とりあえず相談


 と、かっこよくキメては見たものの、まだまだ決まっていない所も多いので一旦相談会が始まった。自社ビルと言っても比較的小さな6階建てのビルであり、荷物の搬入も未だあまりされていないので伽藍堂の部屋に簡素な机と椅子を揃えての会議である。取り急ぎエアコンは用意してある為に、夏の熱射で蒸し焼きにはならずにすみそうだ。


「という訳で、さしあたって全員の仕事道具の取り寄せとか行うから軽くコネのすり合わせをするぞ」


 一先ず偉ぶるでもなく、ストレートに会議を開始してみるクロウ。というか本人的にも自分がトップという認識ではなく、どちらかというと運命共同体という認識である。


「私からいいですか?」


 真っ先に手を上げるリーリャ、もっとも、彼女の異能を考えれば商売道具の補充は最重要事項なので仕方の無い事だろう?


「はい、ではリーリャ」


「ご存知の方も居るかもしれませんが、私の異能はネクロマンスと呼ばれる死体を操る術です、今ある武器がトランク詰めの骨しかないので差し当たって遺体を確保したいのですが…」


 ふむ、とクロウは考える。確かに彼女のスペックを十全に生かすには大量の遺体や遺骨が必要だ。この辺はあまりケチってはいけない所だろう。2000体の死体を操れば悪魔すら討伐しうるスペックを秘めているのだから、遺体の数が多ければ多い程活躍は期待できる。


「となると、遺体の保管場所と入手ルートが必要ですね、ちなみに今まではどのように遺体を?」


 と、風切り翁ことヒロフミ氏が柔和な表情で問いかける。


「保管に関してはロシアにある倉庫を使っていました、あそこは天然の冷蔵庫ですから、入手は中南米の紛争地帯で買い付けですね」


 そんな物騒な事をニコニコと笑顔を浮かべて語るリーリャ、20歳に満たない子が人の死を売り買いするなど世も末とはこの事なのかもしれない。


「保管はこのビルの地下にある大型冷蔵庫が使えそうだな、っても詰めて150そこらだろうが…手狭だったら業者に頼んで拡張…」


 クロウがそんな事を言うと、アリアは目を細め。


「食材と遺体を並べるのはどうかと思います」


 と、少し不機嫌そうに言う。彼女の意見は至極まっとうであり、クロウとしても遺体とタコが並んで居る状態は避けたかった為に、いっそ増設してしまおうかと思い悩んだ。


「……とりあえずは業者に頼んで分けてもらうなり、増設するなりするようにする…それで、肝心の遺体の入手はどうする?」


「遺体の入手に関しては…せやねぇ、ウチの持ってる中国のルートが使えそうやなぁ、1体あたり空輸でフレッシュなんが50万そこらの筈やから、よぉけ仕入れるんやったら割引効かせるよう交渉して…20まで値切れれば御の字とちゃいます?」


 そんな葛乃葉の言葉にピョンと跳ね上がり喜ぶリーリャ、まるでアクセサリーでも買ってもらった少女のような年相応の振る舞いではあるが…実際に買うのは遺体な辺り業が深い。


