交渉の場

 リターナービルの18階に位置するそのレストランの名は"アルハド"。一般客からセレブリティ、そして後ろ暗い組織であろうとも受け入れ、食事を振る舞う高級レストランである。


 高級レストランとは言っても、ランチは1500円ラインと使われている食材等から考えれば比較的リーズナブルであり昼間はかなりの賑わいを見せる。もっとも、金持ち連中は特別料金を支払い、個室で静かに街の全貌を眺めながらの食事を楽しんでいる為にそういった賑わいとは無関係なのだが。


 さて、この"アルハド"実はオーナーが怪異である。元は人食いの怪物であったのだが、日本に来てその食文化に取り憑かれ人の味よりも料理の味に引かれるようになったという変わった遍歴を持つ。


 その後料理を食べ歩き、彼は自らの力で究極の料理を作ろうとしたのだが、自らでは到達出来ないと悟った。食事を学ぶ中でどんなに美味しい料理を作っても、最後の最後のほんの一押しは…その食べる人を思いやる愛情や思いやりが無ければ究極たらしめないと理解してしまったのだ。だが、彼にはその人を思いやる心が怪異として生まれた為に持ち合わせていなかった。


 だからこそ、彼はレストランを開いた。自らが作れないならば他の"人"が作れれば良いのだ、自らがその究極を作れないのは少々腹立たしいが…そのぐらいの理不尽なら許容出来る器を持ち合わせていた。


 さて…このレストランの来歴から話しは再びクロウ達に戻る。


 マギア・クラフトワークスとの連絡がつき、敵意が無い事を示すために会合の場を一般客もいるアルハドに指定したクロウ達CLOSEの面々。丁度昼食を食べていなかったので、指定時間よりも1時間程早く到着して軽目の食事を済ませておいたのだが…。


「……約束の時間をすぎたな」


 赤を基調としたフカフカの絨毯に、大層な作りのシャンデリア、長く大きな長机を挟むように立つ給仕。一目で金がかかっていると分かる部屋でチラリと腕時計を見やるクロウ。


 口調こそ穏やかではあるが、交渉相手がこちらに来るまでに誰かに襲われたのでは無いかと少し不安になり始めたのだ。このタイミングを逃せばCLOSEとの抗争になりかねないのであれば、まだ交渉前段階である今を狙うのがもっともベストである、と言うかクロウならそうする。


 そんなクロウの不安を察したのか、上原がポケットからダリアを取り出しそっと耳打ちするとフワリと浮かび上がり、その高層ビルの窓ガラスをスルリとすり抜けて外へと出かけていった。おそらく偵察に向かわせたのだろう。


「店にも相手方にも伝えてあるんだよな?もしかして国外生まれなのか?」


 時々ある文化の違いという奴だ、日本だからと言って活動しているのは日本人だけではないのは、リーリャやアルフォンソも居る事からある程度察せるだろう。


「あるいは、何かトラブルでしょうか?」


「道中誰かに襲われたとか?無い話じゃないけど、それなら連絡の1つでも欲しい所だね」


 と、軽い皮肉を口にするアルフォンソ。もっとも、この中でもっとも時間にルーズなのも彼なのだが。


「もう少し待つか、何か追加で頼むか?」


「おっ、いいね!それじゃぁこのバケツジャンボパフェ行ってみるかい?」


「写真無いからサイズが分からん、下手すれば地雷だぞ?」


「男2人なら大丈夫じゃないか?それにほら、もし余ったら持って帰ればいい」


 そう言って机備え付けの端末メニューの説明文に書かれていた、余った分はお持ち帰りも出来ますの文字を指差すアルフォンソ。実はクロウもその存在が気になって居たので、渡に船とも言えた。


 と、言うか端末に写真も一緒に乗せとけとクロウが言いたげにして居たのはきっと気の所為では無いだろう。


「へぇ、サービス良いな?なら頼むか…上原は何か別のを頼むか?」


「私もご一緒させて頂いてもよろしいですか?」


 できれば私も食べて下さい。などと頭の中で言いながらも表情を変えず当たり障りの無い答えをする上原。と、いざ頼もうとタッチパネルを操作した所で不意に部屋にノックの音が響いた。


「タイミングが良いんだか悪いんだか…どうぞ」


 そう言うと、おずおずと入ってくる…


「ふむ…全体的に若いな、魔女じゃなくて魔法少女って呼んだ方が似合ってるか?」


 それはクロウの率直な意見である。其処に居たのは礼服に身を包んだ少女3人、いずれも若くどうしても服に着られているような初々しさがあった。クロウの挑発とも取れる言葉に僅かに眉をしかめる少女の1人が何かを言おうとすると、仲間の少女が即座に手で静止し、口を開いた。


「遅れてしまい申し訳ございません、偽名で申し訳ありませんが私はハクノエと申します。後ろの2人はシラユキとシロツユ…どうぞお見知りを」


 恭しく頭を下げるハクノエに小さなため息をつくクロウ。彼女も苦労人なのだろうと、なんとなく雰囲気で察したのだ。


「好きに座ってくれ、少し遅れたみたいだが何かトラブルでも?」


 着席を促すと3人が互いに顔を見合わせて、席に着いた後、ハクノエが少し考える素振りを見せ、少し恥ずかしそうにポツリと語った。


「その…ドレスコードにあった服が…」


 その一言に思わずしまったと言う表情を浮かべ、顔を手で覆うクロウ。相手の事を良く知らないとは言えついつい服の事を失念していたのだ。着の身着のままで逃げ出した可能性も考慮すべきであったと、大きく反省する。


