切り札など…


 矛盾に首を傾げる2人であったが、不意に響いた爆音によって現実へと意識を引き戻される。一応五稜郭の人員も反応はしたがクロウが手で抑止しておいた、仮に爆音の主が上位の怪異であるならば、下手にあちらが狙われると状況を悪化してしまう可能性があるというクロウの判断だ。


「何だ?」


 朱雀が言うとクロウがやれやれと言った表情を浮かべ。


「厄介事だろ、婆さん的に考え…」


 其処まで口にして全力で身体を反らすクロウ。それは目視出来たからではなく、純粋に直感から来る死からの逃避である。


 目を見開きその"死"を捉える。それは虚ろな目をした骨であった、一見すればリーリャが動かしていた骨のようにも見える。だが、その能力はリーリャの作った歪な骨とは文字通り"格"が違う。


 どうやら抑止しておいて正解だったようだ。


「婆さん!」 


「しくじったよまったく、気をつけな!傷付けられたら私でも再生しないみたいだ!アンタだと下手すりゃ即死だよ!」


 どうやらその骨は2体いたようで、もう一体は朱雀を狙って動いていたらしい。朱雀は片腕を切り飛ばされ、だがその傷口から血は流れ出していない。


「婆さん、大丈夫なのか?」


「傷口は焼いて止血した、問題はコイツ等相手に片手で何処まで粘れるかって事だね」


「正体は分かるか?」


「トゥルダク、地獄の死神、アタシの所にも2回来て…一回目は旦那が、二回目は息子の命を奪われた」


 朱雀のその言葉には強い後悔と痛みが混じっていた、もっとも…クロウは三人目の犠牲になる気など無いのだが。


「対処方法は?」


「無い、諦めるか近しい者の命を奪うまで暴れる、死という概念に近いから殺すのも難しい」


「なるほ……どぉっ!?」


 一瞬でクロウと距離を詰めて、その刃を一見無造作に見えるように振るうトゥルダク。だがそれは確かに洗練された技であり、クロウであっても全力で回避に回らなければ容易く首を落とされていただろう。


「クソッタレがッ!!」


 両手にショットガンを握りクロウが散弾をばら撒くと、霞のように全身が消え去り、再び姿を現すトゥルダク。どうやら死"神"というのは伊達では無いらしい。


「あれズルいんだけど!?」


「概念って行っただろう!通常の異能や攻撃が通じない!」


「それは出力的な側面で通じないのか!?」


「"属性的"に通じない!次元が違うとも言えるが同じ"死"の属性でないとそもそも攻撃が通らないと思いな!」


「俺の属性破魔とか聖属性なんだけど普通反属性ってダメージ大きいんじゃないの!?」


「伊達に神名乗ってる訳じゃないんだろうよ」


 トゥルダクが今度は朱雀に向けてその刃を振るうと、地面ごと遥か遠くにある川と木々を両断する。思わずクロウも目を見張る一撃であったが、その状況でもクロウは目ざとくそのトゥダルクの行動を見逃さなかった。


「……なんとなくだが…ッ!!」


 今度はクロウを狙ってきたトゥダルクの刃を紙一重で回避、そのままショットガンの銃身で腹部を砕かんと全力で振るうと、当たった部位だけが霞となって消え失せた。


「もう一撃!」


 そのまま、2丁目の銃で今度はトゥルダクの剣に向かって散弾を放つクロウ。すると不思議な事に散弾を避けるようにトゥルダクは後方へと大きく距離を取る。


「ビンゴだ婆さん!あの刃がトゥルダクの本体、あるいは俺達への干渉器としての役割を果たしてる!」


「なんだって!?」


「身体を殴っても回避する素振りすら見せなかったのに、剣に散弾打ち込んだら後方に引いて露骨に嫌がった。多分だが俺等がアイツ等に対してダメージを与えられないように、アイツ等も剣を使わないと俺達に対して直接どうこうする事が出来ないんだろうよ」


 つまり、クロウ達を攻撃できるのはあの剣だけであり、剣さえ破壊してしまえばクロウ達も干渉できないが相手からも干渉できない状況が作り出せると踏んだのだ。


「とんでも無い分析力だね…」


「が、以前としてあっちは距離を無視して移動できる、こっちが不利なのには変わりないがな」


 それに、あえて口には出さなかったが、トゥダルクはカウンターを取れるような生易しい動きをしていない。最短かつ効率的に身体を切断に来て最悪敵の攻撃が掠めただけで即死しかねない。


