魔女とウォーロック

 私の眼の前に居るのは厳しいスーツ姿の男。目つき鋭く体は大きく、その立ち振舞に一切の隙は無い。名前をクロウと言い金次第でどのような怪異であっても討滅するらしい。


 そして我々の右手に見えるのがそんな彼に付き従うウォーロック。軽薄そうに装ってはいるが、私の見立てでは…彼の内心はクロウ氏を恐れている。まるで調教されていない猛獣を目の前にした調教師のように、慎重に…刺激しないように会話を良い方向へ向かわせようとしているのだ。


 何故?と疑問が浮かぶ、ウォーロックとは対人特化の魔女。戦いの素人である私から見ても一目で強者とわかる。だが、彼はその男を恐れている…私から見ればウォーロックの男の方が強く見えるのだが違うのだろうか?


「お待たせ致しました」


 給仕によってステーキや温野菜など様々なオススメ料理が運ばれてくる。料理名がややこしく何を頼めば良いか迷っていた私達を見かねたクロウ氏が、気を効かせて給仕に私達から食べる物や苦手な物を聞き取らせ、その情報から好むであろう料理を出すようにと無茶振りをしたのだ。


 どうやら彼はこのレストランのオーナーと知り合いらしく、無茶も効くのだろう。後でオーナーが会いたがっていると耳打ちされていた、唇の動きを読んだので間違い無い。


 少し、考える。彼がもしも食事に毒を入れていたらと。そんな事は無いと理解はしていても、少し怖いのは確……。


「うわっ、お肉柔らかっ!?うまっ!?」


「シロツユ…ちょっとはしたない…」


 横を見るとシロツユが無警戒に料理を頬張っていた……心配していた自分が馬鹿のようである。そう思っているとクロウ氏がにこやかに語った。


「此処の肉は特別でな、子牛を客が買ってコースに沿って成牛まで育てた肉を使うんだ、ちなみに今食ってるのは俺が数年前に購入した牛だな」


「ええっ!?お金かかりすぎじゃ…」


 シロツユはこういう時に確信を突いた率直な意見を飛ばす、少しハラハラするがこれが良い方向に働く事も多い為中々に侮れないのも確かだろう。


「実は下のレストランと此方で出ている物と此処に並んでいる物は劇的にはかわらん。それに下の食事代の何割かはこのVIP席に座ってる奴等が負担してるのさ、子牛を買わせるのもその一環…一応は話題作りやステータスみたいな物でもあるが、その実金だけ払って自己満足を買っているのに近いな」


 金持ちは話題と見栄を買って、一般客は安く美味しい料理を食べる。正しい搾取と還元が行われているという訳か、私達にそれを語るのも店員を前にそう言い切るのも剛毅と言うかなんというか。


「だが、一見すれば意味の無い金を払ってでも此処に来る価値はある」


 その瞬間、私は胸を撃ち抜かれた。発砲音も無く、彼の手から放たれた光が胸を焼いた。否、撃ち抜かれていた?まるで初めから弾丸が胸を貫いていたかのように、その光が深く胸を抉って…いた、筈なのだ。


「っ!?」


 だが、それが幻覚のように…あるいは霞のように消え失せた。


「え?どうしたのハクノエ?」


「今、彼女は死んで


 今、確かに私は死んだ。死んだが…彼の言う通り巻き戻ったと言うしかない。


「この逢魔は格別繊細かつ強力に編まれている、俺の全力ですら壊しきれるか不明だな…西暦より前の古来より生き抜いた人食いの怪物、ヴァンパイアが自らの全能を捨て去ってまで組み上げたこの世に存在する神世の異物と言っても良い」


「なんでそんな物が…!?」


 神世、というよりもそんな事が出来るならば神その物ではないか。魔術的に考えても科学的に考えても、全ての側面から考えたとしてもそれは…。


「アルス・マグナ、それがこの逢魔の持ち主の名だ。元は人食いの化物だったが、俺を殺しに来た時に日本で飯文化にハマってそのまま居着いたらしい」


「ああ…社長相手だと吸血鬼じゃまぁねぇ、根絶させられると思っても仕方ないのかな?相性最悪っていうか世界中の吸血鬼相手に回しても無傷でなんとかなりそうだし…」 


「アルフォンソ、口を縫い合わせるぞ」


「へいへい、黙って食べてまーす」


 先程から、アルフォンソと名乗る彼は此方の肩を持っている気がする。同業者だからだろうか?それとも他の何かが?


