朱雀
雛衣アリスは自室のベッドで目を覚ました。其処には必要最低限の日用雑貨と家具…そして装備が無造作に置かれている。起きた理由は至極単純、その部屋の中に自身以外の動体を検知したからである。
「……お母さん?」
「ああ、すまないアリス、起こしたか?」
「おはよう、おはよう?」
目を擦り、寝ぼけた頭を再起動させる。時刻は真夜中三時半と言った所だろうか?少なくともおはようの時間では無いだろう。
「何かあった?」
背伸びをし、その女性を見つめるアリス。視線の先の女性は"朱雀"…アリスの義理の母親であり、イザナギが保有する最大戦力の四聖。即ち、青龍・朱雀・白虎・玄武の内"朱雀"を継承した女性である。
見た目こそキリっとした美人の20代ではあるが、既に65歳という高齢。本来ならば3回は代替わりしても良い年であるが…彼女以外の適役が存在しない為に、未だムリをして現役なのだ。
「ああ、最近依頼の数が増えてね、ようやく仕事が終わったからついでに様子を見に来ただけだよ」
ポンポンと寝起きのアリスの頭を撫でて目を細める朱雀。彼女や他の四聖達も近頃増えつつある政府からの依頼をさばいており、ここの所出ずっぱりになっている。そのため朱雀が娘の顔を見に来れるタイミングが少なく、このような深夜に来る事になってしまっているのだ。
「この後も又仕事?」
「ああ、新幹線の中で休憩の後、残念ながらね…まったく…ブラックにも程があるよ」
そもそも金を貰って仕事をするという時点では、他の怪異祓いの企業となんら変わる事が無い。ただ歴史と力があるというだけなのだ、だが力と歴史があるというだけでこの業界においては絶対的な正義たりえる。
故にその中身が、どんなに血と臓腑で濡れていようとも。積極的な悪事を行わず2つを持ち合わせればやはり正義なのだ。
「そっか、お仕事…頑張ってね」
「ああ、アンタも学校頑張りな」
アリスの体をギュっと抱きしめて頭を撫でる朱雀。彼女にとってアリスこそが自らの心の支えであり、同時に戦い続ける理由である。夫も娘も殺され、最後に残った縁を守る為に彼女は老骨に鞭打ち戦い続ける事を選んだ。
「ご飯はちゃんと食べてる?」
「うん、外食もそれなりだけど」
「学園祭には行けるように都合つけるからね」
「お母さんもムリしないでね」
「お金、また振り込んどくから、無駄遣いしちゃダメだよ?」
「わかってる」
「……行ってきます」
「いってらっしゃい」
名残惜しそうに立ち上がり、手をふって立ち去る朱雀。
「…………ムリ、しないでね」
アリスはただ見送る、それしか出来ない不甲斐ない自分を恨みながら。本名すら知らぬ母が何か危ない仕事をしているのは理解している。だが、何も話してくれない。
ある種拒絶にも近いそれを、彼女は受け入れるしかない。
もしも…もしもの話であるが、
だけど母はそれを良しとしない人だ、故の拒絶である事も重々理解している。であっても、常に頭の中にイフが並び続ける。何も知らない筈なのに。何も知らないのに。彼女にはその光景が生々しく瞳と記憶に焼き付くのだ。
だから……。
「ムリだけは、しないで…」
そう、言葉にするしか無いのだった。
◆◆◆
CLOSE自社ビルの一室に佇む二人、1人はピチパツ最新式スーツに身を包んだクロウであり、もう1人はその着用を見届けている葛乃葉であった。
「なぁ葛乃葉」
「はい?」
「なんか…スーツ小さくないかこれ?」
そう、クロウが気にしていたピチパツが改善されていないのである。幸いにして股間周りにファウルカップを入れる必要性も無くなったのだが、ボディラインはむしろ以前よりもくっきり浮き出ているようにも見える。
「一週間前に仕上がった最新式いう触れ込みやからねぇ、合理性突き詰めたら
ピッチリではあるが侮るなかれ。防弾防刃機能を備え外部から衝撃を受けるとその部分だけ通電し、部分的に硬質化・ゲル化・伸縮の選択をすばやく行い衝撃の分散を行う為に、対物ライフルで打とうが骨折も貫通もしない代物である。
それでも一応打ち身ぐらいは時々するらしいが、クロウぐらいの身体能力があれば然程問題無いだろう。
イギリスの一部機関でのみ使われている試験兵装の試行錯誤と派遣していた企業スパイ達の苦労の末の完成形であり、今回、葛乃葉が莫大な金と完成したばかりの一着目をクロウのデータの一部と引き換えに取り寄せたのだ。