「あっちの企業連中に振り分けてるリソースを戻さないとマズイんじゃないのかい?」


 そう言ってチラリと輝く五稜郭を見る朱雀、だがクロウは首を横にふった。


「まさか、あの程度誤差の範囲だ…むしろ後方待機させてる方を解除した方が良さそうだが…」


 だがクロウはソレは最後の手段にしたいと考えている、何故なら"ソレ"は後方から此方への輸送経路でもあるからだ。


「にしても、あんまり積極的には攻撃してこないのな」


 思わずそんな事を口にするクロウ、散発的にというかある程度狙いを定めてからしか攻撃を仕掛けて来ないトゥダルクに違和感を覚えた。否、そもそもはじめから幾つかの違和感があったのは確かなのだ。


「戸惑っているのか?」


「あんたの戦闘センスにかい?」


「いや、なんとなくだが…なんでこんな奴が此処にいるんだ?みたいな空気と言うか」


「…曖昧だね、でもそう言うのは割とあてになるさね、っと!来るよ!」


 霞のように消えては出現するトゥルダク、だがそれは目で追うだけ無駄であり、むしろ接近しての出現を最も警戒すべきなのだと2人は理解している。


 そして、刃が振るわれる。狙われたのはクロウ、恐らく剣を狙われた事から警戒されての事だろう。


「マジかよ!?」


 振るわれたのは2体同時であった。クロウの左右から挟み込むように刃が迫る。神速、あるいは雲耀に等しい刃はクロウの外皮に触れ。


 そして停止した。


「バァさん!やれ!」


 真剣白刃取り。エクステンドアームと、クロウの光を放つ掌がその刃を同時に留めて見せたのだ。


「応!」


 外皮がジリジリと焼かれるような感覚を覚えながらもクロウはひるむ事なく掌に力を込め、その刃を押し留める。


 エクステンドアームも負荷限界なのか、煙と火花を散らしながらもトゥルダクの凶刃にひびを作る。だが、やはり死神は自らの手で触れようとはせず刃に力を込めるばかりであり、クロウの分析が正しい事を示していた。


 そんな薄皮一枚の拮抗の中、朱雀は掛け声と共に刀身に芯と腰の入ったソバットを叩き込む。


「うげっ!硬い!?」


 クロウが少し情けない声を上げる。蹴りは刃をへし折るには力が足りず、押し負けたかのように見えた。


「いや!取った!」


 そう朱雀が言うが遅いか速いか、途端に形を崩しドロリと溶ける刀身。刃に異能で熱を送り込み溶かしたのだ。


「仕返しだこの野郎!」


 朱雀の奮闘によってフリーになったエクステンドアームで、手で掴んでいた刃を無理やり捻ってへし折ったクロウは、そのままお返しとばかりに折れた刃をトゥルダクの首に突き刺さし首を切り落とした。


「葛乃葉の分析の話を聞いてて助かったな、確かに同じ次元かつ同一属性の刃なら死"神"相手でも攻撃が通じるみたいだ」


 へし折りナイフ程のサイズに砕けた剣をエクステンドアームで構えて、背後のトゥダルクに向き直るクロウ、だが其処には既にトゥダルクの姿は無く…。


 ドォン!と再び大きな音が響き渡った。そう、ちょうど先のトゥダルクが出現した時と同じ音が…今度は複数回。


「オイ、オイオイオイ!?」


「これは、本格的にマズイね」


 今度は戦列を作った12のトゥダルクが目前にあった。スパイクの付いた盾と2本の剣を左右の腰に挿した骨の死神は完璧に組織戦を意識した動きを見せている。それはさながら古代ローマのファランクスを彷彿とさせる陣形であり、ジリジリと2人に対して盾を構えて進行を続ける。


「ズルイな畜生!」


 流石にクロウもマズイと感じたのか、先のガトリング2門を取り出してトゥダルクに乱射する。剣や盾の一本でもへし折れれば御の字といった所だろう。


 …以外にも、というか。弾丸の直撃した盾は吹き飛び、さらには何本かの剣も吹き飛んだ。予想よりも簡単に目論見が成功したクロウは首を傾げながら相手が動く前に回避に移る。