「質問!社長さんの能力って?」


「シロツユ、それは喧嘩売ってると思われても仕方ない」


 シロツユをたしなめるシロユキ。コレばかりは流石にシロツユが悪い、異能持ち相手に能力を聞くのは基本はご法度だ。僅かに緊張したが彼は特に何も思わないのか…。


「今しがた殺された彼女なら気づいたかもな」


 そんな事を言いだした。


「ってか殺されて巻き戻る?とか意味不明なんですけど?」


「そうだな、俺もそう思うよ」


 そう男が言った瞬間、シロツユの顔が青ざめた。おそらくだが、一度殺されたのだろう。口をパクパクと動かし、冷や汗を流しながらそっと自らの首に手を当てて何度も確認している。首を折られたか…はたまた切られたか。


「クロウ様」


 そんな事を思っていると、流石に給仕が声を上げた。


「分かっている、こちらに害意が無く此処に呼んだ事を教えていた、食事に毒でも入っているのかとそちらの少女が疑っていたからな」


「……で、あればよろしいのですが」


 よろしいのか…しかし実際の所彼等に我々を害する気は一貫して無いのかもしれない、豊富な資金にこのような逢魔を貼る者と並ぶと思われる実力。私達のような弱小組織を救う利点は、なるほど…確かに知識が欲しいだけと考えるのが一番納得が行く。


 であれば、開き直るのも良いだろう。


「いただきます」


 コース料理ではなく、好きな物を好きなだけ。バイキング形式に近いが肉の取り寄せや並び付けは全てアチラ側で行ってくれる。なるほど、いたせりつくせりだ。


「本当、美味しい…シロユキは食べないの?」


「……いただきます」


 そう言ってナイフとフォークで肉を切り分け始めるシロユキ、まぁ、正直気を張っても意味が無いのだからせめてコレが最後の晩餐とならないように交渉ぐらいは上手く取りまとめよう。



 配膳を下げる給仕達を見送るマギアの面々、給仕が一礼し扉を閉めて部外者が居なくなった所で、彼等の身の上話が始まった。


「我々、マギア・クラフトワークは元は小さな魔術組織でした、トップはクラフト師匠で昔ながらの魔女の薬や触媒なんかを作って売っていました」


「魔術触媒か、結構大きなシノギだね」


 アルフォンソがそう言うと、そうなの?という視線を飛ばすクロウ。彼は小さく頷くと軽く説明を行った。


「銃なんかを売ってるのと同じだからね、とはいえ銃と違って誰でも扱える訳でもないし、他の人からすると香水だったりするから警察での検挙は難しいんじゃない?」


 だが、アルフォンソの言葉を否定するように首をふるハクノエ。


「あ、いえ、我々の作っていたのは其処まで危ない物じゃなくて、精神安定効果のあるアロマとか日用雑貨レベルの物です」


「ははーん、読めた!金に目をくらんだ奴らが組織乗っ取って戦闘用魔術触媒をメインに…って感じでしょ?よくあるんだよねぇ」


「はい、要約するとそうなります…ですが我々は未だ半人前、正しいレシピを知っていたのはクラフト先生だけで、そのレシピを奪おうと数人が先生を襲ったんですが…返り討ちにあいました」


