裏ボス対裏ボス

 リーリャがビルの3階で敵対者との戦闘準備を整えている頃、リーリャの敵対者は僅かに冷や汗を滲ませていた。


 彼女の能力が想像の数段上であり、姿隠しの術などが一切通じている様子が無いからだ。通常、索敵の準備が不十分であれば一方的なはめ殺しが成立する筈の技に、彼女はその並外れた感覚のみで対応してみせた。


 敵対者もまた、有名な陰陽師としてかつて名を馳せたが…彼女程の使い手と相対したの、は敵対者の生涯のライバルぐらいの物であった。


 焦り…否、高揚だろうか?その者の中では久しく感じていなかった感情が不意にムクリと立ち上がるのを感じる。


 先手を取られたが、未だ策の一つ目が破られただけである。失敗とは言えない、だが、敢えて失敗点を上げればこの程度で倒せるとは思っていなくとも、彼女の死体の幾つかは潰せる物だと思っていた事だろうか?目論見こそ外れたものの彼女の実力を侮り火傷する前に、正しく実力を再評価出来たとも言える。


 情報の収穫としては上々、強い怪異を配置して彼女を誘い込み実力を図る所までは成功したのだ。もう少し手札を探りつつ、隙あらば首を取る。


 おそらく最終的には自分が直接出張る必要があるだろうが、最後に勝てば良いのだ。油断はしない、経験はこちらが上。時間をかけて狩る…否、時間をかけて殺す。


 死体に任せていた式神を全て燃やすと、懐から追加の式紙を取り出し、式神へと変えていく。


 由緒ある、悪く言えば古めかしい技ではあるが、最新に決して劣らぬそれは…かつて自らのライバルであった男の技である。


「クク、本当にあの男は…俺の心を掴んで離さないな」


 妙に愛嬌のある男の声で、敵対者は呟いた。僅かに見せた感情は悔恨か、たはまた懐かしむ物か…複雑な物である事だけは確かなのだろう。


 少し瞼を閉じた男は、目を見開き式神を散らせる。リーリャがビルから動いた、それだけで思わず武者震してしまった男は思わず苦笑いする。


 男もまた、リーリャに劣らぬほどに強く、劣らぬほどに慎重。だが、きっと決着はつくのだ、どちらかの死…あるいは痛み分けとして。



「鬼さんこちら、手のなる方へ!…だったかしら?」


 軽い挑発をしながら、事前に敵が設置していたであろう索敵用の札をナイフで引き裂いて進むリーリャはどこまでも上機嫌であった。


 式神のプロを殺し脳をとりだせばその知識は彼女の物になる。知識の獲得は彼女にとって楽しみであり、殺した人物の人生を知る事になるのだ。リーリャの感性が比較的一般人に近いのは殺した他人の人生を眺め獲得したからであり、故に人の感情や感傷をだれよりも良く知る。


 そして、それを効率的な悪意へ変換する事により揺さぶりをかけて仕留める事も得意としている。年に似合わない老練さを見せるのは、それ故だろう。


(あら?思ったより早いのね?私がビルから出た瞬間にはもう追跡をしていたのかしら?)


 スキップ混じりに自らを追跡する式神の気配を誘導しながらスクランブル交差点へと移動すると、その中心でトランクから一つのシリンダーを取り出した。


「ねぇ!聴いているのでしょう!量産型の式神ばかりじゃつまらないわ!命がけで遊びましょうよ!」


 ニコニコと邪悪な笑みを浮かべ、トランクに腰掛けるリーリャ。見え透いた罠であるが…敢えて相手はそれに乗るだろうと考えの事だ。


 何せ葛乃葉のように特別な前鬼後鬼を使っていない限り、式神の能力は術者本人に大きく劣る。劣った能力でリーリャを仕留められるとは思っていないだろうし、式神をいくら繰り出しても疲労すら誘えないとなれば…直接出張るしかない筈なのだ。


 だからこそ自らを囮に誘い出しを掛けたのだが、どうやら相手はもうしばらく式神で様子を見るらしい。


「ふうん、つまらない"男"ね」


 その言葉に式神の動きが一瞬止まる。所詮は2分の1の確立と割り切って当てずっぽうで言っただけではあるが、相手を揺さぶるには十分な効果を発揮したようだ。


 仮に外れたならば相手は当てずっぽうと判断して"今"ほど警戒した動きを見せない筈なのだ。遠距離からリーリャを一方的に攻め立てているという安全保障があるが故に、式神の制御に専念出来る。だが集中制御している所を不意打ちされかねない言動を相手が取ったのならば、どうしても周囲警戒の為にソチラに意識を割かなければならない。


