フロントラインで捕まえて

「だあああああ!制御がおっつかねえええええ!!」


 黒鉄の展開した足場から水の異能を放つ少年、彼は個人で今回の作戦に参加した個人経営の祓い屋である。実力こそこの場の皆に劣る物の、汎用性の高さと蜂との相性が悪く無いという理由から、やや無理やりにつれてこられたのだ。


 少年の名はアツロウ。アーツと言う偽名で活動している比較的若い世代の異能持ちだ。実家は漁業を営んでおり、小さい時から水と共にあった事から水の異能を獲得したと思われる。


 そんな彼は足場の周囲に水塊を浮かせ、突撃してきた蜂を飲み込み動きを大きく鈍らせた後、其処を他のメンバーが狙い撃ちにするという戦法で前に出て他のチームよりも目覚ましい成果を上げていた。


「頑張れ小僧!今のお前は最高に輝いてるぞ!」


「気合だ小僧!後で飯と酒と女おごってやる!」


「きばれ小僧!なんならウチの組織に来てもいいぞ!」


「小僧じゃねーよ!アーツだよ!!でも後で奢ってもらうからなチクショー!!!」


 通常の異能という区切りで考えた場合、最も優れているのは水と雷の2属性が上げられる。特に水は質量と強度を持ち合わせており、弾丸や対物ライフル程度ならば軽々と防ぎ、しかも長時間発動しても異能の消費が少ないというおまけつきだ。


 攻守共に優れた異能。特に水辺では文字通りの無敵に近く、町中でも下水等を利用して即座に戦闘状態に移行出来るのが強みだろう。弱点らしい弱点と言えば動かす水が無いと異能の消費が激しい事、水の量が少ないと出来る事が限られる事…この2点だろうか?


 雷に関しては言わずもがな。だが、その2つの異能の発現は非常に稀である。雷は本来金の異能の派生系である為に習得難易度が高く、使いこなせる者が少ないが、水に関してはを克服しなければならない。


 人は無意識下で水を恐れる。息が出来ない事や何も見えない暗い海に対する恐怖。そういった物を克服するのは難しく、同時に克服しても属性相性が悪いと使えないのだ。


 が、その分汎用性は非常に高く、今回のように敵対怪異との実力差が大きくとも限定的に戦闘が成り立つ程になる。恐らくもう少し海上に近ければ少年だけで足止めと撃破が可能になる程だろう。もっとも、それは効率が悪いので今が最善の状況であるとも言えるのだが。


「一旦溜まった蜂を落とす!水の再展開まで15秒ぐらい!」


 流石に大量の蜂を抱えすぎたのか視界が悪くなってきた為に、全ての水を落とす。この手順は3度目であり、ある程度は慣れてきてはいるが…。


「おら!気張れよお前ら!」


 水塊に溜まった蜂を一旦落とし視界を確保する一団、途端に先程まで様子見をしていた蜂が彼らの足場に殺到した。


「うおおおおおおお!急げえええええ!小僧ぉぉぉぉぉぉ!」


 金の異能持ちが叫び声をあげながら、手にした大型の手裏剣を投げつけ、大蜂を3体纏めて真っ二つに切断。即座に新しい手裏剣を作り出すと、再度投擲…それを繰り返し撃破数を増やしていく。

 

 又、別の異能持ちは風で蜂達の羽ばたきを阻害し、動きを鈍らせてから風の刃を放っては木っ端微塵に切り裂く。複数の行動を同時に行っている上に、高威力の刃を放っている為に損耗が激しい筈だがそんな表情を一切見せていない、恐らくかなりの手練なのだろう。


