有象無象

 葛乃葉は戦うという行為が苦手である。実際に戦うという行為が苦手なのではなく、自らに掛けた枷が故に苦手なのだ。


「前鬼、ええ?」


『心得た』


 なので彼女はあまり直接戦わず、式神や強化スーツのフロートウェポンで戦う。


「ほんま、どっから湧いて来てはるん?」


 先に葛乃葉が悪鬼の群れを指差すよりも先に、リーリャが目で其処を見てから其処に湧いて来たように見えた。つまりリーリャは葛乃葉や朱雀・白虎・クロウよりも先に違和感を感知したという事だ。


 通常であれば気になる事ではない、だが葛乃葉は索敵に関してはこの中の誰よりも上であると自負している。だからこそ違和感が強い。


 前鬼が蹴散らす悪鬼が空を飛ぶのを眺めながらそんな事を考えていると、その光景に追加の違和感を感じた葛乃葉。


「……鬼?」


 そう、前鬼が蹴散らしているのは鬼だ。そして前鬼も鬼である。


「前鬼、そいつ等何処の鬼か分かりはる?」


『ふむ、温羅様の下では無い事は確かだな、む?日の本で温羅様の派閥で無い鬼?』


 力を是とする鬼だが、日本の鬼というのは大本を辿れば温羅の一族から枝を分かった鬼が殆どだ。それは酒呑童子や茨木童子、両面宿儺などと言ったビッグネームに関しても同じだ。


「そもそも、なんや弱ない?」


『確かに力が弱い…なにやら本調子では無いというか、否…鍛錬不足か?』


「は?鬼が鍛錬不足?」


 鬼とは絵に書いたような筋骨隆々の大男であり、サイズ相応の筋力を常に持っている。だが、前鬼の目前の鬼達は妙に体格がたるんでいるのだ。


『私の時代では無かったが大規模な派閥で時々起こる事だそうだ、大昔温羅様の派閥でも似たような事が起こり少し問題になったと聞いているが…其処まで大規模の派閥の鬼など、この日の本に2つもある筈が……』


 だが、葛乃葉には先のリーリャの反応と合わせて一つ思い当たる節があった。


「こいつら、地獄の獄卒やない?」


『………いや、確かに多くが合致するがそれは無い、地獄の釜など盆であっても本当は開いていない、あれは人の集団心理が作り出した無念達の強化術式だ、それ程までに釜は深く根ざすように閉じられている』


「やろねぇ、けど、それ以外に思いつかへんのも事実やし……仮にそんな事をするとなったらどういう手順が必要か分かる?」


 その言葉に考えながらも鬼を潰し続ける酒呑童子。


『そもそも地獄はルベーグ被覆次元を切り裂いてフィルターにした発想に近い、伸ばしたソレをハサミで切って地球に巻き付けテクスチャ兼フィルターとして可動させている物が地獄…すなわち本来の地球と今我々が足を乗せているテクスチャの間に存在している僅かな空間が地獄だ』


「イメージとしては地球に長い紙テープなりをクルクルと巻き付けた物やね」


『その考えで良い、ようするに人の身では接触できないある種の逢魔、簡単に言うと肉体のある人間は保有しているサイズ次元が大きくてフィルターテクスチャーにひっかかり地獄に入れない、だが魂だけならそのフィルターテクスチャをすり抜け地獄に入る事が出来る』


 できる限り面倒な話を省くならば、球体に紙テープをピッタリ巻き付ける。その球体と紙テープの間の空間が地獄である。その上からペットボトルを本来の球体に触れさせようとすると紙テープで弾くがペットボトルの中身の水は染み入り間を濡らす事が出来る。ペットボトルは人間の身体、水は魂だと考えると分かりやすいだろう。


「確かに初期状態の逢魔にイメージとしては近いわぁ、それで?」


 そしてそれはある種逢魔の形に近い物である。


『地獄側から紙テープの一本を押し上げればその穴からワラワラと鬼は出てくるだろう、その逆で此方側から引張上げても然り…だがどうやってそのような事を行う?』


「……ッチ、


 葛乃葉の素がわずかに出る。それはそれなりの付き合いを持つ酒呑童子にしても初めての事であった。


『お嬢?』


「此処に答えは無いみたいやねぇ…あるとしたら外ちゃいます?」


『外?』


「あくまで推測やけど、この逢魔は周囲に作られた逢魔が原因で出来た物、確かに正常な次元と地獄は遠いんやろうけど…間に逢魔があったらどない?」


『なるほど、中間を挟む事でバイパスや変換器の機能を果たすようにする発想か、可能性は0では無いのだろう。だが…人為的にそういった事を発生させるとしても相当数の逢魔が必要となるのでは無いか?』


