一方その頃

 クロウと朱雀がトゥルダク 相手に切った張ったをしている頃。リーリャも又、戦闘を繰り広げていた。


 外の昼夜にかかわらず、まるでサングラスが世界に掛かったかのように薄暗い大通り。街の写し鏡のような世界は、ステージ1の逢魔の内部だ。


 彼女は其処で舞い踊るように、3階建の建造物程もある多数の腕を持つ怪異を圧倒していた。


「あら、結構強いのね、貴方」


 振り降ろされた鉄筋より大きな腕をするりと避け、クスクスと笑うリーリャ。死体すら使わずに手にした身の丈程のトランクと逆手に持ったナイフで、その多腕の巨人を滅多刺しの滅多打ちにしていく。


 その微笑みは怪異の返り血に染まり、狂気の色すら滲ませていた。


「ゴアアアアッ!」


 周囲を揺らす程の掛け声と共に振るわれる腕は的確にリーリャを狙うが、トランクに阻まれる度に、その勢いを殺されて終わってしまう。驚異的な強度を持つトランクの材質は、怪異の骨と皮だ。強度は既に人智の及ばぬ域にあり、普通の手段では到底破壊出来ないだろう。


 とはいえ、たとえトランクが壊れなくてもリーリャの腕力では、とてもでは無いがあの豪腕は受けきれない。無論トリックがある。


 トランクに入っているカルシウム鉱を相手の視覚から見えないように変形、打撃を受ける瞬間にそれらを接地させ、強化・固定する事により、相手の視界からはまるで浮いたトランクが空間に固定されたかのように動かなくなり、敵の攻撃を阻んでいるように見えるのだ。


(クロウは雑魚業者の事を気にしているのだろうけど、私には関係のない事だものね)


 彼女は目の前の怪異を素材とする為に、敢えて接近戦で損傷少なく撃破しようとしている。の怪異相手に手加減しながらの近接戦闘など正気の沙汰では無いが、それを可能にする彼女の実力は驚愕の一言だ。


「じゃ、そろそろ死んでくださる?」


 そう言い、嗜虐的な笑みを浮かべるリーリャ。多腕の怪異はそれを挑発と受け取ったのか、大振りの一撃を放つ。


 だが彼女はそれを待ってましたとばかりに最小限の動きで避け、トランクを足場に宙を舞い上がり、怪異の胸に優しく触れると…触れた側である筈のリーリャの腕がゴキンと嫌な音を響かせた。


 同時に、触れられた怪異の皮膚の対角線上の背中から飛び出す歪かつ長い人骨。それはリーリャの右手の骨であり、自らの筋肉でパイルバンカーの様に撃ち出した物だ。


「あら?まだ動けるの?」


 心の臓を貫かれた怪異、だがその程度では止まらないとばかりに、リーリャの身体を掴み…。


「えいっ」


…そして内より血肉が花咲き絶命した。


 怪異を貫いていた骨が、内側から長く鋭い骨の茨を全体に開くように生じさせ、怪異の内部を余す所なく串刺しにしたのである。


「うーん、筋肉の大部分が使えなくなっちゃった、もう少し丁寧にやらないとダメね」


 変形したリーリャの骨が怪異の内部で肉を食らうように閉じて挟み込むと、内部の殆どを失った怪異の皮がデロリと力なく崩れ落ち、代わりに怪異の中の肉と言う肉が全て外に引きずり出された。


「腕は…新しいのに変えなくても大丈夫かな」


 クロウによって消し炭にされた片腕、彼女はその埋め合わせの腕を移植するにあたり、複雑な改造を加えた特製の怪異の腕を移植したのだ。


 普通であれば意識が怪異に乗っ取られたり、強い拒絶反応が出てもなんらおかしくない行為。だが、彼女は知識と技術でそれらを捻じ曲げた。


 そもそも、怪異と人では次元が違う為に逢魔の中…あるいは異能越しでしか触れる事が出来ない。彼女の行う遺体の加工とは、そういった次元面の干渉加工も含んでいる。


 異能が戦争に利用されない理由として、異能は怪異への抗体である為に、対人性能が低いと言った理由がある。


 だが彼女は自らの作品…即ち加工した怪異の次元を怪異の次元に留めつつ一方的に人の次元への攻撃が可能な技術を所持している。いわば戦場における無敵の兵士を作ることすら可能なのだ。


