それは君が見た光
とりあえず、なんとも言えない空気のせいでリーリャの養子縁組は一旦お流れとなった。しかし、これで良かったのかもしれない。
「あー…装備関連の話しは問題無く終わったから、次はこれからの指標についてだ…一先ずは俺に来ている依頼を皆で分担して行い、組織として名を上げる事を目指す」
此処までは至極まっとうな意見である。だが、その先に続く言葉が問題だ。
「その後は恐らく魔界となるであろう日本に対し可能な限りの支援を行う」
「それはどういう事でしょうか?」
真っ先にヒロフミが口を開くのも自然な事なのだろう。彼は人を殺す事を生業にしているが、その多くは彼に依頼をされるような悪事を働いた人間なのだ。
即ち、彼自身は善に属しながらも、自らを悪と断じて同じ悪を切るという根本に根ざす覚悟がある。それは並大抵の事では変わらないし、変えるつもりも無い。
だからこそ、その言葉を聞き流す訳にはいかなかった。
「葛乃葉、説明してくれ」
「はいはい、事の始まりはウチが賞金首になった事件、3鬼を開放しようとした所まで遡る事になるんやけど…ウチが輪転道からイザナギの神社に顔合わせに行った時の話しや」
其処で葛乃葉は安倍晴明の直系、即ち彼女に取って従兄弟に当たる男と出会ったそうだ。如何にも冴えないオッサンと行った風貌でありながら、纏う空気は今の青龍にすら匹敵したらしい。
その男が言うには、今のままでは人類は滅んでしまう。故に人々の目を覚まさせなければならないという話しだった。同じ血を分け、聡明な貴方ならば今の状況が分かるだろうと。
「乗ったのか?」
「まさか!
葛乃葉はそれを鼻で笑ったらしい。滅ぶなら滅べばいいそれが人の業であり、人の贖罪に他ならないのだから、と。
「滅ぶ所は否定しないんですね」
「そら、遅かれ早かれいつか滅ぶんちゃう?」
「ああ、そういう長い目の話しですか」
「もっとも、その男は近々の話しやと思っとったみたいやけど… 逆に言えばあれ程の男がなんも確信得やんと憂いとったっちゅうんが後で気になって、試しに乗ったフリして情報引き出したんよ」
其処からはクロウが彼女から聞いた話しとほぼ一致していた。彼から情報を引き出し封印のセキュリティの脆弱性を突いて鬼を呼び出しながらも、事前に朱雀と青龍に話しを流しておき安全を確保しての開放。
一連の騒動により、イザナギ保有の怪異はより厳重な状態になり男も手出しをできなくなった。此処までは彼女が上手く立ち回ったと言えるだろう。
「で、その後が最近の問題やね、消えない逢魔の話しは聞いた事ある?」
「日本で活動してる連中の間で噂になってるね、俺の国でも警戒はしてるみたいだけど未だそんなのは発生してないという話しだ」
「ま、そのぐらいの認識やろね」
おそらくその男が日本でのみ作っているのだろう。そもそも"彼"は本来イザナギ保有の怪異を何らかの形で利用しようとしており、それを葛乃葉により邪魔され、バックアッププランとして土蜘蛛を利用したのだと見られる。
「前にクロウはんがその男の手下、リ・チェスターと名乗る傭兵に会ったって話しなんやけど…この男、活動履歴が裏にも表にも無い不自然な男なんよ」
「活動履歴が無い?」
「せや、そんな男も女も存在せぇへん、まるで空白の中から急にポツンと現れた存在。この業界に踏み入れた時点で大なり小なりの"痕跡"は残る筈やけど、この男は一切それが無いんよ」
「それは……不気味だな」
「なんにせよただ者やあらへん、安倍のボンの事もあるし中々一筋縄でいかん話しやねぇ」
葛乃葉曰く、既に日本が魔界化するのは確定事項だと思われるという話だ。最初に発見された消えない逢魔発見の時期から考えるに、事態は既に末期状態に移行していてもおかしくないとの事。
早い段階でイザナギに情報を流したが動かず、自らの行動でも手がかり無し。ならば最早先手を打って相手の企みを阻止する事を諦め、後手に回ってでも最悪の事態を回避する事を選んだのが彼女がこの組織に来た理由である。と、皆に説明した。
「……先手は取れませんか」
気を落としたようにボソリとヒロフミがつぶやく、もっとほかに誰か葛乃葉に相談出来る相手が居れば事態は深刻化しなかったのかもしれないが、それはIFの話であり、自ら手を尽くした葛乃葉に言うべき言葉でもない。
「歯がゆい話やけどね、あのヒョロ芋…見た目は冴えへんのにウチに認識阻害かけよって名前が思い出されへん、悔しいけど見事としか言えへんわぁ…」
「名前だけとは言え、認識阻害を葛乃葉にかけれるとなると相当な腕だな…そもそもリ・チェスターという男は存在せず俺が認識阻害を掛けられた可能性もあるのか?」
「んー…可能性はゼロでは無いねやろけど、低いんとちゃいます?あの心配性のヒョロがクロウはんみたいな大物の前に出るのは、リスク高すぎますよって」
「確かにそこまでリスクを気にしてるなら可能性は低いのか、なんにせよ事が起きるまでは物資の溜め込みと戦力の増強を目下の目標とする、後は適度に名を売るべきだろうな」