「せやねぇ…けど、最近は消えない逢魔の依頼ばっかりで小型の逢魔まで中々手回らん言う話やし、其処に手を加えて回ったら…」


『……ありえない話ではないと』


「そもそも逢魔に手を加える事が出来るとか、技術的なお話は別として可能性はあるかとは思うんよ」


『だとするならば、ますます持ってリ・チェスターという男の動向と底が分からぬ、奴は何故我々に魔界の予行演習などさせたのだ?』


 酒呑ははじめからあの男の言葉を信用していない、クロウは何故か全面的にあの男を信用しているフシがあるが…何故だか酒呑童子はそんな気にはなれなかった。それは鬼としての勘なのか、はたまた彼の来歴に準ずる物なのかまでは分からないのだが。


「まぁ、それは皆で考えよか…そろそろ終わり?」


『ああ、少しは楽しめるかと思ったが大した事は無かった、イザナギの者の言う通り数が多く出現頻度が高いぐらいだろう、問題は無い』


 相談の間に虐殺されていた鬼は既に片手で数える程となっており、酒呑童子の実力の高さを伺わせる。


「煩わせてごめんなぁ?イザナギの前で使いと無いんよ」


『白虎はともかく朱雀も信用していないのか?』


「……極論言えばそうなるなぁ、まぁウチの組織もリーリャはんとクロウはんは信用出来るんやろけど、ヒロフミはんが正直怖いんよ」


『むしろ苦手意識に近いと思うがな』


「前やりおうた時は酒呑も胴体真っ二つにされとったけど、どない?」


『滾るな』


「ヘンタイ?」


『真正面から男子が私に挑んでくるのだ、鬼冥利に尽きる…しかも異能の無いただの人と来た!まさに現代の英雄!これが滾らずにいられる物か!機会があれば是非ともを外して戦いたい、その時は頼むぞ?』


「はいはい、その時が来たらね?」


 口ではそう言いつつも来ないことを心の底から望み、朱雀達の下へと向かう葛乃葉。もっとも、彼女ははじめから期待など微塵もしていない。望みと思いは矛盾を許される、そういった複雑さも又、彼女が狐ではなく人間であるという証明なのかもしれない。



「流石我が社の社員だな、社長として誇らしいよ」


 休憩をとっていた朱雀達の下に帰ってきたCLOSEの3人。その中の代表者であるクロウは、2人にねぎらいの言葉をかけるとバイクの座席に腰掛けて2人の少女達を見据えた。


「ふふ、ご期待に添えたみたいで良かったわ」


「ウチは後ろで見とっただけやねけどね?まぁ、だからこそ少し分かった事があるんやけど…」


 そう言いながら葛乃葉は4人に酒呑童子から聞いた話と自らの推察を補足説明をしつつ伝えた所、どうやらリーリャとクロウも似たような事に気づいていたらしい。


「リーリャの骨の動きが良かったからある程度推察はついたが、ヤマ神…いや、閻魔?統括の鬼共だったとはな…少々悪い事をしたな」


『何、温羅様の統括で無いのならば気にする事は無いぞ男子よ』


 そう言いながらクハハと剛気に笑う酒呑童子。


「そんな物か…それよりもどうする?仮に推察が当たっているならこの周辺に湧く鬼を潰しながら周囲の逢魔を潰す事になる。が、周囲の逢魔はこれまでの傾向を考えるに、億超え戦力が配置されてると思った方が良いぞ?」


「振り分けが重要いう事やね?」


「ええ、それに逢魔をいくつ潰せば良いかも不明だし、此処に残る方も外に出る方も長時間の戦闘になるわ」


 普通であれば絶望しか無い状態、だが此処に居るのは全員が一騎当千の古強者…というには若い者も多いのだが、それに匹敵する猛者ばかりである。


「ほな、ウチは外回り行かせてもらうわぁ」


「ならリーリャも頼めるか?その骨があれば同時に2箇所ぐらいの攻略はできるだろ?」


「まぁ、死人使いと人使いが荒いのね?」


 ウフフと朗らかに笑うリーリャ、だが自らの能力を高く評価してくれているのだと理解している為にそう悪くない反応と言えるだろう。少なくとも本当に笑っているように見えるのでセーフである。


