色々な説明

 クロウが逢魔に触れると、周囲の空間が歪みその場に居た全員を飲み込んだ。皆は慣れた物なのだろうが、一人周囲をキョロキョロと見やる有栖アリス。先程まで森の中であった筈なのに一歩踏み込めば其処は閑静な住宅街になっていた。


「何これっ…周囲が…」


「逢魔と呼ばれる狩場だ、異能と呼ばれる特殊能力を備えた者が触れるか逢魔の中の怪異と呼ばれる化物が意図的に引きずりこんだ場合にのみ入れる、別次元みたいな物だな」


「怪異?」


「平たく言うと妖怪…?人と共に無ければ生きられない共生生物みたいなもんだ」


「共生生物なのに人を襲うの…」


「人間だって利害関係で殺し合うだろう?同じなのさ、種別が違えば争いの元は小さじ程でも大火になりえる…ほら来たぞ」


 そう言って指を刺すと黒くうごめく波が現れた。


「…影?」


 じぃと目を凝らしそれを見つめる有栖、すると数歩進んだ所でアリアが体を引き止めた。


恙虫つつがむしと呼ばれる群生の怪異です、うごめいてるアレが全てノミに似た細かな吸血性の化物だと思ってください」


「っ!?」


「今から有栖も使えるようになる基礎的な技能だけで奴を仕留める、軽く説明しながら戦うからよく見ておいてくれ」


 そう言うと無手で前方に駆け出すクロウ、すると恙虫達は波のようにクロウに押し寄せ…そして飲み込んだ。


「飲まれた!?き、キモイっ!?」


「ですが、マスターには触れていません、全てまといと呼ばれる基礎防御により焼けています」


 纏。異能を発現した物が感知できるようになる、体内の丹田に宿る"気"を外皮の表面に放出する基礎的な防御技術である。放出するだけの簡単な技術ではあるが身体能力の軽い向上も行える、しかしながら防御がメインなので強化スーツ程の身体強化は得られる訳ではない。


 そのかわりに次元の違う怪異に対して物理攻撃を仕掛ける事も可能になる為に、必須技能と言っても良い。もっとも、頑強な怪異に拳を響かせるとなると相当な腕力が必要となるのだが…それは別の話としておこう。


「あの、少し良いですか?」


 要点をかいつまんでアリアが有栖に説明している所を、不意に黒服の女性が手を上げて質問を投げて来た。


「纏は防御技能ですよね?焼けている…というのは?」


「文字通り、出力が莫大なので触れた端からすべて消失していっているのです、あのように」


 虫の波を物ともせずに手を無造作に振るうと一瞬で周囲の恙虫が吹き飛び、再びクロウが姿を現した。無論、普通であれば飲まれればそれだけで血液の殆どを失い致命傷となるが、雑魚程度では近寄る事すらままならないクロウの異能の出力の異様さを示しているとも言える。


 異能の出力が強ければ通常の纏やそれ以外の基礎的な技の出力も格段に底上げされる、そういう意味ではクロウの銃器の類いも突き詰めれば纏の延長線上と言えるだろう。基礎でありながらかなりの奥深かさを持つ力が"纏"なのだ。


「と、まぁこんな感じで纏を発現していれば多少の防御力は得られる、もっとも…ザコ相手にしか通じないから基本は回避しての戦いになるな…じゃ、次の技だ」


 クロウは別の波に向かい腕を振るうと、まるで龍の爪痕のように3本のラインが引かれるように恙虫が焼け散った。


「纏の応用で気を固めて遠方に飛ばす技だ、遠当てとか言われる技で武芸の達人なんかも素で使えたりするな…威力が低くて相手の気をそらす程度にしか使えないが、目等の柔らかい部位に当てれば怯ませれる」


 そう言って数度無造作に腕を振るうと、数度虫の群れに爪痕を作る。流石に相手側もクロウにこのままではダメージを与えられないと悟ったのか、散り散りになっていた恙虫が一箇所に集まり、新たな形を成し初めた。


「怪異は常に一定の力であるとは限らない、食った人の数やそいつの得意地形で基礎能力にかなりの戦闘能力差が出てくるから一度倒したからと油断するのは危険だ。とはいえ特性は変わらないから情報を持っているならば落ち着いて対処すれば最悪逃げる事ぐらいは出来るだろう」


 恙虫が集まり大きな怪異に姿を変える。それは肥大化した恙虫そのものであり…5m程の体躯に2本の牙と鱗のような体皮、そして尻尾にハサミを携えた多脚の化物だ。


「ヒッ!?」


 思わず悲鳴を上げてアリアにしがみ付く有栖。


「ご心配なく、マスターならば問題ありません」


 その言葉の通りに近づいて来た2体の恙虫の内一匹の顎を蹴り上げ、頭ごと浮かび上がった胴体にボディーブローを一瞬で叩き込むクロウ、もんどりうって吹き飛んだ恙虫は地面に叩きつけられると内から光を放ち爆散した。


「属性持ちはこんな風に相手に自らの属性を相手に打ち込む事が出来る、有栖の属性はまだ不明だがこういう事も出来るという事だけは覚えておいた方が良い」


 喋りながら2体目の恙虫に踵落としを決め、仕返しとばかりに飛んできた尻尾のハサミを2本指ではさんで静止させた後、頭部をしっかり踏み潰してから恙虫の全身を光で爆散させてみせるクロウ。