 それはあらゆる熟練の術者であっても、遠距離から操作を行っている以上は避け得ぬ事だろう。だからこそ、警戒行動を取るなと言われても…否、逆に熟練であればあるほど不可能に近いのだ。


「フフ、どうして分かったと思う?教えてほしい?それはね…」


 位置が割り出せたからよ。


 つぶやく声と遥か遠くのビルの一角で大爆発が発生したのは同じタイミングであった。火薬を満載した遺体を相手付近で起爆したのだ。呪詛と怪異と科学と次元干渉技術…それらの粋を集めた"超"性能爆薬は逢魔を一撃で砕きかねない爆発と大きなキノコ雲を作る。


「アハハ!少しズレちゃった?でも今度は…当てるわ」


 リーリャは別に敵対者の位置を明確に掴んだ訳ではない。自らが大きく移動する事で相手に此方の位置を知らせ、自らの感知範囲に最初に式神が引っかかった方向へと隠形で隠した死体に爆薬を詰めて大雑把にデリバリーして起爆したのだ。


 其処からはさらに雑に攻撃範囲を稼げる死体を起爆して、周囲を更地にして行けば良い一帯を更地されては術者も出張る他無いし、遮蔽物や建造物の類が逆に枷にしかならないのならば尚更だろう。


 リーリャはまるで指揮者のように指を振るうと、さらにきのこ雲が2つ、3つと上がる。相手に状況判断を許さず巻き起こる爆風は、逢魔そのものに大きなダメージを与えていくのが見えた。


 逢魔が破損した場合、ステージ1の場合はその入口付近に内部にあった生物等を吐き出してしまう。つまり、逢魔の中でどれほど距離が離れていようと、怪異や人間の距離がどれほど離れていても、逢魔入り口の至近距離に転移させられてしまうのだ。


「アハハ!見て!空に亀裂が走ったわ!このままじゃ私達外にはじき出されて鉢合わせしちゃうかもしれな……!?」


 その言葉と共にリーリャの居た場所が大爆発を起こす、それは"事前"に相手によって仕掛けられていた爆札と呼ばれる陰陽術だ。


 相手は見晴らしの良い場所にリーリャが陣取ると考え数箇所にトラップを張った、なにせ遮蔽物の無い場所では彼女お得意の広域殲滅用の圧殺兵装"バロール"を使える。


「痛たたた…もう、耳がキンキンするじゃない」


 だが、リーリャにその爆風は通じない。自らの周囲を小型の逢魔で囲い盾にしたのだ。これも彼女が体内に仕込んだ怪異の一部を利用した物であり、ちょっとやそっとではどうこうする事も出来ないだろう。


 出来ない筈なのだ。


「……あら?」


 故に、彼女は首を傾げた。


「かた…な?」


 自らの胸を深々と刀の刃で貫かれている事に。


「あっ…」


 情けない声を出しながら、ゴプリと、口から血を吐き出すリーリャ。おそらく心臓を貫かれているのだろう、おびただしい出血が周囲を満たしていく。


「油断したな、赤い雪」


「…ご……ぁ……」


 それは、隠形の式神に混じった1人の男であった。クロウとはまた違った厳しさ…50代程の男がゆっくりとその隠形をといて、心臓から横薙ぎにリーリャの身体を切り開く。


「ぅ……ぁ……」


「自信と経験が仇になったな、式神に化けて本人がより高度な隠密で混じっているとは思わなかったらしい。確かに術者は後方に下がって操作するのが一般的だが、相手がある程度此方の手を読んでくるならその裏をかく事も可能だ。もっとも、此方の姿が見えているのかと思ったが…当てずっぽうで安心したよ」


