望まれた崩壊

 そう、彼等はまだ良いだろう。


 何せ奴と戦う必要など無いのだから。


 だが、俺は違う。戦って…しかも勝たなければならない。


 現状は大凡を以て千載一遇と言えるだろう、これほどの規模の異能を展開すれば本体側に回せるリソースはそう多くない筈だ…つまり肉弾戦に持ち込めば多少は勝機も見える。


 空に浮かんだ船団、あれはの蜂の目を引きヘイトを集める防波堤としての役割を持つ。その為に俺との戦闘になっても消滅させ出力を本体側に回すような行為は、そうそう出来ない筈だ。


 もっとも、それを行わせない為にわざわざソロモン王候補を使うのだが…。


 はっきり言おう、ソロモン王2人と俺では真正面から奴と戦って勝てない。蜂の群れというアクシデントがあって尚勝率5割に達するか否かという所だ。本当に…ふざけているとしかいいようがない。


 少し周囲に目をやれば、船がなければ一直線に街に向かっているであろう蜂の群れは、攻撃してくる船という大きな存在を無視出来ずに無意味な攻撃を繰り返していた。


 この足場に居る連中も、あの船がなければ絶望を感じる暇も無いくらい忙しかっただろう。


 贅沢な話しだ。


 俺には既に絶望を感じる余裕は無い。これ以上無い状況下で奴を生け捕り…もしくは殺害して、交渉を優位に進めるという本国の狂った要請を行わざるを得ないのだ。


 ……正直な話、殺そうが捕まえようが、奴等がキレて本国に攻め入ればホワイトハウスはダストハウスになるだろう。あの甲板を飛び回る死体を見ると良い、あんなのが量産された暁には兵士という職業がこの地球上から消えて無くなる。


 殺されるか、その後全てになるかと言った所だな。


 考えれば考える程嫌になる。この作戦には未来が無い、ビジョンが無い、着地点が無い。いきあたりばったりで今用意出来る戦力全てを出しましたという、お粗末すぎる作戦だ。


 だが。


 仮にそうだとしても。


『はした金で命を捨てる準備が出来てないとか言わないでくれ』


 そう言った男が居た。なるほど、言うだけはあって多分俺より強い。というか日本の企業はなんでこのレベルがデフォルトなんだ?さっき弱音吐いてた奴だってアメリカなら超一流だぞ。


 羨ましいとは思うが、妬ましいとは思わない。こんなのがゴロゴロ居ても毎月国が滅びかねないような怪異がゴロゴロ出てくるのだ、普通に第三次世界大戦でも起きた方がまだマシなレベルの化物が月間で来るとか多分政治屋の胃が死ぬ。


 そりゃクロウのような突然変異の怪物も生まれるのも納得だ、いや、納得はしたくないけれど…。


 少し思考が散らかってきた。心を鎮めよう。


 ようするに、俺は国家に奉仕する。愛国心でもなんでもない、ただ仕事だからだ。


 仮に勝利したとしても7割死ぬだろう。


 いや、見栄を張った。9割死ぬ。


 勝率は若干の希望的観測を入れて5割、死亡率9割、特攻か何かだろうか?それでもやらねばならない…いや、やる。俺の意思でやるのだ。


「すまない、少し船に近づけてくれ!」


 覚悟を決めた、俺よりも強いと思われる式神を操作している男が僅かに此方を見つめる。俺はその瞳をしっかりと見つめ返すと、小さく男は頷き船に近づけた。


「ありがとう」


 礼を一言述べて船の上に飛び降りると、クロウが仕掛けていたウェポンコンテナからライフルを取り出す。


「軽いな…」


 本物の銃よりも軽い、そして…。


「即着弾、か」


 変わった音を上げて、遥か遠くに居た蜂の額にタイムラグ無く大穴を開けた。これで死なずに飛び続けるとかどうなってるんだ、ぜひともウチの空軍に加わってほしい。


「……」


 前線で飛び回るクロウを狙って、トリガーを引いてみる。光は出ない…どうやらロックがかかるようだ、当然と言えば当然か。


「さて、と」


 後はソロモン王の到着を待つだけだ、奴等が船を抑えて、俺がクロウを抑える。話しは単純だがその難易度は双方狂った程に高い。


 目を瞑る。


 決戦の時は近い。



 CLOSEの本社ビル屋上で、手すりに足をかけてまるで船乗りのようなポーズで眺めるリーリャ、その後ろにはアリスがなにやらイスに座らされた状態で固定されており、頭にはメカニカルなヘッドギアが装着されていた。


「あの、リーリャちゃん、これ…」


「ごめんなさい、良い照準器がなかったからちょっと異能を貸して下さる?」


「拒否権とか…」


 その言葉にニッコリと笑うリーリャ。


「異能を貸してくださる?」


「ええ……?」


「貸せ」


「……はい」


 無理やり押し切った。


「でも貸すっても何をすれば?」


「其処に座ってるだけで大丈夫、安心して、苦痛は無いから」


 そう言うとヘッドギアの電源が入り、リーリャのノートパソコンに複数の映像が表示された。


「へぇ、これが貴方の見てる世界なのね…スパイ衛星も真っ青じゃない」


「こっちは何も見えないんだけど」


「使い方が下手だから見えて無いだけで本当は地球の全てを見通してるのよ、多分頭側が混乱しないように意図的に情報を遮断してるのかしら?脳側の処理能力を上げるか異能を使い慣れれば…………多分貴方を巡って国家間で戦争起きるわね」


