駆除業者が欲しい


「しかし、大蜂にしては強かったなこいつ」


 あちこちに倒れ込んだ魔法少女達の介抱をしながらそう呟くクロウ。アリアの到着を待ちながら蜂の腹部から拾って来た少女の傷口を光で焼いて止血したり、手持ちの増血剤を使ったりとと少し忙しそうだ。負傷者や損耗している者は多いが一番の重傷者は片腕を失った少女ぐらいの物だろう、まぁ、それ以外は死んだとも言えるのだが。


 ちなみに魔法少女達はクロウの気付かれないように(しているつもりで)裸体を眺めては、やれアレが大きいだの尻が凄いだの背中に羽があるだのと小声で語り合っている。


「たしかに…只の個体差に収まらない強さかもしれない」


 無論、リーダーらしき魔女も少し気にはしているが其処は流石に冷静である。良くも悪くも冷静であるというのはリーダーとしての素質なのだろう。


「いや、個体差としてはあり得る範囲だ。だが判断力に関しては異様と言って良い、少なくともあの炎の壁をアンタが放って制御していた事を見抜き、その上で襲って来ていたからな」


「偶然じゃなかったの?」


「恐らくな、自然に属する虫系の怪異ってのは生存本能が強い傾向があってな?さっきみたいに炎を出した状態で下手すれば自爆になりやすい突進なんかは控える筈なんだが…」


 首を少し傾げ、考えを巡らせる魔女。とは言え考えつく事などあまり無い。


「何処かに指揮官が居たとか?」


「指揮官、指揮官ねぇ…嬢王蜂とかか?というかそもそもコイツは何処から来たのやら…」


「……それならあちらの木造校舎の中からだと思う」


 ピタリとクロウが動きを止める。


「待て、木造校舎?」


「ほら、あっちにあるアレ、あの辺りに私の火球が着弾した時に出てき………待って」


 その言葉に2人が最悪の事態を想定する。そもそもの依頼の内容というのが最近この当たりで人が消える事件が多発していたという物だ、そこで政府が現場に人員を派遣した所に逢魔を持つ程の大量の恙虫が発生していた為討伐依頼が流れた訳だが…。


 嫌なパズルのピースが出揃って行く。恙虫よりも強い大蜂、血の香に集まる飢えた恙虫、生きたまま丸呑みにされた娘。もしも仮にこの逢魔が恙虫の物ではそれは一体だれの物なのか…最早語るまでも無く。


「あまり聞きたくないだろうが一つ、心構えをするに当たって有益な情報を言おうと思うんだが聞くか?」


「……聞きたくないけど聞いておく」


「大き目の蜂の巣は多くて1000匹程の蜂が住み着いてるそうだ」


 その言葉を言い終わると同時に負傷した数人を急ぎ担ぐ魔女とクロウ。クロウに至っては体の負荷を考えず再び纏を展開し、8人近くを担ぎ上げた。


「走れる者は走って!負傷者はむりやりにでもそっちの人にしがみついて!」


 さらに数人が両腕や腰あたりにむりやりしがみついて、なにやら人間ツリーのようになりながら駆け出すクロウ。まるで妖怪のような外見である。


「政府メンバーに合流後、式を使って校舎内部を調べる、最悪の状況を考慮して今回の参加メンバーを全員一箇所に集めて対処にあたるぞ!アリア!一時撤退だ!ヤバイ事になった!!」


 叫ぶクロウの異様な様子に気づいたアリアが有栖を抱えて急ぎ、塔から走り出すとクロウから数人の魔法少女達を剥ぎ取り有栖とひとまとめにして担いで見せた。


「イレギュラーでしょうか」


「さっきの大蜂の巣があるかもしれない、普通の蜂の巣は最大で1000匹前後の蜂を内包可能で蜂などの自然に属する怪異はベースになった生物と同じ特性を備えている傾向が強い、ようするにあの蜂1000匹が追加で出てくる可能性がある!おまけで言うなら今までの失踪者の数から考えて巣の規模も結構大きいと見るのが正しい!生け捕りで人を捉えたって事は子供も"受肉"もすんでいるだろうし本格的にヤバイ!!」


