選択肢
葛乃葉は僅かに揺れる視界の中で、その男を睨みつけた。どのタイミングで安倍景之の逢魔にひっかけられたのかは分からないが…宣戦布告された事には変わりないだろう。少なくともこれで平和的な話しをしようと言い出したら数百は殴らなければ葛乃葉の気がすまない。
逢魔は非常にシンプルな物だ、白い立方体があちら此方に浮かんでいる。背景も地面も全て白…目が痛くなりそうだと、軽く笑う葛乃葉。
「仕掛けて来るんやったら、このタイミングやとは思うとったけど…誘うにはえらい強引やわぁ?」
徐々に全容が明らかになっていく逢魔、広さは50km四方、強度は…葛乃葉の瞬発火力では破壊が厳しい。いや、不可能ではないが此処で力を使い果たすのはマズイのだ、なるべく温存してその男を殺さねばならない。
「えらい、色男になりはったなぁ?安倍景之?」
目を細める葛乃葉。その男はかつて彼女が話した男と姿形が変わっていた。あるいは、前に出会った時は何らかの隠蔽にて姿を変えていたのかもしれない。
「……もう一度キミと話しがしたかった」
プチン、と、何かが切れた音がしたのは、本当に錯覚だったのだろうか?
途端、葛乃葉が跳ねて景之を全力で殴りつける。否、躱された。葛乃葉の拳が振り下ろされる瞬間に別の場所にあった式神と景之の位置を入れ替えたのを彼女は捉えていた。
「舐め腐っとんかワレェ!!!!」
葛乃葉の体から周囲を焼き付きしかねない程の蒼い炎が吹き出す、怒髪天を突くとはまさに之と言わんばかりだ。彼女の体からは七つの尻尾と狐の耳が生えて、二の腕から先が獣の手足へと変わる。
「キミだって本来此方側の筈だろう!?」
「あ"あ"っ"!?ナメとんちゃうぞクソボケがァ!喧嘩売り腐っといて何が話し合いじゃァ!殺し合いやろがァ!!」
普段の飄々とした雰囲気とはまったくの別人と化して怒り狂う葛乃葉。大凡会話など通じる様子ではない。それほどまでに景之の言動は葛乃葉の神経を逆撫でしたのだ。
「キミだってわかってる筈だ!このままじゃ人は…僕らは滅ぶ!!」
「弱肉強食は摂理や!滅ぶんやったらそれが答えやろがァ!!お前のやり方にウチを巻き込むなやクソがァ!!!ウチはウチのやり方で筋通す!邪魔すんなボケぇ!!!」
今度は姿を歪めて、地面を擦るギリギリを蛇のように走りその途中で2人に分裂する葛乃葉。再び転移で逃げようとした景之の足物に、古風な陣が出現するとその転移を封じ…。
「中身ぶち撒けて死に晒せやァ!!!」
一人目の葛乃葉が腹部を蹴り飛ばし、二人目の葛乃葉が背中を蹴り潰すコンビネーションキックを見せる。同時に、ブツンと音を立てて切断される景之。だが、避ける素振りを見せなかった事から偽物であったと判断する葛乃葉。
「ッチ、初めから偽物かいな…」
グルンと、周囲を見渡し臭いを探る。だが、隠密で隠れているであろう景之の姿は見つけられない。
「……何故、そんなに怒ってるんだ」
「っ!?」
否、本物だった。
葛乃葉が振り向くと、其処には切断した景之が自らの体を繋げて立っていた。接合面の肉は未だブクブクと泡を上げている事から、先のダメージはそれなりに響いたと見て、即座に追撃を仕掛ける葛乃葉。
「人間やめたんかいな景之ィ!」
分身の葛乃葉が再び景之の頭部を蹴りつける。が、今度は足を掴まれ動きを封じられた。だが、即座にもう片方の足で蹴りつける分身、葛乃葉本人もそれに合わせるようにして殴りかかるが、分身の蹴りが当たる前に分身を本体の葛乃葉に投げつけられ攻撃は失敗に終わった。
「っ、クソが!」
分身をキャッチしながら、カチン、と長くなった犬歯を鳴らすと、突如口から火を吹き出す葛乃葉。本来の優雅な戦闘スタイルを捨て去り完全に野生むき出しで殺意しか無い。生半可な防御ならそれごと一瞬で炭にするであろう蒼い炎は、景之を避けるように左右に別れた。
「炎避けかいな………準備万全って事やね」
僅かにではあるが葛乃葉の頭が冷えた。少なくとも相手は此処で自分をハメるつもりでこの逢魔に引き込んだのであり、通常の戦闘スタイルではなく狐としてのスタイルに対しメタ戦術を展開している。つまり、葛乃葉が怒りにまかせて攻撃してくると読んでの事であり…このまま闇雲に攻撃しても意味が無いと判断したのだ。
