2人からの報告


 上原を呼び戻しに行ったアリアを横目で追いつつ、葛乃葉にアリスをベッドで寝かせてくるように指示を出したクロウは一人壊れた店内を眺めていた。


「それで、お前は何時になったら出てくるんだ?」


「アララ、ばれてタ?うーん…上手く隠れタつもりなんだけドネ」


 よっこいしょとオヤジ臭い声を上げながら、隠形を解いてソファーに椅子を下ろすリ・チェスター。クロウも今気付いたばかりであり、もしも彼が暗殺するつもりならあるいは成功していたかもしれないとわずかに冷や汗を流した。


「ケッコー自信あっタんだけドね?」


「上手すぎるが故って奴だな、あまりにも自然すぎて違和感がある」


「ウヘーしょーじんシマース」


 ぐえーと変な声を上げながら机に倒れ込むその怪しい男。あまりにも怪しすぎて最早怪しむ事すらも面倒くさい程だ。そんな胡散臭い男ではあるが、クロウは別にこの怪しい男を嫌っている訳ではないし敵対視している訳でもなく…純粋に傭兵として彼のような生き方もあるのかと関心している。


「それで、見ての通り取り込み中だが…仕事の依頼でもしに来たのか?」


「ソ、ステイツが日本にちょっかいヲね?僕としテは今の日本ニ介入されタく無いノ」


「……魔界絡みか?」


「そうでもアリ…そうデモ無イかナー」


「禅問答かよ」


 その言葉の意味を少し考えるクロウ、この男が仮に日本の防衛に動くとすれば…?


「お前、まさか日本政府に雇われたのか!?」


 その事実に思い至るクロウ。だが日本を守りながら日本を脅かすのは流石に意味が分からないので、念の為視線でもう一度本当か問いただしてみると正解だと言わんばかりに満足そうに頷くリ・チェスター。少し腹立つ顔をしていたので思わず拳を握りしめてしまったのはクロウの内緒である。


「以外でモ無いヨ?双方の利益ニは反しテ無いからネ」


「思いっきり反してる気がする…いや、お前個人のやる事にグダグダ言うつもりも無い、好きにしてくれとしか言えん」


「あハハ、そうイう所結構寛容だヨね、僕は良いと思ウヨ?」


「お前に好かれても気持ち悪いだけだ、後依頼なら直接メールで投げてくれ」


「おット、酷いネ!けど…急用を思イ出したかラ帰ってメールで送るよ、ジャネー」


 そう言いながらそそくさと去っていくリ・チェスター。


「何しに来たんだアイツ…」


 首をかしげて怪しい男の背中を見送っていると、不意にその姿が跡形も無く消え去る。基本的に隠形はその者の実力に比例する物であり、あの男のように目の前で急に姿を消されたら対応のしようが無いのだ。


 ましてや近接戦中にそんな荒業を行われると不意の一撃を貰いそのまま落命…なんて事も十二分に有りえるだろう。あの魔法少女達であっても隠密と暗殺に徹すればそれなりに戦える筈だ、身体能力低さは強化スーツで補えば…条件付きで億単位の怪異を仕留める事も現実味を帯びてくる。


 そういう事を含めるのであれば、リ・チェスターのように悪魔を従えながら本人は姿をくらまし不意の必殺を狙うスタイルは、少なくとも好んで相手にしたくないタイプの敵だろう。クロウは仮に戦闘になったらどう捌くかを思案を開始するが…入り口に降り立った見知った2つの影にそれは中断させられた。


「あら、社長一人?」


「やれやれ、してやられました」


 無傷ではあるが、少々疲れた表情を見せる2人を手を上げて迎え入れるクロウ。やはり追撃は失敗したらしい。とはいえ、葛乃葉が追撃に出ていなかった時点でクロウもあまり期待はしていなかったのだが。


「2人ともおつかれ、何か分かった事は?」


「アメリカの術式を使っていましたね、祝福ブレス栄光グロリアと呼ばれるポピュラーな物ですが…相当な精度でしたよ、少なくとも取ってつけた技術ではなく生まれも育ちの純粋なアメリカの工作員でしょう」


「使い手の腕もそうだけど、判断力もかなりの物かしら?全員油断しないように社長からも言い含めておいて」

 

 能力の強弱よりも判断力が良いというのがもっとも厄介だ、怪異と違い人は様々なアプローチを行える。ましてこの2人に一当てして逃げ切ったともなれば文字通り一流のプロであり、事前に逃走ルート等を決めて居たのは分かる…だが。


「その割には1Fをふっとばす嫌がらせだけとは、妙にお粗末な襲撃だな」


「入ってきた時には彼自身も我々の顔を見て非常に驚いていましたね、あるいは…彼も嵌められた可能性が0ではありません」


 その言葉に少し思案を巡らせるクロウ。仮に自分がその襲撃者側になったとして動くとすると…そもそも此処を襲撃する事自体自殺行為に近い為依頼を受けないと考えるのが妥当だろう。バックに巨大な組織があり、其処からの支援があったとすれば話しも分かるのだが…だとするなら何故2人の顔を見て驚いたのか?


