本番開始


「クソ、全員手一杯か!」


 戦艦数隻のロックを外して動かし、悪魔へ火力を集中させるクロウ。複数の火線は悪魔の体に触れることなく途中の空間で何かにぶつかったように拡散する。同時にその拡散した光源は、直撃こそ避けたものの悪魔の乗る馬の脚部を飲み込んだ。


 僅かにバランスを崩し、だが即座に馬を再生して体制を持ち直すキマリス。


【クソいってぇなぁこの野郎!?つーか聞いてた話と違うぞクソッ!?光だから属性守護でどうにかなるんじゃ無かったのかよ!?】


 キマリスの召喚者が光を屈折させ守ったようだが、そもそもの出力が大き過ぎるのだ。むしろ直撃を回避しただけ上等と言っても良いだろう。


【掠めただけでこれだと直撃したら俺はともかくソロモン王が消し炭だっての、気張って守りやがれ!つーかシャックス!テメェもだんまりしてねぇでとっとと前でろや!】


【そっちと違って、こっち一撃貰ったら強制送還なんだけど…】


【かーっ!これだから根性ねぇ奴ァよお!あんなもん俺なら数百は………オイオイオイ!マジで数百撃ってくる奴があるかよ!?】


 先の逸らされた光の具合から見て、最大火力を持続的に行えば押し切れると判断したクロウは各艦のVLSを稼働させ、空を埋め尽くす程のミサイルを投射した。一発一発が巡洋艦を一撃でえぐり取る程の威力を備えており、その弾数に制限は無い…一体どちらが悪魔か分からない光景だ。


【だー!撃ち落とせシャックス!】


【もうやってるって…】


 キマリスの剣から放たれた黒い斬撃が、シャックスから放たれたと思わしき大きな羽の矢が、空を覆ったミサイル群を叩き落とし、空に光の花を咲かせた。


「…やるな」


 その手際に思わず感嘆の声を上げるクロウ。遠距離では埒が開かないと判断し、距離を詰めるべく近場にあった戦艦金剛へと向かう。移動速度はフロートウェポンより戦艦の方が上なのだ。


 だが、金剛に向かい方向転換を行った瞬間、両断されるフロートウェポン。クロウは咄嗟に足のロックを外し、近場にあった伊58に飛び乗る。


「っ!誰だ!?」


「Hello、Black Man」


 ガァン!と大きな音を上げて来した弾丸、それも心臓を狙った物。クロウは咄嗟に上半身を捻り回避すると、それは潜水艦の表面装甲に大穴を開けた。


「アメリカのエージェント!?このタイミング…ッ!?」


 大穴から溢れた光を見て別の船に飛び移るクロウ、だが、クロウよりも先に着地していたガウスが、その大型のライフルで空中に居るクロウを狙い撃つ。


「ッチ!」


 だがクロウも負けてはいない、船上にあるウェポンコンテナからショットガンを自らに射出し、その銃身で飛来した弾丸を相手に叩き返した。


 驚愕で表情を歪めるガウス。大げさにその弾丸を回避すると、先程と同じ用に着弾後に大爆発を巻き起こし炸裂。クロウは爆風の中に飛び込むような形で船体に着地する。


「クソ、アメリカの新兵器か何かか…?」


 数秒後、後方で爆散する伊58。元々脆いとはいえ…どうやら通常の銃の炸薬ではないらしい。


「よう兄弟、景気はどうだい?」


 爆風の中から、ゆったりとした歩みで軽口を飛ばしながらガウスが現れる。


「アンタの国より儲かってるよ」


 ソレに軽口で答えるクロウ。


「ハハ!イエローじゃなくてゴールドモンキーって呼んだ方がいいかい?」


「いいね、どの国も大切に扱ってくれそうだ」


「檻の中でならな!」


「金が欲しけりゃ炭鉱に帰りなヤンキー!」


 そうして、示し合わせたように戦闘が再会された。ガウスが仕掛けたのはインファイト、アウトレンジではクロウに分があると踏んだらしい。当然だ、弾丸を弾き返すような奴と撃ち合いなどやっていられない。


 ガウスに合わせるようにクロウも接近戦を挑み、軽くジャブを放つとガウスはそれを最小限の動きで回避、直進しながら肘鉄をクロウの水月狙って放つ。だが肘鉄はクロウのエクステンドアームにより停止させられた。

 

「なっ!?」


「卑怯と笑えよ」


 そのままフリーのエクステンドアームで脇腹を狙い殴り抜けるクロウ。だが、ガウスは即座に後方にバク転しながら引いてそれを回避した。


「おっと、侮りすぎたな」


 そのまま距離を詰めつつ2本のアームと自らの手でラッシュを仕掛け、ガウスを船の端へと押し込んで行く。クロウの拳を、エクステンドアームの拳を受ける度に衝撃でジリジリと後方に飛ばされるガウス。


「落ちろ!」


 端まで追い込んだガウスを狙い、いざ突き落とさんと左右から飛来するクロウのエクステンドアーム。だがそれは突如として停止した。


「なっ!?」


「オラァッ!」


 持ち直す隙を与えてしまったガウスの蹴りを受けて、もんどりうって吹き飛ぶクロウ。一体何が起きたのか確認するも、完全にアームがクロウの指示を受け付けないという事だけしか理解できなかった。


