悪魔と悪魔

【出涸らし、隠形を】


「うう、酷くない?僕の扱い酷くない?」


 ネビロスの塩対応に対して抗議しつつもしっかり隠形を展開するコレット。コレットの操る隠形は少々特殊であり、持続時間こそ15秒程と短いがその間の隠蔽効果は非常に高い物である。それは仮に超一流と呼ばれる能力者であったとしても感知が非常に難しいのだ。


 コレットは不完全ではあるがソロモン王に最も近い存在であり、かの叡智の一部ではあるが利用する事も可能である。おそらくこの隠形もその知識の一つなのだろう。


「所でケルベロスさん、そろそろ背中に乗せてもらいたいんだけど」


 口に咥えられたままのせいで、唾液でデロデロになりつつ胴体に負荷が掛かる状態が続いているらしい。ナベリウスの3つの頭の中一つが頷き、雑に前方にコレットを投げ捨てると、再加速する形でコレットを背に乗せた。


「ぐえっ!?扱いが雑過ぎない!?」


【妥当な扱いでは?】


 ネビロスが杖を構えて突撃体制を取る、狙いはキマリスの肩に乗ったシャックスの召喚者だ。


【ナベリウス、攻撃の瞬間体のサイズアップを忘れずに】


【りょーかい!】


 ナベリウスの手を掴むネビロス。途端、ナベリウスが巨大化し、キマリスと同じサイズになり…。


【オラァ!】


 その剛爪を繰り出した。


 同時にナベリウスの手を掴んでいたネビロスも、伸びた手に引き摺られる形でキマリスの肩に乗るソロモン王候補を間合いに収めた。


 肉弾戦にあまり優れないネビロスではあるが、それでもほぼ完璧な肉体を得た悪魔相手に普通の異能持ちがどうこう出来る筈も無い。キマリスの対処はナベリウスに任せた以上、自らの仕事を果たすとばかりに一直線にその相手の首を狙う。


 瞬間、弾かれる一線。


【主人、奇襲だ!】


 シャックスが隠形を解き、羽を鋼鉄のように固めてネビロスの一撃を弾いて見せたのだ。


【ッ、随分と反応が良く成りましたねシャックス】


 歯噛みするネビロス。だが、ナベリウス側の一撃はキマリスを大きく揺らし、確かなダメージを与えた。


【ナベリウス!テメェいってぇじゃねぇか!】


【うわっ、怒らないでくださいよ姐さん、こっちも仕事なんですって】


【ナベリウス!ウチのバカがよりバカにされない内に……】


 シャックスを落とす、そう言葉を続ける事が出来なかった。


「いいや、既に終わったよ」


 鮮血が舞い上がるより早く、シャックスの召喚者の首が跳ね飛ばされる。


【なっ!?】


【ハァ!?】


 キマリスとネビロスが驚愕の声を上げる。それはネビロスにとっても完璧に予想外であった。


「油断大敵」


 自らの2柱が攻撃を仕掛ける瞬間、コレットは自らに隠形を貼り直してシャックスの脇を抜けて召喚者に肉薄し、そのレイピアで首を跳ね飛ばしたのだ。そうして今度はキマリスの召喚者に接近する。


【させるかっての!】


 キマリスは自らの手で召喚者を握り後方に大きく跳躍し、2柱とコレットから距離を取る。


「ネビロス!」


【ッ、分かっています!】


 途端、キマリスの手の中に居た召喚者が苦しみ始める。ネビロスによる至近距離での死霊術、それは悪霊を憑依させ自我を奪い自らの首を締めさせているのだろう。


【ネビロス卑怯だぞオメー!?】


【悪魔ですからね、卑怯卑劣は慣れたもの…death!】


 カンッ、と小刻み良い杖の響く音が響くと、シャックスの召喚者の体がムクリと起き上がり、彼が契約していた悪魔からこの場に適した悪魔を探るネビロス。これこそがネクロマンサーの真骨頂、戦場で殺した分だけ加速的に戦力を増加させていくのだ。


【此処にいましたか!頼みますよグラシャ=ラボラス!】


 光と共に出現する翼を持つ大型犬。だが、次の瞬間それは落雷に飲まれて消し飛んだ。


【は?】


 ポカンと口を開けるネビロス。すると彼女の疑問に答えるようにその落雷の主が出現した。


【ああ、ごめんごめん、巻き込んじゃった……ねェ!】


 玄武ことフルフルが、ガープをついでとばかりに投げ飛ばして軽く謝罪する。互いに本体同士であればまだ分からない勝負ではあるのだが…いかんせんガープの召喚者であるガウスがソロモン因子を後付で移植された半端者である上に、フルフルはフルパワーで戦えるのに対しガープは全体の35%程の力しか出す事が出来ない。


 正直な話、これでは勝負にすらならないのだ。


【フルフル!?っていうか体それ本体なのでは!?】  


【アハハ、わかるかい?でもキミも結構な体の出来じゃないか、ソロモン王はキミの所で決まりかな?】


 コレットですら悪魔の持つ70%程のパワーでの召喚である事を踏まえるに、100%の権能を持つ悪魔の強さがどれほどの物かわかるだろう。


【キミ達クロ君に雇われたんだろ?なら一時休戦だ、ガープを嬲ってくるからそっちは任せたよ】


 そう言って再び吹き飛んだガープへ一瞬で追いついて追撃を仕掛けるフルフル、どうやらソロモン王の戦いは完全に勝負がついたようだと、ネビロスは僅かに頭を抱えるのだった。


