ややこしくなってきた

 一先ずリーリャの納得を得れたので一安心と胸をなでおろすクロウ、今回の件で一番の成果は反発少なくリーリャに学校へ行かせる事が成功した所にある。クロウとしては彼女にはしっかりと学校教育で勉学以外の事を培ってほしいと思っているのだが、本人としては無駄な時間を学業に費やすよりも少ない経験を埋めたり金銭を稼ぐ方が良いというのもクロウは理解出来るだろう。


「…上原ずいぶん遅いな、ちょっと見てくるから2人は少し休憩しといてくれ」


「あら、掃除は?」


「後でいい、ああ、葛乃葉が2階に居るから人避けだけ継続するように言って置いてくれ、後シャッター降ろして出入りは裏口で頼む」


 警察やマスコミに騒がれると厄介とばかりに大まかな指示を飛ばすと、少し帰りの遅いアリアと上原を心配して店の隣の駐車場に回るクロウ。すると、其処には正座させられている上原と彼女を見下ろすアリアという謎の光景があった。


「何やってんの」


 クロウの言葉に振り向いて軽く一礼するアリア。


「車の中であの後嘔吐したようでして」


「ああ…まぁ、うん」


「す、すみません…」


 食った後にあの異次元ドライブは少々酷だったのだろう、クロウは苦笑いしながら再び店内に戻って行った。こういう時のアリアは触らない方が良いのだ。


「っと…ん?」


 と、戻る前に軽くアルフォンソに電話をかけようと思い携帯に手を伸ばすも、携帯の電波強度が何故か0本になっている事に首をかしげるクロウ。


「何かあったのか?」


 まぁ考えていても仕方ないとばかりに店内に入っていく。


 あるいは…この時にあの男が何故此処に居たのかという事に思い至ったならば、もう少しだけ迅速な対応が出来たかもしれない。とはいえ、思い至ったとしても本当に紙一重の差程度なのだが。



 少女は、雛依アリスは目を覚ます。何か爆発に巻き込まれたのは覚えているが、少し記憶が曖昧だ。


「……あれ、店長?」


 周囲を見渡すとベッドの隣に見知った店長が腕を組みながらうたた寝をしていた、どうやら自らが倒れた後ベッドに運んで看護していてくれていたらしい。


「……」


 なんとなく、じっとクロウを見つめるアリス。前々から色々気にかけてくれて時々ジュースやたこ焼きをサービスしてくれる良い人だ、雨の日に長時間居座っても追い出すでもなく勉強を見てくれたり…かといって下心のような物も感じない。


 なんというか、純粋に自身の事を心配してくれているのだ。父親…という物の記憶は無いがもしも居たのならばこのような存在なのだろうか?


 普段観察するような事も無いが今回ばかりはまじまじと観察してしまう。たこ焼き屋の店主には見えない…あるいはそっち方面のシノギとしてのたこ焼き屋の店主と見紛う男の全身は見事な筋肉で包まれている。


 ガッチリした胸板に広い肩幅、少し威圧感を感じる長身に…こうやって腕を組んで微動だもせずに寝ているとあるいは芸術的な石像のようにも思えてしまう程の肉体美。別にアリスは筋肉が好きという訳でも無いのに思わず見てしまう。


 なんというか…自然なのだ、ボディビルダーのような筋肉ではなく何処までも自然な筋肉。野生動物のような靭やかさを持っているようにも見え固くもあり、柔らかくもある。


「人の寝顔って見てておもしろい物なのか?」


 パチリと目を覚まし、石像から人間へと変貌を遂げるクロウと少々バツが悪そうに目線をそらすアリス。


「…別に、見てた訳じゃない」


「ウソつけ、マジマジと見つめて触ろうとしてただろうが」


 大きくあくびをすると首を鳴らして背伸びをするクロウ、そして懐からアリスの壊れた携帯を取り出してベッドの上に置いた。


「うぇっ…ケータイ潰れたの?」


「金はこっちで建て替えるから安心してくれ、もとより巻き込んだ側だ」


「ってか、何が起きたの?知らないオッサンが入って来たと思ったらなんか爆発して…」


「あー…その事なんだがな、何から説明したらいいか」


 色々と切り口を考えながらクロウは考えた末に。


「妖怪って居ると思うか?」


 と、なんとも言えない切り出しかたをした。


「はぁ、UMA的なアレ?」


「そう、んで実はアリスの親御さんはその妖怪と戦ってるエキスパートだ」


「は?」


「あー、うん、まぁそういう反応になるのは分かってたからちょっと現地に行って説明するか」


 5分程待ってろ、と一言声を掛けて自室に戻りいそいそと強化服スタンドを操作して強化服を着込むクロウ。本来なら一人で装着出来ないのだが、クロウの異様なまでの練習により一人で着る事が可能となったのはアリア以外知らない。


