結成!悪の組織!


「アリアよ、もう一度聞く…どうなってるの?」


 夕日の差し込む社長室で、アリアと相談をしていたクロウは思わずそんな事を呟いた。


「聞いての通りです、私としては全員の採用を推奨します」


「言っちゃなんだが、あんな連中俺じゃ御しきれんぞ…カリスマが絶対的に足りん」


「では聞きますが、あの中でマスターが倒せない人は居ますか?」


 その言葉に少し思考を巡らせてみるクロウ、ネクロマンサーと優男は問題無いだろう、葛乃葉もまぁ辛うじてなんとかなる気がするし、何より外付け良心回路に見えるあの酒呑童子が戦闘させないだろう。風切り翁は…。


「ヒロフミさん以外はタイマンでも問題ないだろうが、あの人だけは底が見えない」


「では私と二対一の場合は?」


「…余程が無ければおそらくは勝てるか?」


「では、それが答えです…これほどの人材、恐らく逃せば二度と手に入らないかと」


 いざと言う時は力で止めろという事なのだろう、確かにこの業界では力こそ正義に近い所がある。自らの力を抑止力とした上で犯罪者集団を束ねる、出来なくは無いのだろうがあまり好ましい事では無いとクロウは考えているようだ。


「正直、マスターに来ている依頼はその殆どが億超えに近い、組織として今後を見据えるならば彼等を幹部とした組織体系を作り、其処から安価な依頼も手広く取っていくのがベストかと」


「確かに…現状で中途半端な戦力は足手まといになりかねないか、他に誘えそうな同業者なんて居ないだろうし」


「理解が早くて助かります、それに…葛乃葉楓の式の言葉も気になります」


 クロウは式の言葉と土蜘蛛の言葉を思い返す。


 葛乃葉が追っていた者はどうやら日本を"魔界"にするつもりらしい、同時にそれは妖怪としての土蜘蛛種族の悲願でもあり、その"誰か"が土蜘蛛の協力を仰ぐ事も恐らく容易いのだろう。


 リ・チェスターはそんな"誰か"に雇われ他の怪異を操り……。


「なぁ、リ・チェスターは何故あの場に居たんだ?」


「……と、言うと?」


「あの場所に居る必要性が無かったと思うんだが」


 はじめから土蜘蛛を贄として殺すつもりならば、あの場に居る必要も無い。だが、あの場に居なければならない何かがあるのだとしたら…。


「誰かに自らの推察を伝える必要性があった?」


 自らの推察を訝しみながらも、そんな事をつぶやくクロウ。


「土蜘蛛を倒せる相手に自らの推察を伝え、雇い主の野望を止めさせたいのかも知れません」


「……リ・チェスターに関しての情報を葛乃葉に聞いてみるか」


「あの……少し良いでしょうか?」


 そんな中、恐る恐るといった様子で、部屋の隅に座っていた上原が手を上げた。


「どうした?」


「どうして私が此処に?」


「今日から正社員だからだ…ああ、そう言えばあの後無事に脱出出来たんだな?起爆の衝撃で大物の気がそれたお陰でかなり楽に戦えた、礼を言う…ありがとう」


 あの後、即座に身柄を確保され正社員としての活動を余儀なくされた上原。経理担当者として一先ず全権を任せられている。


 ちなみにこの前の土蜘蛛事件の後、クロウに貰った名刺からたこ焼き屋の住所を調べて、張り出してあった正社員募集の張り紙を見て此処に応募したらしい。


 大したバイタリティである。


「いえ、そんな…お礼を言うのは此方の方で…というか、私明らかに場違いというか、今話してる内容の大まかな事すらもよく分かっていないのですけれど」


「安心しろ、俺達も良く分かっていない…大雑把にこのままだと日本全土の人類が死に絶える程度の認識で良いぞ」


 明日雨ふるよ、ぐらいのニュアンスで言葉を紡ぐクロウ。もっとも、世界など常に綱渡りを強いられており滅ぶ滅ばないなど日常茶飯事なのだ。


「大事じゃないですか!?警察や政府機関に相談を…」


 だが、一般人にとってはそれは預かり知らぬ事。故にそのギャップに思わず吹き出してしまうクロウ。


「笑い事じゃないでしょう!?」


「いや、すまない……悪気は無いんだ、そうか、一般人からしたらそういう反応にもなるか」


「そういう反応って…」


 さて、どう説明したものかと少し考えて、良いたとえ等が思いつかなかったのでそのまま伝える事にするクロウ。


「政府機関と裏世界の最大戦力であるイザナギと呼ばれる組織は動かない、前者はそういった自体に対応できるだけの力を持ち合わせておらず、後者は古すぎる組織体系で滅多な事では動かないだろう」


