事業拡大

新たなる力

 秋の風が吹き始め、今年は既にやや肌寒さを感じ始める9月の半ば。CLOSEの持ちビルの3階で忙しそうにキーボードを叩きながら経理を行う影が1つ、彼女こそ、欲求不満OLこと上原夏実その人である。


 パソコンの経理ソフトの上では億単位の金が一度の依頼毎に動き、彼女の一般的な金銭感覚も既に麻痺するに至る回数の取引が繰り返された。無論、彼女に振り込まれる給料もそれに拍車をかけた物となっているのだが。


 と、言うのも以前の大型逢魔の事件の後、イザナギとCLOSE…あと一応防衛に携わった連中全員から報酬額が見合っていなかったとせっつかれた国が、十分…とは言い辛いが、相応の金といくつかの融通をきかせてくれるようになった。


 それは仕事の斡旋も含まれており、国はイザナギに頼りすぎずにイザナギより安くすむ実力者へ、億超えのヤバイ仕事を投げる事がようになり、クロウ達も安定したお得意様を得ることが出来win-winの関係が出来上がった。


 クロウがしっかりメンバーの首輪を握っているのもあり、政府がメンバーの犯罪歴には触れずに目を瞑る当たりは賢い選択なのだろう。それに、悪名であれど名とはよく言ったものであり、色々な方面へのネームバリューの関係で色々な依頼が集っては解決されていく。


 最も、飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を上げ、年末までには主だった組織に名を連ねかねない程である事は、クロウ含め社員の誰も気づいて居ないのだが。


 さて、そんな順風満帆かつ良いことづくめに見える組織運営なのだが…マンパワーが不足してきつつあるのだ。両手を失ったクロウは異能でカバーしているが日常生活に支障を来しているので誰か一人が常に付き添っている。


 現状組織で以前からのダメージを引きずっているのはクロウとリーリャの2名。クロウの腕の方はとある医者にアポを取って治療の順番待ち、リーリャも徐々にその力を取り戻しつつあるが基本クロウについて廻り、互いのカバーを行うようにして立ち回っている。


 もっとも…リーリャに関しては既に一人でも依頼は可能なのだが、クロウにもっと褒められたい、もっと認められたいという理由で同行しているのは彼女のみぞ知る所だろう。他のメンバーも、別段馬が合うのだろう程度の認識でスルーしているのが現状だ。


「……取り急ぎは人員の補じゅ、ひゃぁぁぁっ!?」


 今月の支出計算を終えた上原が次の雑務に入ろうとした所で、不意にほっぺたに冷たい物が触れ、思わず可愛らしい声を上げてしまう。 


「クスクス、びっくりした?びっくりした?」


 横を見ると、上原の友人である妖精のダリアが微笑みながらフワフワと浮いて居た。手には上原の好きな缶チューハイを手に持っており、上原が定時になったら教えて欲しいと伝えていたのを飽きっぽい筈の妖精が律儀に守ったのだろう。まぁ、若干のイタズラぐらいは大目に見てあげた方が良いだろう。


 上原の目の前をフワフワ浮かぶダリアは15cmぐらいのサイズで可愛らしいドレスで着飾っている。それは上原の手作りの物であり、彼女が親愛の証としてプレゼントしたものだ。


「もう、時間を教えてとは言ったけど驚かせてとは言ってないわよ?」


「シャチョーさんからのサシイレだって、別段急ぐ処理も無いから定時で切り上げなさいってサ」


「まったく、貴方のいたずら癖には困った物ね」


 上原は時計が嫌いで、仕事中は絶対に時計を見ないようにするクセがあるのだ。故に彼女に時間を知らせるのは専らダリアの仕事である。ちなみになぜ嫌うのかというと、変に時間を気にすると仕事に熱中出来なくなるからだと言う。


 んーと背伸びをする上原。骨の中の気泡が弾けパキパキと音が響かせた後、缶チューハイに手を伸ばすと躊躇無く開けグビグビと一気に飲み干した。


「くっはぁ……仕事上がりの一杯は最高ね」


「ナツミ最近ババ臭くない?大丈夫?」


「やかましいわね、別にいいのよ」


 そう言うと、空き缶でコツンとダリアを小突いてPCの電源を落とし2階へと降りていくと…其処は楽しそうにフワフワと妖精達が浮かぶ妖精郷と化していた。此処では惑わせと呼ばれる術式が常時発動し、人間の方向感覚ではまっすぐ歩く事すら出来なくなる。


 それはCLOSEの上原以外の全員に効果がある物であり、上原が許可しない限りはこの領域に踏み入った者がまともに動く事など出来ないだろう。まぁ…クロウと葛乃葉は強化スーツの補助で無理やり動く事ぐらいはするだろうが。