「待たせたな」


 ピチパツ強化スーツに身を包み、腰や背には銃器を装備したクロウの姿が其処にあった。


「ええ……コスプレ…?」


「そういう反応になるのは仕方ないし理解もしている、だけどまぁ30分後にはこの装備の意味も理解出来る筈だ…という訳で少し付き合え」


 ヒョイと少女を担ぐとそのまま窓を開けて…。


「えっ、ちょっとまっ…」


「安心しろ」


「キャアアアア!?」


 普段低い声しか出ないアリスが珍しく黄色い声を上げたものの、特に気にする様子も無くトンと飛び降り軽々と着地を決めるクロウ。ビル前には既に上原がリバースした車とは別の車が配置されており、恭しく頭を下げるアリアが車のドアを開いた。


「シートベルトはしっかりしてくれよ、後かなり揺れるからしっかり掴まっておいてくれ」


 まるで人攫いのようにアリスを車の中に入れると、そのまま助手席に乗り込み、アリアの運転にて急速発進する車。一瞬で法定速度を突破するとそのまま通常世界の壁も突破し、何処までも広がる真っ平らなアスファルトの逢魔へと突入した。


「今回は近場だったか」


「はい、私の逢魔ラインの近場にあるので5分程で到着するかと」


「あ、あの!これ何処に向かって…」


 そのアリスの言葉にニヤリと笑い振り返りクロウは一言。


「妖怪見学ツアーさ」


 と、一言だけ言った。



 5分の移動とは言え、それはアリスの価値観を変えるには相応しい物であったとアリアは自負している。出来る限り逢魔を通り、時にビルの間から飛び出し、時に地面から飛び出し、時に線路を走る…アトラクションとして楽しめるドライブコースを選んだのだ。


 まぁ、本人がどう思っているかは知らないがアリアとしては及第点以上のドライブだと思っている。速度も150km程と景色を楽しめる程度に押さえての物、カーブ少なく身体負荷も少ない良いコース取りを選び走らせたドライブは100点満点で言うならば90点である。


「アリア、アリスが吐きそうだ」


「何故、なのでしょうね」


 バックミラーを見ると非常に顔色の悪いアリスの顔が目に入る。人とは脆弱な物だと心の中で思いながら実はクロウが頑丈なだけなのかもしれないと自らの中の認識をやや改めつつ、車を一時停車させた。


「到着です」


 本当はもう少し距離があるが流石に一日に二度も愛車の中で嘔吐されるのは避けたい為に適当な場所に停車させ、政府から渡された駐車許可証を車のフロントガラスに貼り付けて外へ出るアリア。


「は、吐きそう…」


「大丈夫か?」


 車からアリスを引き出すと背中を撫でながら心配そうに見つめるクロウ、こうして見ると本当の父親のようにも見えなくは無い。


「私は先に現地人員と情報交換をしてまいります」


「すまん、落ち着いたらそちらに向かう」


「おかまいなく」


 つい数時間程前から電話会社にかなり大規模な通信障害が置きているらしく、インターネットの有線接続以外での連絡が取りづらくなっている。その為に現地に配置されている政府の人員と一旦現地合流しなければならないのだ。


「……現代文化に汚染されている気がしますね」


 100年以上前の生まれであるアリアにとって電話とは馴染みの浅い物であった筈なのだ、それなのにこんなにもその存在に頼ってしまっているのは少々腹立たしくもあった。


 この時代、この国において少なからず彼女は必要の無い存在だ。そんな存在が何百年もこの世にあり、彼等携帯電話のような利便性の塊であり、人々と長く共にある筈の存在が数年しか使われず投棄されていく。それは彼女にとってなんとも言えない複雑な感情を伴わせた。


「ガンジーの言葉にもありましたかね、手がかかっても修理出来る物にこそ愛着が湧くと」


 自らはどうなのだろうと…ふと考えてしまうアリア、もっともその答えはきっと彼女が付喪神である限りは一生掛かっても出ないのだろう。なにせ彼女は既に物から人へとなったのだから。

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