「なんでって顔だな?グレムリンだよ、雑魚怪異にも使い方はあるのさ」


 グレムリンとは精密機械に悪戯を行い不具合を齎す低級怪異だ。通常クロウレベルなら一瞥しただけで消し飛ぶような雑魚ではあるが、どうやら今回ばかりは別らしい。


「怪異使役か…節操がないな?」


「使役とは違うな、グレムリンを加工して…グローブにしたのさ」


 それをクロウに見せつけるように手を握りしめるガウス。


「なっ!?」


 思わず息を飲むクロウ。つまり、あのグローブで強化スーツに触れられると機能停止に陥る可能性がある。だが、先のアームのシステムダウンを見るに少なくとも数度触れられないと停止させる事は出来ないようだ。


「じゃ、仲良く殴り合おうや」


「そう…だなッ!」


 突如、船体が大きくバレルロールのように回転すると、バランスを崩すガウス。クロウは其処に弾丸を打ち込むが、ガウスは隠し持っていたワイヤーアンカーで別の船体に逃げようとした。


「取った!」


 狙いすましたかのように空中へ飛んだガウスを狙う駆逐艦、雷の主砲は確実にガウスの命へ王手をかけた。回避不能のタイミング…だがそれは雷が突如爆発した事により空振りに終わってしまう。


【こっちの事忘れてんじゃねぇよ!クソ野郎!】


 雷がタイミングを伺っていたように、キマリスも又その船を狙い定めていた。クロウに焦りが滲んだ。悪魔だけならばなんとかなる、あの男だけならばなんとかなる。


 だが、流石に3対1では分が悪い。


 そして、頼れる仲間は皆手一杯だ。


「……久々だな、この感覚」


 クロウにとって数年ぶりの、所謂いわゆるピンチであった。



 クロウとガウスの戦いはギリギリ薄氷の上で拮抗していた、キマリスとシャックスからの攻撃で幾つかの船は沈み、足場を失った付喪神やリーリャ特製の遺体が堕ちていくのを見た。


 金額的な損失もそうだが…後で葛乃葉とリーリャの2人が怖い。そう思いながらも一先ず目前の敵に集中するクロウ。


(クソ、蜂と悪魔に振り分ける火力のラインがギリギリ過ぎる…後数隻落とされたらアウトだぞ…!)


 シャックスのせいで、頭が回らなくなっているせいもあってか中々に厳しい戦いを強いられている。流石に其処は悪魔の力と言わざるを得ないだろう。


 船を飛び越えて、再びクロウに肉薄するガウス。何度振り切ってアウトレンジに持ち込んでも、即座に距離を詰めてくるのは恐らく何かトリックがあるのだろうが…少なくとも今のクロウにはその答えに至る力は無い。


「それイギリス製の強化スーツじゃねぇか!国の誇りはどうしたよヤンキー!」


 ガウスが放ったストレートを肘を蹴り上げて反らし、そのままガウスの膝を蹴りつけるクロウ。僅かに数歩下がったガウスだが、即座に持ち直し、一瞬で距離を詰めて拳を放つ。


「イギリスもアメリカの親戚みたいなもんだ、歴史の勉強不足だぞ」


 ガウスは拳主体、クロウはガウスの下半身に対して蹴り主体で戦うが…体術ではクロウが上手らしく、ギリギリガウスの拳を避けながらも上手く戦っている。様々な要素はあるが一重にアルフォンソとの模擬戦で得た経験がここぞとばかりに発揮されていると言っても良いだろう。CLOSEの中では能力こそ控えめなアルフォンソではあるが、対人での戦闘技能は恐らく随一だ。


「虎の威を借る狐って言葉しってるか?」


 ガウスがクロウの蹴りをマトモにうけ、ひるんだ所をチャンスと踏み込んだクロウ。だが、その踏み込みと同時にキマリスからの黒い光線のような攻撃が、クロウのみをピンポイントで狙って飛来する。


 先程からキマリスが押し込めそうなタイミングを見計らうかのようにして、攻撃を飛ばしてくるのだ。デカイ図体と粗暴な言動に似合わず中々繊細な攻撃も可能であるらしい、あるいは召喚者側の指示かもしれないが。


「ニホンゴワカリマセーン」


 キマリスの攻撃でなんとか持ち直したガウス。二人は軽口を飛ばし合いながらも、互いに攻め手にかけ二人ともが焦りをにじませた。


 クロウの戦闘勘は上手く火力を振り分け悪魔と蜂をギリギリ抑え込んでいるものの、ガウスを抑え込むには至っていない。ガウス側としてもこのまま長引けば蜂の数が減り続け、不利になる事は理解している。だが、シャックスからの知覚阻害も又、時間経過と共に重い物になっていく為に、まだチャンスはあるのだ。


 今はまだ、互いに釣り合ったガラス細工の天秤の上に居るが…時間経過によりやがてこの天秤が何方かに傾くのは明確である。


 しかしながら、運命の女神の姿は…まだ双方見えないようだ。

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