分岐ルートE
互いに切迫した切合の中、先に息を上げたのはガウスであった。
「息上がってきてんぞオッサン!」
既に音が消え去っている筈のクロウの動きはこの土壇場に来てさらに冴えを見せていた、同時に焦りを見せるガウス。スーツのシステムをダウンさせるグローブを持ちながらも、未だマトモに一撃すら当てることが叶わない状況に流石に違和感を覚える。
(何が違う?装備、技術、あるいは…)
ガウスは理論を構築する、今までの近接戦のやりとりで一切の矛盾は無かった…と、思う。いや、違和感は少しある。
銃器だ、何故銃器をあまり出さない?ガウスがその体に宿している一柱…すなわちガープという距離を操る悪魔の力で、一瞬で距離を詰めてアウトレンジからの射撃を行わせないようにしているが、それでもあの銃は鈍器としての使い道がある筈だ。
それなのに何故使わないのか、ガウスは其処に僅かな違和感を覚えていた。いや、まだある。何故近接戦でその刀を抜かないのか、飾りでつけているならさっさと投棄すればいい…つまり、何か抜かない理由はある筈なのだ。こちらに合わせて肉弾戦に固執する何かが。
クロウの武器は大まかに分けて4つある。一つは格闘術、二つ目に自由に製造できる銃器、三つ目に光速移動可能な纏、四つ目に戦艦の召喚。ガウスはこの内から三と四による攻撃を封じた、つまり残り二つの中に見落としがあると言う事だ。
(だが、何を見落としている…?)
クロウは優れたフィジカルの持ち主ではあるが、少なくともグローブを数度(受け流されたとは言えど)受けた筈の強化スーツは多少ガタが来ている筈なのだ。実際クロウの使っているモデルのカタログスペックから考えるに機能停止に陥っているという事は無い、だが不具合は出ていないという事も無い筈だ。
その状況で一切の陰りを見せる事なくあの動きを維持出来るのはありえない。ガウスも長く強化スーツを着込んでいるからこそ理解出来る、それは無いのだ。
(………オイオイオイオイ!?まさか!!!)
そうして、ガウスはようやくそのトリックに気づいた。即座に索敵式を駆動させると…居た、幻影の後ろに隠れてゆっくりと歩くクロウの姿が。
「光源操作による隠形!?なんでこんな簡単な手に……!」
いままでよりも大きく踏み込み、その幻影を無視して突っ切ろうとするガウス。だがその幻影はガウスの体を蹴り飛ばした。
「ぐっ!?」
モロに内蔵に入った蹴りを受けて、そのまま後方に弾き返されるガウス。一体何が起きたのか、そう思って見上げると再び"幻影"のクロウが殴りつけてきていた。無論、本人は後方で悠々と高みの見物をしている。
「本物を見抜いたのは見事だが、俺の能力を侮りすぎだ」
クロウには五枚目の手札があった。それはつい最近完成したばかりでガウスが知りうる筈の無い物だ。展開中は銃器が出せない上に純粋な格闘術しか使えないという物ではあるが…。
「光による分身作成だと!?そんな馬鹿な!?!?」
そう、リーリャや葛乃葉から"分身ぐらい作れた方がええんとちゃう?"だの、"ライフストックは重要よ"だの、クロウ本人としては無茶言うなよと思うアドバイスを貰ったのをなんとか活かす手段として、光による分身作成を練習した。
もともと光による隠形は魔眼等と呼ばれる目視索敵方法以外なら簡単に見つかる、其処になんらかの隠形式を加えて二重構造にしておいてようやくそれなりの効果を発揮すると言って良いだろう。
しかもクロウは隠形式が苦手…というか使えない、なので接近戦中に急に異能で作った分身とすり替わる練習をしてみたのだ。まさか目の前で敵が堂々とすり替わるとは思わないだろうと、そういう所を意図しての練習だったのだが…存外、というのは失礼だろうか?とにかくクロウはすり替わりが上手かった。
リーリャ、葛乃葉、アルフォンソの三人は少なくともすり替わりに気づかず、経験豊富なヒロフミとクロウをよく知るアリアのみが僅かな違和感に気づいて索敵を行い気づけたぐらいだ。特に索敵に関してかなりの技能を持つリーリャと葛乃葉の目を数十秒とはいえ誤魔化せたのは最早快挙と言って差し支えない。
「まぁ気づかれたからといって、ソチラの思惑通りの接近戦なら然程問題ないのがこの術の良い所だ」
自らの不利を察したガウスが鬼札を切った。否、切らされたと言うべきか。
「ガープ!
