最初に嘘をついたのは


「……まずいな、上手く行き過ぎてる」


 思わずそんな言葉を漏らすクロウ。そう、当初の予定よりも上手く行き過ぎている。このままでは恐らく何の問題も無く蜂を殲滅仕切ってしまう、こういう時は大概イレギュラーがあると…彼の中の本能がなにかを訴えかけてくる。


 そしてクロウはその直感を無視出来る程図太い性格では無かった。


「こちらクロウ、HQ、応答求む」


『はいはい、此方HQ、どうしたのかしら?』


「此方に接近中の悪魔の現在位置を教えてくれ」


『……ッ!ごめんなさいロストしてる!ああもうっ!悪魔なんだからそれぐらい出来る事忘れてた!』


 悪魔が一定の速度で歩んで居た為に、ある程度時間的余裕があると思い意図的に思考から外していたリーリャ、だが相手は人の理外にある存在。クロウの指示を受けての砲撃に集中する為に、悪魔の到着時間以外を思考から外していたのが仇になったようだ。


「っとォ!予感的中かッ!」


 途端、大きく旋回しながら回避行動を取るクロウ。次の瞬間、クロウを狙った黒い閃光が飛来した…恐らく後数秒気づくのが送れていたらフロートウェポンを失っていただろう。


「今の砲撃から相手の位置を逆算できるか!?」


『5秒頂戴!……………来た!そちらのアイカメラに此方の情報を一時的にリンクさせるわ、恐らく高度な隠形を使ってるから推測上での物でしかないけれど…!』


「リーリャの推測なら限りなく正確って事だ、アテにさせてもらう」 


『……そういう褒め方ズルいと思うわ』


 クロウの手の中からこれまで使用していた重火器とは違う別の物が出現する、大型のリボルバーのようにも見えるそれは、グリップと弾丸用の大型シリンダーこそあるものの、バレルすら無く残りの銃身がほぼ空洞で出来ていた。


「収束光弾で隠形式を焼き付かせる、姿が見えたら情報をこっちにも回してくれ」


 通常、隠形というのは外部からの情報…すなわち光源や電磁波等を遮断して人の意識の外へ向かわせるという方法がある。だが、それは周囲の状況がある程度一定である状況でのみ可能であり、例えばその周囲へ急速な情報の変化を与えると、どうしても情報にボロが出てしまう。


 例えるなら…夜なのに急に周囲が昼になったとしたら、其処だけ他の場所よりも遅れて明るくなったり、あるいは温度変化に不自然な変化が起きたりする。ようするに外部から大きな状況変化をその周辺に加えてやると、通常では起こりえない変化が起きるのだ。


 クロウが行おうとしているのはまさにソレであり、莫大な光源により位置をあぶり出そうという魂胆。最早先の攻撃により敵対した事は明確であるのでクロウとしても然程攻撃に抵抗は無い。


「ファイア!」


 そうして射出される大型の閃光弾、もっともそれは通常の閃光弾などとは比べ物にならない…なのだが。


 リーリャの想定位置に飛来した光の球体は、膨大な光を撒き散らし炸裂する。それは最早光というよりは至近距離に現れた太陽と言うべきだろう。事実海水は煙を上げて蒸発し、ソコにあった悪魔はその体皮が発火した。


【アッチィな畜生め!なにしやがるクソ野郎!!】


 頭に直接響くような声で叫ぶ悪魔、徐々に光が晴れるとその悪魔の全容が明らかになる。高層ビルの高さ程の騎馬に乗ったフルプレートの戦士のような姿であり、纏う空気は通常の怪異とは一線を画している事が見てとれる。


『悪魔特定完了、個体情報も獲得したからもう逃さないわ』


「こっちも目視で確認、悪魔の名は?」


『キマリス及びグレゴリー…あれ?グレゴリーの反応が少しおかし……えっ、消えた?送還じゃなくて自主帰還?何がどうなってるの?』


 困惑したリーリャの声が聞こえるが、それよりもキマリスの能力が気になるクロウ。ソロモン72柱の悪魔は大概が特殊な能力を持って居る…まぁ、割と能力が被ってることも多いのだが。しかし、被っている以外の固有の能力は少々以上に厄介だ。