 まくしたてるように一気に説明すると流石に動揺するアリア。クロウ達ならば殲滅は可能だろうがまず間違いなく、。昆虫特有の数押しとタフネスが此処でネックとなったのだ。


「さっきの蜂って強さで言うとどれぐらいなの?」


 有栖が聞くと即座にクロウが返答した。


「スペックだけで言うなら中の上だが数とタフネス、そしてスピードがあるせいで相性が悪い奴が多い。あの速度に追いついて殺せるような能力者だと大概スタミナが長続きしないだろうし、俺も100や200なら問題無いが1000となると殺し切るまでに時間が掛かりすぎる、せめて頭ねじ切って一発で殺せる相手ならやりようは腐る程あるんだが…」


 まだ巣があると決まった訳では無いし、1000程の数が居ると決まった訳ではない。だが、最悪の状況に対し備えなければならないのが辛い所だろう。


 ◆


 暗い部屋、其処に一人の傭兵が座り込んでいた。数百にも及ぶ仮想戦闘を脳内で繰り返し、CLOSEのメンバーの内誰か一人を捕縛する事は可能か否かという不毛かつ勝ち目が中々に得づらい物である。


「…ふぅ」


 男の結論が出て、ため息をつく。


「無理だな」


 イレギュラーが起こらなければ不可能、何度思考であがいてもその結論が出た。それも小さなイレギュラーではなく街が騒然となるようなイレギュラー、もっとも…それでも五分五分と言った所だが。


 普段であればその扉の前使い魔に気づいただろう、だが男は頭痛が走る程に脳を酷使していたが故に気づかなかった。だからコツコツと扉をこするような音に思わずビクリと飛び上がってしまった。


「誰だ?」


 まさか、CLOSEが此処を嗅ぎつけた?などという僅かな疑念がよぎるも、彼等ならば一撃で扉を破壊して此方の首を取りに来るだろうと思い直し、一先ず落ち着いて扉を開く。


「……使い魔か」


 下には小さなネズミが手紙を背負っており、その封はしっかりと魔術を施した蜜蝋で閉じられている。男は手紙を拾い上げて軽く目通すと、僅かに微笑みその手紙をライターで燃やした。


「天は俺に味方したか」


 そう言って、今までの厳しい表情から一変…獲物を狩る狩人の表情を見せるのだった。


 ◆


 クロウ達によって持ち帰られた情報は正確に政府に伝わり、緊急対策本部が迅速に結成されるに至っていた。事態が事態、即座に開かれた会議には数人の怪異対策のスペシャリストと老舗の退魔組織の窓口役達が、木造建ての大きなホールで顔を並べている。


 無論、その中に情報を齎したクロウの姿もあった。


「緊急時だ、前置きは全て無しにして本題から入る。CLOSEより齎された情報をまとめるとターゲットは大蜂、音と同程度で飛翔、体の各箇所に1m程の穴を8箇所開けても飛翔を続け、数は多ければ1000に至る見込みだ」


 その言葉にざわめく歴々。倒す倒せないの問題ではない、純粋に一般市民への被害を鑑みてのざわめきだった。


「静粛に、この情報は同行していたウチの現地員4名の聞き取りでも確認済み、確定情報と見ても良いだろう。蜂の巣に関しては隠密性の高い式を送り込んで確認は取ったが巣と100程の大蜂は確認出来た、その後式はゴミになったがな」


 その言葉にスっと手が上がる。クロウも見覚えのあるその顔は輪転道の面接の時にクロウの腕をへし折りかけたあの男であった。


「最大1000という具体数は何処から来たのでしょうか?」


「専門家とCLOSEからの情報だが、あのような大型の野生生物系の怪異は実際の生物に生体がよく似ているそうだ、蜂の巣は多ければ1000の蜂を内包可能との事。あくまで指標の一つだな…それ以上の可能性もそれ以下の可能性も否定は出来ない」