 自分で言っておきながらも、頭が痛くなるような錯覚を覚えるクロウ。イザナギは確かに強いが腰が重く、恐らく致命的になってから部隊の派遣になる筈なのだ。そしてその状況まで至ってしまったならば、既に手遅れになっている可能性が現状高い。


「……アリア、済まないが上原に此方側の世界の情報を教えてやってくれ…俺は少したこ焼きでも焼いてる」


「承知致しました」


 アリアが深々と頭を下げて、立ち上がり部屋を出る男の背中を見送る。クロウがたこ焼きを焼くと言った時は、1人で静かに考え事をする時であり…同時に彼等の晩飯がたこ焼きになるという事である。



 熱した鉄板と向かい合い、そのトロリとした白い液を垂らして行くと、じゅぅじゅぅと音を響かせ徐々に固まっていくたこ焼き生地達。間髪入れず、こんにゃくや刻みネギ、天かすとタコが投入されていく。


 そのまま焼き固まったたこ焼きから、90度づつ回していき、徐々に…徐々にとキレイな円形にしていくクロウ。手際よく36個程のたこ焼きが完成し、そっとパックの中に詰めた。


「……こんなものか」


 クロウの設立した会社『CLOSE』は表向きは飲食店であり、自社ビルの1Fはラウンジのようになっており、たこ焼きやクレープを注文し楽しめるような空間になっている。


 もっとも、たこ焼きの味はお察しなのだが。少しフォローするならば、クレープはおいしいと前々から評判が良い。まぁ、クレープの場合トッピング九割な所があるので不味く作る方が難しいとも言えるか。


 カランカランと、開店前の扉が開け放たれる。


「っと、すまないがまだ開店して……」


 其処まで口にし、その姿を見て思わず固まる。大きめのヘッドフォンに少し影のある、黒髪の中にやや青みを含んだショートカットの少女…リニューアル前から常連の少女の姿だった。


 人の名前をあまり覚えていないクロウであっても、自らのたこ焼きを好んで食べに来てくれる少女の名前ぐらいは覚えている。というか好んで食べに来てくれる人などこの少女ぐらいしか居ないのだから覚えもする。


「……ども」


「驚いた、雛依ちゃんがお客様第一号か」


 彼女の名前は雛依アリス。壇ノ女学院に通う高校一年生である。


「リニューアルできるだけのお金、あったんだ…閑古鳥鳴いてたから、お店潰れたのかと思った」


「ハハ、相変わらず手厳しいな…店をたたむなら常連さんに一声ぐらいかけるさ」


「その割にリニューアルのお知らせは張り紙だったけど」


 表情は読み取れないまでも、少しだけ怒っているような雰囲気を出すアリス。


「悪い悪い…暫く副業で立て込んでてな、好きな場所に座ってくれ、今日は奢る」


「ん、たこ焼きクレープ生チョコプリンバナナ頂戴」


「……相変わらずエキセントリックなの頼むのな」


 クレープ生地を手早く焼くと、先に作ったたこ焼きを三つ乗せて其処に生チョコと生クリームに缶詰のミカンとパイン、たこ焼き用ソースとバナナとプリンを乗せた物を差し出すクロウ。


「今日はこれが食べたかった」


 マイ箸をカバンから取り出し、冒涜的なクレープを受け取るととても美味しそうに食べるアリスと、それを少し複雑そうな表情で眺める中年の男、なんとも言えない絵面が其処にあった。


「今日は学校の帰りか?」


「うん、文化祭近いから残って手伝い」


「文化祭…ね、オッサンには無かった文化だ」


「文化祭無かったの?」


「ああ、両親が居なくてな、中卒で働いて今に至る」


「……よく店持てたね」


「色々あったんだよ、本当に…色々な」


 備え付けの冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すと、コップに注ぎアリスへと差し出すと、彼女は軽く頭を下げてそれを受け取った。