 男はフゥとため息を吹いて刀を拭う。


「致命傷だ、流石にお前でも即死だろう」


 だが、男の言葉に反して、斬り殺されたリーリャの"死体"の顔がニィと歪んだ。


「まぁ!私が死んだわ!」


「なんてこと!私が殺されちゃった!あの人が殺したのよ!」


「こんな若い私を手にかけるなんて、恥を知りなさいこの私殺し!」


「これは制裁が必要ね!裁判なんて無しでいいわ!この場で私による私刑よ!」


 四方の交差点の果から、ビル群の隙間をそんな声が木霊した。


「「「「この外道!悪魔!私殺し!!」」」」


 交差点の果から、それらが来た。リリャと同じ顔つきと身体、だが…おそらくは中身はまったくの別物のそれらが。


「……オイオイ、おっさんに分かるように説明してくれ、何が…どうなってる?」


「自らの知識を優先するなんて許せない人ね」


「でも答えて上げても良いのではないかしら私?」


「ええ、そうね、だけどその前に殺された私と同じ目に合わせてやりましょう!」


「そうね!それが良いわ!」


 其処で男はもう一つの異変に気づいた、先に殺した死体から…明らかに少女の身体の体積を越えた量の血液が、交差点を徐々に埋め尽くしていく程にあふれ出ている事に。


「「「「ラウンド2よ、覚悟しなさい」」」」 


 地面の血が舞い上がり、柱のように大空の亀裂に生じた虚空を突いた。男は本能的に理解する、あの柱はこの逢魔の制御を乗っ取る為の物であると。


 否、既に乗っ取られたのだと把握したのは、彼女達が元来離れていた筈の自らの四方に空間を歪め跳躍してきたからである。


は無いけど」


からの串刺しはどうかしら?」


 だが男の反応も早かった、すばやくかがんで足を伸ばし一回転。4人のリーリャの足を払い出来た隙をついて一瞬で飛び退く。


「逃さない」


 そう呟いたリーリャの一体の顔がバカンと開いて、内部から鋭い爪のような骨がまるで触覚のように伸びて男の心臓を狙う。


「ああクソ!そういう事かよ!?」 


 男の前を、式神が遮り盾となると、一瞬で元の紙となり燃え上がり消え去る式神。強い燃焼の呪詛を込められたその爪のような骨は、まるで縁日の屋台の吹き戻しが戻っていくようにして折り畳まれ、リーリャの顔となった。


「外しちゃった、やっぱり手練なのね」


「痛たた、腰を打ち付けちゃった」


「しっかりしなさいよ、私、強いのはわかってるんだから」


「倒れた私に言われても説得力皆無だけどね!」


「「「「アハハハハハ!」」」」


 まったく同じ少女4人が笑い合うその光景は狂気以外の何者でもない、だがそれが遺体を加工して作った高度なゾンビであると言うのならば一先ずの現象に納得も出来るだろう。もっともどれほどまでに冒涜的な事をすれば他人の遺体の脳を出来るのか。思い浮かべるだけで男は今までに感じた事の無い別の種別の怖気を感じた。


「…不用意に姿を見せすぎたな」


 距離を取るにも既に逢魔はリーリャの制御を受けている、一度目視されてしまった以上は距離は大した意味を成さないだろう。ちょうど"外"ではクロウもトゥルダクの転移に困らされているが、どうやら本日中年男の運勢は距離に悩まされる運命にあるらしい。


「「「「「さぁ!鬼ごっこの時間よ!」」」」」


 シレっと先に殺されたリーリャの遺体もムクリと立ち上がり、4人の仲間に加わり男を襲おうとしている。どうやらまだまだ殺し合いは続くようだと、男は僅かに笑みをこぼした。



 一方その頃本物のリーリャはビルの屋上に逢魔の皮と骨で組んだ光学迷彩テントの中で横たわり、ノートパソコンで5体の制御を行いながら紅茶割りウォッカを煽っていた。


「ふーん、地味だけど堅実な動きね、式神以外にも色々使えるみたいだけれど…どれも古いのに最新式以上の性能がある、本人の実力が高いのか…はたまた特別な何かがあるのか」


 ヘッドセットを身につけて、カタカタとキーボードを弄りながら、5体の偽リーリャのステータスを確認してはちびりちびりと紅茶ウォッカを煽るリーリャ。良い子は真似をしないように。


「Кремльは私の近場に移動してレプリカの増産を、起爆前の余った遺体は逢魔にバイパスを作って適時相手に投下して、確実に当てれるならレプリカ2体までの損耗を許容するわ、相手が事前にトラップを張ってるから不自然な動きには注意を…あと此方の方向は変に意識せずに戦うように、あの人勘が良いから気づかれるわ」


 注意する点はまだ多数あるが大体はこのぐらいかと、再びモニターを確認する。


 リーリャも又、男と同じくまだ戦いは始まったばかりだと思い気を引き締めた。


 男や自らのレプリカとの違いは、その表情に一切の余裕が無い所だろう。少なくとも、余裕をもって倒せる相手では無いと判断したからだ。


 損耗分の遺体は経費で落ちるかなぁ、と少し目頭を押さえた後目薬を両目にさすと、安全マージンを考慮した消費するであろう手駒の数に頭を抱えるリーリャであった。

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