 それらを踏まえた上で言うならば…彼女単身で国家に匹敵すると言うのは誇張でもなんでもない、純然たる事実だろう。


「上質な皮と骨は手に入ったから、一応手間を掛けた甲斐はあるかしら?ねぇ?貴方もそう思うでしょう?」


 クルリと、何も無い方向へとその瞳を向けるリーリャ。すると、リーリャの周囲に発生した僅かな空間の歪みから、音も無く無数のナイフが飛来した。


 だがリーリャはトランクを盾にして軽々と凌いだ。


「まぁ、問答無用という奴かしら?けどいいわ、シンプルなのは術式においても人生においても大切な事だもの」


 ニィと獰猛な笑みを浮かべるリーリャ。彼女はクロウのように一般的人に近い思考を持つ。だが、そのスイッチはクロウと同じく違えない。


 殺すべきならば殺す、生かすべきであるならば生かす。だがその生かす範囲はクロウよりも狭く、同時に敵に食らいついたのならば確実に食い殺す。最早其処に年相応の表情を見せる少女はおらず、確かに1人の"災害"が居た。


「じゃぁ、死んで?」


 巨大なトランクの内より、先に鬼払いの為に製造された巨大な勇士の骨。それらが伸びて姿も見えない相手の心臓を的確に貫く。


「あら、式神」


 自らとは別の存在である筈の骨からリンクした感覚を感じ取り、即座にその正体を見破る。


「術式は日本、中枢を破壊した時に感じたのは古めかしい術式…ああ、イザナギかしら?」


 式を貫いた後、少し悪い顔をするリーリャはとある術式を式神に刻む。それは布石であり、致死の猛毒たりえる物だ。


「動体は14、腕はそこそこ止まりかしら?」


 自らの死角から放たれた凶刃を一瞥すらくれずに、コンバットナイフで受け流して、背後から近寄っていた見えぬ相手の股間廻りに蹴りを入れるリーリャ。だがその瞳は周囲の雑魚ではなく、その術式の制御者のみを目で追いかけていた。


「動きに困惑が見え透いてる、どうして目で追えているのかって?あなたで制御できている式の数を数えてみたらどう?」


 リーリャはどちらかと言えば技術者寄りの存在である。式神の制御と死者の制御には似通った箇所が多く、携帯電話の逆探知のような事も高度ではあるがリーリャならば可能だ。さらにリーリャは、先に潰した式神の中枢を死者制御のソレに置き換える事により…。


「はい、クラック完了」


 パン、と、目で追っていた存在の脳が破裂する。中枢を置き換えた式神から術者の術式に介入、情報負荷を意図的に増大させ式神を動かしていた術者の脳を破壊したのだ。


 無論、普通に情報負荷を増やした程度で脳が破裂する事は無い。式神の制御術式用に変換した呪詛を偽装コードとして流し、相手がリーリャの言葉で式神の状況を読み取った時、相手の脳に直接呪詛を読み込ませ発動させたのだ。


 脳に大量の情報を与えたのは、呪いに気づかれる事を防ぐ為だ。たった一度の攻防と思い付きでここまで狡猾に動くのは、たとえ熟練の戦士であっても難しい。


「……私と死体繰りで競いたいの?」


 炸裂させた相手を2秒程眺めた後にリーリャは気づく、どうやら先に動いていた人形は最初から死人であり、死者を経由して式神を使役していたらしい。


 同時に、それはリーリャにとっての宣戦布告であった。


 リーリャに対しな死霊術の行使は挑発行為だろう。それを好き好んで行う相手は最早命知らずと言っても良い。彼女は自らの死霊術に強い自負を持っているが故に、その相手の術式を寛容しなかった。


(とは言え不慣れそうな死体操作を介して、そこそこレベルの式神を制御できてるあたり、式神の扱いに関しては天才のソレね)


 警戒をさらに引き上げるリーリャは、ここで始めて位置を移動する。ビルとビルの狭い隙間に入り込み、三角飛びで3階まで上昇し、窓ガラスを割って中に飛び込む。


(相手の正体が分からない以上は無理はしない方が良いわね)


 自分が死ぬとは思わないが、強者故の余裕に酔うつもりも無い。リーリャはどこまでも慎重かつロジカルに動くつもりなのだ。


 それは必ず自らが勝利すると信じているからだ。勝ちに焦らず堅実に戦う、色は見せない、堅実に動けば必ず確定的な勝機は訪れる。


 クロウと言う強敵と戦い学んだ事であり、その教訓は彼女をさらに強くした。そして…きっとまだまだ強くなるのだろう。

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