 少年以外にも腕が良いメンバーが集まっているらしく、即席ながらも見事な連携を見せる。彼らだけで既に100を越える数は落とした。落としたのだが…。


「クソっ!数人が限界だ!一旦船の影に隠れる!」


 黒鉄の一人が声を上げる、足場の上の過半数が既に息切れを起こし始めている事に真っ先に気づいたのだ。


「金属性持ちの損耗が大きい!小僧!前方だけでいいから水膜張れるか!?」


「問題ない、行くぜッ!!」


 海水を巻き上げて前方に盾を展開し、蜂の突進を弾きながら足場はやや後方へと下がり、やがてクロウが展開した駆逐艦の船体にくっつくようにして、隠形を貼り停止した。


「ハァッ…ハァッ…す、すまん…」


 先程手裏剣を投げていた男が息を切らしながら謝る、だが、そもそも遠距離攻撃に向かない金属性がそれを行う事自体がかなりの無理をしているのは、皆も理解している。


「いや、其処の風持ちと小僧以外は皆徐々にガス欠になりつつあった、他よりも優位に戦えるからとペース配分を誤ったか…余力のある者は何人いる?」


 この場合の余力とは、最低限離脱しながら戦闘できるだけの力であり、金属性持ちはその過半数が余力を失っていた。倒れ込んで息を切らす者も少なくない現状を見て黒鉄の男は離脱を断念する。


「まぁそうだろうな、流石にキツイ…船を拠点にすれば戦闘自体は続行できそうか?」


「ウェポンコンテナがあるって話しだ、ガス欠起こしてる奴はそれで戦うしかないな」

 

「足場を解体して防御陣地を形成する、ただしこれをやると後方まで引けないが…まぁ今更か」


 既に後戻りは出来ないのだ、それこそ今更である。


「そういうこったな、小僧、ヤバイと思ったらお前だけでも海に飛び込んで逃げろ、水属性なら落ちてもなんとかなんだろ」


「あんた等はどうすんのさ」


「ま、死ぬだろうがその分の金は貰ってる」


 フンと、鼻で笑うアーツ。


「悪いが俺も引けない、あんたらに奢ってもらう前に死なせる訳にはいかないからな」


「言うじゃねぇの、なら必死で此処を切り抜けるとするかね…黒鉄のあんちゃんもヤバかったら勝手に引けよ?いや、引かなくても生き残れそうだけどさ」


「残念ながら、あんた等何人活かすかで全員賭けてるんだ、0人で帰ったら仲間に笑われちまうさ」


「あっ、ひっでぇな」


 全員が軽く笑いあいながら、覚悟を決める。此処からは相手を削る戦いではなく守る戦い、CLOSEや他の面々がすばやく敵を薙ぎ払ってくれるのを待ちながら最前線で防衛戦を行わなければならない。


 決して勝算が低い訳ではない、そう自分自身に言い聞かせながら息を整える面々。心が折れた者など一人も居ない、確かに状況は厳しいが最悪ではない…ならば泣き言など言わず戦うべきだと皆が判断したのだ


 彼らはプロだ、皆泣き言を言う時代もあったが…慣れてしまった。泣き言を言っていた連中など20歳を越える頃には過半数が死体となり、25を迎える頃には前線を引退しているか全員死んでいるだろう。


「おい、アレ!」


 そういって指差す先に、一つの光が見えた。


「あれがCLOSEのトップか…クロウか、十年以上前の白虎を殺したって話しだが…これを見たら納得せざるを得ないな」


 異能で包まれた強化フロートウェポンに足を固定したクロウは、まるで空中を滑るようにしながら6本の腕に握った銃器で一息に四方八方に弾丸を打ち込み、一瞬で周囲の蜂を叩き落としていく。


「オイオイオイ、一瞬で10匹潰しやがった…」


「…マジかよ」


 数秒ごとに周囲の敵を沈め、音速の蜂に対し速度で勝り、弾丸で相手の移動を阻害し、一箇所に纏めて見せるクロウ。瞬間、その纏まりに対して黒い球体が発生し、跡形もなく全てを消し飛ばした。


「なっ!?」


 数人が驚愕の声を上げる。攻撃の主は何処かは分からないが、明らかにクロウは先の攻撃の為の下準備をしていた事だけは分かる。自分たちが身を守るので精一杯であった物量に対して一方的に削り飛ばして行く様は、最早彼らの理外にある存在だ。


「流石、ポストイザナギの頭領だ」


 先程まで黙っていた風使いがボソリとそうつぶやいた。


「知っているのか、アンタ」


 小さく頷く風使い。


「噂程度ではあるがな…CLOSEはクロウが一人一人の実力者に声を掛けて作られた組織だ、若い頃海外に出ていた時に目をつけていた連中らしい。構成メンバーは『悪魔の赤い雪』、『魔術殺しの魔女騎士ウォーロック』、風切り翁、黒紙七尾狐葛乃葉クロカミナビコクズノハ、事実上のNo2付喪神のアリア…そしてなる謎の怪異…怪異二人とリーダーのクロウ以外は全て懸賞金が掛かっている」


