心配性のクロウ

 ドサリと、その身体を現実の地面に下ろすリーリャ。その身体は爆風で焼け焦げ光る五芒と六芒によってズタズタに切り裂かれている。他の量産型の数段硬い逢魔の防壁を纏っていたのにも関わらずだ。


「やられたわ、まさか本物の道摩法師だったなんてね」


 先の戦いの時、爆発の足止めの中に本人が混じり、爆風に紛れて撤退する予定だったのだ。それははじめからあの程度で相手を仕留められないと踏んでの事だったのだが…。


「バラバラになるのは想定していなかったわ…直すのに時間がかかりそう」


 腕も足も完全に胴体から切り離され、とっさに守った首も動脈を切断され、普通であれば既に死んでいてもおかしくない。というかリーリャは既に瀕死だった。


「ゆっくりしてると本当に死んじゃうわね…」


 ピュゥと軽く口笛を吹くと、逢魔の中からノッソノッソとムカデのように肉団子を連ね、其処に人間の脚と腕と頭を大量に取り付けた大口の化物が姿を現す。


「修理をお願い、これじゃダンスも踊れないわ」


 ほぼバラバラになったリーリャの体を拾い食いするように、その美脚肉団子は口の中へと含みもにゅもにゅと口の中を動かす。この化物の名前は"Кремль"…ロシアの城の名だ。


 城塞の怪物は内部に遺体加工用の機能を持ち合わせ、拾い食いする事により即座に様々な加工遺体を作り出す事が出来る。リーリャの切り札の1つであり、本人以上の隠密性と防御機能…否、生存機能だろうか?それらを持ちあわせている、リーリャの生命線だ。


 たとえリーリャ本人の首だけであっても、拾い食いをすれば其処から修復を行い蘇生して再稼働できるという、トンデモキメラなのだが、製造コストが非常にかかるのが欠点だろう。


 Кремльはそのままトコトコとしっかりとした足取りでクロウの下へと向かい始める、リーリャはあの戦場からの撤退を選んだ。今現状の装備と損耗で彼に勝つのは難しいと判断したからだ。


 手痛い敗北、だが彼女にとっても価値のある敗北だった。伝説の男相手にこの程度である程度の情報を抜けたのならば、むしろ戦術的勝利と言っても良いとすら考えていた。


 もっとも、本人としては少々苦しい言い訳等と思っているフシもあるのだが、そこはそれ…生きていれば丸儲けである。



 ふと、クロウが遠くから近寄ってくる大きな気配に気づく。それを見ていた五稜郭に居る連中も僅かにクロウの視線の先を確認するが、未だにそれは視界に入らない。


「撃つな、仲間だ」


 そう言うとクロウは隠密状態で歩いて来ていたКремльの下に行くと軽く手を掲げて挨拶をしたのだった。


「随分とハイセンスなのに乗ってるな?」


『あら、隠形にほころびあがった?』


「いいや、気を張ってなかったら気づかなかったさ」


 軽口を叩きあうと、その醜い姿を露出させる城の怪物。後方で息を飲む音が聞こえたが、無視するように2人は会話を続けた。


「なにか問題があったか?リーリャの性格だと2、3潰して飽きて帰ってくるかと思ったが…まさかもう飽きたのか?」


『いいえ、手ひどく負けちゃったわ』


「……………は?」


『負けちゃったの、すごく強い陰陽師が居てね?私を誘い込んで酷い事されたの。道摩法師って名乗ってたけど、多分本人かしら?わからなかったけれど』


「待て…悪魔を使って負けたのか?」


『対魔能力が高そうだったから怖くて使えなかったわ、貴方の時の二の舞は御免だものね』


 その言葉に顎に手を当てて考え込む仕草を見せるクロウ。


「対処は?先手か、後手か」


『先手に高火力、私と同じタイプだからクロウみたいな力技が苦手な筈よ、幸い未だ逢魔の中で私のレプリカと交戦中なのだけれど…後何分持つか分からないから判断は早い方が良いわ』


