和解と話題

「って違う違う、殺したらダメなんだって」


 何時ものクセでつい殺しそうになってしまったのを、寸前で回避するアルフォンソ。襲われたら殺すのが基本の中で、不殺などと甘い事は言っていられないのだが今回ばかりは話が別である。


「っ……なんのつもり」


「オネエさん、残念ながらアンタを殺すのは俺の給料に入ってない、というか今有給扱いで彼女達の様子見に来たんだよ…ったく、クロウ社長も人が悪い」


 レイピアから炎を消し鞘へと直すと大きなため息をついて首を振るアルフォンソ。ようやく話が出来る状況であると判断したのだが…本当に話が出来るのか怪しい気もしなくはない。


「貴方、兄サンの知り合いなの…」


「クロウ社長は俺の雇い主さ、オネエさんも知り合いかい?あの動きは間違いなく社長の動きだった。確かに光速で動き回る体術ならあの人の動きが最適解になるんだろうけど…ただの真似事にしては真に迫り過ぎてる」


「……15年以上前に、一緒に組んでたのよ」


「マジか」


 アルフォンソが驚いたのはオカマとクロウが組んでいたという事実ではなく、あの体術が15年以上前に既に仕上がっていたという事実だ。30近くなるまで研鑽を続けてあの領域に踏み入ったと思っていたのだが…どうやら中学校ぐらいには既にあの領域に到達していたという事実にたじろいだ。 


 それは同時に、アルフォンソとの訓練では完全に手を抜いて戦っていたという事である。オカマがクロウの体術をパワードスーツ無しでやってみせたように、強化スーツに頼っていると思っていた動きは元来純粋な肉体のみで行う技術。つまりスーツ側の機能は軽い身体強化に留めるのみでクロウはアルフォンソと体術訓練をしていたのだ。


 異能に関しては負けたとしても仕方ないが、体術は五分の勝負を出来ていると思っていたアルフォンソにとってそれは悲報であった。


「……あー…まぁ、いいさ、それで彼女達に…」


「フローラさん!!」


 上でドンパチやりすぎたせいで、下から白の面々が出て来たようだ。とはいっても、ほとんどオカマの仕業なのだが。心配そうにオカマの下に駆け寄る少女達に一先ず肩をなでおろすアルフォンソ。


「貴方は…一体何が!?」


 ハクノエがアルフォンソとオカマを見比べてからオカマの体を確認する。大した傷が無い事を確認すると再びアルフォンソに向き直り疑問の視線を投げかけた。


「会いに来たら勘違いして襲われたのさ、もうちょっと人の話を聞くように言っておいてくれ…危うく殺す所だった」


 とはいえ、外傷的にはほぼ無傷と言って良い。精々は少し手を擦りむいたぐらいであり、むしろ掌を火傷したアルフォンソの方が重症なくらいだ。


「……とりあえず片付けるの手伝ってくれ、そろそろ人避けも解除したいしな」


 アルフォンソの貼った人避けは確かに高度ではあるが、ハクノエ達が気づいたように異能持ちに対してはそれほどの効果を持たないのだ。偶然通りがかった異能持ちが厄介事を持ってこないとも限らないので、早々に片付けたいというのがアルフォンソの意向であった。



 片付ける事かれこれ1時間程、オカマとも作業を通じてそれなりに和解し、マトモに話せるようにはなったのだが…。


「それにしても運命って不思議よねぇ、まさかこの子達が兄貴の所に助けを求めてたなんてね」


「オネエさん、顔が近い」


「アラ、ごめんなさいね、兄貴の香りがするものだからつい」


 オホホと笑いながらも距離を取らないオカマと、いやぜってーしないだろと心の中でツッコミつつも表情には出さずにアルフォンソは距離を取った。


「あの社長さんってそんなに凄いの?」


 箒で飛び散ったガラス片をかき集めながらオカマに問いかけたシロツユ。一目見て相手の強さが分かるのも又強者の素質ではあるので、彼女達のような戦闘と関わりのないメンバーであればそう思うのも仕方ない事なのだろう。


「正直な話、社長とマトモな戦いになる奴は世界に100も居ないな、勝てる可能性があるとなると…10人も居ればいい方か?」


「そんなに!?」


 驚きを見せるシロツユではあったが、同時ににわかには信じがたいという疑念の表情も見て取れた。


「タイマンだとそうね、だけど彼の本当の強さは2つある。一つは逃げる事を躊躇なく選べる事、そしてもう一つは…本当に引けない戦い、窮地でのまでの強さよ」


 という言葉に僅かな引っ掛かりを覚えたアルフォンソは僅かにオカマを見つめる。もっともオカマは顔を赤らめて視線をそらすだけだったが。


「おぞましいってのはどういう意味なんだ?」


「え?そうね…彼が白虎と戦った時も彼は引けない状態だったわ…逆に言えば引ける状態なら彼は追い詰められて負けていたのかもしれない。後ろにね、守るべき物や信念を賭ける理由があるのならば、彼は際限無く強くなれる本当は熱い人なの」


