運命流転


 動きに陰りが見えたのはクロウが先だった。


「……っ…はっ……はっ……!」


「息が上がってんじゃねぇかよ若人!」


 先に息が上がり初めたクロウ。理由は複数あるのだが…装備重量の差とグローブの打撃によるスーツの不良だろう。スーツのシステムこそダウンしていないが、普段通りのスムーズな動きができなくなり妙に動きにつっかかりが出るのだ。


 結果として、徐々に無駄な体力を消耗してしまい、先に息を切らし始める事になった。だが…まだ息が切れてきた程度だ、その程度ではクロウは止まらない。


 クロウが闘法を変えた。先程までのフィジカルを前に押し出した物から、柔術や太極拳、システマをメインとした物へ。急に緩やかな動きになったクロウに僅かに警戒しながらもガウスは誘いこまれるように脇腹に蹴りを入れる。


 途端、三半規管の機能が失われたかような錯覚に襲われるガウス。蹴った足を基軸にして投げられ、3度の回転をしながら甲板に強かに叩きつけられる。さらに追撃で入るクロウの全体重を乗せた片膝、ジャンプからのソレは深々とガウスの内蔵に突き刺さり、確かなダメージを蓄積した。


「ガッ……コっ…の!?」


 スーツの保護機能がなければ確実に内蔵が破裂していたであろう衝撃は、肋骨の数本を確かにへし折った。だが、その程度ではガウスも止まらない。


 ガウスの方がクロウよりも5歳程年上ではある、あるのだが…人生での戦闘経験時間はクロウの方が長い。なにせ小学生の頃から怪異と関わって来たのだ、その生涯は常に戦闘の連続だ。


 事実、今ですら複数の感覚を失いながらも、直感と戦闘経験から来る予知に近い先読みでなんとか優位に立っている。とはいえ、シャックスの妨害は確かにクロウを蝕み続けているのも又事実。


 既に、音はクロウには届かない。


「フー……」


 だが、それすらも集中力の向上という形で発揮されるクロウ。そしてクロウはソレ以上の追撃を行わず自らのスタミナ回復の為に費やす、同時に恐らくクロウが動いていたならば当たるであろう箇所にキマリスの黒い刃のような光が飛来した。


「コイツ…バケモノか!?」


 ガウス自身も彼の事は強いとは理解していた。だが此処まで封じれば多少は勝ち目が見えると思っていたのだ。だが…クロウの強さは尚、想像の上を行く。戦闘勘、経験、技術、理論構築、様々な要素を並べ立てられた納得の行く強さ。


 異能だけではない、苛烈なまでの積み重ねは…確かにこの場にクロウを生かし続けている。


 キマリスから再び飛来する黒閃、僅かに数歩のみを緩やかに動き回避。無論見てからでは間に合わない速度、だが攻撃のクールタイム見きったクロウであるならば…次の相手の手を予測して先んじて回避を行える。


 だが同時に…。


「オオオオオッ!!」


 ガウスがクロウの意図を理解し一気に距離を詰める、クロウが完全に時間稼ぎに入ったのと直感的に気づいたのだ。距離を取って異能で戦おうとしても一気に距離を詰められる、近接戦を仕掛けてもキマリスの援護で決定打を与えられない。


 ならば、いっその事勝負をつけずに時間をかければ良い、クロウが出した結論はそれだった。もっとも、この結論に至ったのはシャックスのせいでもあるだろう。


 通常であれば一人でなんとかしようとしただろう、社長としての実力を皆に見せる為にそのような手は選ばなかった筈だ。だが、この場においてその手は最も効果的であった。


 少なくとも、ガウスの余裕を全て奪い取る程度には。


「やれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!ガアァァァァァァプ!!!」


 結果論だけで見るのであれば…それは悪手だったのだろう。クロウとの距離を取られた際に何度も利用していた悪魔…ガープの力をソロモン王に使い、クロウの後方から強襲をしかけさせたのだ。


 あるいはこうしていれば…などという様々なIFはあれど、それを選んでしまった。


「ッ……?」


 疑問に首をかしげるクロウ、自らの胸から伸びたその刃が正しく認識出来ない。だがやるべき事は分かる、その刃の持ち主を絶命させねばならない。


 貫かれた刃を掌で押さえそのまま全力で押し戻すと、後方で血が溢れる音がした。その刃の柄が未だ見ぬ後方の誰かの腹部を突き破ったのだ。そのまま一瞥すらくれずソバットを後方に打ち込むと、誰かの上半身は下半身と泣き別れして海に落ちていった。