「すまん、此方の落ち度だな、上原」


「はい」


 小切手を取り出しクロウに手渡す上原。阿吽の呼吸…と言うよりは上原が優秀なのだろう。クロウは小切手に500万と記入すると、再び上原に渡した。上原は額を見て経理的に問題無いと頷くと、ハクノエの所まで歩み寄り…そっと彼女に手渡す。


「どうぞ、社長からのお見舞金と、本日の不手際への謝罪です」


「…あの」


 受け取れません、そう口にしようとした時…クロウが自らの失敗を上手く利用した一言を、会話のイニシアチブを握るそれを言い放つ。


「さて、其処に書かれた額は今の君達に対する評価…あるいはこの話し合いに来て貰った手間賃だと思ってもらっても良い。高いか安いかは君達次第、だが、我々にとっては端金と言って良いだろう」


 僅かな間をあえて開け、不敵な笑みで少女達を見据える。


「その程度の金は俺やそこの男ならばものの10分もあれば稼げる」


 その言葉と共に、少女達が入って来る前に隠行を行い隠れ潜んでいたアルフォンソが完全武装で彼女達の真後ろに現れた。


 少女の1人が恐る恐るアルフォンソの方を見ると、ウォーロックを示すローブと魔除けの仮面という怪しい出で立ちに身を包んだ彼を見つけ、顔を青ざめさせた。自らが何に縋ろうとしていたのか、彼女達は今此処に来てようやく気付いたのだ。


「金で買える物に興味はない、俺が興味を持つのは君達自身…君達のスキルや才能、努力や誠実、忠誠と奉仕だ。さて、君達は何が出来る?まずは話を聞こうじゃ無いか」


 そう微笑み、肩にアルフォンソの手を置かれたハクノエはこの世の終わりのような表情を見せるのであった。



「まず、君達が何をできるか教えて貰いたい…気づいて居るだろうが金よりも我々はスキルを求めている。直接戦闘能力だけでなく組織管理能力や専門知識、開発、なんなら料理スキルでも…」


「あの!」


まくし立てるクロウにハクノエが声を上げた。


「我々の話は聞かないのですか?」


「聞いて欲しいなら聞いておくが、結局は我々が欲しい物を君達が保有しているかに尽きる。君達が我々の欲している人材なら国家やイザナギ相手だろうが事を構えるつもりだ」


「と、言うかイザナギとは遠からず当たるから、お嬢様方が敵対してても全然構わないさ」


 その怪しげな魔除けの仮面の下でウィンクをするアルフォンソ。


「アルフォンソ、女の前で口が軽いのはお前の悪い癖だ…メイドを取り上げた方が良いか?」


「おっと、黙ってるよ」


 ふん、と少し不機嫌そうに鼻を鳴らすクロウ。アルフォンソは確かに優秀であるがどうにも女性が絡むと口と態度が軽くなる傾向が強い、クロウも常々言っては居るのだが…まぁ其処が彼の憎めない所でもあるのだろう。


「すみません、1つ確認をしたいのですが…そちらの組織は魔術系の組織では無いのですが?」


「ああ、妖精郷をビルに持っていたから魔術系組織と勘違いしたのか?我々は祓い屋に近い組織だ、金を貰い逢魔を祓うのを生業にしている」


 巨大な魔女の組織になると妖精を飼育する事もある為に、おそらく勘違いしたのだろう。


「……申し訳ありません、我々は祓い屋に関してはあまり知識が無く」


「そこは此方も同じだ、ソチラの組織が魔術系で類感呪術の専門という事ぐらいしか知らない」


 ちなみに類感呪術とは魔術を使う際に触媒等を利用して強力な魔術を使う系統を指す。通常のウィッチであれば箒や本や魔法陣等の専用の"物"に乗る事で空を飛ぶが、彼女達はマントを鳥のように羽ばたかせて空を飛ぶという違いがある。


 アルフォンソ曰く二の腕に筋肉がついてる奴は大体が類感呪術使いなのだとか。たとえ女性にしては肩幅が広かったとしても、その事を指摘すると嫌われるので注意するようにと言っていたが…まぁクロウにはあまり関係無い話しだろう。


「わかりました、では…互いの為に一応情報をすり合わせておいてもよろしいでしょうか?」


「必要だと思うのであればそちらの意思を尊重する、一応決裂した場合の事も考えて互いの事は他言無用にするスクロールでも書いておくか?」


 クロウが視線でアルフォンソに合図すると、事前にアルフォンソが作った魔術契約書が投げ渡された。一枚数百万は下らないがアルフォンソの手製なので大した金額は掛かっていないのだが…相手方は少々顔を引きつらせた。


「流石に其処まで…」


「此方は其処までしてもらわないと困る」


 ピシャリと締め切るように言い放つクロウ。流石に少し見かねたのかアルフォンソもやれやれと首を振るい…。


「社長、もういい、ある程度底は見えたよ」


「アルフォンソ」


「大丈夫だ、女の子だからじゃない、殆ど交戦経験も無いド素人なのは分かったし…ただ家を追われた子を追い詰めるようなやり方は関心しない」


 やれやれ、と首を振るクロウ。これまでの追い詰めるような言動は演技であり、彼女達の後ろに誰か居ないかの確認の為の行為だったのだ。だが、アルフォンソがストップを掛けてしまった為になんとも中途半端な所で追求が終わってしまった。


「……問題が起きたら」


「分かっている、此方で処理するよ」


 クロウに小さくウィンクをするアルフォンソ。クロウは大きなため息をつき、手を叩いて給仕を呼ぶと一言。


「まぁ、好きな物を頼んでくれ、話は食事の後でもいいだろう」


 そう言うのだった。



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