ある意味事後処理

 光で世界が満たされた後、紙一重で焼け残った男が居た。男の名は道満…かの伝説の陰陽師である。


「ったく、本当に紙一重だったな」


 安倍晴明亡き後秘密裏に簒奪した式神達の全てを盾として使い、文字通り神一重の差で生き残ったのだ。


「けどマ…そうイウモンだよネ」


 自らのボサボサになった髪の毛を道満がかき上げると、不意に顔と声が変わった。その顔はかつてクロウに土蜘蛛をけしかけた、リ・チェスターその男である。


「デモ、このままジャちょーットまずイ?葛乃葉を消スのは論外、あの妖怪ジイサンはホントコワイし…あの冴えない男は殺しテも大局的ニいみナーシオサン…クロウ消すのも論外だしウーン…」


 ワシャワシャと髪の毛をかきむしるリ・チェスター。


「……OK、方法を変エヨット、最悪悪魔だけでもナントカ潰せバいーシ、にしてもホント強かッタナぁ…アンナのポンポン生まれてこられルと、商売アガッタリだヨ」


 うーんと背伸びを行いその場を後にするリ・チェスター。彼の中に道満が居る事を知る者は未だ誰も居らず、同時に彼はその真意を隠し続ける。そもそも…彼が本当に"本物"の道満であるのかすら分からないのだ。


 だが、彼らはその名を名乗るに相応しい実力を持つならばそれを認める。それが彼らのルールであり、力を持った者…そしてその名を名乗った者の義務なのだ。



「まぁまぁ、えらいとんでもない切り札やねぇ…」


 ビルに腰掛けて、呑気にそんな意見を述べるのは葛乃葉。事前の連絡を受けて文字通りの見学に回っていたのだ、だがその表情は呑気な言葉とは裏腹に獲物を睨む蛇のようでもあった。


『勝てるか?』


「えらい無茶言うわぁ、あんなん神でもつれてこやなどうしようもあらへんよ、そういう前鬼はどない?」


『温羅様本来のお力であればなんとかなるやもしれんが、我等では足止めが精一杯だろうな』


「ま、せやろね…同時に前鬼の目利きも捨てたもんやあらへんって事やねぇ、仮にアレが敵に回った時の被害とか考えたくもあらへんわぁ」


『魔界、とやらが仮に"我等"の知る物であっても、あれならば一定の秩序を築く事も可能だろう…あの男子の死後は分からぬがな』


「子供こさえてくれたら話しは速いんやけどねぇ、なんやったらウチでもええけど」


 その言葉に驚いた表情を見せる酒呑童子。


『青龍を好いていると思っていたが?』


「初恋は確かにそうやけど、あの人もう精魂尽き果ててはるんよ…ウチの裸見ても動揺すらしはらへん」


『単に好みの問題では無いのか?』


「かもしれへんね、でも…ほんまの娘みたいに思われてるし、ウチも娘のつもりやし…何より近すぎるせいで遠いんよ」


 自らの言った言葉を噛み締め、そっと目を閉じる葛乃葉。表情こそ読み取れないが、きっと其処には切なる想いが秘められているのだろう。


『人は…難しいな』


「鬼かて難しいやろ?」


『力こそが正義ではあるが、正義が倫理的に正しいとは限らない、故に我等は話し合うのだ』


「鬼はお話好きやもんね?」


『故に、騙される事も多いがな』


 クツクツと笑う酒呑童子は何処か機嫌が良さそうに見える。彼は確かに騙され封じられたが、それでも今は充実していると考えている。鬼生万事塞翁が島…とでも言うのだろうか?確かに過去は悪かったが今は好ましい世界が其処にある、ならば酒呑童子にとってそれが一番なのだ。


 鬼は確かに凶暴だ。だが彼らはそれがコミュニケーションの一部であるが故にそうであり、そういった面では人とは違う所がある。だが、人と似通った所も多く…だからこそ彼等は沢山の文献に残る程、人に近い場所にあったのだろう。