「襲撃者がヘボだったのか先生が強かったのか、どちらにせよその時点でまだ運はあった訳だ」


「先生も、若い時は木っ端だけどウォーロックだったと言っていました、実際かなり高位の魔術を使えましたし」


 ふむ、と少し頭を傾げるアルフォンソ。


「高位の魔法で高齢…日本に流れたとなるとアルフレド…いや、バレッダ?」


「どうして先生の本当の名を!?」


 驚いたように席を立ち上がるハクノエ、だがアルフォンソは少し悲しそうな顔をしてつぶやいた。


「何、俺も彼…いや、彼女か?まぁ、幾つか教わった口でね…そうか、確かにちょっと弱かったけど人格者だった、惜しい人を亡くしたな」


「美人だったのか?」


「うん、でもちょっと社長も空気をよんで」


「へいへい、それで、結局死んだんだろ?どんな手で殺されたんだ?」


「傭兵を雇って殺害されたようです、ですが、彼等の目的のレシピは手に入りませんでした」


 そう言って懐から本を取り出すハクノエ。


「コレが、彼等が求めていたレシピです。ですが、其処には私達が普段から作らされていた物しかありませ……」


「なるほど、暗号か」


「え?」


 ハクノエの手からアルフォンソがヒョイと本を取り上げると、急に本が発火し…。


「何を!?」


「いいから見てて」


 燃え上がる火が、蜃気楼のように文字を映し出した。


「フレイムアーカイブ、炙り出しとかも言われてる簡単な隠蔽方法さ…もっとも保有者の魔力量と同等の魔力で発火させないと中身は見えないんだけどね、オーバーすれば機密保持機構が働いてそのまま炭になる、通常なら特殊技能を保有した魔女が開封するんだけど…これは確かに普通の魔女には開けられないな」


 僅かに文字が歪み、同時に別の文字が浮かび上がった。


「秒単位で通すべき魔力量に変動がかかる、クソ…しかも一度閉じたら1日経過しないと開かないぞこれ、万全の準備が無いとおちおち内容も見れないな」


 そう言って通す魔力を停止すると、不死鳥が如くに灰から再び本が組み上がっていく。まるで、時が巻き戻ったようにも見えなくは無いだろう。


「今ざっと目を通したけど、戦闘用のウォーロックが使う魔術触媒、戦闘用の箒、ドラッグ、魔術礼装なんかの作り方がわんさか書かれてた…情報とセットなら10億前後はするんじゃないこれ?まぁ、弟子である君達にしか詳しい解読は出来ないんだろうけど」


 そう言って、ハクノエの手に本を戻して再び席に座るアルフォンソ、少々得意げな顔をしているのは気の所為では無いだろう。


「ふむ、なら今キミたちの価値は適正価格10億と行った所か、どうする?そのぐらいなら即決現金で渡せるが?」

 

「ええっ!?」


「社長、少し早計では?」


 と、沈黙を保っていた上原が此処で口を開いた。本人的には若い子が入ってしまうと自分のセックスアピールがしづらくなると今気づいての行動であった。上原も流石に若さには勝てないのだ。


「ああ、金銭的な問題なら俺のポケットマネーからも出すけど?本の内容気になるし、リーリャさんか葛乃葉さんなら解析装置ぐらいサクっと作れそうだしね」


「ふむ、なら12億ぐらい出せるか」


「ちなみに俺は何億負担?」


 少し不安そうな表情でクロウを見つめるアルフォンソ。するとクロウはフンと鼻で笑った。


「会社が7億出すからアルフォンソが5億でいいだろ」


「うへっ、ちょっと差っ引き過ぎじゃない?」


「どうせそんなに金使う用事も無いんだろ?若い子に還元してやれよ」


「まだ見ぬメイド達の為に良いメイド服をオーダーして今月ピンチなんだよ、そっちからも資金足してくれるなら…こっちが7億出すけど」


「お前どんだけ金使ったんだ…」


「給料ほぼ全額」


「ッチ…今月の利益結構飛ばす額じゃねぇか…言えば俺が作ったのに」


「えっ?」


 と、会話がそのまま流れそうになった所で…。


「あの、そのお話なのですが!少し仲間と相談させてもらってもよろしいですか?」


 ハクノエが一旦ストップをかけたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る