 これ以上の最悪が起こりうる可能性など考えたくも無いが、事実あり得るのが怖い所だろう。クロウ達が考えているよりも政府は悲観的である。否、むしろ市民を守る側としてはそれぐらいの方が良いのかもしれない。


「なるほど、つまり巣の中が多重逢魔化していれば1万ぐらいは居る可能性もゼロではないと?」


 その言葉に周囲がざわつくと、そっと手を上げるクロウ。


「そこに関しては問題ない、今まで行方不明になっていた人数と野生生物の食い散らかし具合から見るにどれだけ食い詰めても精々巣の維持は一つが限度だろう」


 その言葉に僅かに安堵の声が漏れる。とはいえ状況は最初に言われた通り割と絶望的なのだが。それを戒めてか、僅かに緩んだ空気を引き締めるように再び政府の議長役が口を開いた。


「むしろ問題は蜂の巣を突いた後奴等が逢魔の外に飛び出した場合だ、話しの流れで気づいている人も居ると思うが既に奴等は"人肉"を食っている。つまり、異能を持たない人々に対しても逢魔の外に飛び出し次元をあわせ攻撃が可能になっているという事だ」


 基本的に逢魔の外で人を襲う存在というのは自らの体に逢魔を纏う存在が多い。だが人を食った怪異はその血肉を取り込む事で人に近づき、逢魔の外で害意を成すに至る。これをハグレなどと呼び、狩りをすれば目立ち、人気の無い所に単体で居る事が多い為に然程問題無く討伐される…もっとも放置すれば新たに逢魔を貼るに至るのだが。


 それに比べて厄介なのは蜂や恙虫等と言った群生の場合、群れが一つの怪異として機能する為に群れ全体が外に飛び出す危険性があるのだ。そういった現象は事実海外で数度確認されており、過去には蝗害として処理されて来た物の中にもそういった事態は混じっている。


「殲滅仕切る事事態は可能だと思っている。イザナギやCLOSE、他にも対応できる組織はある、問題はその間如何にして封じるかだが…」


 その言葉に別の場所から手が上がり。


「イザナギと輪転道で封じれないのか?」


 との質問が飛んだ。


「無理とは言わないが組織的にダメージが大きくなる、我々としてはその2社に負担を押し付け過ぎる事にYESとは言えないな」


 まぁ、仕方ないなという空気が場に流れる。事実彼等もおんぶにだっこと行かない事ぐらいは理解している、が、逆に言えばその回答はその2社が無理をすれば最低限最悪の事態は避けれるのか?という事を意図しての質問だ。


 それらを確認した上で、再び手を上げるクロウ。


「なら、ウチからは防衛にヒロフミを出す。他の連中もそうしたい所だが…ウチは基本全員が殲滅特化だ。遊撃として好きに動いた方が結果は出せると思っている」


 ヒロフミ、という名前に周囲がざわめいた。40歳を越えながら一人で数百以上の異能者を抱える組織を潰したり、億越えの怪異を一人で討伐したりと少なくとも伝説には事欠かない人物だ。同年代として伝説を見てきたお歴々に対してこういった所での名の通りは非常に良い。


「では、他の組織からも防衛チームと攻勢チームで分けて対応に当たってもらう事にするか、消耗戦になるだろうから医療班も欲しい所だが…」


 クロウが僅かにリーリャを出すか迷った。彼女には現在、有栖の護衛を任せている為にあまり前線に出したく無い。だが彼女が入れば攻勢・防衛・治療の全てを行える万能性があるのだが…逆に言えば彼女を前に出した場合、有栖の護衛が疎かになると言える。


 というか余った人員である気分屋の葛乃葉に任せるのは怖いという心配がクロウの中であった。あまりにも自由奔放過ぎて制御し辛いのだ。最近、彼女の良心を攻めると割と言う事を素直に聞いてくれると知ったが…あまり好んでそういった事を行いたくもない。ある程度なぁなぁで行きたいとクロウは思っているのである。彼は割とヘタレだった。


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