厄日

「良かったのですか?」


 少々心配そうにアルフォンソを見送りながら呟く上原、しかしクロウはそれを鼻で笑い飛ばす。


「あいつ以外に適任は居ないさ、それに…あの魔女達の顔を思い出せるか?」


「え……?あっ!?」


「認識阻害だ、俺も顔をはっきりとは思い出せないな…多分顔を見たら本人かの判別ぐらいは出来るだろうが中々高度な術らしい」


 彼女達の偽名ですら、全員が名に白を関しているのは対象者の記憶から薄れる為や記憶を白紙に戻すという魔術的な意味合いだ。即ち、彼女達は正しく用心深い魔女であり、同時に其処までの徹底は戦闘能力の低さを自白しているような物でもある。


「だが、アルフォンソはしっかりと。餅は餅屋、適材適所でアチラが自発的にやってくれるって言うんだからお言葉に甘えようじゃないか」


「無理やりやらせた…とも言えますが、まぁ彼には良い薬でしょうか?」


 アリアが少々不満げそうに言い放つ。


「そう言ってやるな、女心は分かってもは分からないんだろうさ、イラついてるのも分かるが法は守れよ?」


「……分かっています」


 此処まで感情を顕にさせるアリアも珍しいのか、上原は少し不安そうに運転席を眺めた。


「ん、ああ、なんであんなにアリアが不機嫌なのか分からないのか?」


「はい…その…」


「アリアは付喪神だって話はしたか?付喪神ってのは他の怪異と違って意思が希薄な上に非常に脆いんだ」


 クロウ曰く、付喪神は100年の経過の後に意思を持った"物"ではあるがその中枢である実態を破壊されると容易く消滅する。もっとも、アリアはその欠点を補強した強化付喪神である為に意思強く頑強なのだが、代わりに元から命の無かった自分に対して与えられたを大切にする傾向が強いとの事。


 故に、命を奪う事や奪われる事を極端に嫌うのだが…奪いに来た存在に対してはいつも以上に苛烈になるフシもある。どうにも死神の性質を食って以来その性質が増しているらしく、襲いに来た者に対し死を振りまく死神のようになっているとかなんとか。


「死神とは酷い言い草ですね」


「その辺の死神みたいに節操ない訳じゃないから大丈夫だ」


「酷評です」


 アリアはハンドルを急に切り、路地裏に車体を突っ込ませた。途端周囲の風景はサイケデリックな物へと変わり、アクセルをベタ踏みして加速するアリア、ちなみにこの車はアリアが数台保有している内の1つであり、最高時速320kmパートタイム4WD採用かつ4輪全ての方向転換可能…即ちカニ歩きならぬカニ走り可能なである。


 OSから表面装甲に至るまで全て自作なので本来であればダッシュボードに入っているノートPCを助手席に固定し、駆動マクロ用のグローブを装着して操縦するのが基本となるのだが、どうやら今はらしい。


「あの、速度200キロ越えてるんですけど…」


「私の逢魔の内部なので実質敷地内です、法定速度などありません」


「……まぁ、そうかもしれないな」


「飛びます、つかまっていて下さい」


 サイケデリックな空間を突き抜けると、不意に体が浮き上がり慌てて支える上原と最初から支えていたクロウ。どうやら車体は逢魔を抜け出し空中を舞っているようだ。だが先程までの速度は衰えていないらしく、そのまま前方の高層ビル中腹へと向かって吹き飛んでいく。


「お、落ち!?いやぶつか…!!」


「落ち着いて下さい」


 車体がビルに触れた瞬間、今度は先程と比べると落ち着いた道路が広がる逢魔の中に突入する。アリアが素早く車体の4輪のロックを外すと車体は横面を向いたままに走り続け、窓を開いて…。


「社長」


「わかってる」


 窓から銃身を出し前方に八咫烏のハンドガンを放つ、すると再び僅かな浮遊感の後…今までの慣性が消え去り、ドシンと地面に車体がついた。外を恐る恐る上原が覗くと其処はクロウの自社ビルの駐車スペース…見慣れた光景であった。


「到着です、おや、何かあったのでしょうか」


「人避けか、これは葛乃葉のだな」


 シートベルトを外して車から急ぎ降りるクロウとアリア、クロウが上原に視線を送ると小さく頷き車内に伏せて待機した。


 両手に散弾銃を構えるクロウ、アリアに背を任せゆっくりと前に歩きそっと店内を手鏡で覗くと其処には……。


「うおあああああああああ!!たこ焼き屋吹っ飛んでんじゃねーか!!?!?!?」


 文字通り吹っ飛んだとしか言い様が無い光景が広がっていた。机は砕けイスは吹き飛び新調したばかりの機材や食器が粉々になっている、それはクロウにとって悪夢に等しいだろう。