「そっちも気になるが今はキマリスの情報が欲しい、つーかゴエディアの悪魔って能力かぶってたりでややこしいんだよ…」


『ソレに関しては私も同感するわ、キマリスの能力は海や川を迅速に渡る力…後は悪霊の使役や失せ物探しね、私の想定より早く接近したのは海を渡る力みたい』


「なるほど、相手もそれなりに考えてる訳だ…というかリーリャの時と違って普通にダメージ通ったんだが違いがあるのか?」


 以前クロウがリーリャの悪魔と戦った時はそもそもダメージが通らなかった背景がある。原理としては通常の怪異と違う次元に存在させたまま、人間の次元に対して一方的な干渉を行えるようにしていたからなのだが…。


『使い手が下手なだけ。悪魔を直接地球のスケールに合わせて呼び出した物だから、普通に物理干渉できるのよ』


「なるほど、ならどうとでもなるな」


『そういう事、っと…もうひとりも再度悪魔を出したわ、今度は……シャックス!?マズイわ社長!視覚・聴覚・理解力が奪われる!』


 シャックスと呼ばれる悪魔の能力には視覚・聴覚・理解力の知覚を奪う能力がある。これ以上無い程に強力な能力ではあるのだが、クロウの場合その異能の特異性から視覚に関する情報は遮断されようが、全身が擬似的に眼球として機能する為に一切関係無いのだが…。


「ん、リーリャ?クソ、音が遠いな…オイ、聞こえてるのか?」


 とはいえ、流石に聴覚は奪われたらしく何度か無線に語りかけた後に、故障と判断したクロウ。理解力を奪われていなければ周囲の音も聞こえなくなっている事に違和感を覚えたのだろうが…其処は流石に悪魔の仕事と言うべきだろう。


『ッ……マズイ!アリアさん!至急クロウの援護に!』


「既に向かっ……!?ッ、蜂が此方に集まって…明確に此方を…!」


『使い魔による怪異の操作!?まさか……!!』


 そう、この蜂の群れはソロモン王候補が悪魔より与えられた使い魔を行使して育成した物である。本来であれば残り2名のソロモン王候補を確実に倒す為に用意された切り札だったのだが、想像以上に増えすぎた上にそれが原因で発見されてしまった。


 だが、アメリカ本国はそもそもソロモン王を作る事をあまり重要視していなかった事もあり、ついでとばかりにクロウ達への攻撃作戦に投入する事を決めたのだ。


 ガウスが行き当たりばったりで全戦力を投入した…という感想を浮かべていたが、それは事実。アメリカ本国は全ての在庫処分を行いに来たに過ぎない、それは変わりの駒を手に入れたという意味でもある。



 遥か遠く、ビルの屋上に腰掛けて座る葛乃葉が居た。否、葛乃葉に似ているが…彼女と違い腰まで伸びた長い髪、そして…2本の尻尾と狐の耳を生やしている。


「こんな所に居たのか」


「あら、色男さん、ごきげんよう」


 そんな彼女に声をかけた男は…安倍景之。否、その式神とでも言うべきだろうか。


「キミ本人じゃ話が通じないからね、一応バックアップであるキミの方に話を通しておこうと思って」


 そう、葛乃葉によく似た少女は葛乃葉本人である。葛乃葉の本来の尻尾の数は九本なのだが、自己保存の為に二本の尻尾を切り分けて後方に待機させているのだ。これは何方が本物という訳ではない、葛乃葉の双方が本物であり、何方かが死んでももう片方に全ての記憶を託して残った方が本物として可動する高度な術である。