「と、まぁこんな感じだ、これらはすべて高度な技術じゃなくて基礎を修めれば誰でも出来る、必要なのは知識と経験と反復練習そしてありったけの運だ…練習ぐらいなら暇な時手伝ってやるからありったけの運任せが必要になる局面は避けるように、いいな?」


 その言葉に小さくコクコクコクと数度すばやく頷く有栖、どうやら本気で驚いているらしく言葉が出てこないようだ。


「簡単に倒しているように見えるかもしれませんが、純粋に彼が強すぎるだけです。恐らく彼に匹敵する実力者は世界に十人居れば良い方、しかもその内2人は彼の組織に居ます」


 そう小さく、されど有栖に聞こえるように呟く広重。とはいえ、純粋な力比べであれば確かに匹敵するのは十と居ないだろうが、実際の殺し合いであれば勝負になる能力者は五十ぐらいは居るだろう。対策をしっかりすればクロウとて無敵では無い、そういう意味でリーリャとヒロフミは双方幅広い戦略とメタ戦術を持つ為に非常に秀でて居ると言えるだろう。


「漠然と言われても強さの比較がし辛いでしょう、少し歩いて他の組織がどのようにして戦っているか見ましょうか」


 前方の恙虫を恙無く掃除し終わると、アリアが合流のハンドサインを送りクロウが小さく頷く。同時に有栖はアリアに抱えられ…。


「移動速度を上げます、強化スーツを使われるのであれば戦闘モードに切り替えて下さい」


 その言葉に顔を見合わせスーツの下に着込んでいる補助スーツ…クロウのような全身強化スーツでは無く、腕部と脚部だけの安価な身体能力向上用のスーツを機動させる黒服達。それを見たアリアは水面から飛び立つ鳥のように走り出してやがて跳躍を行う。黒服達もかろうじてではあるが付いてきているようであり、彼等の有能さを垣間見せた。



「しかし、凄いですね」


 黒服の内、新人の男がアリアの飛翔に追従しながら広重に声をかける。


「何がだ?」


「全てが…というか、文字通り格が違います、装備の資金力面含めて…」


「装備、装備か…クロウさんが使われている物は確かに高価だが、出力事態は俺達に合わせている。あの速度は純粋な体捌きと体力だ、それに式神も全て手作りだから実質紙とインク代だけだな」


 その言葉に目を見張る男。


「冗談でしょう?こんな式神手書きとかそれこそ…」


「馬鹿、印刷方式だ、それに輪転道と違って政府から能力抑える指示を受けてない違法式だ」


「それって問題なんじゃ!?」


 無論、問題だ。だがそれを証明する手立ても無ければで関係悪化などすればそちらの方が大問題なのである。が、流石に部下とCLOSEの幹部の前でそれを言う訳にも行かないのでそれとなくごまかす広重。


「なら輪転道もアウトになるだろ?試験的な性能向上は今後も必要になってくる、だから法律に抜け穴というか…試験テストとかはOKになってるんだよ」


「大丈夫なんですそれ?」


 余裕でアウトである。実際議題で何度か改正しろと野党から反発が出ているが、それをやってしまうと輪転道を失う事になるので行っていない。というか日本から輪転道を切り離そうと躍起になっている他国からの実質的な内政干渉だ。


「ギリセーフって所だな、かなりデリケートな問題だから気になったなら法律勉強してこい」


「法律かぁ…アレ見てると蕁麻疹が…」


 一応国家に申請しておけばセーフという形式だ、申請無しの個人所有は申し訳程度に一発アウトである。まぁそんな物騒な物持ってるのを捕まえられるかは別の話しだが。最悪イザナギかCLOSEあたりに泣きつくのが目に見えているとも言える。


「班長!あれ!」


 そんな他愛もない話しを行っている中、黒服の中の女性が一人声を上げた。指さした先には爆炎が巻き上がっておりどうやら他の組織が交戦中らしい。


「中規模の火炎術式、おそらくは西洋魔女系統の術式か」


「うひゃぁ…アレで中規模ですか?グラウンドぐらいの範囲焼いてますよ」


「見た目は派手だがその分威力は分散してる、とはいえ、群生の虫型怪異に対してはこれ以上なく有効だろ……待て何だアレ?」


 炎の中から何か大きな影が舞い上がるのが見えた、遠く同時に炎のゆらぎのせいで良く見えないが…恐らく大型の怪異、それも恙虫とは違い飛行能力を持ち合わせている別物と見える。


「イレギュラーですか、街を外れるとコレだから…」


 そうボヤキ、追加の報酬をどうするか考え始める黒服と、炎に向かい走り出すアリア。


「大蜂です、今口元から人の手のような物が落ちたのが見えました、先の魔術を放った一団は損耗していると見て良いでしょう」


「この距離で見えるんですか!?」


「炎のせいでやや見え辛くはありますが一応は…半数の式をそちらの護衛に回し先行して高台を取ります、そちらは社長の後を追いかけて下さい」


 そう言うや否や、有栖を担いだままに空に向かって虚空を蹴って蹴り上がるアリア。


「そ、空を走った!?」


「いや、足元に自分専用の逢魔を作ってそれを足場に走ってる、もっともそんな小器用な事が出来る怪異なんて世界に一体幾ついるのか…」


 そう言いながらアリアの背中を眺める黒服達。ちなみに若手の男は必死にパンツを網膜に焼き付けていたのは内緒である。


 

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