 上原はそんな中、妖精達の幻想に隠されたマッサージチェアに身体を預けてスイッチオン、夢見心地で身体をほぐしていく。


 ちなみにこのマッサージチェア、上原の私物である。というのも、幻想に自らの私物を隠して2Fを休憩室として使っているのだ。あまりにも居心地が良くて、最近は3日に1回しか自宅に帰っていないのは内緒である。


「あー…生き返るわー…」


「辛いなら仕事やめちゃえば良いのに」


「辛くは無いわ、やりがいあるしお金も毎月意味不明な額貰えるし最高なのよ?ちょっと幸せ過ぎて怖いぐらい…後、男さえ居れば最高なんだけどねぇ」


「じゃぁこれいる?」


 そう言ってダリアから手渡される小さな小瓶。


「なにこれ」


「妖精印の惚れ薬、100倍に薄めて使わないと死ぬから気をつけて」


「とんでもない劇薬シレっと出さないで貰えるかしら?!」 


「いらない?」 


「婚期がどうしようも無かったら適当な相手に使うからそれまで持ってて」


 そう言って再びマッサージチェアに身体を預け、目を瞑る上原。ウトウトと夢見心地で船を漕いでいると、ふと、意識の隅になにかを感じ取りムクリと起き上がった。


「誰か感知範囲に変なのが入った、侵入者?」


「感じた事無い気配…でも敵意じゃ無い、それにこれは…ウィッチ?」


 ダリアがそう言うと、妖精の数匹が階段を降りて外へと偵察に出かけて行く。


「ウィッチ、魔女?」


 ダリアに思わず聞き返す上原、ダリアは小さく頷き軽い説明を上原に行う。


「そ、ウィッチ、私達ともそれなりに関わりのある存在で、お菓子を貰う代わりに妖精の羽の粉や髪の毛なんかと交換したりちょっとお手伝いしてあげるの」


 ダリアの言う通り、魔女と妖精は比較的友好な関係にあると言えるだろう。彼等が臆さず偵察に出たのもその為である。時々妖精郷を求めて魔女が徘徊しているので、今回もそれの類いではないかと思ったのだ。


 仮に侵入者であっても、警告して立ち去らせるという役目がある。妖精の警告を無視して魔女達が死ぬのは勝手ではあるが、一応は共生関係にあるので一声ぐらいはかけるのが彼らにとっての暗黙の了解のような物なのだ。


「大丈夫?いきなり外から爆弾投げ入れられた時みたいににならないわよね?」


 上原が少し身を震わせて、以前、暴力団関係者から爆弾を投げ入れられた時の事を思い出す。ちなみに爆弾よりも、投げ入れた男とその組織の末路を思い出して怯えているのは、言わぬが花だろう。


 彼等の末路を具体的に言うと…親の前で子供を生きたままリーリャがしたり、意識を残したままにの材料になったりなどなど…ソフトな物は上原の前で行われたが、ハードな物は別の場所で行われたと聞いて上原も軽くトラウマになっているのだ。


「あの夢も希望も無い子供と、狐のおねぇさんと、細身の色男が色々保護かけてたから大丈夫じゃ無い?」


 が、そんな事を知らないダリアは建物の強度の懸念だと思ったらしい…実際ミサイルの直撃ぐらいなら軽く凌ぐのが恐ろしい所でもあるのだが。


「…そう言わると核戦争でも起きなければ大丈夫そうに聞こえるわね、あー…最悪リーリャさんの自動迎撃用ゾンビ?も居るし安全なのだろうとは思ってるから大丈夫」


 この時間帯は上原以外出払って居る事が多いので、荒事になった場合はクロウの作った避難手順書に従って逃げるようにと念押しされている。だがまだ交戦状態になっても居ないのに逃げるのも問題だろう。


 上原の危険ボーダーの見極め能力をクロウも信用して居るし、妖精も彼女の離脱を手伝ってくれるだろう。恐らく逃げる…と言う一点に置いて彼女は並の相手では痕跡の追跡すら難しい。


「あっ帰ってきたよ」


 ダリアが指差す方向には先に下に降りていった妖精がフワフワ浮いており、何やらダリアを手招きしている。それを見たダリアは一言上原に断ってからその妖精に近づき何かを相談し初めた。


 会話が一区切りつく度にチラチラと上原の方を伺う妖精の様子から、恐らく上原も無関係ではすまないと心の準備だけは終わらせた頃、予想通り上原に話が回って来た。


「ナツミ!ちょっと厄介ごとだ!」


 厄介ごと、と、妖精が言うのは珍しい。何故なら彼等そのものの存在が厄介な物である事を自覚しているが故にその言葉をあまり使わない…妖精をして厄介と言わしめる程、で、あるならば。


「厄介事?」


 その言葉に頷くダリアは言葉を続けた。


「ウィッチが君たちの組織に保護を求めてる」

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