「話だけなら聞いてあげるけど…貴方の接触の仕方は失敗ね、あれじゃ私を怒らせるだけよ?」


「実は、何が原因で怒らせたのか分からないんだ…」


 その言葉にクスリと笑う長い髪の葛乃葉。


「女心が分かってないわね?まず、言葉よりも先にある程度殴り合ってから話し合うべきだったわ、それなら少しはまともに話が通じたでしょうに」


「……女…心?」


「そういう所よ」


 クスクスと笑う葛乃葉、その姿は景明の逢魔の中で乱神の如く暴れまわる葛乃葉とは全く真逆の物である。


「女を口説くなら、恋の一つでもするべきだったわね」


「……そんな余裕は僕には無かった」


「そうね、そうかも」


 僅かに沈黙が流れる。だが、不思議とそれが心地よいと二人は感じていた。


「リミット、一年後なんでしょう?」


 景明は目を見開く、まさか既に葛乃葉が日本の魔界化のタイムリミットを理解しているとは思わなかったのだ。


「気づいてたのか、ならなんで…」


「戦ってる私が、戦いながら気づいたのよ?怒り狂ってるように見えてもしっかり考えられる…女の子って皆ちゃっかりしてるのよ」


「いや、だからなんで無駄な戦いを…」


「遊びたいのよ、貴方とね」


「殺そうとしてるようにしか見えないが」


「殺し合いってコミュニケーションの延長線上にあるのよ?」


「僕の知ってるコミュニケーションと違う…」


「……何時か、クロウさんやリーリャちゃんとも遊びたいわね」


 ニッコリと微笑む葛乃葉に、式神ではある筈の景明が軽く身震いさせた。だが、それをあえて無視するように話を続ける葛乃葉。


「それで、天使の輪は何時落とすのかしら?」


「今日に一回、後は未だ未定」


「嘘つき、私の計算だと三ヶ月以内に連続して落とさないと昇華されないわよ?」


「………其処まで気づいてるのか」


「科学者ですから」


 いつの間にかメガネを掛けていた葛乃葉はフフンと笑ってメガネの位置を手で直した。


「なぁ、キミだけでも此方に来ないか?」


 バックアップとはいえ、葛乃葉は葛乃葉である。彼の目的は葛乃葉を仲間に引き入れる事であり、ならば此方の葛乃葉であっても問題は無い。だが、葛乃葉はそれをあざ笑うかのように地面を指さして言った。


「おかえりはアチラよ?」


「キミだって分かってるんだろ?もう僕達に時間が残されていない事を!」


 その言葉を聞いて、ゆっくりと時間をかけて口を開く葛乃葉。


「私達に時間が残されていないの間違いでしょ?」


 シンと、急激に周囲の温度が下がるような錯覚。あるいはそれは、言ってはいけない言葉だったのかもしれない。


「最初にをついたのは誰なのかしらね」


「……ッ!それは!」


よ、私達やヒロフミ…リーリャのようなではなく、最初に嘘をついたのは…なの」


 そして、その言葉に違和感を覚える景之。


「待て……………クロウは…人………なのか?」


「さて、どちらでしょう?」


 ニヤニヤと笑いを浮かべる葛乃葉、その笑いは確かに双方が本物の葛乃葉であると思わせる程に背筋をゾっとさせる物で…。


「なら、彼は一体なんなんだ…人にあれ程の権現を操れる筈もない!怪異で無いなら……無い………なら……」


「そういう事、だから私は彼の下に馳せ参じたの、彼ならなんとかしてくれると思って。全てはフェイク、彼の力も、彼の異能も、名前すらも…そんな物が無くても彼は彼として機能する」


「ば……かな、だって、それは全て昇華した筈じゃ…!」



「最初に、嘘を…ついたのは…?」


「……よ」


 巻き上がる風に、葛乃葉の声はかき消えた。だが、その答えは確かに全ての物語を一本の糸につなぎ合わせる言葉だった。


「さぁ、、貴方は何処に何を賭ける?」


 同時に、景明は理解した。この女は絶対にクロウを裏切る事は無いのだと。 

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