皆割と本気


 長門へとアリアと共に降り立つが、其処に"長門"の姿は無かった。気分やな彼女の事だ、恐らく何処かの船で遊んでいるのだろうとクロウは意識を外す。


「全艦砲門開け、目標、敵性複合逢魔、火砲の一斉射にて開戦の狼煙とする!」


「全艦砲門開け、目標、敵性複合逢魔、一斉射用意」


 その号令と共に、全ての船の砲門が逢魔を向く。


「ぶちかませ!!!」


「一斉射!」


 流星の如き光の波が、空を埋め尽くす。開戦を示す花火としては、上々の物であろう。だが、やはりというべきか、撃ち漏らされた蜂が周囲に散るようにして攻撃してきた船を狙って飛翔してくる。


「散開!一定間隔で船体を固定し火力支援開始!」


「各艦散開、一定間隔で船体を固定し火力支援開始」


「アリア、後の指揮はソチラに任せる、俺は前に出て敵を叩く」


「ご武運を」


 一先ず指示を出し終えたクロウはフロートウェポンに足を固定し、アリアを残して空へと舞い上がる。それを頭を下げながら見送ると、アリアは即座にインカムに指示を飛ばす。


「各員、それぞれの船で迎撃を、ダメージを受けたら後方に下がるように、細かい指示は追って出します。自己紹介前に数を減らすなどという無様をマスタークロウに見せないでください」


 その言葉で、散開して好きな船に飛び移っていく付喪神達、細やかな逢魔の扱いに関してはアリアに負けるが逢魔を板のように作り、空中の足場にする個体もしばしば見受けられた。


「私もうかうかしてられませんね…」


 長門に備え付けられたウェポンコンテナからライフルを取り出すと、事前に取り込んでおいたスコープから最もズーム倍率の良い物を視界にリンクさせライフル側から伸びたケーブルを体に差し込み制御を体で行うアリア。対象との距離は未だかなり遠く移動速度もかなり速いが…。


「ファイア」


 キュカッ、と、独特の音を響かせて光源が蜂へ向かって飛来する。事実上の光速で飛来する弾丸は見事複数の蜂の頭部と腹部を抉った。だが…。


「やはり、生きていますか」


 頭が無くとも腹部が無くとも蜂は空を飛び続けた。想定の範囲内とは言えど中々気が滅入る光景である。


「…前線の働き次第ですね」


 だが、アリアは黙々と対象を撃ち続ける。それが今彼女に出来る最善であるからだ。



「では、此方も動きましょうか」


 光の奔流が虚空を穿つ最中、ヒロフミも自らの相棒であるその刀を引き抜いた。刀の名は"蛆影"、"怪異"によって打ち上げられた名刀である。その名の通りに影のような刀身は光を一切反射しない漆黒である。


 ヒロフミはそれを両手で構え、そっとビルの屋上を突き刺した。


「蠢け、蛆影」


 その言葉を皮切りに闇夜の影がフワリと浮いた。それらはまるで小さな塵のように…。否、小さな蝿のように空に舞い上がり、クロウの光を遮断するように空を埋め尽くしていく。


「では、此方は防衛に徹します、もっとも…攻勢的防衛ですがね」


「ええ、ご武運を」


 天野と軽く言葉を交わすと、影の蝿に飛び乗るヒロフミ。蝿は周囲に散るようにその領域を広げていくと、真っ先に突っ込んできた蜂の尖兵がその影に触れた。


 途端、蜂の動きが鈍り、やがて動きを止めると…破裂しながら数を増やした蝿を全身から噴射する。


「……なるほど、生命力は相当ですね…これなら一体一体無理に倒さずに動きを鈍らせる方が良さそうです」


 蛆影の能力は対象の傷を治癒不能にし、さらに傷口を広げる能力だ。小さく蠢く蝿は蛆を対象の体内に植え付け喰らい、数を増やしては次の獲物へと向かっていく。


 つまり、一度でも蝿が体に傷をつけると対象の死がほぼ確定する。少なくとも並の人間や怪異相手であれば間違いなく死ぬだろう。さらに恐るべきはこれが切り札でもなんでもない…ヒロフミにとってはただの見せ札として保有している事。剣自体が持つ異能でありヒロフミ自身は異能が無い事。そしてヒロフミ以外の所有者は皆制御を失った蛆に食われて死んだ事などが上げられる。

 

 全てを恨み殺す為に怪異によって作られた妖刀など、制御出来る筈も無い。だが…ヒロフミはそれを制御した。たった一つの強靭な精神力にて億を越える蝿の一つ一つを意思の力で制御する。


 つまり、前提として狂人でもなければこの刀は制御できないのだ。だが、強すぎる正気は狂気にも勝る。ヒロフミは狂気の渦を正気の波にて押しつぶした、最早それは狂った正気としか形容しようがない。


