自主性

 クロウは椅子に背を預け静かに目を瞑り、考えを軽く巡らせた後再び口を開いた。


「確かに、此方の組織の全容が分からないままに接触を図った程だ、他にメンバーは居るのか?」


「はい、詳しい人数までは言えませんが」


「そうか、上原」


「既にダリアが、戻り次第にはなりますがご報告させていただきます」


「……そうか、やはりお前を雇って正解だったな?気も回るし機転も素晴らしい…人生に1つ失敗があるとするなら俺のような男の下で働いている事だな」


「御冗談を」


 高校3年生の時に男子に告白壁ドンされた時一回断ってからお友達から…と言おうとしたら、断った時点でそのまま男子が泣きながら走り去っていってしまい、土日を挟んだ次の月曜日その男子に彼女が出来て居てお幸せにとしか言えなかった事が、彼女の人生における唯一の失敗であるとは言えない上原であった。


「あの…?」


 少し様子を伺いながら声をかけるハクノエ。おそらく会話の意図を問うても良いのか否かの判断がつかないのだろう。


「ああ、今君達を尾行していた奴が居ないかを妖精に探らせていてな、多分そろそろ回答が貰えるかと思うんだが…」


「尾行…ですか?」


 そんな事が?という表情を見せるハクノエ、おそらく相手が自分たちを泳がせる利点が分からないのだろう。クロウとしてはフレイムアーカイブが"アチラ"で解析できないのならば第三者に解析させてから奪えば良い等と悪知恵が回るが、どうやら少女は其処まで頭が巡らない…というよりも状況を正しく理解出来ていないのかもしれない。


「相手の組織が君たちを泳がせている可能性もあると思ってな、悲しい事にこの業界疑り深い方が長生きできる…工房仕事だと分かりづらいかもしれないが30越えて殺し合いしてるのは全体の二〇分の一ぐらい、俺みたいにその年まで生きて一線張ってるなら自然と用心深くもなるのさ…自然とな」


「社長はそれが過ぎるけどね」


「お前も30越えたらこうなるぞ、ならなきゃ死んでる」


「ハハハ…あんま時間残されてないな……」


「光陰矢の如しと申しますからね」


 ハハハと笑い合うCLOSEの面々、おじさんおばさんの年になればこういう反応になるのも仕方ない事なのかもしれない。ギリギリアルフォンソはおじさんを外れてはいるかもしれないが…。実際の所は気持ち次第で、若さは外見ではないというのは、少々言い訳がましいだろうか?


「アハハ…ハハ…」


 乾いた笑いを出すハクノエと、先に殺された為に流石に口を結んだまま軽率な発言を避けるようになったシロツユ、そして最初から口数の少ないシロユキ。なんとも言えない空気が其処にあった。


『おいーっす、戻ったよー』


「おかえりダリア、それで…どうだった?」


 そんな空気を壊すように妖精らしいマイペースさで壁を貫通しながら入場してくるダリア、実際にはかなり高度な事をしながら出現しているのだがその片鱗すら見せないのは妖精らしいと言えばらしいのだろう。


『前に見た帽子の女の子と見たこと無い物騒な男の人が一緒に居たよ、多分内通者じゃないかな?』


「帽子って……ハクメイの事!?それに内通者って!?」


「落ち着きなよ、詳しく聞かないとまだ分からないでしょ?」


 思わず立ち上がり声を荒げるシロツユと、それをたしなめるアルフォンソ。何かを言いそうにしながら、だが、あえて飲み込んで再び息を整えて着席して、シロツユはダリアをじっと見つめた。


『ん、落ち着いた?会話の内容はシャチョーさん達を襲うか、交渉するか、それとも諦めるかみたいなので揉めてたよ?支払いは組織に残ってたお金と魔導書をアテにしてたみたいだけど、片方のアテが外れたから物騒な男はあまり乗り気じゃないみたい?リスクは好きじゃないのかな』


「そんな…嘘でしょ……だってあの子あんなに先生に懐いて…」


 信じられないと言った表情で口元を抑えるハクノエ、味方が裏切っていたなど考えたくは無いのだろう。もっともクロウ達にとっては裏切りは日常茶飯事、CLOSEのメンバーが皆フリーの傭兵だったのは純粋に裏切りや組織における対立に疲れたからだ。