 残ったのは立ち尽くす下半身のみ。同時にクロウの脳がクリアになり…キマリスと共にあったシャックスが消え失せる。


「あ…あ……ッ」


 異能で傷口を燃やす、深い傷だ、そう長くは持たないだろう。だからこそ…。


「……殺……す」


 残りのリソース全てを、ガウスへ振り分ける事を決意した。


「ヒッ……!?」


 ゾクリと、ガウスの背をおぞけが走る。それで即死しなかったのは一重に運が良かったのだろう。気づけば、ガウスの顔から左顎がなくなっていた。同時にクロウの船が何隻か霞のように消え落ちる。


「がへっ…、はには……」


 何が起きた?口にしようとしても上手くしゃべれない、其処で初めて自らの顎が消失している事に気がついた。


「ぎっ…!ひ!」


 次いで消え失せたのはガウスの左足、バランスを崩し体が宙に浮いた事で初めて気づいた。さらに今度は腹部、これにはきっと気づかないだろう…その前にきっと死に絶える。


 クロウの纏は文字通りの光速移動を可能にする、だが現在は精々亜光速が良い所、それ程までに弱っている。


 …だが、其処で烏は力尽きた。ガウスの心臓を食い破り、戦艦を蜂の群れに突っ込ませて起爆して。


 しかし、蜂の全ては焼ききれず…街に被害が出て…。



 パン、と、手を叩く音で目が覚める。


 周囲を見渡せば其処は砂時計の中のような空間、あるいはエジプトの砂漠のようにも見えた。


「コレが彼の未来かい?」


 砂の中に埋まった椅子。それに座っていた少女のような姿の悪魔、フルフルが眠りから覚めながら呟いた。


「確率で言えば7割ぐらいかな?決して低い数字じゃないと思うけれど」


 砂漠のような砂時計の中ラクダに乗った青いドレスの悪魔、グレモリーが柔かに宣告する。


 グレモリーは未来を見通す悪魔だ、宣告されればその運命は確定となりえる程の物であり、少なくとも今フルフルが見せられた光景も無視できた物では無い。


「キミのソロモン王が死ぬことになるけど、いいのかい?」


「いいのいいの、どうせ紛い物だし優勝者はコレットで決まりだもの」


「確か…シヴァの女王の血統を引いてるんだっけ?」


 その言葉にふくれっ面になるグレモリー、


「あの女にも困った物よね!普段キリっとしてるのにソロモンと二人きりになった瞬間猫なで声までだしちゃって!卑しいったりゃないわ!」


「まぁ、絵に描いたような有能な妾だよね、ソロモンはあんまり愛して無かったみたいだけど」


「私からみたら十分愛してたように見えたけど?まぁ、そのあたりはどうでも良いの、問題は貴方の彼を助けなきゃって事よ」


 グレモリーの言葉に顔を僅かに赤らめるフルフル、それをニヤニヤと見つめながらもグレモリーは言葉を続けた。


「貴方の取れる手段は3つある、一つはシャックスを強襲して強制送還させる事、二つ目は蜂の群れを焼き払う事、三つ目はキマリスの邪魔をする事ね」


「キマリス強いからなぁ、シャックス倒すのが一番楽かな?」


「けど、貴方の奇襲は恐らくキマリスに弾かれる、貴方なら2対1でもなんとかなるけど…後一手ほしいわ」


 いつのまにか周囲は砂漠のような砂時計ではなく、アラビア風の宮殿になっていた。だが、フルフルはさほど気にした様子もなく、目の前のテーブルに置かれたミルクティーに手を伸ばす。


「美味しいねこれ」


 目を見開いて思わず口を抑えるフルフル。


「そうなる運命にある物を選んだもの」


 だが、彼女はミルクティーを味わう事なく一気に煽ると席を立つ。


「また、機会があれば入れてくれるかい?」


「残念、私これから良い人としばらくバカンスなの」


 その言葉に思わず停止するフルフル。


「恋人?キミが?」


 フルフルの知る限り、グレモリーと言う悪魔は美しい少女の外見をしているが…恋や愛とは無縁だった筈だ。


「まだ未満かなー?運命の輪から外れて、全てを変える力をもってる稀有な人、私に優しくて…びっくりするぐらい面白くて、だけどとっても悲しい人」


 楽しそうに語る彼女の表情は、まるで年相応に恋する乙女のようだった。


「今なら貴方の気持ちも分かるわ、コレが愛で恋なのね」


「それの為なら、なんでも出来る気がしてくるだろ?私もそうだよ…お茶、ありがとうね」


 そう言い残して、フルフルは紫電の如くに消え失せた。


「…もったいない、別れの為のこの世界で最高の一杯だったのに」


 ぷくぅと頬を膨らませて、だけどとても楽しそうに友を見送ったグレモリー。きっと二人にしか分からない友情が、そこには確かにあったのだろう。



 



 

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