「……あれが、アタシの先代を殺した技ねぇ」


 そう、空に浮かぶ船を眺めてつぶやく少女は小さなナイフをクルクルと指でもて遊びながら見つめる。


「勝てるかな?」


 パチパチと周囲に散る雷光は、何処か怒りに満ちた物である。それは白虎自信がクロウを恨んでいるなどではなく、彼女が力を借り受けているイザナミの怒りに近い感情だ。


「…って、違うってば、戦ってどうすんのさ」


 イザナミの怒りに飲まれないように首を振るう白虎、だがその瞳は未だにその空へと浮かぶ船を射抜いていた。そして、それを見透かしたように彼女を知る1人の存在が彼女へと声をかける。


「彼を越えたいですか?」


「……あんた!?今まだ…ってかその格好…」


「雰囲気作りですよ、流離の占い師のようでしょう?」


 そう言って演技のように恭しく頭を下げるローブの少女。


「アンタ、謹慎食らってたっしょ…」


「上の腰が重いと臨機応変に下が動かなければ、言われてからやるのは2流ですよね?」


「アンタはそれが過ぎるっての、大体前の時だって…」


 その言葉にやれやれと肩をすくめるローブの少女。其処には反省などという言葉は一切無い、むしろ侮蔑や軽蔑に近い感情を隠しもしないのだ。


「被害が大きくなる前に抑えただけですよ、それに組織の腰の重さを考えればね…」


「否定できないけどさ、アンタ居場所なくなるよ?ただでさえ…」


「卑しい生まれ、ですか?」


「其処まで言ってないっしょ、でもアタシはどうでもいいけど上は血筋重視だかんね…馬鹿らしいけど、アタシだって顔も知らない奴と結婚させられるし」


「エリートですもんね、本当は清楚なのにそうやってギャル風装ったりするのは反発ですか?」


 ローブの少女の言葉に僅かに顔をしかめ、だが文句を言うでもなく語る白虎。其処にはローブの少女に対するある種の信頼関係のような物が見えた。


「アタシ抱いたら死ぬからね、被害抑えた方が良くね?って思うわけ」


「やーい、真面目ちゃん」


「アンタほんっと昔から…」


「ヒメちゃん、無茶すんな。私も手伝うからさ?」


「…あっそ」


「信じて無いですね、まぁ、これ見たら少しは状況もわかって貰えるかと」


 そう言ってローブの中から一本の剣を取り出す少女。それは彼らに取ってとても大きな意味を持つ物であり、許可なしでの持ち出しは死罪となる秘宝であった。それを持ち出せるのは彼らにとって限られた存在だけである。


「草薙剣!?アンタ持ち出したの!?何考え…」


「本日より、青龍を名乗らせて頂きます、今後ともよしなに」


「はっ!?青龍ってアン…」


 元来青龍の持ち物である草薙剣、それを手にする方法は2つ。青龍になるか青龍を殺し次世代の青龍となる事、そしてローブの娘は後者を選んだのだと白虎は確信する。


「状況もクソも無いんだよヒメちゃん、 すぐ其処まで終わりが来ているんだよ。今回のこの件だってその一環。気づかないふりはやめなよ、あの公園内部で雷の出力あがってたし、今だってイザナミの感情が近いんでしょう?」


 おし黙る白虎、青龍の言葉は正しく…同時に白虎の胸を射抜く言葉だった。彼女と精神感応している本物の…神としてのイザナミの力が強まるという事は、白虎自身が黄泉比良坂に近づいているという事。即ちあの公園は今本物の地獄として機能している。


 死神はまだしも、獄卒は地上に出る事は叶わない。そもそも、地表に地獄が出る事などない筈なのだ。それが起きたという事は…。


「…ねぇ…終わりって一体なんなの」


 其処で、ようやく白虎は気づいた。自らの思い違いに、あるいは世界が騙されていたと言う事実に。嘘つきは誰なのか…正しいのは誰だったのかに。


「やっと、やっとだよヒメちゃん…やっと本当に気づいてくれた」


「答えて、終わりって何!?」


 ゆっくりと、だが青龍は力強くその言葉を口にした。


「全ての秘匿は破られて、全てが地上の表層に現れる。もう一度、神代が来るんだ…そこで終わりだよ」


 痛みを堪えながら無理に微笑むような表情で、青龍の少女は崩れ落ちるように膝をつくのだった。


 そうして、歯車が動き出す。終わりか、継続か、あるいは…第3の道を目指して。

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