 そう言う意味ではクロウは義理堅い性格であると白虎の件で知られているし、強さ故の寛容さと少なからずカリスマもあるのだ。力を得る代わりに失われて行った人の心を彼は持ち合わせ、皆に当たり前を分け与え、だが、一度戦闘になれば鬼神もかくやと言った働きを見せる。


 言わば人の道から外れた彼らにとっての理想形。そして失われた人間性を惜しみなく分け与えてくれる、きっと太陽のような存在なのだろう。


「愛と金が絡めば人も変わる、変わらざるを得ないが正しいか?求める心に際限なく失う恐怖も際限ないからな」


「社長いい事言うね!俺も今良い子が居るんだけ…OK、落ち着いて、銃のヤバイ方がこっち向いてるから」


 流石に茶化し、話の腰を折りすぎたのかクロウが若干のイラつきを見せた。おそらくこれ以上すると本当に発砲するだろうとアルフォンソも理解している為に、これ以上の"おせっかい"は止めておく事にした。


「なんならストックでぶん殴ってもいいんだぞ?」


「頭吹き飛ぶって、ほんと勘弁」


「……ったく、まぁ、なんだ?ソチラのユダをどうするかはアンタ達に任せる、部外者が口出しできる事じゃないからな。名刺を渡しておく、決心がついたら連絡してくれ」


 アルフォンソに何度も話の腰を折られたせいか若干投げやり気味に話を切り上げるクロウ。3人にそれぞれ名刺を投げ渡すと話を区切りゆっくりと席を立つ、最早此処で語るべき事は無いという事だろう。


「では、我々は失礼する、まぁ…よくよく考えて後悔だけはしない事だ」


 上原は一礼、アルフォンソが手を振って去っていく。残されたのは魔女の3人、彼等の表情は何処までも暗く沈んでいたのだった。



 現在時刻は午後2時。日はまだ高く…だがビルの摩天楼から吹き下ろされる強い風は確かに冷たさを運び、確かな秋を感じさせた。


「少し冷えるな」


「そうですね」


 軽い相づちを上原が行うと、クロウ達一向の眼の前に外で待機していたアリアの車が停車。3人が各々の席へと乗り込み、クロウが後部座席のソファーに背を預けると…大きなため息をついてから助手席に座っているアルフォンソに声をかけた。


「知り合いでも居たか」


 ピクリ、と、僅かに反応するアルフォンソ。流石に騙しきれないと判断したのかやれやれと肩をすくめてその問いかけに答える。


「ご明察、遠い親戚さ…もっとも彼女は覚えて無いみたいだけどね」


「そんなに心配なら見に行って来て良いぞ」


「悩んでるのさ、此処に来て彼女達がやっていけるか…場合によっては死んだ方がマシって事も…」


 あるかもしれない、そう言おうとしたアルフォンソの脇腹にアリアの手刀が炸裂した。普通なら肋骨の一本程度を持っていきかねない手刀ではあるが、流石にその程度でおられる程アルフォンソもヤワじゃないらしい。まぁ、情けない声は上げるのだが。


「うごぁっ!?」


「生きてこそ、浮かぶ瀬もあれ」


 ボソリとつぶやくアリア。その様子を見ていたクロウはニヤニヤと笑いながらアリアに命令する。


「アリア、やれ」


「委細承知」


 アリアが助手席の自動ドアを開きアルフォンソを車外へと蹴り落とすと、車は一瞬で法定速度まで加速し走り出す。どうやらクロウはアルフォンソの自主性に任せるらしい。


「マジか!ちょ、社長!?」


「有給消化してこい、バカタレ」


 取り残されたアルフォンソは静かにその車を見送る他無かった。アルフォンソがふと視線を上にやると周囲からの注目を集めている事に気づき少々バツが悪そうにスーツを正して歩き始める。


「ったく、ウチの社長ときたら…」


 だが、そう言いながらもアルフォンソのその顔は何処か嬉しそうな表情を浮かべているのだった。

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