心の傷
「じゃ、後はリーリャと朱雀に任せる、AQUAには裏口から入るように伝えてくれ」
「了解した、金額交渉はリーリャに任せるがソレ以外の事に関しては私からも口を出させてもらうからね?」
「頼んだ」
クロウは部屋の片付けが終わると会議室を後にした、今回AQUAはリーリャ個人に対しての依頼だそうなのでクロウはあまり関係ないのだ。恐らくだがCLOSEという会社に対して依頼出来る程の金銭は無い為に、見せしめが得意なリーリャ個人を指定したのだろうとクロウは推察している。
階段を降りて一階に行くと其処には改装途中の店内があった。かれこれ2回目の改装であり、今回はガウスの襲撃により吹き飛んだ店内を修復している訳であるが…。
「「「「マスター、お疲れ様です」」」」
メイド服に身を包んだ付喪神達が恭しく一礼する。今回は業者を雇わずに付喪神達に作業させているのだが、これが中々難航…否、それぞれの意見をすり合わせているようで遅々として進まないのだ。
「お疲れ、それで此処の修理の目処は立ったか?あまり遅いと業者を呼んで修理させる事になるが…」
「ええ、最終2案まで絞り込めたのだけれど、どちらにするか迷ってたのよ」
新しく増えた付喪神の中でも感情豊かなニューリーダー格、アリサカ・ベイオネットがそう答えた。彼女は名前の通り日本で製造された有坂銃の付喪神であり…何故か金髪ツインテールでツンデレという過積載気味な個性を持って生まれてきた。
そんな彼女が最終2案と書かれたホワイトボードをクロウに差し出すと、思わず首を傾げるクロウ。
「……たこ焼き屋だよな?」
「ええ、たこ焼き屋よ?」
「これだとクレープ屋に見えないか?」
其処に描かれていたのはクレープ形の看板を掲げた店であった。
「あの不味いたこ焼きが売れる訳ないからお昼のメインをたこ焼きクレープにして、それ以外では普通のクレープ屋にするのよ」
思わず沈黙するクロウ。確かにあのたこ焼きは美味しくないかもしれないが、クロウ自身にとって、あの味は思い出の味なのだ。たこ焼き器…もとい、八咫の鏡を手渡された一人の男性から、このビルとあのたこ焼きのレシピを受け継いだのである。
故に、このたこ焼きで世界を取りたい。たこ焼き屋を本業から趣味にしたからこそ、全力を出せる場所まで来たのに…これではただの美味しいクレープ屋になってしまう。
「…もう一つの案は?」
「なんの面白みも無いたこ焼きメイド喫茶よ、お昼にはフレンチの…」
「たこ焼きメイド喫茶でいいや、頼んだ」
「えっ、ちょ、ちょっと!?社長!?」
が、クロウも流石にあのレシピではちょっと無理だよなー…と感じ始めては居たので、出来る限りたこ焼き屋の形を保ちつつ妥協出来る所は妥協していく事にしたのだ。具体的に言うと硬派なたこ焼き屋はやめてサブカルチャーに逃げた。
幸いにして付喪神達は、皆、見目麗しいので集客自体は望めるだろう。不慣れな女の子達が作ったたこ焼きという事にしておけば、まぁそれはそれでアリと思う客もいるだろうと思ったからである。
要するに…クロウは少し大人になったのだ。
「ん、まだ何か?」
「メイドとたこ焼きなんて安直すぎないかしら?」
「……日本
「ぐっ、それを言われると私もちょっと苦しいのだけれど…!?」
「安直なぐらいの方がとっつきやすくていいんだよ、それに此処は学生の帰り道でもある…実際アリアが店番やってる時の集客は良かったから方向性は間違って無い筈だ」
「単に社長の顔が怖すぎるだけだと思うのだけれど」
「……俺も最近ちょっと気にしてるんだぞ」
「なんか…ごめんなさい、あっ!でも私は日本男児!って感じで好きよ?」
その言葉に何故か落ち込むクロウ。理由が分からずあたふた仕出すアリサカを見かねたのか、少し落ち着いた雰囲気を持ったブランズウィックの付喪神が耳打ちをした。
「社長、最近元カノに復縁断られたという話しだから、あまりそういう話ししちゃダメよ?」