「となるとアタシも外回り?でも範囲ミラクルハイパーだからどっちでも行けるかな?」


「朱雀婆さんを外回りにした方が良い気がするんだがな」


「その心は?」


「此処に残る俺に不幸が移る」


「黒!お前そういう所だぞ!?」


 心外とばかりに声を上げる朱雀、だが不幸を否定できない事を白虎もクロウも知っているので2人はじっと朱雀を見つめた。


「だー!そういう目をした!決めたぞ!私は此処に残る!いいな!」


 最早逆ギレに近いが朱雀も既に年である、おそらくは更年期なアレなのだろう。


「まぁ…どっちでもいいんじゃないか?このメンバーなら大概何起きても大丈夫だろうし」


「だったら最初から人の不幸をあげつらうなよ!?」


「オバサマ形式美とか知ってる?」


「そんな形式美なんざ捨ててしまえ!!」


 徐々にヒートアップしてきた朱雀、クロウも流石に少しからかい過ぎたと思い一先ず配置の再確認を行う事にした。


「とりあえず葛乃葉、リーリャ、白虎が外で俺と朱雀が中、交戦した怪異と相性が悪い場合や単身での撃破が難しいと思った時、損耗が激しい時は無理せず引いて相性の良いメンバーと交代したり休憩メンバーと入れ替える方向で良いか?」


「無難やね」


「私は良いと思います」


「アタシも賛成」


「フン、安全に越した事は無い」


「…で、目下はアレをどうするかだが」


 そう言って、目線をやるクロウ。どうやら外から遅れて追加の業者連中がゾロゾロとやってきたようだ。


「あらまぁ、なんや木偶がゾロゾロと…邪魔なりますよって先になおします片付けます?」


「必要無い、しつこいのは理解しているが逢魔を潰す度にそれぞれ連絡を頼む、焦らなくてもいいから安全にな」


「オジサマ心配性過ぎない?ま、悪い気しないけど」


 白虎がそう言ってから途端に姿を眩ませると、それに習ったように周囲に散っていくリーリャと葛乃葉、クロウとしては交渉の場にあの3人が居ると拗れかねないので早々に散らせたかったのだ。大人を通り越して老婆な朱雀は別段問題無いだろうし、クロウ自身も交渉は得意な方だと自負している。


 近づいて来た他の業者達がクロウ達から距離を取って立ち止まると、その中から代表者のような男が歩み出てきた。どうやら彼が交渉役のようだ。


「そちらはイザナギの朱雀殿とお見受けするが如何に?」


「ああ、そっちは……すまないがご存知ないね」


「何、イザナギに比べれば木っ端みたいなもんだ、私はガダラと言う」


「ガダラ、ああ、聖書の」


 この業界に置いて名前は非常に重要だ。その為、皆こぞって裏の名前としてかつての偉大な者や有名な名を名乗りたがる。それはたとえ嘘であっても実際に名乗れるだけの力があれば過去の偉人の子孫を名乗っても良いし、名乗るだけの資格があるという考えに基づいている。


 少々乱暴だがその方が普通の名を名乗るよりも名の覚えも良く、2つ名として機能する事もあるので以外と便利なのだ。むしろヒロフミやクロウのように個人名がそのまま畏怖の対象となる事もあるが、其処まで来ると最早一流と言っても良いだろう。


「それで、状況を教えて貰いたいのだが」


「ふむ…どっから話したもんか、現在この異常事態の原因となっていると思わしき場所を今さっき精鋭が叩きに行った」


「我々は協力しなくて良いのか?」


「最低でも単身で億超えの怪異と戦える者が望ましい、居るなら行ってくれ」


 その言葉に全員が顔を見合わせる、一瞬ガダラが冗談だろ?という表情を見せたが朱雀が冗談を言っている様子も無いので少々バツが悪そうだ。


「……居ないなら居ないで良い、彼等にまかせておけば時間が解決してくれるだろう、それより諸君には此処に湧いてくる雑魚の処分を頼みたい」


「雑魚?」


「鬼だ、とはいえ普通の鬼よりもグレードが下がるが如何せん数が多くてな、5分周期ぐらいで此処の公園の2割程を覆う群れが出てくる」


「それこそ冗談だろ?」


「本当だ、君たちより前に来た連中は彼の組織以外壊滅的な打撃を受けたか早々に離脱した、一応彼と私だけで戦力的には事足りるが…足だけは引っ張ってくれるなよ」


「分かった、2班は陣地の構築を急げ!完了し次第前線に参加してもらう!1班は俺と構築までの時間を稼ぐぞ、3班は後方待機!陣が完成し次第負傷者の治療を行うように!」


 テキパキと指示を飛ばす男を横目に顔を見合わせるクロウと朱雀。


「陣地構築とは…随分悠長だが大丈夫か?」


「まぁ、今までの連中よりはやるみたいだが…3回受けきれるかどうか」


 クロウは少し嫌な予感を感じながらもその人々の動きを見つめる、自分達よりも若い者達がワイワイと騒ぎながら準備を行っているのは少しばかり思う所があるのだろう。


「気になるのか?」


「……まぁ、な」


「何人生き残るかは不明だが、あまり気負うなよ」


「そんなんじゃないさ」


 フンと、鼻で笑うクロウ。だが、朱雀は的確にクロウの思いを見抜いているのだった。

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