 ふぅ、と、ため息をついて頭を抱えるクロウ。


「アリア、葛乃葉を呼び戻せ、朱雀は白虎を、リーリャがやられたならこっちにも余裕は無い…様子見なしで全ての逢魔ごと吹き飛ばす」


「切り札を使っても宜しいのですか」


「言ったぞ、余裕は無いと」


 その言葉にコクリと小さく頷き携帯電話を取り出すアリア。仮に彼女の表情を読み取れる者が居たら、彼女が驚いている事に気づいただろう。クロウがリーリャを評価しているのは理解していたが、それほどまでとは思っていなかったからだ。


「すまないが私の札が焼かれててね、通信機をかしてくれないかい?」


「二つありますので此方をどうぞ」


 そんなやり取りを行いながら、スマホを差し出され僅かに停止する朱雀。どうやらガラケー派らしいのでクロウが連絡用の社用携帯電話を投げ渡すと、一言礼を言っていそいそと電話をし始めた。


(とはいえ、全てを出すのも問題か)


 そんなやり取りの裏で1人、何割の力で敵を倒せば良いかと若干の焦燥を滲ませるクロウ。彼の頭の中では、リーリャは状況さえ整えば自分より強いと言う認識であると同時に、遭遇戦であれ自分から状況が悪いから負けた…などと公言するような性格では無いと理解している。


 リーリャはプライドの高い少女だ。それは自らがプロであると言う意識と、ネクロ

マンサーであると言う矜持に基づく物である。その彼女が『負けた』と言うのは少なくとも、現時点での最高のポテンシャルを発揮した上での敗北だと考える。


 確かに今回持ってきているリーリャの武装は最高には程遠いだろう。だが、使役した死体の数は少なくとも最善を尽くして負けたのだ。ならばクロウも手を抜かず、本来の戦い方である初手全力投球で行くべきだと考えるのは自然と考えた。


「葛乃葉様及び白虎と連絡が取れました、即座に離脱して見物に回るとの事です」


「私もあっちで軍人ごっこしてる連中を素材にして良いなら援護ぐらいはできるけど?」


 チラリと五稜郭の連中を見るリーリャの目つきは本物である。だが、クロウはそれを強く咎めた。


「彼等は俺に命を預け助けを求めた。なら俺はそれに誠実を持って答えなければならない、それは俺にとって最低限守るべきボーダーでもある…それをお前が横からどうこうするのならお前も敵だ」


 一旦どう言った物かと言葉を止めて考えるクロウ。だが、存外にも思っている事がするりと口から出た。


「勝負は時の運だと俺も理解しているし、ベストならリーリャが遅れを取る事は100%無いと思っている。それに何より戦力的にもっともしているのはヒロフミでもアリアでもなくお前だ。だからこそ冷静に状況を見てほしいと思っている、相手は即席の死体の100足らずでどうこうできる相手か?」


 その言葉に僅かに言葉を詰まらせるリーリャ。


「威力偵察としてリーリャは完璧に仕事をこなしたと言って良い。他のメンバーならこうやって情報を拾ってくる事すら不可能だったかもしれない。負けて悔しいのは分かる、だが確実な方法があるならば恥じずに仲間を頼れ、少なくともお前は俺の部下で上司は部下を助けてやるもんだ」


『……借りにしとくわ』


 その怪物の中でプイとそっぽを向くリーリャ、だがその顔はニヤケており本人も自覚がある為に必死に表情を戻そうとしているが上手く行っていなかった。仮にその表情を見られていたら彼女は見られた相手を殺すか自決していた所だろう。


「バカめ、業務の一貫だっての…後3年もしたらお前がこの業界のトップに立つ筈だ、言うならその時になってから言え、それと…」


 ポイと2つの手首をリーリャの肉団子に投げ渡すクロウ。肉団子は器用にその口で受け止めた。


「残念賞だ、取っておくと良い」


『即死の呪…ってクロウあなた手を切り落としたの!?』


「地獄の死神の刃を白刃どりしたら押し付けられてな、傷口は焼いて手は能力で作った。お前なら解析して呪いを取り出せるだろ?」


 トントン、とつま先を軽く鳴らして、手にしたたこ焼き器を天高くに投げるクロウ。その気配に気づいたのか、そっと肉団子の口の中から目だけを覗かせるリーリャと天に上がるそれを見送るアリアに五稜郭の面々。


