開戦


「失礼、そちらはAQUAで?」


 AQUAと同じくビルの屋上で待機していた組織、NiGHTSの幹部らしきバラクラバの男がAQUAの幹部に声をかけた。


「ああ、そちらは…NiGHTSか」


 NiGHTSもAQUAと同じく規模としては中堅所ではあるが、AQUAとの違いは海外…とくに中国系の出資者がある企業であり、一種の出稼ぎ労働者に近い。


 実力としては決して悪くは無いのだが、その評判はAQUA程では無いが同じく芳しくない。というのも彼らの出資者の中には中国系のマフィア組織が複数あり、日本のヤクザとの抗争に武力介入する事も少なくないのだ。


 最近の消えない逢魔の巡回任務においてこそ重用されて来たが、どうにも背中を預けるには信用しきれない…そういった組織である。一応支払われた金額に見合っただけの仕事はしっかりとするので、あくまでも金銭上でのお付き合いであればそう悪くないと言えるのがAQUAとの違いだろうか。


 さて、そんな彼らNiGHTSがAQUAに声を掛けた理由は…。


「空中戦をすると言ってましたが、具体的な方法は聞きましたか?」


 今回の作戦では街に被害を出さない為に、空中に居る相手に対して此方から攻撃を仕掛けなければならない。そうなると海上で蜂を迎え撃たなければならない事になるのだが、てっきり海上に浮かべた船の上で迎撃するのかと思っていたら何故かビルの上に集合と言われて困惑しているのだ。


「いや、此方も足場は輪転道が用意するとしか聞いていないな」


 戦闘開始まで後30分程余裕があるが、ある程度事前説明が無いと不安になるのは仕方ない事だろう。一応AQUAの面々も多少は飛行可能なフロートユニットを用意してきたが…数がそう多く無い為に、出来るだけ早くそういった不安点は取り除きたいという思いもある。


「飛行機でも用意するんですかね」


「流石にそれは無いと…いや、天下の輪転道だし何があるか分から無いな」


 各組織からある程度人数を絞って集められたとは言えど、軽く見積もって300程の頭数は居る。それらを空に上げるとなると結構な労力だと思うのだが…。


 と、そんな事を考えていると事前に受け取っていた通信機に声が響いた。


『あー、テストテスト、足場の準備が出来ました…これより展開しますので一つの足場に10人までお乗り下さい』


「どうやら疑問が解決されるみたいだな」


「そのようで」


 そうして、ビルの下から現れた輪転道の"黒鉄"。彼らは式神を20m四方の四角形に固め足場代わりに使っており、下から見上げれば一種のUFOにも見えなくはない。


「……これは、本当に乗っても大丈夫なのか?」


 思わず疑問の声を上げる人員もしばしば見受けられるが、仕方ない事だろう。式神製のUFOはビルに横付けし、他の組織が乗り込むのを待っていた。どうやら一つの足場につき1人の黒鉄が足場係として着くらしい。


「一つの足場に大凡10人程です、自力での飛行が可能な人は止まり木程度に使って下さい」


「ちなみに操作してる奴が死んだら…もちろん落ちるんだよな?」


「ええ、この気温の海に落ちたら陸に着くまでに死ぬと思うので必死で守って下さいね、これから軽く慣らしをしますから実際にどうやって戦うかも考えて下さい」


 想像よりもハードな状況に思わず苦笑いするAQUAの幹部、とはいえ他に方法もなく渋々と乗り込んで行く。その姿は遊園地のアトラクションに乗る団体客にも見えなくはなかった。



「遅刻ギリギリですよ?」


 そう口では咎めながらも、パーティーの主役の登場に思わずニヤリと微笑む天野。


「いやはや面目ない、装備の調整に思ったよりも時間がかかってしまった物でして」


 頭をかきながら、影よりスゥと姿を現すヒロフミ。2人は古くからの知り合いであり、若い頃は互いに力を競い合った仲である。とはいえ、それも今は昔…すっかり落ち着いてしまった天野のせいでヒロフミも張り合いがなくなってしまったのだ。其処から…だろうか?徐々にヒロフミが老け込んでしまったのは。