「今日はサービス良い」


「店舗が大きくなったからな、明日から開店だが…新しく従業員が入る予定だ」


 少し興味を持ったのか、じっとクロウを見つめて聞いてみるアリス。


「どんな人?」


「イタリア人にロシア人に五〇代のオジサンに着物のご令嬢…あと元OLかな」


「この店は一体何処に向かってるんだ…」


「ハッハッハ!俺が知りたいね!」


 冷蔵庫から今度はビールを取り出し、そっと掲げると、それに応じたアリスもグラスをビール缶にコツンと当てて乾杯をする。


「何に乾杯?」


「新装開店に…っと、上の二人も呼んでこようか」


「新しい従業員の人?時々メイドの人が店番してたのは見てたけど…」


「アリアだな、あいつの時だけ妙に売上良いんだよなぁ…やっぱ見栄えは大事か」


「私はオジサンの顔、嫌いじゃないけど好きでも無い」


「嫌われて無いだけマシと思っとく」


 苦笑いしながらビルの内線を鳴らすと、鈴を鳴らしたような上原の声がクロウを耳を迎えた。


『はい、上原です』


「黒だ、たこ焼き食うか?」


『えっ』


 心底困惑した声で答える電話向こうの上原、裏社会の云々の話しをしている所に急に飲食店云々と言われても正直困るだろう。


「まかない料理だ、一応飲食店でもあるしな」


「まるで本業が飲食店じゃないみたいに言う」


 アリスの鋭いツッコミに乾いた笑いで答えるしかないクロウ、実際の所隠れ蓑に使っているのだから事実と言えば事実…なんて事はとてもではないが言えないので、笑って誤魔化すしかないと言うべきか。


『え、あー…じゃぁ、いただきます』


「アリアも連れてきてくれ、そいつ朝から何も喰って無いからそろそろ胃袋に何か入れとかないとマズイ」


『分かりました、すぐ下に降ります』


「おう、待ってるぞ」


 カチャンと電話を切って、新しいたこ焼きを焼き始めるクロウ。


「二人とも来るそうだ、他にもまだ何か食うか?」


「じゃぁ、フルーツ生クリームたこ焼き」


「……普通のたこ焼きは?」


「いらない、青のり鰹節マシマシで」


「……おう」


 ちなみに、アリスの頼んでいる物は全てメニューには無く、クロウが言われたままに作った物である。無論、彼女以外は誰も頼んでいないのは言うまでもない。



 4人のたこ焼きパーティーより3日後。CLOSEビルには7つの影があった。


「アルヴィナ、アルフォンソ、葛乃葉、ヒロフミ、上原、以上5名をメンバーとして迎え入れる。ようこそ、CLOSEへ…とは言え集まったとて今までとやる事はそう変わらないだろう、怪異を狩って今までより安全に金を稼ぐ、それだけだ」


 簡単な挨拶、だがそれは全員がこの業界の厳しさを理解しているからこそ多くを語らずとも分かるのだ。重罪人ばかりを集めて尚、"事もなし"と束ねる目の前の男がどれほどの器を持っているのかを。 


 これから激動が始まる、これから殺戮が始まる、これから救済が始まる、これから未来が始まる、これから夢が始まる。


 それぞれが見据えたヴィジョンは違えど、それを描くに相応しい船頭が目前に居る。皆は知らぬ間に傅いた…その1羽のカラスの前に。


「必要なのは力の1点のみ、犯罪歴など此処では意味を持たないと知れ…そして、俺が法だ、それが嫌なら力を示せ…なんなら5人まとめてでも良いぞ」


 流れる沈黙、それに頷きドサリと椅子に腰をかけるクロウ。


「沈黙は肯定と受け取る、励め、以上だ」


 こうして…その組織は裏社会に激震を走らせる巨人の如くに立ち上がった。構成員全てが億超えの賞金首であり、それをカリスマと力で従える絶対的な黒いカラスの男。


 "イザナギ"と対になりえるその巨人の誕生、その組織が"イザナミ"となる日は……そう遠くは無いのだろう。

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