今此処に居るメンバーは業界に名こそ知れ渡っているが、組織としての認知度は皆無だ。何か一つ打ち上げる物がアレば良いのだが…そんな事をクロウが考えていると…。
「なら、適当に何処か素行の悪い組織に喧嘩売られて潰すかい?」
そんな言葉がアルフォンソから飛び出したのだった。
◆
会議が終わり概ねの指標が決まった為に、今日は一旦解散となり、それぞれの塒へと帰って行く社員達。
それをビルの3階から見送ると、ドサリと椅子に座り込む社長ことクロウ。
「お疲れ様です、クロウ」
「おう、アリアもお疲れ様、腹は空いて…ないんだよな?」
「はい、それよりも上原様の件ですが…」
会議で決定したのだが、今後しばらくメインで活動するメンバーはクロウ・葛乃葉・アルフォンソの3名であり、遺体の準備が整うまでの間リーリャとヒロフミは上原の護衛兼バックアップ担当となっている。
遺体の準備が整い次第、リーリャは前線に出て人海戦術で細々とした依頼を遂行、以降上原の護衛はローテーションで行われる事になるのだが…。
「上原には妖精の力を借りた惑わせもある、このビルの2Fを妖精郷モドキにすれば1人でも相当な時間が稼げる筈だ…それに惑わせが効いた状態で俺達の中の1人でも加勢に入れば対処は相当な難易度になる」
戦闘能力こそ無いものの、上原は一般人に見せかけた切り札の一つだ。単体でこそ機能し辛いが2人以上で組んだ場合の能力は非常に高いと見込んでの事だろう。
「正直、戦力として見込むのはどうかと思いますが…」
「分かっている、だから手を汚すのは俺達で良い」
「……承知しました」
「しかし、なんだ…」
立ち上がり、ドサリと今度はソファーへ倒れこむクロウ。
「ただ、たこ焼き屋で起業するだけで、随分な事になったよな…」
きちんとしたたこ焼き屋を会社を作り、その裏に怪異払いの企業を構える。それはアリアからのアドバイスであり、クロウにとってもありがたい話だった。
「ですが、夢とはそういう物なのでは無いのでしょうか?」
「と、言うと?」
「いやな事もあって、苦労もして、それでも頑張って初めて何かを得る事が出来るのだと思います」
「そうかな……そうかも……」
外から差し込む夕日を眺め、ポツリとそんな曖昧な言葉を口にするのだった。
「なぁ、アリア」
「なんでしょうか?」
「耳かき」
「承知しました」
アリアの膝に頭を置いて目を瞑る、クロウにとってこれが至福の時であり、数少ない心休まる場所である。
「明日も頑張るか」
「はい、頑張ってください」
暫くすれば、上原とリーリャがこのビルに引っ越してくる事になる。そうなればこうやって耳かきをしてもらえる時間も少なくなるのだろう。だからこそ、クロウはこのひとときの幸せを噛みしめるように甘受するのだった。
◆
その夜、一つのフリー依頼がクロウ達の使用している怪異祓い専門のサイトに出現した。それは政府からの依頼であり、消えない逢魔のパトロール依頼であった。
そして、その依頼をスマホで眺め、ニヤリと微笑む細い男が1人。
「愚かな政府は相も変わらず見当違いばかりだな、もっとも、その方が俺にとって楽に仕事が進むんだが…」
男は気づかない、その気配が自らの背後に近づいている事に。これが暗殺者の類いであれば、一撃で心臓をえぐり取られていただろうが…そうはならなかった。
「……お気楽ね、
「っと、そちらも順調そうで何よりだよ…まさか君がイザナギを抑えてくれると言い出すとは思わなかった」
「構わない、これも私と兄さんの為、貴方の為じゃない」
「口惜しいな、君と葛乃葉さえいれば1年早く行動に移せたのに」
「葛乃葉は貴方程度で御しきれる女じゃない、三鬼で痛い目を見たのを忘れた?」
先程までの飄々とした笑顔から、苦虫を噛み潰したような表情にその表情を変える景之と呼ばれた男。
「ッチ、まさか彼女が裏切るとは思わなかったよ、半分とはいえ僕と同じ血を引いているのに…」
「残念なのは分かる、でも今大切なのは…」
「分かっているさ…それにしても君は協力的で助かるよ、だけど君の兄さんはどうだろうか?」
「と、言うと?」
「少し…いや、かなり邪魔になりそうだ、既に計画が最終段階に入ったとはいえ…彼を放置するのは怖い」
「抑えが必要?」
「でも、流石に君は其処まで手が回らないだろう?イザナギを抑圧するので精一杯と見えるけど?」
その言葉に、唇に指を当てて何か考える素振りを見せる少女。しばらく考えた後、ポンと手を叩き一つの答えを見つけ出した。
「……玄武と白虎、使えそう」
ニヤリと口元が歪む少女。
「悪い子だ、キミは本当に…」
それに釣られるように男の口元も愉悦に歪む。悪巧みに夜が更けていく中、その二つの影だけは光も無いのに煌々と暗く輝いているようにも見えたのだった。
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