 大体あってるがところどころ間違ってるのは、噂の限界という所なのだろう。もっとも、この情報を得るだけでも相当なリスクを掻い潜らなければ無理なのだが。


「怪異まで居るのかよ、なんでもアリだな…」


「怪異もアリアは推定4億超えクラスの大物だ、直接戦闘能力と汎用性の高さ…そして高い知性や知識と複合属性を持つ事から実際にはもっと高いだろうな…。妖精女王も恐らくは相応のクラスだろう、なにせ妖精郷をたった1日で作り上げる程だ」


「一日で!?そりゃ王族クラスの権限で移住でもしなきゃ無理だろ!?」


「だからこその妖精女王、それらをまとめる頭領であるクロウはご覧の通り…この船団も奴一人の能力だ、はっきり言って格が違う」


「……一体どれ程の生贄を使えばこんな規模の異能を」


 その言葉に、フゥとため息を漏らす風使い。


「普通の人間を生贄にしたとてここまでの規模にはならない、恐らく巫女の血筋を100は潰してる筈だ」


「なっ!?そんだけの数を生け捕りに!?」


 ちなみに、生贄を使い異能をブーストする方法は比較的ポピュラーだ。とはいえ彼らは人を救う為に戦う事を目的としているので、そういった方法は忌み嫌われる。………実際にはテディベアを生贄にしただけなのだが、出力的に巫女なりを生贄にしたと言われた方が現実味はあるのが悲しい所ではあるか。


「今回の依頼もイザナギが出張ってこない理由が其処にあるんじゃないかと睨んでいる、恐らくイザナギが取り込む予定だった巫女をCLOSEが先んじて回収したのだろう。いかんせん、イザナギは腰が重いからな」


「だが、この蜂を通しちまえば沿岸部の街が崩壊しかねないんだろ?CLOSEの判断も確かに胸糞悪ぃが間違っちゃいねぇ…このまま行けば最小限の犠牲で切り抜けられる」


 皆、CLOSEが取った…訳では無いのだが、生贄を利用してでも止めるという方法を納得はし辛くとも肯定はしている。なにせあの蜂一匹がビルに突っ込んだだけでも100人以上は死ぬのだ、それだけは絶対に阻止しなければならない。


 と、そこで今まで口をつぐんでいたアーツが口を開いた。


「俺さ、前にクロウさんに助けられた事があるんだ」


「何!?ほんとか!?」


「ああ、その時になんでアンタはその年になっても戦ってるんだ?って聞いたら、俺等がやらなきゃ他の奴が死ぬって言ってた。だから…多分、本当は生贄とかも苦渋の決断なんじゃないかなって…」


 沈黙が流れた。手段を選ばないがたしかに彼は人を守る為に戦っているのだろう、そして何よりも、彼自身に懸賞金が掛かっていない事から非道には手を染めては居ない。


「あの人がもしそういう事をするなら、多分一人一人にちゃんと話しをして…納得してもらった上ですると思う、少なくとも…話した感じから受けたイメージだけどさ、手の届く範囲で救える物は全部救うって言ってたし、俺もそれは嘘じゃないと思う」


 再びアーツはクロウに目を向ける、流星の如く夜空を駆け抜ける様は…確かに少年があの日見たクロウだった、だからこそ少年は。


「だから、俺も戦う、もしかしたらまだ生贄になってない奴が居るかもしれないし、早く終わらせれば救える命が増えるかもしんねぇ」


 その言葉に皆は頷いた。


「俺等がやらなきゃ、金貰ってねぇ他の誰かが死ぬんだろ?そりゃ死に損って奴さ」


「違い無い、一匹でも通したら致命傷なんだ、なら俺等が一匹一匹倒す事も確かに意味はある」


「そういうこったな、休憩も十分だ…やるぞ」


 そうして、彼らは再び絶望の波へと向かって行く。それが絶望的な戦場であるとしても、最早引くことは無いのだろう。

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