 情報を正しく渡さないバックヤード後方支援など邪魔ですらある、ならば…彼は此方の実力を図る為の捨て駒。あるいは…襲撃者がステイツ側でも邪魔になった駒であるならば此方で処分してもらえば一石二鳥などと言った魂胆なのかもしれない。


 おそらくそういう意味合いでヒロフミは"嵌められた"と言ったのだろう。


「アメリカに直接抗議するか?」


「まさか、時間の無駄でしょう」


「違いない、とはいえナメられたままでは沽券に関わる…見つけ次第確保してくれ」


 確保、という言葉にピクリと反応したリーリャ。どうやら殺すつもりだったらしいが…。


「殺してもいいのよね?」


「そうも思ったんだが少し話しをしたくなった、無論面倒だったり無理なら殺して構わないぞ?葛乃葉からも聞いた話を総合すると殺そうと思ってもそうそうくたばるような奴じゃなさそうだし、殺そうとして虫の息で生きてたらトドメ刺さずにもってくるぐらいでいいさ」


「ウフフ、まるで獲物を持ってきたのを主人に見せる猫みたいね」


「あれはあれで殺さないように加減してるらしいぞ、それと捜索隊からリーリャは外れてもらう」


「あら、どうして?」


 リーリャ素朴な疑問…というよりは初めから行く気満々であったのに、水をさされたと言ったような表情での問いかけに一言、クロウが少しの間を開けて申し訳なさそうに切り出した。


「すまん、明日からリーリャ学校な」


「え?まだ先なんじゃ?」


「ウチの店で倒れたアリスの護衛だ」


「………ついてないわ」


 クロウの言葉の意味はリーリャも半分は理解している。ようするに今此処でアリスを盾に取られると個人的に動きづらいと、無論組織として見捨てるという手もあるのだが…。


「何か理由が?」


「あの娘、イザナギの関係者だ、まだイザナギと事を構えるのは避けたい」


「……スパイだったの?」


「可能性はあるが、それを含めて場合によっては恩を売る事もできる筈だ、有用に使いたいカードではある」


「ふーん、ま、業務命令なら仕方ないわね」


 リーリャもただ学校に行けと理不尽を言われるよりは任務として行けと言われる方が気が楽なのも確かなのだ、別にその指示に対して筋が通っているなら別段行く事にも問題は無いと思っている。


「一応アリスの監視が組織としての仕事で、周囲一帯の児童が巻き込まれた最の問題解決がリーリャの仕事として別途政府から割り振られる予定になっている、すまんが頼むぞ?」


「……出来る限り厄介事が置きて学校から離れれるように祈っておくわ」


「其処は平和を祈ってくれ、リーリャの祈りなら色々効果がありそうだ」


 肩をすくめるリーリャと少し楽しそうにそのやり取りを見つめていたヒロフミ。


「それで、私はどうしましょうか?」


「ヒロフミさんは今回攻勢に回ってもらいたい、相手との交戦経験がある状態で前線に出れるのは貴方だけだからな」


「ええ、汚名返上させて頂きましょう、仕込みは済ませておきましたので」


 ヒロフミから思わず背筋が凍りそうな程の殺気が漏れ出す。今回彼とリーリャが行ったらように、未知の相手に追撃を仕掛けるのはたやすい事では無い。罠や待ち伏せを警戒する必要がある為に良くも悪くも追撃の為の移動速度が低下してしまい、失敗してしまった面があるのをクロウも理解している。


 リーリャもどちらかと言えば過激な発言こそ目立つものの慎重な方であり、経験不足を理解しているのでヒロフミの意見を汲んで追撃仕切らなかったのもある。さらに言えばヒロフミと違いこの件の判断に関して、リーリャは失敗したとは思っていないのもヒロフミとの違いだろう。もしも失敗と思っていたのなら恐らく命令を無視してでも追撃に参加した筈だ。


「ヒロフミさん、やる気なのは分かるが抑えてくれ、上に寝ている子もいるからな」


「おっと、失礼しました」


「リーリャ、アリスの情報が出揃い次第ソチラを優先する為に一時待機しておいてくれ、外出も認めるから学校に最低限必要だと思う用意だけして適当に遊んでていいぞ」


「りょーかい、お給料に期待しておくわ」


「そこは国からの報酬に期待してくれ」


「あら、じゃぁ普通に働いた方がマシじゃない?」


「それを確認するのも商売の内さ、需要を作るのも仕事の1つだ、だろ?」


「それもそうね」

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