 熱い人。少なくともアルフォンソの中ではクロウにそのようなイメージは無い、むしろ少し飄々としながらも上司としてのスタンスは崩さず、良くも悪くも大人と上司を使い分けていて、此方の失敗をニヤニヤ笑いながらもしっかりと尻拭いをするようなイメージが強い。


「……接してて熱い人ってイメージは無いが、大人になるにつれて変わったのか?」


「いいえ、そうじゃないわ…うーん、言っても良いのかしらこれ?私が言ったって言わないでね?彼の異能って明らかに他の異能と比べてスケールというか、出力が違うように感じるでしょう?」


「まぁ、確かに」


 言われてみればクロウの異能は最早異能という範疇に収まっているのか不明である。いや、リーリャも確かに異能の範疇に収まっているかと言われれば眉唾なのだが、技術的な所を他者が転用できるという点においては…確かにオンリーワンではないだろう。


 では、クロウはどうだろうか?光源系の能力者は確かに強い。アルフォンソも数度戦って苦戦した記憶はあるが、それでも辛うじて人間の範疇だったと言える。だがクロウは明らかに戦略兵器とかそっちの部類の強さだ。異常と言えば異常なのだろう。


「あの異能、確かに本質的にはプリズムの異能なのだけれど…その力の根源は多分八咫烏…あるいは天照大神ね」


「ずいぶんと大物が出てきたな、けど確かにそう言われた方が納得出来る」


 アレほどまでの力を個人が保有していると考えるよりも、神から力を借り受けていると考えた方が納得は行く。だが、そのような事が可能であるならば何よりもイザナギが行っている筈である。いや、事実イザナミの力を借り受けている白虎が居る為におそらく可能なのだろうが、依代として適合できるような人材をイザナギが確保していない筈も無いのだ。


「っていうか神様ってそれ本当に居るの?」


 と、シロツユが話の腰をへし折った。アルフォンソ的にはさっさと話の確信に迫りたかったのだが、彼はフェミニストである。女性の疑問にはできる限り答えていく姿勢を見せた。


「居る。が、人と住まう次元が違うから互いに干渉はあまり出来ない、ほら…神って言ってもピンキリだろ?付喪神だって神ってつくけどあんまり神っぽくはないし」


「ああ、確かに…」


「神にもグレードがあって古来から存在するような主神レベルに強いのは人間の世界に強く干渉できないのさ、もっとも、もちろん例外も存在する。それが悪魔と呼ばれる連中の事だ」


 悪魔とは人に害を成す形にまで成長した神話より続く怪物を指す。もっとも、常に時代は更新され続けている為に、最近悪魔と成り果てた物も居るので一概にそうとは言えないのだが…このあたりの線引はかなり曖昧で割と言ったもん勝ちという所もある。


 とはいえ、大まかな区分けはあり、暴れれば街一つが滅ぶと思われる…いわゆる億越え怪異。古くより人々に伝わる怪異。そして何より人間に対して敵対的であるという3点が揃えば大体悪魔である。ソロモン王達の使役する悪魔ですら彼等の制御を外れると見境なく人を襲うような連中が多いのだ、彼等はいわば天災であり本来であれば人に抗う術は無いというのも一つの特徴と言えるかもしれない。


 だが、古来より英雄や英傑と言われた異能者がそれらを滅し、時に調伏してきた経緯はある。もっとも、常に被害は大きく悲惨な物であるが…。『神話において力こそが神であった』などと言う言葉もあるように、こういった線引が出来る前は、ある種神がかり的な圧倒的力を持っている存在を指して悪魔と言う事も過去にはあったようだ。


「へー、じゃぁ荒神みたいなものなのかな?」


「日本じゃそう表現される事もあるね、日本・イギリス・アイルランド・アイスランド・ニュージーランドあたりで何気なく討伐されてるものの中にも海外では悪魔と言われるレベルの物も結構居るから、その変は割とその国の政府の見解によるのかも?あとロシアも環境が環境だから出てくる怪異が自然現象と合わさって2重に厄介だから悪魔と呼ばれる存在が多いかな」


 一定の広さを持つ島国、それも歴史が古い国になればなるほど怪異が異様に強くなる傾向があり、クロウ達が片手間に処理している相手でも海外だと国家が揺らぐレベルの強さだったりする。もっとも、強い怪異が居る所の異能持ちは極端に強かったりするのである意味バランスは取れているのかもしれない。

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