妖精女王爆誕


「診断結果が出たわ、上原さん…貴方妖精になっちゃったみたいよ」


 イスに座腰掛けた、何時ものドレスに白衣を纏ったリーリャが足を組み替えながら簡潔に診断結果を宣告した。


「妖精って?」


「ええ、貴方のお友達と同じになったの」


「ど、どうして!?」


 思わず慌てふためく上原。どうやら、自らが人間を止めてしまった事に大きなショックを受けているらしい。まぁ…当然の話しではあるのだが。


「長く妖精の世界に居すぎると起きる現象なのだけれど…身に覚えは無い?」

 

「……え、えーっと」


 そう、上原はビルの2階を妖精たちの楽園として作り上げ…しかも其処で毎日寝泊まりしていた。本来妖精に誘われた子供が長く居すぎて妖精となる事案は幾つかあったのだが、成人女性における案件は恐らく世界で初めての事である。


「その、家に帰るのが億劫で…毎日二階で寝泊まりを…」


「それが原因ね」


「な、治るんですか!?」


「……新しい体を作って其処に脳を移植すれば行けるかもしれないわね、旧い体はこっちで回収して色々調べさせてくれるならタダでいいわ」


「ち…ちなみにせ成功率は…?」


「世界で初めての試みだから完全に0かもしれないし、案外簡単に行くかもしれないわ」


 ニッコリと微笑むリーリャ、それは事実上の死刑宣告のようにも感じられた。


「とはいえ、妖精の体もそう悪い事ばかりじゃないわよ?体重も変わらないから食べ放題飲み放題、お肌のダメージケアに気を使わなくてもいいし…若返るし加齢しないし枝毛も生えないわ」


「このままでいいです!」


 即答する上原、若返りと加齢が消えるという所で既に元に戻る事を諦め…もとい、妖精として生きる事を決意したのであった。世の権力者がこぞって欲しがるであろうそれらを意図せず入手出来た上原はある種の強運とも言えるかもしれない。


「なんにせよこれから定期的に検診が必要になると思うから、何か違和感を感じたり変わった事があったらしっかり教えてね?」


「はい!」


 最初の不安げな表情は何処へやらといった様子で、上原は微笑むのであった。



「おっ、戻ってきたな」


 検査に時間がかかるという事で、現状仕事のある葛乃葉・ヒロフミ・アルフォンソ・アリアが抜けた会議室に再びリーリャと上原が戻ってきた。クロウ・朱雀・コレットの3名はトランプでセブンブリッジをしながら暇を潰していたらしい。


「結論から言うと上原さんが妖精になっちゃったみたい、今の所別段問題は無いみたいだけどね」


「……妖精になって問題は無いってのが良くわからんが、まぁリーリャが言うんなら多分大丈夫なんだろう。あ、ポンで上がりな」


 無表情のままカードを全て捨て去るクロウ。同時にグシャリとコレットが崩れ落ちた。


「ぐああああああぁぁぁ!また私が敗北者…ぐぅぅぅ…」


「……アンタ顔に出過ぎだよ、にしても成人女性が妖精化なんて聞いた事もないね?これも天使の輪が落ちた事に関係してるのかい?」


 クロウよりも先に上がっていた朱雀がキセルを吹かせながらリーリャに問いかける、リーリャも朱雀もこういった事案を知らないとなると、やはりとても稀有な事例なのだろう。


「0では無いと思うけれど、大本の理由は別にあるから遅かれ早かれって所だと思うわ」


「はは、相当妖精に好かれてるねアンタ…存外先祖が妖精だったりするかもだよ?」


 朱雀がおどけた調子で言うと、驚いた声を上げる上原。


「そんな事あるんですか!?」


「可能性の話しさ、なにせ昔から日本では怪異と交わる話しも多いからね?というか葛乃葉だって狐だからね」


 鬼然り、雪女然り、葛乃葉然りと言った所だろう。なんにせよ子供の頃から今に至るまで妖精に対して高い親和性を持つ上原ならば可能性は低く無いと朱雀は睨んでいる。


 と、不意に朱雀がキセルの中身を掌に落とし、握りつぶして何らかの術を構築する。


「……クロウ、今日来客はあるかい?」

 

「いんや?誰か来たのか?」


「AQUAの連中が来た、武装は最低限、話し合いみたいだね」


 少し驚いた表情を見せるリーリャ、少なくともリーリャの感知範囲には何の情報も拾って居ないにも関わらず、朱雀は詳細な状況まで特定したのだ。


「今度是非ソレを教えてもらいたいわ」


「アンタにゃ喫煙はちぃと速いさ」


 冗談めかして頭を撫でる朱雀と頬をふくらませるリーリャ。こうしてみるとまるで母親と娘のようにも見える微笑ましい光景…なのかもしれない。


「相手の回線に割り込んで話しかけてみる、ちょっとまってな」


 そう言うと目を瞑り小さく何かを唱える朱雀。朱雀は中国系の占術・仙術の類いにも長けており、その肉体の特製と合わさり新しい世代の仙人と言っても過言ではない。


「………リーリャ、どうやら仕事みたいだよ」


「あら?AQUAから私に?」


「依頼内容は彼らの出資者の殺害、要するにマフィア共の蹂躙さ…どうやら奴さんらCLOSEとの殺し合いを命じられたらしい」


「賢い選択ね、だけど彼らは金銭分の話しはするって聞いてたけれど?」


 そう、彼らは正しくビジネスマンだ、支払われた金額に見合った仕事はする筈であり、出資者達がこれまで出していた金銭分の働きぐらいはするだろうが…。


「成功報酬での依頼だそうだ」


「ああ、のね…」


 少なくともAQUAがCLOSEに勝てる筈も無い。後援者がそれを知っての依頼、即ちAQUAは切られたと言って良い。


「バカな奴等さ、先払いでたんと支払ってやればやる事はやったろうに」


 AQUAという組織の構成員は貧民層からの出が多い。中国の場合人側の母数が多い為に、異能者の数も又多くなるが…中国という国は其処まで異能者を重要視していない。問題があれば精々民間の業者を使えば良い程度の認識だ。


 というのもオリジンを保護した日本に対して、多く反逆と血の入れ替えの歴史を持つ中国政府は長い歴史の中、オリジンの国からの抹消を図ったのだ。そして後は勝ち馬に乗れば良いという判断であり、ナンバー1よりもナンバー2として安定した立ち位置を望んだのである。


 結果として、様々な国がオリジンを持つ中彼らだけは持たぬ国となってしまったが…代わりに国家は安定し、同時に経済に力を入れ始めた。金さえ持っていれば他国と金銭を通じて良い関係を結べるからである。


 少し話しは逸れたが、今の中国ではオリジンは持たずとも長い歴の中で相応に強い異能者が育っている。本来国土が広ければ広い程異能の質は下がる傾向にあるにも関わらず、島国で一定まで通じる能力者を多く抱えているのは国家的アドバンテージと言っていいだろう。


 だが、それを活かしきれないのも又国家なのである。新たなオリジンの出現を恐れるあまりに異能者が力をつける事を嫌ったのだ。同時に起きたのがマフィアによる異能者を使った出稼ぎ事業…即ちAQUAのような組織の誕生だ、中国政府も国外での活躍であれば其処まで目くじらを立てない為に、袖の下でも通しておけば荒稼ぎしようとも目を瞑ってもらえる。


「要するにAQUAの日本撤退が決まったって事?確かに今の日本だとリスクの方が高くなりそうだけど…」


 とぼけた顔でコレットが言ったがまさにその通りだ。が、異能者が外に出ていく事に関しては国家も黙認するが戻る事に関してはそうは行かない。一種のアレルギーと言っても良い程だ、其処でAQUAの母体組織であるマフィア達は使い潰しという選択肢を選んだのだろう。


「其処で自らの身を守る為に彼らからの依頼という訳か、泣ける話しだな」


 クロウが厄介事を持ち込まれたとばかりに首を振った。知らない組織では無い為依頼を受けても良いのだが…。


「そうだな、リーリャならどうする?」


「とりあえず話しを聞くだけ聞いてみるかしら?」


「ま、そうだろうな」


 パンと手を叩いて立ち上がるクロウ、ソレに続いて掃除を開始する朱雀とリーリャ。尚、コレットは知らない間に寝ていたのでリーリャがイスごと蹴り飛ばして壁に頭から衝突させた。

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