える事が出来る」
一旦言葉を区切るクロウ、全員の体重は見た所80kg前後と言った所であり、日本式の強化スーツを使うには少々重いメンバーが揃っていると感じた。
「以上を踏まえた上で、体重75kgのまったく同じ実力を持つ人が同じ銃を持ち、それぞれ日本・アメリカ・イギリスの強化スーツを着た場合、勝つのは誰か分かるか?」
「……アメリカ、でしょうか?」
一人の女性が答えるとクロウはその先を促す。
「根拠は?」
「防弾性が高いからです」
「残念ながら外れだ、事戦争という側面から見た場合は日本製品が最も銃での撃ち合いに向いている、理由は…瞬発力だ」
クロウは言葉を続けた、強化スーツで最も強化される点は力ではなくスピードと踏破力なのだ。兵士の持つ銃器が火力を上げつつある今、多少の防御性能による差は其処まで大きな物ではないとクロウは考えている。
「確かにアメリカの強化スーツは硬いが、その気になれば9mmでも貫通させる事は可能だ、方法は分かるか?」
問いかけに誰も答える事が出来ず、沈黙が数十秒流れた後クロウがその答えを口にした。
「簡単だ、強化スーツで走り最大速を乗せて発砲すればいい、今諸君が着ているその強化スーツだが…個人用にチューンした上でリミッターを外せば理論上マッハ1.5までの加速が可能だ」
驚愕の表情を浮かべて、自らのスーツを見つめる隊員達。
「流石に其処までの事を行えば身体負荷が大きくかかりミンチになるだろう、だが…それ程のスペックを備えているという事は理解してほしい、さて、諸君等は音速で動き回る物体に対して一兵士が弾丸を当てる事は可能だと思うか?」
「不可能とまでは言いませんが…ほぼ当たらないかと」
「では、時速300キロの物体」
「難しいですが、単調な動きならば」
「では、諸君等にはこの3日で300キロ程で複雑に動き回る標的になってもらう事にしようか?今日中に移動速度を上げる方法、明日にその速度を殺さずに動き回る方法…最終日で弾丸を回避しながら相手の首をもぎ取る方法を学んでもらうから覚悟するように」
その宣言に、思わず全員の表情が強張る。思いがけず地雷を踏んでしまった隊員に刺さる視線はとても冷たい物であった。
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