悪いのは多分葛乃葉


 そもそも何故、アメリカ側がCLOSEに嫌がらせを行なったのか。事は葛乃葉がクロウの使っていた強化スーツのデータをイギリスに流した事に起因する。


 現状強化スーツの研究が進んでいるのはアメリカ・イギリス・日本の3カ国が主流であり、ロシア・ドイツ・中国その他はコスト面からアーマードスレイブなどと呼ばれる着込む戦車が主流だ。


 強化スーツにおいて御三家とも言えるアメリカ・イギリス・日本だが今回のクロウのデータを受けイギリスが新型の開発に着手し、同時に実戦重視な強化スーツ兵の運用を検討し始めた。事実上各国へのリードを作ったとも言えるだろう。


 さて…クロウのスーツのデータだが実は日本国内にも一部極秘裏に流れている。というよりも最初にクロウにスーツを提供したとある博士が、クロウへメンテナンスを行うという形でデータをこっそり抜いていたという方が正しいだろうか。


 しかもデータを保有しているのは国家ではなく企業であり、それらは怪異の後ろ盾を持っている。つまり日本国からも他国からも手出し出来ない所にあるという訳だ。


 さて、これに焦ったのはアメリカ。御三家の中で唯一出遅れた彼等はひとまずデータの出処に対し威圧をかける事で他国に対しての牽制を行うという暴挙に出た。無論現場の暴走に近いが…結果として彼等は虎の尾を踏んだ事になる。


 所詮相手はただのマフィア程度と侮っていたのだろうが…それは大きな判断ミスと言わざるを得ない。



 相変わらず薄暗い部屋に一人、ベッドに座り込む一人の白人の男が居た。彼の名はガウス…無論、偽名だ。


「……入っていいぞ」


 彼の部屋の扉をノックしようと前に立っていた一人の少女は少し驚き、だが意を決して扉を開く。


「ガウス、気が変わったって話だけど…どういう風の吹き回し?」


「あんた達の敵と、アメリカのパブリック・エナミーが重なっただけの話だ」


 その言葉に訝しむ少女。


「なんでアメリカが日本の退魔組織を敵対視するのよ」


「複雑な事情があるのさ、あんたには関係無いが俺は無関係と行かないのが悲しい所でな…ついで仕事で魔導書の方もなんとかなるかと思った次第さ」


 もっとも、なんとかならなければ死が待っている、とは言い出せないのだが。


「……報酬は初期提示額が限界」


「わかってる、わかってるさ…そんなはした金で危ない橋を渡らされるって事を、アンタに改めて言われなくてもわかってる!ステイツの野郎共も意思統一出来てねぇ時点で俺に対して頭悪い依頼出して対象組織に優位交渉可能な損害を与えろだと!?ふざけるなよその前にの西か東アメリカの何方かが更地になってもおかしくねぇんだぞ!?!?分かってんのかF○CK!!!!!!」


 まくし立てる男をわずかに冷ややかに眺めながらため息1つ落とす少女、その後、ふと気になったのか。


「……日本語堪能ね」


 と、ポツリとこぼした。


「ッチ、元々はコッチでスパイやってたんだよ…夢の中の言語が英語から日本語に変わって久しいぐらいはこっちに居てるさ」


 少しだけしみじみしながら語る男の背は…何処か煤けているようにも見えた。


「そう、まぁ…拙いながらも支援ぐらいはするわ」


 だが、彼のクライアントは女性であり男の哀愁は無視しないまでも、そこまで気にした様子でもなかった。


「そりゃどうも……なぁ、1つ聞いて良いか?」


 そんなやりとりの中、ガウスが依頼を受けるにあたってずっと気になっていた事を、せっかくなので聞いて見る事にしたのだ。


 無論普段の彼ならばそんな事はしないだろう。彼はプロであり、やれと言われた事は黙々とこなす気質。余計な詮索は嫌うが…だが今回ばかりは死を覚悟していた為に聞いておきたかったのだ。


「何?」


「あの魔導書、何があるんだ?」


「何も無いがある」


 その言葉に首をかしげる男。


「表の顔は普通の触媒書、裏の顔は戦闘用の触媒書…だけどその神秘の最奥は、虚無虚構」


「………オイ、まさか」


「ええ、あの魔導書の本来の持ち主は死んでいない…ただ幻のように



 吹き飛んだ事務所の掃除をしながら業者に修理の手配の電話を行うクロウ、どうやらかなり意気消沈しているらしく時々動きを止めては大きいため息をこぼしている。


「アリア、連絡ついたか?」


「いえ、それが…携帯電話にご両親の電話番号が乗っていません」


「反抗期?」


「違うと思います、それに通話履歴が乗っていません」


 ふむ?と頭をかしげるクロウ。


「葛乃葉、調べられるか?」


「えぇ…?ウチスマホは専門…外……」


 アリアが投げ渡した携帯電話をマジマジと見つめる葛乃葉、すると何を思ったのか唐突に持っていた薄い刃を持つ投擲用ナイフを画面の間に差し込み解体し始めた。


「オイオイオイ!?何やってんのさ!?」


「爆発で壊れた事にして後で新品渡しとけば問題無いですやろ?それよりほら、これ…輪転道がイザナギに降ろしてる端末やね、此処の集積回路に輪転道のレリーフ入っとるの見えます?」