『社を此処へ、天高く天照し、汝が威光、地平を越えて届けよう、万民よ、寿げ、寿げ、寿げ、天の下に我等は等しく無価値なり、汝が大弓、形変われど威光は等し、汝が御身、姿変われど威光は等し、故にこそ、我、先導船頭と罷り成る』


 クロウの詠唱に、大地が揺れる。足元から巨大な光の柱が彼を押し上げて、天高くへと掲げるように隆起していくのが遥か彼方…それが宇宙であっても視認できる程の巨大な光。


 多くの人はあまりの輝きに目を伏せて、たとえ僅かにでも"ソレ"を目に収める事ができない。リーリャはその輝きに片目の機能を喪失し、だがそれでも眺める事は止めなかった。アリアはただその光源に従者のように跪き、光が収まるのを待ち続けた。


 朱雀は再生し続けるその瞳で、事の顛末全てを見届け…驚愕した。


「……まるで、高天原の再現じゃないか」


 クロウの能力は光の威光、そしてそれを導く能力。それは万華鏡のように見る人により形を変える。ならばその最大出力は、太陽の威光を背負うにふさわしい物として瞳に映る。で、あるならば、太陽の分け御霊としてその力がと等しくなるのは…あるいは道理なのかもしれない。


 空を、一隻の船が舞った。黒い烏を船頭先導として。やがて光りが完全に収まると、其処にはかつて沈んだ船があった。かつて戦えなかった船があった。かつて人に愛された船があった。


「征くぞ、長門、錨を上げろ」


 長門と呼ばれる船が其処にあった。船体には仄かに赤い光が血管を巡る血のように走り、本来の姿から何処か近未来的な雰囲気を漂わせる装甲に改修されている。それはクロウの能力による補強によるものだ。


 ガラガラと音を立てて、空間に突き刺さっていた錨を引き上げると、僅かに空へと船体を上げる。


VLSヴァーティカル ローンチング システム起動、目標、各所逢魔……ファイア」


 その船から、本来ありえない筈の兵器が発射された。垂直発射式のミサイルが、甲板の中からその構造を無視して発射され、一直線に大地に突き刺さる。瞬間、空高くに光を上げ…だが周囲に一切の余計な破壊は撒き散らさず、収束された光は逢魔のみを焼き払う。


「船体反転、主砲・副砲・機銃仰角最大」


 言葉通りに船の天地がひっくり返り、逆さまになる。だがクロウは甲板に立ち続け、船と共に逆さまになるが落ちはしなかった。


「のう、八咫烏、今度私で旅行でも行かぬか?ただたこ焼きを焼くのにも飽いた」


 いつの間にか、クロウの肩にしな垂れ掛かる黒髪の美女が居た。彼女こそが、クロウの持つ長門の備品を鋳つぶして作り直された、たこ焼き器の九十九神…ナガトであり、クロウを船に固定している本人である。


 長門の船体は逢魔とクロウの異能を一体化させた物であり、開けた場所であればその場所に関係なく動く。空であれ、陸であれ、彼女の踏破を止める事は叶わない。


 異能と言う範疇に収まらないソレは、天照大神の威光により船体は巨大な大神殿としての力を発揮し、神話にてスサノオに向けられた大弓は全ての火砲となって敵を殲滅する。


「旅行か、暇が出来たら社員旅行でも行くかね」


「良いな、騒がしいのは私も好きだ…だが、その前に仕事は終わらせねばならん」


「分かってる、全砲門一斉射、塵も残すな」


 そうして。大地を光が覆った。神話の再来が街を覆った。死などと言う生易しいものではない…魂魄からの一切の消滅。


 耐えうるのは文字通りの神仏、悪魔もその一部であるが故に耐えうるが一体どれ程持つものか。


 圧倒的な熱量は周囲に撒き散らかされる事なく、一点集中にて無駄なく全てを焼き払った。


 その時、クロウは一つのヒントも一緒に焼き払ってしまったのだが…おそらく気づくのは事が最終局面に陥った時であろう。仮に今その事に気付いた者が居るとすれば…。


「ふふ」


「上機嫌だな、ナガト」


「何、久々の空で浮かれているのだ、許せ」


 神仏の類だけであろう。

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