「そんなに!?」


「そんなによ、私のパソコンに掛かってる負荷から見ても…多分建造物の中だろうがなんだろうが見通してるわ、なんなら今貴方の履いているパンツの下もリアルタイムで見れるわよ?」


 その言葉を受けて手で股を抑えるアリス、それを見てクスリと笑うとリーリャは少し真剣な面持ちになった。彼女を上手く使えばたとえ今回の任務に失敗しても、組織が信用的にも人材的にもダメージを負う事なく切り抜けられるだろう。


 だが、クロウはきっとそれを許さない。だからやるならばリーリャの自己判断で責任を以てやらなければならない。


「……無いわね」


 首を振る。


 リーリャは非道ではあるが外道ではない、それは人の道から外れた事だ。


「何か言った?」


「いいえ、そのまま気を楽に、リラックスしてて…徐々に異能側の出力が上がれば貴方も何か見えてくると思うわ」


 カタカタとキーボードを叩いて、座標を入力すると地面に置いてあった30cm程の人形が立ち上がった。その外見は一言で言うならば…異様。普通の人形にも見えるのだがじっと見つめると、その体皮がまるで蠢く虫のような物に見える錯覚を見せる。


 じっと見つめてはいけない類の物である事だけは分かる、それを見続ければ発狂する。名前を呼んではいけない、呼ばれてはいけない、見つめてはいけない、見つめられてはいけない、関わってはいけない、見る時は視線をそらした視界の端におさめてみるべき物だ。


 それは何か見えない糸に釣り上げられるように数十メートル上昇すると…。


「выстрелить!」


 カァン!と何かを打ち付けたような甲高い音が、飛び上がった人形より響く。人形より放たれた夜闇に紛れたその音階は、遥か地平の果てまで一瞬で飛来すると漆黒の球体を作り出し…その球体範囲内に居た全ての対象を消滅させた。


「…想定より速い」


 だが、一撃で潰した蜂は精々10が良い所。周囲の人員を巻き込まない為に出力を絞ったのが裏目に出ている、本来ならたった一射で10もよくぞ仕留めたと言うべきなのだろうが…。


「先読みされてるのかしら、組織だった動きを見せてるわね」


 インカムを取り出し、ヒロフミとクロウ…念の為葛乃葉にも通信を送るリーリャ。


「こちらHQ、悪魔による砲撃を開始したのだけれど相手が妙に組織だった回避行動を見せたわ、おそらく何処かに統率をとっているブレインとなる個体が居る筈、探し出して潰せば範囲攻撃で効率的な撃破が可能になる筈よ」


 その通信に答えたのはヒロフミ。


『それと思わしき個体を発見しましたが、群れの中ですね、突っ切って切れなくも無いですが…5秒程防衛が疎かになりますね』


 5秒とはいえ、その速度の蜂にとっては致命的な隙となりかねない。ならばそれは避けるべきだと判断したリーリャは次善策を取る。


「此方側でヒロフミさんのスーツについてるカメラから位置情報を割り出します、出来る限りその個体を視界におさめておいてくださるかしら?」


『お安い御用です、いやはや、本当に便利ですねこれ』


「その分欠点も多いから私みたいに直接体をイジるのが一番だと思うのだけれど…ヒロフミさんもこれが終わったらどうかしら?」


『アハハ、スーツを使い込んでから考えますよ』


 軽口を叩きながらも双方がしっかりと仕事をこなして見せるのは流石に一流か、位置情報を確認したリーリャは即座にそのポイントに、今度は範囲攻撃ではなく速度と精度のみを念頭においた攻撃を悪魔より放つ。


 そうして、その通常の個体とは異なる蜂がひしゃげて潰れた。


「HQ、不明個体を撃破、全体の動きに変化はあるかしら?」


『クロウだ、変化無し、それと此方でも謎個体を見つけて潰した。推測だが謎個体は互いにデータをリンクしあってるような気がする、今から送る指定地点に4秒後広範囲攻撃を仕掛けてみてくれ』


「了解、社長の直感を信じるわ」


 データを即座に入力し、4秒待つ。クロウが謎個体数体を同時に撃破し、謎個体の視界に死角を作った。リーリャが攻撃を行ったのはその死角となるポイントに、クロウが誘導して集めた蜂達。


 再度響く甲高い音、同時に広範囲を抉り取る黒い球体は確かに纏まっていた蜂を的確に抉り取る。


『タリホー!今の一撃でざっと100は吹き飛んだぞ!』


 クロウの弾んだ声が聞こえた、どうやらドンピシャだったようだ。


「此方でも観測、流石の戦闘感ね、恐れ入るわ」


『お見事、共に居た時間が長いからか、随分と息があってますね』


「あら、ヒロフミさんがお世辞なんて明日は雪でもふるかしら?」


『ハハハ、既に蜂がふってますからね』


『違いない!この調子で上手く目を潰して追い込んでいく、タイミングは随時送るから逃さないように注意しておいてくれ、ヒロフミさんはこのまま防衛を継続』


『了解しました』


「HQ了解、フフ、らしくなってきたわ」


 元々、相手に戦場を選ばされて防衛を強要されるような形でなければ、クロウ達が苦戦する事は無い。それは今前線に出ているメンバー達も同じであり、通常通りに戦えば其処まで苦労する事も無かっただろう。


 一重に、イザナギを切り崩さんが為。彼ら全員が苦戦するのはたったそれだけの理由なのだから。

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