「うぇっ!?ちょっと繊細すぎない!?」
「しー…声が大きいわ」
「………繊細……か」
どんよりとした空気をまとい始めたクロウ。
「だ、大丈夫よ社長!社長って肩書だけで既にモテモテよ!社長ってば既に日本でもトップクラスのお金持ちでしょう!?女の子なんて掃いて捨てるほど寄ってくるわよ!!」
「アリサカちゃん、それフォローになってないから…」
「ええええ!?なんでよ!?実際社長モテるでしょ!?……多分?」
「それ本人がモテてるんじゃなくて役職がモテてるって言ってるような物だってば…」
「……ぐっ、い…言われてみればそうかも、で、でも私社長の良い所も一杯知ってるのよ?小動物とか好きで子猫に近寄ったら親猫に引っかかれそうになったりとか…あっ、違う!今の無し!えーっと、優しい!お金持ち!通好みの顔!」
「アリサカちゃん、恐ろしい勢いで墓穴掘るのはやめた方が良いと思うの」
「し、仕方ないでしょう!?私男の人の褒め方とかわかんないわよ!?でも社長が良い人ってのは分かるし、何時も皆の事気遣ってるせいで心労結構祟ってて…それで皆の前でも空元気で、ちょっと見てて痛々しいっていうか…本当は笑顔が素敵なのにしかめっ面ばかりで…心配なのよ……胃薬結構服用してるし」
最後あたりは消え入りそうな声で呟くアリサカ、どうやら彼女なりに自らの主人であるクロウの事を心配していたらしい。
「アリサカちゃんは社長さんが大好きなのね?」
「そそそそそ、そんなんじゃないし!ただ理想の日本男児みたいな顔で、立ち振舞に隙が無い武術の達人っぽくて、3歩下がって付いてこい!って感じの男らしさとかは確かに素敵だなーって思うけど…って何言わせるのよ!?」
バシバシとブランズの背を叩くアリサカ。
「そうだ、社長さん、もしよかったらアリサカちゃんと気分転換でもしてきたらどうかしら?」
「その必要はありません」
突如、ブランズの声を遮るようにして入り口から響く声。それに一斉に振り返る付喪神達の視線の先にはアリアの姿が見える。アリアは付喪神達の間をすり抜けクロウに近づき一礼すると、先の言葉の続きを述べたのだった。
「クロウ様、気分転換にキャンプ等如何でしょうか?」
「……む、キャンプか」
それまでどんよりとしていたクロウが、明らかに強い反応を見せる。アリアはクロウのツボを心得ている為に、アリサカのような露骨な失敗などせず…的確にクロウを元気づけていく事が可能なのだ。
もはや手慣れた物とでも言うべきだろうか。
「CLOSEの創立からずっと休み無く働かれていましたので、朱雀様に諸々押し付けてそろそろ息抜きでもどうかと…幸い今なら輪転道も手伝ってくれますし、人頭が集まれば再び忙しい次期に突入すると思われます」
「このタイミングを逃すとゆっくり出来る時間が無い訳か」
手を顎に当てて考える素振りを見せるクロウの言葉に、大きく頷くアリア。
「はい、尚、今回のキャンプにはリーリャ様も是非参加したいとの事で」
「懇親会も兼ねてる感じか?」
「はい、私と2人でのキャンプの方が良ければ、そちらもスケジュールを組めますが?」
そんな、アリアの提案に首をふるクロウ。そんな彼の瞳は、かつて共にあった人々を懐古するように虚空を眺めていた。
「いいや、キャンプは3、4人でやるのが一番楽しい」
「畏まりました、では…私、社長、リーリャ、アリサカの4人でキャンプに行きましょう」
「えっ!?あたしも!?」
アリアの唐突な呼び出しに驚くアリサカ。彼女は店が完成するまでの間陣頭指揮を取るつもりで居た為に、寝耳に水である。
「拒否権はありません、実質社長命令だと思ってください」
そう言って、アリアはアリサカに有無を言わせず彼女の身柄を確保するのであった。
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