「まぁ!関税で止められたりしない?」


「その辺は武力をちらつかせて袖の下次第ですね、私が請け負いますよ」


 裏社会で名と実績の知られたヒロフミ氏であれば、事実交渉も容易な物となる事だろう。早速の役割分担である。


「ちなみに20万って何ユーロ?」


「1560ユーロぐらいですね」 


 アルフォンソの問いに間髪入れずに答える上原、出来る女を見せつけていくスタイルだ。


「なら、遺体の問題はクリアで問題なさそうだ、んで次だが…」


「ああ、せやったらウチも式の補充に使う、大型のプリンター1機欲しいんやけど」


 思い出したかのようにポンと手を叩き、そう口にしたのは葛乃葉。確かに過去、輪転道との繋がりがあった彼女ならばプリンターさえあれば式神を量産できるのだろう。


 そしてそれは大幅な戦力上昇が見込める案件だ。


「できれば銀行なんかで使う大型のがええけど…用意できへんねやったら、一般用のプリンターでもよろしおすえ?」


「プリンターねぇ、価格はどれぐらいするんだ?」


「恥ずかしい話しやけど、ウチはその辺サッパリや…金子は足りるんやろけど、実際の運用に関しもウチはタッチしてへんからなんとも言えへんねぇ」


 元々お嬢様かつ技術者である葛乃葉にとっては、その当たりは完全に専門外なのだろう。


「んー…じゃぁ家庭用の大型をリース契約で置くか?」


「改造するからリースより購入のがよろしおすなぁ」


「ううん、銀行の払い下げ辺りを引っ張ってこれれば良いんだがな…上原、すまないが後で印刷機の会社に電話をかけて購入出来ないか調べておいてくれ、よしんば買えるとしても納品に時間が掛かるようなら繋ぎに大型プリンタを買いたい」


クロウの言葉に頷く上原。こういった表向きの仕事は元OLである彼女に任せていく事にしており、武力が必要な場合は即座に報告するように言い含められている。


「予算はどの程度を上限に?」


「優先度が高いからな…一応5000万を超えるようなら一声かけてくれ、それ以下ならそちらの判断にまかせる」


「承知いたしました」


「たのんます、ウチからはコレぐらいやね、そっちのお二人はどない?」


 話しを振られたのはヒロフミとアルフォンソなのだが…。


「私はメイドが欲しいな、できればアリアさんのようなヴィクトリア調メイドが似合う人が良い」


「それに関しては暫く保留だ、前の時も言ったが材料の買い付けに時間がかかる」


 その言葉に酷く落ち込むアルフォンソと、同時に話しについていけない他幹部4名。


「えっ、メイドって作るもんなん?材料って?」


「さ、さぁ…私はあまり詳しくないの…イギリス人なら分かるのかしら…」


「いや、人種関係無いと思いますけど…」


 女性3人が集まり小声で耳打ちをしているが、それを無視して会話は進んでいく。 


「むぅ…ならば社長や葛乃葉殿のような軍用の強化スーツが欲しいな」


「ああ、そういえば俺もそろそろ買い換えないとダメだなこれ、中学生の時から使ってる奴だし」


 その言葉にピクリと反応する葛乃葉と上原。ちなみに葛乃葉はそのスーツに技術的な意味で興味津々であり、上原は性的な意味で興味津々である。


「クロウはんのスーツ…中学時代って事は15年ぐらい前のモデルやんね?という事は…先行試作型の9式やありまへんの?」


「あー…スマン、スーツにあまり詳しくないんだ」


「ちょっと見せてもうてもよろしおす?」


「ああ、アリア、すまないが1着持ってきてくれるか?」


「畏まりました、少々お待ち下さい」


 部屋から出ていったと思ったら、間髪入れずにスーツを取ってきたアリア。


「こちらになります、洗濯済みですのでご安心を」


「あら、ウチは洗濯してなくても気にせぇへんよ?」


「ちなみに、私も気にしません」


 何故か乗ってくる上原、いや、下心で乗ってきたというべきだろう。だがそんな上原を無視して即座にスーツの検品を始める葛乃葉。どうやら彼女にとってかなり興味深い者らしく、繊維の一本一本すら見逃すまいとするような凄まじい眼光でそのスーツを捉えている。