「あら、社長はん、おかえりやす」


 そんなクロウを迎えたのは何時も通りのマイペースな葛乃葉。どうやら事が終わった後らしく、片付けをしようとしていたらしい。


「オイオイオイオイ、何があったんだよホント勘弁してくれよ…あーあーあー…ボロボロってレベルじゃないぞ何処の誰だよ喧嘩売って来たのは」


 此処最近見せた事の無い非常に疲れた表情をクロウが浮かべながら、ソファーを叩いてススを大雑把に落とすとスーツが汚れるのも気にせず腰を降ろした。


「……はー……被害状況は?」


 諦めたような表情、あるいは死んだ目でそう問いかけるクロウ。


「見ての通りたこ焼き屋は全損やねぇ、他のはリーリャちゃんが迎撃用に出した死体が5体程潰されたのと、ウチの式神が20程焼かれたぐらいやろか?ヒロフミはんとリーリャちゃんが今追撃しとるけど逃げられるかもしれへんねぇ」


 死体を潰された事と式神が焼かれたという事実に眉をしかめるクロウ。リーリャとヒロフミの追撃能力は其処まで高くはない為、逃げられる事もあるかもしれないが戦闘に関して其処までやり会えるような相手が来るとは思っていなかったのだ。


「随分強いのが来たな、其処まで腕が良いならある程度は敵対者が絞れるが…と言うかなんで葛乃葉が追わなかったんだ?」


3人の中で一番追撃能力が高いのは強化スーツを着込んだ葛乃葉だ。だが、彼女が居残りしたと言う事は何か理由が…。


「ヒロフミはんに背中預けると、後ろからざくーっと行かれそうやから…ね?」


少し恥ずかしそうに俯く葛乃葉、純粋に彼女の苦手意識だけであった。


「阿呆か、其処は嘘でも一番説明が上手いからとか適当言っとけ」


「ほなら、それで」


「……まぁいい、それで人的被害や周辺被害は無いのか?」


「んー…贔屓してはりました女の子、アリスちゃんが爆破の衝撃で気絶したぐらいやろか?」


その言葉に露骨に焦りを滲ませたクロウ。


「何?命に別状は?異能を見たのか?」


「リーリャちゃんが診断したから体は大丈夫、ただ…異能に目覚めた可能性があるとか」


「マジか…ちなみに系統は?」


「特異系、けど詳細までは流石に」


「…どうす…待て、特異系先天性?」


 特異系異能は非常に数が少なく、其処に先天性と付くとそれこそ数億人に一人というような話になってくる。が…今回クロウが気にしたのは其処ではない。


「それが?」


「先天性だと血縁者に異能持ちが多いのは知ってるな?」


「ええ、まぁウチもそうやからねぇ…」


「親に連絡だ、こういうのは連絡が遅れる程ヤバイ事になるからな…詳しい容態と襲われた状況なんかをザッと纏めてくれ、アリア!すまんがアリアが先に電話して相手に強く出させてから俺が電話を変わる、構わないか?」


「仕事ですから」


「後で埋め合わせする、すまん」


 やれやれと肩を落とすクロウ、どうにも今日は厄日のようだ。



 暗い部屋の中でスマホを操作する厳しい白人の男、顔に幾つかの傷を持ち、それらは全て人の手ではなく怪異によってつけられた物だとその道の者であれば分かるだろう。


「……本国にも困ったもんだよ、大した情報を流さずにヤクザの事務所を襲えって言われて、襲ったら魔人ヒロフミ赤雪姫リーリャなんて2大アンタッチャブルが出てくるんだから」


 大きなため息と本国から送られて来たメールに対して文句を投げると、そのままヒロフミに投げつけられた短刀を腹部から引き抜き、祝福ブレスを自らの体に施す。


「ついで仕事と受けたのが運のつきか、魔女の魔導書も手に入らずもう1つの仕事も満足に出来ず、俺もヤキが回ったか…」


 男も既に35歳と肉体的な全盛期を越えている、強化スーツで身体能力を補っているものの限界を感じ初めていたのも確かなのだ。 


「引退…かね」


 引退最後の仕事として魔女の魔導書を奪うという物を受けたのだが、内部からの手引きがあっても失敗したのだ。隠蔽と隠密に長けた連中である事は理解していたのだが…どうにも男の想像以上であった。


 男も決して腕が悪い訳ではない。戦闘面においてはあの2人をして追撃しきれない程度の腕を持ちあせているし、即座に魔術で爆破して足止めを行った判断力が無ければ今頃あの世に送られて居た事だろう。


 ただ…生まれた国が悪かった。異能とはその土地の上に歴があればあるほど強く発現する。建国から数百年程度の歴では出力が圧倒的に足りないのだ、故にアメリカは異能後進国とも言える。


 しかし、国の歴など今からどうにもなる訳ではない。故にアメリカは足りない手札でなんとかやり繰りしながらも術理を構築し、同時に核という量産の効く力で各国に進攻を繰り返し神秘の簒奪を行い続け徐々にではあるが改善はしている。


 後千年もすれば汎用性の高い彼等の異能は強く育つのだろうが、今はまだ品種改良中とでも言うべきか…とにかく便利ではあるが脆弱なのだ。


「ん?」


 不意に彼の電話が音を鳴らす、其処には見たことの無い電話番号…普通なら無視する所ではあるが、今回は流石に何処からの電話か推察できる。彼は電話を取りHELLOと一言告げた。……彼がその電話を取った事を後悔するのに30秒も必要なかったのだが、それは第三者にとって関係無い話だろう。

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