 現在作戦開始5分前、よくやくCLOSEのメンバーが集合場所に到着した事により気づいた周囲が僅かにざわめいた。今回はクロウ・ヒロフミ・葛乃葉の3名が前線メンバーとしての参加。司令部HQの役割としてリーリャが後方待機という編成だ。


「後ろの式神は…新型ですか、なんとまぁ業の深い」


 ヒロフミと同じく影からズラリと現れた式神。それは死霊術と式神制御術の合わせ技である。その新型の式神を見て僅かに不快感から目を細める天野、だが…葛乃葉の技術が入っている事を見抜いたのだろう、細めていた目を見開き今度はまじまじと見つめる。


「……驚いた、全員逢魔を防御壁代わりにまとっているのですか!?」


「若い彼らの才能にはいつも驚かされます、私も今回初めて強化スーツを使うのに…自らの身体以上に自由に動く」


 手を何度か握っては開きそのスーツの性能をまじまじと確かめるヒロフミ。スーツ側が何時もよりツーテンポ速く姿勢を最善の状態に移行させ、普段よりスムーズに身体が動く。かと言って不快感を感じない、まるで若返ったかのような感覚すら覚える葛乃葉の調整に思わず苦笑いしてしまう。


「やれやれ、意地など張らずに積極的に使うべきでしたね」


「気持ちは分かりますよ、私もそうでしたから」


 そう言ってテキパキと指示を飛ばす小源太を眺める天野。2人とも新しい時代の到来を確かに感じているのだ。そして恐らく、それらの先陣を切って進むのはCLOSEや小源太のような若者であると確信している。


「……所で、其方のボスは?」


「あそこですよ」


 周囲のビルの中、一等高い其処にクロウは居た。手には布と糸と綿が握られており…。


「あれは、何を?」


「テディベアをね、縫っているんですよ」


「は?」


 天野がポカンとした表情を浮かべると、ニィと悪戯っ子のような笑みを浮かべるヒロフミ。天野も一瞬何かの隠語かと首を傾げるが……例えば彼らの業界では特殊な異能持ちや希少な異能持ちを金剛やダイヤなどと呼び、変装を帽子、遠距離攻撃持ちを矢持ちなどと言う。自身の知らない隠語かと思い遠見の術式を用いてクロウの姿を見つめると…。


「ほんとに縫ってる…」


 目にも止まらぬ速さ、エクステンドアーム4本と自らの手で物の60秒もかからずに全体の三分の一を縫い上げて行く。まるで機械のような精密さ、だが其処に籠る熱は機械などお話しにならない…確かな人の温もりと、思いと、優しさがある。


 天野は目を奪われた。ただ熊の人形を縫うと言う行為がここまで美しい物であるとは思わなかった。針が一度布を通る度にその熊は命を詰め込まれて行く、新たな生命の誕生を目にしているかのような錯覚。


 芸術家の死後、絵の価値が急に上がる事がある。それは死んだ芸術家が暫くその絵に宿り、生命を吹き込むからだと専門家は言う。


 と言うそうだ。


 それこそが機械が作る物と人が作る物の絶対的な隔絶。芸術をしらない人であってもその絵が一目で素晴らしいと分かるように、訴えかける力が其処にある。圧倒する思いが其処にある。願いの強さが其処にある。


 それらの上に完成した作品。人はそれを、傑作と呼ぶのだ。



「アリア、タイムは」


「3分ジャストです」


 産み落とされた赤子を抱え上げるように、玉のような汗を拭う事すらせず、クロウは満面の笑みを浮かべその熊を掲げる。


「……渾身の出来だ」


 うっとりとした表情でその熊をあらゆる方向から眺め、そっとアリアにその熊を手渡す。


「…お見事です」


 それはクロウに対して言った言葉ではない。アリアが物として、同じく物である熊に向けた言葉。だが、レベルの高さから、敗北感すら漂わせない程の出来の良さに思わずアリアの表情も柔らかい物となる。