 尚、上原もそのスーツに良からぬ妄想をはびこらせながら、凄まじい眼光で見つめ続けている。


「ふむ…ふむふむ…なるほど」


「何かあるのか?」


「これ、売ってもらえませんやろか?なんやったらウチで最新型のスーツの取り寄せと支払いしてもええ」


 ポンと、そのスーツを膝の上にキレイに折りたたみ置く葛乃葉。既に自らの物とする事は決定事項と言わんばかりである。


「理由は?」


「興味深すぎる、そもそも身体強化用のスーツは出来てまだ20年そこそこの新しい技術いうんは分かりはります?」


「まぁな」


「初期の技術で作られた強化スーツ…それを15年一線の戦闘で使い込んだ、其処から取れるデータが技術者にとってどれ程までの価値があるか……興奮するわぁ」


 ウットリとした表情でそのスーツを撫でる葛乃葉、少し怪しい目をしているがおそらく正常である。そしてそれをキュっと口を結びながら羨ましそうに眺める上原、彼女は間違いなく正常ではない。


「って、葛乃葉は強化スーツの売り買いの経路があるのか?」


「なにせ日本での活動は殆ど出来へん状況やったから、代わりに国外に手ぇ広げる時間はぎょうさんあってね?幾つかの海外軍事企業に技術の切り売りもしとったんよ」


「その時のコネか、なら俺とアルフォンソの分を頼んでおいてくれ、アルフォンソの分は会社から出して俺の分はそちらで頼む」


「取引成立やね、フフフ…ほんま、クロウはんを頼ってよかったわぁ…」


 何処からか扇を取り出し口元を隠し艶やかに微笑む葛乃葉、その仕草は奥ゆかしく…同時に恐ろしいまでに似合っていた。


「あー…葛乃葉殿のお陰で俺のスーツ問題も解決したって事でいいのか?」


「ああ、そうなるな…」


「OK、なら最後は風切り翁殿だ」


「うーん、とは言っても…私見ての通りの軽装ですし、強化スーツ等の慣れない物を使うのも感覚が狂う気がして怖いですしね」


 と、遠慮がちに答えるヒロフミ。だが、流石に皆があれこれと購入しているのに1人だけ…というのもバツが悪いだろう、であれば、此処は社長として何か断りづらい必需品を推しておくべきだろうと判断したクロウ。


「なら武器の予備はどうだ?怪異に通じる武器をもう一つぐらい持ってても良いだろう」


 使う事が無くとも予備という存在に意味がある、それはその場にいる誰もが痛いほどに理解している。


「なるほど、それは確かに」


「なら決まりだな、武器の形に要望は?」


「では、薙刀を1本頂けますか?」


「了解した、ならついでに刀か脇差…小太刀も集めておくか」


 怪異に通じる武器とは基本的に異能、そして異能で作られた武器か、その怪異達が存在した時期よりも過去の刀剣を溶かして武器とした物に限られる。


 あるいは隕鉄も良いだろう、それらの神秘は怪異を打ち破るに相応しい力をもっており、特に異能持ちの鍛冶師の作る刀剣は並の異能を凌ぐ程の性能を持つ。


 ちなみに異能持ちの鍛冶師に銃や弾丸を作らせる実験も過去に行われたのだが、どれもコスト面や生産性の悪さから上手く行っていない。その為に異能で銃火器を出現させる事が出来るクロウは非常に珍しい存在なのだ。


「仕事道具に関しては良さそうだな、後は…アルフォンソとリーリャ、入国パスポートは偽装か?」


「残念、本物さ」


「私は不法入国なのでそもそも無いです」


「なるほど、そういえばリーリャって何歳だっけか…」


 その言葉にスススと近寄りクロウの耳元で上原が15歳ですとつぶやく。


「……学校行かないと不味いな、身分のでっち上げはどうするか」


「必要ないと思うのだけれど?」


 少々不服そうに答えるリーリャ、どうやら彼女は学校が嫌いなようだ。もっとも、それは仕方ない事なのかもしれない。彼女が必死で命のやり取りをしている間にも安全圏で生きてきた愚物と勉強をしなければならないのは、正直反吐が出るだろう。