「少し、落ち着いたかい?」
「少なくとも、どう殺すか迷う程度には」
何時ものように雅な演技をする余裕も、キレて力任せに殴りつける怒りも無い。冷静に、どう殺すかを思考する葛乃葉…だが、其処で一つの事に気づく。
「……仕上がったんやね、魔界の準備が」
ここまで用意周到な男がわざわざ姿を見せる。その理由はそれしか無いと葛乃葉は判断し…事実、それは的中していたようだ。
「そう、だから迎えに来た……もう一度言う、キミと話しがした…」
その言葉と同時に、再び怒りの臨界点に達した葛乃葉は景之の顔面を殴り抜いた。
◆
目前の光景に、乾いた笑いが漏れる。
夜空に浮かぶ船団は一人の男の異能なのだと言う。
「ふざけるな、こんなのインチキだろ…」
AQUAの幹部は式神の足場の上で立ち尽くしていた。それは…無理の無い事だろう。異能の強度も出力も、文字通り次元が違うクロウの力を見せつけられたのだ。たとえそれが今は仲間であったとしても、心を折られるに値する光景だった筈である。
借金してまで買い揃えたフロートウェポンと強化スーツが、途端に心細いオモチャに感じられた。アレは一体なんなのだ?心の中で何度問いかけても答えは出ない、当然だ。
それなりに強いつもりだったし、金をかけて装備も整えた。自分という物語の中で自分は確かに主人公だった。だが、目前に広がる光景は自らを脇役ですら無い…ただの塵芥であると感じさせたのだ。
こんなものがあるのに、他の奴がどうこうしていまさら戦局は何も変わらない。そう思っていた所にヒロフミの影蛆が広がっていき、音速で飛び回る爺さん手前の男を見た。
聞けば、ヒロフミという男は異能すら無いらしい。だが、それでも、異能持ちの作った刀一本であらゆるものを切り伏せたという。では、自分は何なのだ?
異能もあって、装備もあって、その上で彼らより若いのに、役に立つような事は何も出来ない。力が抜けて…膝から崩れ落ちそうになった。
「何を呆けてるんですか、仕事でしょう?」
そう言って、倒れそうな彼の背中をドンと強く叩くNiGHTSの男。
「俺等に何が出来るってんだよ…」
「何が出来るかではなくてしないといけないでしょうが、金を貰ってるなら最低でも見合う仕事はするべきだ」
「っ……」
僅かに。本当に僅かにではあるが、確かに男は持ち直した。
そう、仕事だ。仕事なのだ。自分達が逃げ出した物が再び目前に来たのだ。嫌な上司が居たから仕事をやめてヤクザな家業について、腕っぷしで威張り散らせる所まで来た。だが、力でのし上がったのならばより強い力に倒されるのは摂理である。
しかし、幸いにもその男は自分の上司ではない。今現状において敵では無い。その上で自分に出来る仕事があるのならば…やらねばならないのだ。
「はした金で命を捨てる準備が出来てないとか言わないでくれ、少なくともこの足場が浮いてる間はな」
そういって、黒鉄の隊員も男の肩を叩く。……そうだ、彼等だって同じなのだ。
「わかってる、わかってるよ畜生め!蜂がなんだってんだ!全部ぶっ殺してやる!!」
男の異能は風、幸いにして速度があって空中戦にも向く。風の障壁は10トントラックすら弾き、風の刃はビルすら刻む。
ならば、やってやれない事は無い筈なのだ。
自分自信への鼓舞は、少なくともその場に居た全員の士気を確かに上げた。やぶれかぶれにも見えるが、皆が同じ気持ちであった事は確かだからだ。それでも…眼の前で立ち上がった者がいるのならば、同調して自分もそうあろうと思う者が出てくるのは自然な形である。
同時にそれはある種の連帯感を生み出して、全員を絶望の中へと駆り立てるには十分なエネルギーとなった。
「元々厳しい戦いが彼らのおかげで楽になる、そう思えば良い」
足場の誰かが呟いて、誰もがその通りだと納得する。戦ってもいないのに、泣き言を言うには臆病が過ぎたと反省する。料金に見合った仕事をする…それが彼らの横暴が政府に許される、唯一の理由なのだから。
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