 つまり、ヒロフミは


「出ましたか」


 クロウの光が消えると、中から空を埋め尽くす程の蜂が現れた。逢魔が崩れた事により外にはじき出されたのだろう。クロウの攻撃も決して並大抵ではなかった事を考えると数割を吹き飛ばして尚あの数と考えるのが正しい。


「やれやれ、久々に血が騒ぐ」


 ヒロフミの目が、戦士のソレの変わる。老練な兵でもなく、冷静な兵でもなく、戦士の目だ。ただ獲物を斬り殺す事を考えたギラギラとした瞳は衰えの一切を感じさせない。


 否、むしろヒロフミの力はここ最近さらに上昇している。若い者達の強さや知識、熱気に押されてこの年で天井だと思っていたボーダーラインをついに飛び越えたのだ。


 それは英雄と呼ばれるに相応しい実力。最早異能のある無しにかかわらず、ただ人という生命の限界を越え…年齢にすらも打ち勝った。


 肉体に力が籠もる、人に仇なす怪異を切ると心がうずく。音速を突破して突っ込んでくる尖兵の蜂に対し、蝿の速度を上げ、さらに其処に自らの技量と強化スーツの出力をあわせ…蜂の尚数倍の速度で飛んだ。


 鎧袖一触。突如速度を上げたヒロフミに対応できる筈もなく、蝿は一刹那に8つに切り裂かれ、遅れて飛来した蝿に飲まれてエサとなる。蝿がヒロフミに追いつくと、それを足場に更に跳ね上がり、散らしている蝿を最小限の足場として空中を跳ね回る。


 これこそが"風切り翁"の異名となった空中軌道。


 八艘飛びもかくやと言う軌道を見せて空をヒロフミ、若いものに負けない…否、勝って見せろと挑発するようなそれは、確かに一部の若い黒鉄を刺激したのだった。

 


『こちらHQ、社長、良いニュースととても良いニュースとものすごく良いニュースと悪いニュースとすごく悪いニュースがあるわ、どれから聞きたい?』


 目視で火砲の全体調整を行いながら周囲を観測しているクロウの耳に、不意に吹き替え風のコミカルなリーリャの演技が聞こえた。


「じゃぁ良いニュースから順番で、最後にすごく悪いニュースで」


『フフッ、結構上手だった?良いニュースはさっきの火砲で全体の4割を削れたわ、想定よりも1割増し、流石我らが社長ね?』


「そりゃどうも」


『とても良いニュースはソロモン王コレットと契約が結べたわ、契約金1億の給料は別途支払い』


「随分値切ったな?」


『……お金に困ってたみたいね、アメリカからの圧力で日本や欧米での依頼が受けれなかったのかも』


「酷い話だ、それでものすごく良いのは?」


『私の悪魔の調整が終わった、これから後方から火力支援を行うから巻き込まれないように注意してね?』


「そいつは……スペシャルだな」


 僅かに冷や汗を浮かべるクロウ。リーリャの悪魔の強さは彼自身、身を持って知っている為に、そこから葛乃葉の技術でさらに強化された悪魔など想像したくもない。次戦ったら負けるんじゃないかと、いきなり胃が痛くなってくる程である。


「それで、悪いのは?」


『不確定だけど、悪魔と思わしき影が複数ソチラに向かってる。私の悪魔も対悪魔用装備に換装してる時間が無いから、最悪の場合を想定するとソチラで対処してもらわないとダメね』


 本格的に胃が痛くなり始めるクロウ。何処かの組織の援護であれば良いのだが、こういった時は大概敵対勢力だったりするのが世の常だ。なにせ後ろでイザナギが暗躍している可能性が非常に高い。


「最後のすごくわるいニュースってのは?」


楓姉葛乃葉さんが安倍景之の逢魔に引きずり混まれて交戦に入った、現在通信途絶中』


「ッ!?このタイミングでか!?」


『楓姉さんを信じるしかないわ、私達は前に集中しないと…幸いにして大雑把に見ても今の所此方の陣営が押してる』


「悪魔が敵対者だった場合は?」


 答えにくそうに、あるいは絞り出すようにリーリャが言った。


『……社長の頑張り次第ね』


「リーリャ」


『あら、愛の告白?』


「……俺が死んだらたこ焼き屋を全国チェーン店にまで押し上げてくれ」


『プッ…アハハハハハハハハ!ごめ、ツボに入っ…アハハハハハ!!!ごめんなさ…フフフ、アハハハ!!』


「そんな笑う所か!?」


 クロウとしては後を頼むぐらいの勢いで言ったつもりだったので、かなり心外であった。普段愛想笑いしかしないリーリャが初めて爆笑したというのも、それに拍車をかけている。


『ご、ごめんなさ、フフ…ゴホン、私じゃ無理だから、フフ、社長が頑張ってね?フフフ…クフッ…ごめんなさい、少し席を外すわフフ…クッ…生まれて始めて、クフッ、ここまで笑ったかも、フフ…』


 そうして通信が途絶した。取り残されたクロウは非常に複雑な表情をしながらも、火砲を蜂へと浴びせ続けるのだった。

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