「まぁ、サイズがあってるならそれでいいんだが…この腰ふとももについてる箱はなんだ?」
そう言いながらトントンと四角い箱を叩くと、箱は形を変えて長細く変形した。
「うおっ!?変形した!?」
「エクステンドアームやね、背骨と首元につけてるシートから神経信号を読み取って、合計四本のマシンアームが可動する仕組みやけど…実戦やと二本までしか動かせへんみたいやね」
「ふーん?」
クロウは四本のアームに意識を飛ばすと、箱がガシャンと展開。そのマシンアームを駆動させた。
「あー…確かに少し扱いづらいかもしれないが、四本で銃を撃つぐらいならできそうだな」
「えっ、何それ怖っ」
葛乃葉が呼んでいる仕様書には概ね一週間程の訓練で腕の展開と折りたたみを可能にできると書いてあり、其処からまずは片腕づつ駆動を習得するらしいが…クロウは初日かつ10秒程でいきなり四本駆動での戦闘が可能であると言い始めた。流石に葛乃葉もドン引きである。
「いやいや、散弾で大雑把に狙うなら葛乃葉でも出来ると思うぞ?にしても大したもんだな…コレをたくさんの兵士が使う戦争とか考えたくもない」
「……せやね」
全ての手をワキワキと可動させたり、足の代わりにエクステンドアームで歩行するクロウになんとも言えない表情を向ける葛乃葉。
「折り紙でも折って練習するか、10日もあれば両手と同じぐらいには動くだろ」
「……せやな」
最早何も言うまいと決意する葛乃葉であった。
「というか、納品随分と早かったがアルフォンソの分はまだなのか?」
「ん?ああ、そっちもその内届く予定やけど…1ヶ月後ぐらいちゃいます?それに…ほら、ニュースで昨晩謎の潜水艦からミサイルらしき物が発射された言う話あったやろ?」
今朝から一面を賑わせていた情報であり、恐らく某国のミサイル実験ではないかと囁かれていたニュースだ。もちろんクロウもニュースを見たため知っているのだが…。
「ああ、あったな」
「アレの中身がコレやね」
「えっ……マジで?」
「クロウはんがつことった九式のデータ、早く納品せんとほかの所に流してまいますえ?ってちょっと脅しかけたらとんでも無い事やらかして、ちょっとウチも流石に…ねぇ」
とはいえ事実、クロウのデータが今後の戦争を優位に握る為の全てが其処にあると言っても過言では無いのだ。破損箇所や疲労箇所を調べるだけで何処を重点的に強化すればいいのか等が統計学で分かる。
少し話は変わるが、かつて帰還した航空機の被弾箇所の統計を取ったアメリカは、被弾の少ない箇所を補強する設計を進めた。何故か?被弾した箇所≒弾丸を当たっても帰還できる箇所なのだ。
今回も急激に案件が動いた背景としては、クロウのスーツからもそういった大量のデータが取得できるという事が絡んでいる。
そもそも、未だ強化スーツが戦争で使われる事態に陥っていない為、そういった実戦での殺し合いのデータは非常に不足している。さらに言えば、クロウは銃火器を作り出す異能であり想定される軍事行動や実際の戦闘データに非常に近い物と言えるだろう。
さらに言えば怪異は一撃でも直撃を貰えば即死する言わば戦車に近い存在であり、極端な話ではあるが…クロウのスーツから取れるデータは1対多で戦車や強化スーツ相手に銃器で戦い続けた情報全てが詰まっていると同意とも言える。
対戦車は現実的で無いとしても、対強化スーツでの長期戦闘データなど戦時中でも無いのにそうそう手に入る物ではないし、どの国も喉から手が出る程欲しい物だろう。
其処に至るまでの莫大な人命も資金も使わず、ただポンと金を出せば他の国に対して2歩3歩とリードできる…これほどまでにおいしい買い物も無い。無茶苦茶を通してでもイギリスが納品を行った理由が其処に確かにあったと言える。
とはいえ。
「ちょっと紅茶キメ過ぎじゃないか?」
「ウチもそう思います……あ、せや!紅茶で思い出した!ええ玉露入ったんやけど、クロウはん
「おぶ…?ああ、茶か、頂くかな」
普段からあまり動じない葛乃葉であっても、露骨に話題を変えるぐらいには国際情勢に踏み入った話である。葛乃葉とて正しくあのデータの重要性を理解してはいたが、それこそまさか、という奴だ。