「彼女を慮って縫われたのですね」


「まぁ…な」


 かつてクロウには師と仰げる少女が居た。少し変な声で、雷と嵐を操り、小さく凹凸の無い貧相な身体つきなのに腕相撲で一度もクロウは勝てなかった不思議な少女。


 強化スーツを偶然手に入れて、制御に四苦八苦した時に彼女は言ったのだ。「なら、私の好きな熊のぬいぐるみでも作ってみてくれないか?」と言われ、頑張って初めて作ったへちゃむくれの熊を渡すとお返しにと大人のキスをくれた。


 「これ以上はもっと上手くなってからかなー?」と、悪戯っぽく微笑む少女の顔をクロウは未だに覚えている。


 クロウは彼女の正体を知って居た。白虎とブッキングした依頼は…。白虎が彼女を襲っているのを見て、クロウはすぐに理解した。だが、見捨てる選択肢は無かった。


 そこから先は死に物狂いだ。力を強く求めた結果、不完全ながらも兵器の再現を行えるようになり、攻撃方法が接近戦オンリーであった白虎に対し中距離での卑劣な引き打ちを続け…時に白虎の従者を狙い、時に閉所に誘い込んでの爆破を行い、最後には戦艦を作り出し自らを囮に諸共に吹き飛んだ。


 昏睡から目覚めると、其処に彼女は居なかった。手紙には一言「ごめんなさい」とだけ書かれていて…全てを悟っていたクロウは何も言えなかった。


 それらの思いを、あの時の思いの全てを、クロウはこの熊に乗せたのだ。


「申したてま…いや、違うな」


 スゥと息を吸い込むクロウ。彼女の教えを思い出す、祈りとは形ではない。思いなのだと。舞い踊る事を奉納するように、歌う事を奉納するように、その気になれば歩く事や呼吸する事…ただ日々生きる事を奉納する事も出来るのだ。


 必要なのは実直な思い、そしてその強度。だから言葉などどんな形でも良いのだと。


「俺の半生全てが此処にある、煮るなり焼くなり好きにしな」


 そう言って、たこ焼き器の上にテディベアを乗せて、黒い烏は諸共空に蹴り上げた。


 空を舞う熊が、まるでほどかれた糸のように何処か別の場所へと吸い込まれて行く。


 そして、それが呼び水となり。


 夜空に太陽が打上げられた。


 世界全てに圧がかかる、神代の扉が僅かに開く。


 光の中から顔を出したのは戦艦、長門。


 だが、それだけでは終わらない。列を成してそれらが来る。空を埋め尽くすように光の渦から幾つもの大きな影が夜空に降りる。


 艦隊。そう、かつて沈んだ艦隊が其処にあった。


 船には小さいながらも社を持つ物が多く存在する。それは有名な神社の分社として機能するが、実際には人々はその船をこそ崇めた。なぜか?もっとも身近にあり、もっとも頼りになり、そして自らの墓標となるのが船であるからだ。


 それらは神格化され、そして…付喪神のように神となった。


 で、あるならば。


 巫女として最大の力で綴ったテディベア人形は神への供物として最大の効果を齎す。それこそ、一時の奇跡を容易く起こせる程に。クロウはそれを使い敵を打ち払うかつての船の神々を呼び寄せた。


 神代から神威を呼び寄せたのならば後は簡単だ、クロウの能力でこの世に現界する為の依代船体を作ってやればいい。なにせ出力は神持ちだ、好き勝手出来る。


 結果として。一時的にであれ、神の威を持つ艦隊を地上に現界させる事を可能とする。


 全ての船が現界を完了した後、クロウは通信機に語りかける。


「CLOSEのクロウだ、僭越ながら此方も足場を用意させてもらった。初動で此方は最大火力を持って逢魔ごと蜂を焼き払うが、想定では全体の3割程しか仕留めれないだろう。火砲は継続させるが恐らく初撃程の効果は望めない、諸君らは残りの7割を討つ為に四苦八苦するわけだが…ささやかながら船の上にウェポンコンテナを置いてある、武装は撃ち切り式の銃器で使い終わったのは自動消滅するから消えたら新しいのを取って有効に使ってくれ…以上、健闘を祈る」


 言いたいことだけ言い切ると、通信をカットするクロウ。


「……行くぞ、アリア」


「はい、那由多の果てまで共にあります」


 そうして、様々な思惑を乗せた、開戦の刻が来た。


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