 だが、ネビロスは未だフルフルの言葉の真意を理解出来ていなかった。否、おそらくこの場にソレを理解できる者が居るとするならば…グレモリーただ一人だけだったのだろう。



 その頃、完全に蚊帳の外であったアルフォンソの所にもソレは訪れて居た。


「やぁ、みんな」


「……っ、ハクメイ」


 裏切り者、彼女達の先生を殺したと思われる存在がニコニコと笑いながら、そのガールズバーの地下室へと入ってきたのだ。薄暗い光の中、体の周囲に炎を纏う姿は…少なくとも話し合いをしに来たようには見えない。


「全員逃げてくれ、さすがに庇いながら戦うのは無理だ」


 そう口にするアルフォンソ。戦う前であるというのに、既に彼の額には大粒の脂汗が滲んでいた。対して、さも自然体と言った風を装いその魔女帽子を正すハクメイと呼ばれた少女。


「ウォーロック!?ハクメイが!?」


「いいや、恐らく彼女は君たちの知るハクメイとやらじゃぁ無い」


 その言葉にニヤリと笑うハクメイ。そうしてその魔女帽子に手をかけ、そっと外した。


「俺達の業界用語でというのは変装するって意味がある」


 レストランでの会話を思い出すハクノエ、確かにあの時妖精は『前に見たと見たこと無い物騒な男の人が一緒に居たよ、多分内通者じゃないかな?』と言っていた。


 つまり……。


「化けの皮が剥がれたって感じだな…


 帽子を顔からどけると、かつてハクメイであった人は…一人の男に姿を変えて居た。


「名探偵だね、アルフォンソ」


「やかましいよ、なんでキミが…って聞くのは野暮なんだろうね、追ってたんだろ?バレッダ先生の事を」


「うん、そうさ、彼女を追ってこんな魔境の島国まで来たのさ…けど、彼女があまりにも幸せそうにしてたからさ、一緒に楽しんでたんだけどね?」


 ふぅ、と息を吐くアルフレド。


「彼女は死んでない、生きても居ない、少なくとも…このにはもう居ない」 


「……どういう、事だ?」


 問いかけるアルフォンソ、だがアルフレドは何かを考える素振りを見せるだけだ。


「オイ!胡散臭いオッサン!」


 其処で、不意に後ろから声が響いた。


「アンタ、ハクメイを何処にやった!?」


 シロツユが怒鳴りながら問いかける、するとみるみる内に不機嫌な表情へと変わって行くアルフレド。


「うるさい子ウサギだね、今ボクはアルフォンソと話している、少し


 突如、自らの喉を抑えて苦しみ出したシロツユ。アルフレドにより言葉と呼吸を封じられたのだ。アルフォンソレベルであれば抵抗できるが、魔術魔法を覚えて高々100年にも満たない人間が彼の魔力に抗う事はまず不可能なのだ。


「シロツユ!」


 シロツユに駆け寄るハクノエ、だがアルフォンソは倒れたシロツユに一瞥すらくれる事をしない。否、出来ないというのが正しい。それをすれば一瞬でこの場に居る全員が死にかねないのだ。


「驚いた、女にすこぶる優しいアルフォンソが無視を決め込むなんてね」


「既に1人か2人生かせるかどうかって所で考えてる、キミ相手だと庇いながらなんて不可能だ」


「ん、冷静で助かるよ」


 アルフレドがパチンと指を鳴らすと、シロツユの喉に空気が通る。


「さて、何処まで話したかな?ああ、ハクノエって子がどうしたかって話しだけど…そんな子初めから存在してないんだよ、僕が作った偽物の存在さ」


「そんな、だってハクノエは子供の時から…」


「そう、、流石にちょっとおかしいだろ?」


「アルフレド、そんな話しはどうでもいい、それよりも…何故あの程度の魔導書を求める?キミなら腐る程持っているじゃないか」


 ピタリと、動きを止めるアルフレド。


「っ……クククク!こいつぁ傑作だ!まさかキミほどの人が気づいていないなんて!いや、違うな…とぼけてるのかい?」


「何?」


 ニタニタと笑いながら、アルフォンソに近づくその男。そうしてアルフォンソの肩を叩いて耳元で…真実を呟いた。


「それは天国への門だ…もうすぐ天使の輪が落ちる。渡したまえ、君たちや世界に危害を加えるつもりは無い…ただ彼女と共にあろうと思っているだけだ」


 今のアルフレドならば簡単に殺せる。だが、アルフォンソは不思議とそうする気にはなれなかった。後方には自らの血の繋がったである…ハクノエも居るのだ。此処で無茶をする事も出来ない。


「信じても?」


「ウォーロックの誇りに誓って、そして私は詭弁や嘘が嫌いだ」


 僅かに迷った後、クロウから預けられていたその魔導書を、そっとアルフレドに渡すアルフォンソ。


「ああ、キミが利口で本当に良かった…だから、一つアドバイスをあげよう」


 まるで宝石を受け取るかのように、繊細な手付きで受け取ると、その怪しい男は抱きしめるようにして本を抱えた。


「アドバイス?」


「どうしてこの世に神や悪魔…ああ、この場合本当の悪魔を指しての事だが…それらが居ないのかわかるかい?」


「……?」


「天使の輪が落ちる時、その答えが見えるよ…ちょうど湾岸部でキミの雇い主と、はした金で雇った私の兵士が殺し合いをしている筈だ。輪が落ちる最後まで…僕と一緒に顛末を見届けようか」


 そう言って男は、再び意味深に微笑むのであった。


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