一概に彼女を責める事も出来ないのはクロウも理解していた為、この話は此処で打ち切りとなるのは自然な事だったのだろう。
◆
廊下の壁をエクステンドアームで張り付きながら移動するクロウ、どうやらアームが気に入ったらしく先ほどから色々な事を試している。
同じく強化スーツを長く使い込み、そんじょそこらのスーツ使いには負けない自信があった葛乃葉だが、クロウに敗北感を覚えるのは仕方ない事である。軽くスーツの調整を行った際に彼女もアームを可動させてみたのだが、展開こそできたものの、外付けの腕を腕として認識する程には至らなかった。
そもそも、感覚として急に腕を追加されたとて人間がそれを操れる訳では無いのだ。ましてや脊髄からの電気信号を読み取っての駆動ともなれば、そもそも存在しない物を直感的に動かす事になる為、天性的なセンスが必要になる。
彼女は間違いなく努力する天才だろう、だがクロウはそれに付け足して無意味に見えるまでの努力を積み重ねる。それが2人の差だった。
「にしても器用やね、すぐに動かせるもんやあらへん言う話やけど、もう体の一部みたいにつこうてはる…自信なくすわぁ」
「あー…むしろあの九式だったか?あれが使いづらかったってのもあるな、こっちの挙動の素直な事。あっちは完全に戦闘出力一本化だったがこっちは戦闘モードから日常出力なんてものまである、至れり尽くせりだ」
クロウが使用していた九型は文字通りの初期型であり戦闘出力以外を想定されていない。無論それを着てペンを握り文字を書くなど基本的に不可能な領域にあり、日常生活などもっての外だろう。
かつてクロウが机を軽々真っ二つにしたように、力任せにぶん回すぐらいしか出来ないのが九型だ、そんなものを四六時中着込んでいれば…あるいは何かの拍子に神がかった制御能力がつく事もあり得るのかもしれない。
もっとも、あくまでもかもしれない止まりなのだが。
「クロウさん!緊急依頼です!」
と、不意に廊下を走ってくる小さな影を捉えた、その姿はリーリャ。どうやら緊急事態らしく普段とは様子が異なっているのが見て取れた。
「どうした、ヤバイ案件か?」
「大阪城付近にステージ"不明"の逢魔が出現、依頼主は2人、リ・チェスターと政府から!」
思わずその名前を聞いて思考が停止してしまうクロウ。
「……待て、リ・チェスターからの依頼?それにステージが不明って?」
「政府もです、ステージが1でも2でもなく…見れば違うと理解できるらしいわ、今はイザナギにも招集がかかっているらしく現地には朱雀と白虎の姿もあるって情報が…」
その言葉に事態の重大性を理解するクロウ、イザナギに招集をかけた上であちこちの腕利きに声をかけているのならば恐らく相当な規模の大災害になりうるという事だ。
「リ・チェスターからはなんと?」
「これは予行練習とだけ…政府からは1億5000万、リ・チェスターからは3億でそれぞれ制圧の依頼が出ています、どうするのかしら?」
「大阪城付近…近いが…アルフォンソとヒロフミさんは?」
「上原さんの引っ越しの手伝いで出張ってて、連絡を入れて戻ってくるまで車で50分程かかるみたいね」
「仕方ないな…3人で対処する、リーリャ、今すぐ使える装備は?」
「カルシウム鉱150kgに加工済み遺体30体、呪詛装填済み"バロール"を3つに"キマイラ"5体、それ以外の装備の準備はまだ…」
「億超え相手でも辛うじて戦えるか…葛乃葉は?」
「式神300にエクステンドウェポン4つって所やね、まぁ、最悪素手でも戦えますよって」
そういって力こぶを作ってみせる葛乃葉、もっとも、あまり力が入っているようにも見えないのは言うべきではないだろう。
「分かった、このまま3人で現地に急行する、移動に俺の異能を使うから現地ではリーリャと戦った時みたいな無茶苦茶はできないと思ってくれ」
「私も前みたいな無理はできないと思ってちょうだいね?クロウさんが死んだら出来なくもないのだけれど…」
「マジで勘弁してくれ」
それはリーリャなりの冗談なのか…はたまた本気なのか。そこまでは分からないクロウなのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます