見学会

「感傷ですね」


 夕日に照らされる山を横目に道路から外れた脇道へと入ると幾つかの高級車が停車しており、其処には政府のバックアップ部隊が展開していた。


「ご苦労様です、CLOSE秘書のアリアと申します、依頼を受け参じました」


 透き通るようなアリアの声に全員が作業を中断し、ゴクリと生唾を飲む。大凡日本にて一位二位を争うであろう武闘派の事実上のNo.2が来たのだ、それは彼等にとって戦場に敵味方をなぎ払いかねない核弾頭が装填されたのと同義とも言える。


「ようこそ、まさかこのような依頼に来ていただけるとは…」


 今回の任務は普段クロウ達が受けている依頼に比べて非常に簡単な…とはいえそれでも成功報酬が800万程という物ではあるのだが、下手をすればリーリャの遺体が一つで事足りるような任務である。


 ただ一つ、普段と違うのは以前のように複数の組織受け持ちの依頼であるという事だろうか?クロウ達は一人一人が強い為に一つの依頼に対して戦闘員1名とバックアップの1名…合計2名という少数精鋭、逆に言えば小銭程度の依頼にアリアとクロウという2名を派遣するのは過剰なまでの戦力投入であると言えるだろう。


 だからこその政府人員達に動揺が広がっているとも言える、この依頼に何かあるのでは無いかと疑わざるを得ないのだ。ただでさえ電波状況がよろしく無い中これ以上の厄介事は御免被りたいと言う気持ちと依頼が確実に成功に終わるといった安堵が半々と言った所だろう。


「お気遣いなく、今回は素人に怪異がどういった物か見せる為に軽く流す程度です、見学会とも言えるでしょうか?」


「け、見学会…ですか」


 皆、最悪の場合死を覚悟している職員達からすれば怒ってもおかしくないような発言。だが、あまりにも実力の差が離れすぎていてそういった怒りすら浮かばず、むしろ畏怖に近い感情を抱いている者が多数だ。


「ええ、クロウ社長の許可さえ出れば何人かご一緒に見学する事も可能ですが?」


「いえ、その…少々お待ちを、現場主任に確認しますので」


 黒服が一礼して下がると小走りで現地指揮官らしき男の下へと向かう。あくまでも今対応していたのはビジネスの面での対応人員であり、現場指揮権を持つのは別の戦闘要員となっている。先程の役人も戦えはするだろうが、やはり戦闘経験豊富な者が陣頭指揮を取るのがもっとも効率が良いという政府側の判断なのだろう。


 そういった点において政府は何度も痛い目を見ているが故に驚くほどに柔軟に対応していると言える。なにせ一度の失敗で経済が傾きかねないような損失が出て、市民がその煽りを受ける…結果政府の支持率が下がるのも已む無い事だろう。


 つまりは政府で一番真面目かつ柔軟で優秀な部署が彼等であり、同時に政府を支える大黒柱である。もっとも、優秀でなければ国か彼等が死ぬとも言えるのは…言わぬが花だろうか。


 故に判断も早い。


「お待たせ致しました、新人4名と私が現場に同行させて頂きたいのですが…少々多いでしょうか?」


 先の黒服につれてこられた新人達は皆18そこらの若手、皆アリアに見惚れたり物珍しそうに見つめている。


「問題ありません、式神で固めますので」


 アリアがそう言いながら1つ数千万クラスの式神を幾つか無造作に展開すると、手のひら程の小さな人形の紙がムクリと起き上がり、150cm程のサイズへと肥大化する。


 各所に刻まれた式神の文字からその式神の強さをある程度理解したのか、引き攣った顔でそれを見つめる黒服。自らの数ヶ月分の給与にもなる消耗品を800万ぽっちの依頼に使われたのならばそのような表情にもなるだろう。


「…別に請求など致しませんよ?」


「え、ええ、はは…依頼の倍程の価格にもなる消耗品を幾つも使うとは思いませんでして」


 その言葉にギョッとする新人4名。


「安全を金で買えるならば安いものです」


 一言そう言うと一礼しながら数歩斜めに下がるアリア、すると彼女の後ろから近づいて来ていたクロウが自然と位置を入れ替わり手を差し出した。


「closeのクロウだ、宜しく頼む」


「怪異対策本部一課の武田広重です、お見知り置きを」


「状況は?」


「はい、既に2組の組織が逢魔に突入し交戦中、数こそ多いですが苦戦は無いようです」


「なるほど、先陣がスタミナ切れした場合の後詰の為の追加人員補充依頼か、良い判断だな」


 数頼りの怪異の場合戦力的に勝っていてもスタミナ切れで離脱しなければならない事も多く、体力回復して再戦…と言う時には先の倍の数と戦う事になりかねないのだ。


「恥ずかしながら慢性的な人員不足でして、人を使う事ばかり上手くなりましてね」


「金を払って上手く人員を使うのが仕事だと思えば良い、貴方方も足りないながらも上手く今までの経験を生かしてるんだ、国の誇りさ」


 少なくとも、イスでケツを磨く連中よりはな。と肩をすくめて冗談めかして言うクロウを見て思わず吹き出す新人の男、隣に立っていた女性に小突かれてはいたが気持ちは皆一緒だろう。


「そう言って頂き光栄です、それで…そちらの方は?」


 伺うようにして青ざめたままに担がれた少女を眺めるヒロシゲ。クロウは頷くと。


「ウチの常連でな、異能に目覚めたみたいなんで怪異がどういった物か軽く教えておこうと思ってな、おっと…スカウトは無しだぞ?保護者がイザナギだからな」


「なんとまぁ、それさえ無ければ無理矢理にでも引き入れたかったですなぁ」


「あの…そろそろ下ろして」


「ああ、すまんな」


 クロウがアリスを下ろすとダウナーな表情で周囲を見やってため息を吐いた。


「この人達は?」


「政府の英雄達さ、日々アリス達みたいな善良な市民を守る為に薄給で戦う国民の鑑でもある」


 一応月に数百万はもらっているのだが、やはりリスクから考えれば薄給も良い所なのだろう。事実彼等はクロウ達のように個人で働いた方が金銭を得れる事を承知で国家に属している。それは打算であったり、あるいは国家への奉仕であったり、様々な事情はあるのだろうが…それでも彼等は確かに此処に居て人々を守っているのだ。


「さて、式神を展開してるって事はそっちの人達も連れていくのか?」


「はい、式神を使うのは確定事項でしたし、ついでであれば協力的な関係を築く為にも少し利用しようかと」


 どうやらアリスの護衛に式神を使う事は確定であったので、どうせ使い捨てるならばとついでに政府連中を連れて行こうとアリアは思ったらしい。仮に式神が倒されるような事態であればクロウが前に出てアリアが残りの式神を使い盾にしながら後方へと下がる算段なのでよほどが無ければ安全だろう。もっとも、そのよほどが起こりうるのがこの家業の怖い所ではあるのだが。


「アリアが必要だと思ったのなら問題無い、そちらの準備が整い次第出発しよう」


「……ってか攫われて来た私の意見は?」


「あんまり聞く余地無いが一応聞こうか?」


「…はぁ、おじさん何時になく積極的だけど、何かあるの?」


「幾つか理由があるが、その一つにこのまま放置してたらアリスが死ぬかもしれんってのがある、それこそ俺の店からアリスの家に帰るまでの間でな」


「冗談だよね?」


「冗談なら無理やり連れて来たりしないさ」


 僅かに見つめ合い、互いに認識を確認し合う2人。別に阿吽の呼吸という訳ではないがある程度意思疎通が出来る程度には2人には客と店主以上の付き合いがある。


「正直、頭は追いついてないけど…私の母親代わりの人が危ない仕事をしてるのは知ってた……だから一応は信じる、じゃなきゃこんな所まで連れてこないだろうし」


 何かに諦めたような、そんな言葉をポツリとこぼすアリス。あるいは現実としてそれを受け入れようという努力とも言えるだろう。


「そういう聡い所をもう少し人達の為に使ってやれ、きっと喜ぶぞ?」


「友達、居ないし」


「……強いんだな、孤独であれるのは強さの証明だ、俺の知ってる強い奴は大概皆一人だったよ」


「だった?」


「今は、共にある、困難に向かう為にな」


 そう言ってポンポンと軽く頭を撫でるクロウ。


「きっと、アリスにも強い仲間が出来るさ…そのまま聡くあるならば、自然とな」


「……だといいけど」


「何、すぐに分かるさ…さて、全員、準備は?」


 クロウの問いかけに軽く装備を見せて頷く黒服達。やはりというか、金の属性持ちが多いらしく近接武器が目立つ。


「此方は万全です」


「ではピクニックと行こう、俺が先行する、アリアはアリスについて式神で周囲を囲う、そちらは囲いの中で自由に動いてくれて構わない」


「了解しました、全員、密集陣形で…恐らく陣形内は完全な安全地帯だと思われるが、警戒は怠るな」


「「「「了解」」」」


 こうして、少々奇妙な見学会が始まるのであった。


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