 クロウとしてもそれは理解出来ているつもりだ、なにせ彼も似たような経験をしてきた。だが、それを差し引いてもアレはアレで良い経験だったと思える。友人とバカをやって、笑って、だからこそ今があると思えるのだ。


 だが、感情で彼女を説き伏せるのは難しいだろう。なので退路は容赦なく塞ぐ。


「正直学校に行かせてないと警察が面倒だ、それに日本を拠点にするなら高卒ぐらいはしといた方が便利だぞ?」


「辞退は可能かしら?」


「業務命令だから諦めろ、その代り此方で万全なバックアップも行うつもりだ、問題があれば即座に連絡を入れてくれ、適切に対処する」


「……分かりました」


「不服なのは理解できる、勉強は社会科や歴史・美術・国語系・理科・家庭科ならアリア、数学とその他は上原を頼れ…俺は低学歴だからその辺りノータッチだ」


「なんやったらうちも色々教える事出来ますえ?」


「そう言えば葛乃葉も高学歴エリートだったな」


「そんな大したもんやあらへんよ、リーリャちゃんと同い年の時やったら確実にリーリャちゃん方が頭ええ筈やしね?」


 彼女の言う頭の良さとは勉強云々ではなく、社会的な所を指しているのだろう。1人で身を立てている彼女とゆりかごでエリートに育った葛乃葉、同じ年であれば確かに明確な差はあったに違いない。


 同時にそれは遠回しにクロウの行動を批判しており、リーリャ側の意見をもっと汲んでやれという言葉でもあった。ちなみに京都育ちは毎回遠回しな言い方をする傾向がある、備えよう。


「お前の言いたい事も理解している、だが、その上での業務命令だ」


「いけずやね、ごめんな、リーリャちゃん」


 少し申し訳なさそうに謝る葛乃葉。普段の飄々とした雰囲気とは少し毛色の違う、本当の謝罪に見えた。


「いえ、そんな…」


「……なんか俺が悪者みたいになったな」


「社長は事実既に大悪党さ、此処に居る全員の賞金額合わせたらちょっとしたパーティーが開ける」


 戯けながら言うアルフォンソを渋い顔で見つめるアリア、人の主を勝手に悪党に仕立て上げるなという事なのだろう。もっとも、アルフォンソの言葉も事実なので黙ってはいるのだが。


「ハハ、違いないな…それじゃぁとりあえずリーリャの身分だが、養子にいれるのが一番だろうな」


「えっ養子!?」


 思わず声を上げる上原。


「袖の下が通りやすい国外ででっち上げた身分を使って、こっちで養子縁組を組めば楽だ、アリアと俺で偽装結婚するから其処にリーリャを押し込む事にする」


「待って下さい!私はどうでしょうか!?」


 思わず声を上げる上原。どうやら結婚という言葉に誘蛾灯に群がる虫が如くに引かれたのだ。


「アホか、バツイチになるぞ」


「既に結婚とか期待してないので問題ありません!」


 高らかに宣言する上原、どうやら本気らしいが周囲はドン引きである。


「……それはそれでどうなんだよ、いや、確かにこの業界だと現役退いてから結婚する奴も多いが」


「諦めているからこそ、せめて書類の上だけでも結婚している事にして自らを慰めたいと思っています、ええ…」


 空気が重さを帯びる、ヒロフミに至ってはうんうんと頷いており、アルフォンソと葛乃葉は自らの未来を見ているような気になってしまい、少し顔を青ざめさせた。


 ちなみにクロウはその辺り完璧に割り切っているのでダメージは受けない、即ち無敵である。


「上原はん、諦めたら其処で試合終了どすえ…なんやったら若い子紹介しまひょか?」


「……遊ばれて捨てられるのがオチかなって」


「既成事実さえあれば、なんとかなりますよって…」


「それに頼らざるを得ないのが…私の……価値なんです…」


 エアコンの冷房とは又違う冷たさが、部屋の中を駆け抜けて行くのであった。

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