 そしてそれは正解だった。


 先程までクロウが居た位置に死神の集団が出現し、クロウに熱い目線を送っている。囲まれては流石のクロウも少々マズいと感じたのか、常に高速で銃を乱射しながら動き回り初めた。


 と、此処でクロウが朱雀の姿が見えない事に気づいた。おそらく隠形で隠れてクロウの支援に回るつもりなのだろう。トゥダルクは全員クロウに釘付けなので効率的かつ仕方ないのだが、クロウ的には文句の一つでも言いたそうな表情を浮かべている。


「一匹倒したのが不味かったのかね…」


 一か八かで先の刀身を使い相手に切り込んでやろうかと思い初めたクロウ。だが即死の刃を手で受けた影響か、未だにジリジリと手のひらが痛む感覚がある為に、手にしていたガトリングを取り落としてしまったが故に思いとどまる。


 今のままに突っ込んでも無駄死にしかねないと判断したのだ。どうやらクロウの両手は能力により光で刃との間に防御空間を挟んでいたものの、死の呪いを受けてしまったらしい。


『八つ当たりも良い所ですね、先に襲ったのは彼等でしょうに』


 だが、僅かに焦りがクロウを支配する中。彼にのみ聞き取れる声で、その絶望を切り開く相棒の声が響いたのだ。


「アリア!来てくれたか!」


 空に煌めく流星から、そのヴィクトリア調メイド服を靡かせ颯爽と街頭の上に降り立つアリア。ヒーロー顔向けの登場にその場に居た全員が目を見張ってしまった。


「マスタークロウ、無茶をなさらないで下さい」


「アリア!」


 クロウはアリアにそのトゥダルクから奪い取った刃を投げる。それは吸い込まれるようにアリアの胸にトプリと、まるで泉に落ちたようにも見え、刃は沈み込み、同時にアリアが普段見せない惚けた顔を見せた。


「……美味しい物を投げる時は先に言って下さい、表情筋と心に準備が必要なので」


「ソレの属性が無いとあの骨の討滅が出来ない、今両手がやられててな、アリアに押し付けるみたいで悪いんだが…」


「ええ、幸いにしてボーナスが山程あちらから来たのです、相手にさせていただきますね」


 そうして、蹂躙が始まる。アリアの手にはデザートイーグルと…新たに死の属性を獲得した彼女の。すなわち、が握られていた。


 アリア。彼女の正体はコルトガバメントの付喪神であり、それを複数の物質や概念で補った"人造強化型付喪神"と呼ばれる存在だ。彼女は物質に宿った来歴や概念を食し、そして強くなる。


 クロウとの契約はこういった珍しい物を定期的に食べさせる変わりに、彼の身の回りの世話をする事である。もっとも、アリア自身も律儀で不器用なクロウの事を非常に気に入り…それこそ一種の執着に近い感情を見せる事もあったりするあたり、契約など無くても彼に付き従うのだろう。


 だが、それはそれとして現物を与えられたのならば、普段以上にやる気を出して働く程度の事は喜んでしてくれる。


「では、お覚悟を」


 一言断りを入れた後、ガバメントから死を纏った弾丸が放たれる。それを身体を霞のように消して回避し、即座に反撃に移るトゥダルク達。だが出現した先には既にクロウによって蹴り飛ばされた爆弾が存在し、爆風によって剣や盾を粉砕されてしまう。


 だが、それだけでは終わらず、爆風の中を狙いすましたかのようにガバメントの弾丸が殺到する。比較的至近距離からの弾丸の嵐に、まるで水をかけられた子供のように嫌がる姿勢を取りながら、その頭蓋骨に弾丸を叩き込まれて一瞬で数を減らしたトゥダルク…言ってはなんだが、クロウ達の奮戦など意味が無かったかのような光景である。


「クロウ様、一応渡しておきます」


 最早トゥダルクに目をくれず、移動後の出現位置を予測して先打ちで弾丸を置いていくアリアは、クロウに一つの円盤を投げ渡した。


「っと、サンキュ、必要無いと思って持ってこなかったのが裏目に出たようだ」


 それはたこ焼き用の鉄板であり、同時にクロウにたこ焼き屋を継がせた男の遺品であった。


「"備えよ常に"と申します、夢々油断なさりませんようお願い致します」


 最後のトゥダルクの頭部を撃ち貫くと、自らの本体の調子を確認するアリア。どうやら一先ずの危機は去ったようだと、クロウは肩をなでおろすのだった。


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