エピローグ 天使の輪っかと悪魔の翼

 クロウは一隻の船を呼び寄せ、フルフルの元へと向かった。途中で彼女も気づいたらしく、今までのゆったりとした速度で歩み寄って来る。


 言いたいことも沢山あるが、何を言えば良いのか色々考えて…そして自然と出た言葉が一つ。


「先輩、身長伸びましたね」


【毎日牛乳を飲んだ甲斐があったみたいだね】


 クスクスと笑うその大きな悪魔は、外見こそ悪魔のソレだが…確かにクロウの知る少女であった。


【…知ってたんだ、悪魔だって事】


「知ってました」


【驚いた?】


「驚きました、でも…うん、先輩は先輩だなって」


 悪魔の体はどんどん小さくなり、やがて一人の少女へと姿を変える。トン、と船に降り立つ少女は先程とは違い目の前の男よりも数段小さい姿になった。


「キミはキミだね、クロ君や」


「はい」


 沈黙が流れる、互いに何を言えば良いのか分からないのかもしれないし…あるいは敢えて言わないのかもしれない。


「……うん、本当は会わずに消えるつもりだったんだけどね」


「消える…?」


「天使の輪が落ちるとね、私は一足先に魔界に行っちゃうのさ…詳しくはリーリャちゃん辺が分かってる筈だから気になるなら聞いてみて」


 再び沈黙が流れた。クロウが座り込むと、フルフルはクロウの足の上に座り込む。


「昔より体おおきくなったね」


 トントン、と、クロウの体を小さな手が叩く。


「はい、大人になりましたから」


「私は変わんないけどね、この体が朽ちるまでずーっとこのままさぁ」


 ニヘラと笑う少女の顔は…笑顔の筈なのに何処か寂しそうで、クロウはその顔を覗くのを躊躇い、ただ真正面を向いていた。


「……本当は、魔界とか色々話し聞きたかったんですけど、多分そんな事話すべきじゃないんですよね?」


「おっと、女心、ちょっとは分かるようになった?」


「はい、ほんの少しですが」


「あっ!見てほら!天使の輪!」


 まるで流れ星でも見つけたかのように筈んだ声で空を指差すフルフル。其処には巨大の光の輪があり、日本をまるごと囲う程の大きさであった。


「こうしてみるとキレイなんだけどね」


「本当ですね」


「……キミに、二つ伝えないといけない事があるんだ」


「なんでしょう?」


「大好き、だから…さようなら」


 そっと、フルフルの手がクロウに重なった。


「……はい、さようなら、ですね」


「うん、忘れなくてもいいけど、良い人見つけて幸せになってね?」


 空を見上げるクロウ、夜空には星が瞬き…視界が歪んだ。


「はい」


「元気でいろよ?風邪引くなよ?たまには私の事…思い出せ」


「はい」


「それじゃぁもういっこ、キミの正体を伝える…分からなかったらネットで調べろ」


「……はい」


 吹き抜ける冷たい風の中、その四文字をフルフルは呟いた。


「――――それがキミの本当の名だ、だから葛乃葉はキミを選び、勇士は集った…人々に救いを齎してあげてね?全ての愛が潰えぬように」


 そうして、光の輪が空より落ちる。それは希望であり、終焉の幕開けでもある。光と共に消えるフルフルの手をずっと握っていたクロウは…一人船の上で涙を零す。


「それが俺の名であるならば…そうありましょう」






 その日、秋が終わり。


 冷たい冬が訪れた。







 一面の銀世界、の中の故郷を思い出しながら、リーリャはその道を歩いていた。クロウに車での送迎を提案されたが、道が憶えられないからと辞退したのだ。


 吐く息は白く、だが同時に体は温かい。葛乃葉がくれた謎技術カイロのお陰である。薄いシートのような物を体に直接貼り付けると軽く発熱し、なおかつ低温やけどの心配がなく、何よりも外部の熱を遮断しつつ通気性に優れている。


 別にリーリャは寒いのが好きという訳ではない。実際悪魔と化したバーバヤガを狩りに行った時は戦闘こそ問題無かったものの、低体温症で思わず死にかけたという情けないもある。


 長い長い坂を登りきると、小高い場所にその建物が見えた。


「まぁ、なんて守りやすそうなのかしら」


 思わず皮肉を口にしてしまうその建造物は学校だ。そしてそれはかつての処刑場の上に立っていた。それなりに裕福な人々が集まる私学と聞いていたが、その立地条件はどうなのだろう?と思わず首を傾げるリーリャ。


(……私としては好都合なのだけれど、怪異が活性化してる今じゃねぇ)


 恐らく、学校の中にも既に数体の怪異が巣食っていると見ても良い。日本で一番の退魔組織となったCLOSEの記念すべき初依頼が子供お守りと考えると中々気が重い話しだ。


 ふと、坂を登る車の音に振り向くと、その車はリーリャの隣で停車した。


「ごきげんよう、見ない顔だけれど…転入生の方かしら?」


「あら、貴方は…」


 車から顔を出すツインテールの活発そうな少女、リーリャは事前に渡されていた資料に乗っていた顔である事に気づいた。彼女は学校内での最優先護衛対象であり政界の大物の娘である。


 いわばCLOSEへの出資者でありお得意様の娘なのだ。


「門脇七恵さんね、お父様とは良い取引をさせてもらっているわ」


 その言葉に驚いた表情を見せる七恵。


「……貴方がCLOSEの」


「ええ、貴方の身辺警護と学校の安全を陰ながらサポートさせてもらう事になるアルヴィナよ、気軽にリーリャと呼んでね?」


 ニコリと微笑むが、事前にリーリャの話しを聞いていた少女の顔は引き撃っている。無理も無いだろう、つい先日CLOSEはマフィアから支援を受けたAQUAと抗争に陥り…三日という短い時間で、背後組織のマフィア幹部と一族郎党をリーリャの手によってさせたのだ。


 その戦いの先陣を切ったのがリーリャとアルフォンソの二名。とはいえ、二人はほぼ立っているだけで新型の式神がほぼ全ての敵を焼き払った。以前の蜂の案件で使用した際には指揮が必要だったが、今は殆どオートで敵を焼き払っていく程の改良を遂げた式神達は、今も人に偽装して街の安全を守っている。


 後、何故かその活躍を聞いたアメリカが、レンタルしたいと言い出して来た為に、現在葛乃葉とクロウは渡米中だ。おそらくCLOSEの分社がアメリカの一等地に出来るのでは無いかと葛乃葉が言っていた。尚、蜂の件はアメリカは完全に知らぬ存ぜぬでシラを切り通した上でのコレなので…中々どうして面の皮が厚い。


「き、聞いていたよりも…可愛らしいわね、本当、ええ…」


「フフ、ありがとう、貴方もそのツインテールはキュートだと思うわ」


「あ、歩いて行くの疲れない?乗っていくかしら?」


「いざという時のルートは徒歩で確認しておく派なの、お気遣いありがとう」


「そ、そう…お仕事、頑張って…」


 そう言うと、そそくさと去っていく車。気の所為か若干速度が速いのは…きっとリーリャの見間違いでは無いだろう。


「ええ、ありがとう」


 降り積もる雪に足跡をつける車のタイヤを視線で追いかけて、ふと人の影を見つけたリーリャ。僅かに目を凝らすも…影は既になく、恐らく亡霊の類いだろうと軽く息を吐いた。


 生き物達が活発になる春より先に、リーリャにとっても、CLOSEにとっても、新しい日々が始まろうとしていた。

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