ストン、と、ガープの眼の前に落ちる小型の核弾頭ロケット。クロウはそれに思わず思考停止した。まさかそんなものを日本国内で発射するなど、正気とは思えない。
「いや、ちょ……正気か!?」
「月面旅行にご招待だ!」
そうして、夜空に幾度目かの光が満ちた。
◆
クロウのONになった通信越しに響いたデイビー・クロケットという言葉に、即座に反応したのはヒロフミであった。
「むっ!影蛆!彼岸花!」
影蛆を天空高くに投げ、リーリャ特製の四次元ポケット…もとい逢魔ウェポンラックからその薙刀を取り出す。真紅の刀身に鮮やかな朱染めの紐飾りがまるで本物の彼岸花を思わせるソレを掲げると、幾つもの薄い障壁がクロウの居る船を覆い尽くすように展開される。
彼岸花の能力は毒性のある薄い結界を作り出す事であり、その結界を通過した物に対し様々な
その分素通りできる物の設定や、毒を盛る標的に対してはかなりの融通を聞かせる事が出来るのだが…。しかしながら、人間で30枚程通過しないと致死に至らず、大凡二四時間の経過で毒の蓄積は抜けるというなんとも微妙な物であった。
が、其処は道具であり武器、やはり使い手次第といった所である。
ヒロフミはこの薙刀の結界を紙吹雪のように細かく散らし操る事で一瞬で即死枚数を通過させる方法を編み出したのだ。蛆影のような群生の能力を使いこなせるヒロフミであるからこそ可能な芸当ではあるが、それは確かに驚異だろう。
「核兵器や毒ガス相手にどれだけの軽減が出来るか不明ですが…」
完璧に敷き詰められている訳ではないので、爆発程度ならば衝撃や炎を纏めて殺して最低限の威力まで引き下げる事が可能だが、細菌兵器等は流石に殺し切るのは不可能だろう。もっとも、たとえ細菌兵器であったとしてもかなりの被害軽減を行う事は可能であるからこそ、この障壁による周囲の守りを選んだのだが。
結果として、この結界の毒性は放射線の殆どを封殺した。ヒロフミがその結界を通過する事を許したのが前線で戦っている人々に対して害を与えない物のみと即座に定めたのが効いたのだろう。
「船はまだ健在、社長は無事のようですね」
僅かに胸をなでおろす。核弾頭程度で死ぬ男だとは思っていないが、やはり心配なのだ。決して口には出さないが、ヒロフミはクロウの事を自らの子供のように思っている。
ヒロフミには子も妻も居ない、それが足かせとなると理解しているからだ。修羅の道に堕ちるとは、即ち自らの幸福の一切を切り捨てて何かを成す事。
人の世の為になる事をこそ成す、それがヒロフミが修羅に堕ちた理由だ。だがクロウは修羅などに堕ちずともそれが出来ると証明しつつある。自らが成せなかったソレを目の前で見たいと…ヒロフミも強く望んでいるのだ。
この作戦においてもヒロフミ一人であれば、街の被害を容認して蜂の殲滅を優先した。人を救う気が無い等ではなく、彼にはソレしか出来ないからだ。
思わず笑みをこぼすヒロフミ。
自らの中から守るという概念が消え失せたのは何時だっただろうか?若い時は、確かに何かを守る為に戦っていた気がする。だが、ソレではダメだったのだ。
心が折れたと言うべきでは無いのだろう、ヒロフミの道に挫折は無かった。ただ…こぼれ落ちる物を拾うことをやめただけだ。
だが、クロウはそのこぼれ落ちる物こそを大切であると思っている、そしてヒロフミもそれを感じていた。馬鹿だと笑う事は無い、呆れる事も無い、ただ見つめ続ける事がヒロフミに許された事だ。
自らが作る事の出来ない未来を、彼が作る様を見つめ続けて…そして見届ける事なく死に至る事が最後の贖罪であると知っているから。
余命は知らない、後どれほど体が動くかは知らない、きっと戦士としての寿命は近いのだろうが…。それでも、死ぬのは戦場で最後まで戦って死ぬと心に決めている。
「未来を、見せてください、我らが王よ」
光が収束に向かう中、一つの修羅は…誰に言うでもなくそう呟いた。
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