 そう言いながら何処からか取り出したペンライトを斜めに当てて、表面に掘られたロゴマークを照らし出す葛乃葉。其処には確かに輪転道のロゴが入っており、この携帯がイザナギ由来の物である事を臭わせた。


「アリスの両親がイザナギに?という事は偽名…なのか?」


「キラキラネームかと思ってたわぁ…」


「最近だと割とある名前なのでは?」


 三者三様の感想を思い浮かべつつも、それぞれがどうした物かと頭を捻らせる。接触を失敗すれば殺し合いに発展する可能性も0では無い。


「……殺して埋め…」


「バカタレ」


 物騒な事を口走る葛乃葉を叩くクロウ、スパァンと良い音がして直撃したが葛乃葉の表情は何故か恍惚としている。


「今の、角度と速度がええわぁ…」


「ドM…なのか…」


「ええ!?ウチが?アリえへん話しやわぁ、ただちょっと昔お祖父様に叱咤された時の事を思い出しただけやよ?」


「お、おう…しかしどうするか」


「いっそ、起きるまで待ってから事情を包み隠さず話して、そこからご両親に御本人から連絡いただくのはどうでしょうか?」


 実際それぐらいしか良い案が無いようにも思えたのでそれで行くかとうなずくクロウ。


「現実それが一番か、しかしイザナギ絡みとなると話しがややこしい事になってきたな」


「実際あっちとの関係は微妙な所やからねぇ…」


 と、その微妙な原因である葛乃葉が白々しく言ってみせる。もっとも、それに誰も突っ込まない一種のお決まりのようになっているのだが。


「雑にコキ使われるぐらいならまだ良いが、葛乃葉の首を差し出せとか言われたら全面抗争になるからな、事を構えるには少々早い」


「あら、ウチを守ってくれはるん?うれしいわぁ」


「仲間だからな、こういう時の為に動かなければ組織としての意味がないだろ?」


 茶化そうとしたのを素で返され少し顔を赤くすると、恥ずかしそうにプイとそっぽを向いてしまう。


「……そうやね」


「こんな所で躓いている訳にはいかないんだ、この先を見据えるならな」


 大きく息を吐き出すとふたたび掃除を再開するクロウ。そうして、1つ忘れていた事を思い出した。


「……あっ、アリア、すまんが上原呼んできて、かれこれ20分ぐらい放置してるわ」


「あっ」


「社長…ちょっと酷ない?」


「う、うむ、埋め合わせに後でなんか…食ってきたばかりだな、何か買って渡すか」


「ウチとアリアはんに何か買って口止めしてくれたら、口裏合わせてもええけど?」


「上原へのプレゼントへの倍額以上掛かりそうじゃねーか、却下だ却下」


「ええ~ウチかて社長はんからのプレゼント欲しいわぁ、今度日本で今使ぅつこうてるスーツの最新機種出るんよぉ、プレゼントに買うこうて欲しいわぁ♪」


 急に猫なで声を出しながらクロウにすり寄る葛乃葉。


「次の決済の時に経費で落とせよ、俺個人に強請ってどうするマジで」


「そんな事言うて、本当は懐暖かいんやろ?このこの~」


 その言葉にコホンと咳払いするアリア。


「クロウ様の給与ですが、実は一番少ないです」


 思わぬ言葉に数秒停止してからグルンとアリアへと顔を向ける葛乃葉。


「はえ?」


「しいて言うならば、今月の純利益が給与と言った所でしょうか、一般生活で使う金額以外全て会社の運営費として突っ込んでいますので」


「……え、ええ」


 わずかに信じられないと言った表情と声を出すも、アリアとクロウの表情を見て本当であると悟り「えろうすんまへん」と小さく謝る葛乃葉。その表情を見ていたクロウはやれやれと言った様子で切り出した。


「普通の生活にそんな金要らんだろうが、それよりも組織の充足が先決だ、スーツに関しては決済に入れておくから注文入れとけ」


「も、もうちょっとコレ使いますよって、あんまりいけず言わんとってほしいわぁ…」


「そうか、なら保存食でも買っておくとしよう、確か国から援助金出るよな?」


「はい、上原様がそう仰っていましたのでおそらくは」


「はぁ…欲無いお人やね」


「嫌いか?」


「渋てええと思います」


「…渋い…ね」


 もしもこの時、アリアの表情を読み取れる者がいたならば。


「アリア、上原を呼んできてくれ」


「……はい」


 きっと葛乃葉が彼女の逆鱗に触れてしまった事に気づけたのかもしれない。

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