リ・チェスターと土蜘蛛


「さて、と」


 フロアの掃除が終わった為に、一旦上原へこのフロアに退避するように呼びかけようとエレベーターホールに戻ると、ソワソワした様子の上原が居た。


「何かあったか?ってまぁ心配だっただけだろうが」


「ええ、貴方も私も両方ね…それで、本命を倒しに行くのかしら?」


「本命、まぁ…本命だな、戦い始めたら爆音鳴らすから先に渡した爆薬で下のフロアへ通じる穴を開けて降りていくと良い、各フロアにソファーなり書類なりあるだろうからそれを上手く利用して飛び降りてくれ、本当は最後まで責任持って助けたいんだが…仕事の兼ね合いで此処までが限界だ」


「……あの」


「なんだ?」


「また会えるかしら?」


 そんな事をつぶやく上原。


「会う時は上原殿が厄介事に巻き込まれた時だけだろうさ、精々合わないように祈っていてくれ」


 そう言いながら非常階段を登っていくクロウ。普段の"趣味"としての活動ならばきっと彼女を送り届ける事を優先しただろう。だが今回は自らが依頼を受けての"仕事"なのだ。優先順位は違えない、彼は真面目であった。


 そうして、非常階段を登った所でその気配を明確に捉える。


「……待ち構えてるな、逃げる様子も慌てた様子も無し」


 だからこそ、そのフロアへと堂々と分け入った。エレベーターホールを抜け、オフィスの扉を開け放つと、其処には一人の男と怪物が佇んでいる。


「おや、おやおやおや!くろうサン!くろうサン来たの!?」


 何処か怪しい日本語とニヤニヤとした表情の男、クロウは特に見覚えは無かったがどうやらあちらはクロウの事を知っているらしい。


「どちら様かは存じないが、元凶はお前らしいな」


「自己紹介マダだったカナ?僕はリ・チェスター…もちろん偽名だけドネ!ごこーめいナくろうサンに会えると思てナカタよ、握手スル?」


「握手しない…んで、答えるとも思えないがこんな事を?」


 その言葉にんーと考える素振りを見せるリ・チェスターと名乗った怪しい男。


「いや、ぶっちゃけ依頼だから理由サッパリ、マー…僕はある程度ヨソー付くけドネ?」


「依頼、か、傭兵なのか?」


「イエスだね!でも金で情報は売らナイし、女にも男にモなびかないヨ!まぁ知らないだけなんだケドネ」


「力はどうだ」


 そう言って銃を向けるクロウに戯けて両手を上げながらプルプルと首を大げさに振るリ・チェスター。


「暴力ハンタイ!ってカ、部隊の人タチも僕が手出シタ訳じゃナイシ?」


「あちらから手を出した?」


「イエス!お話ハヤーイ!イイね!それで…見逃しテくれるとウレシイカナーッテ、正直勝てる気シナイし」


「正直、逢魔が解除されてそっちのデカブツ倒して依頼終了でもいいんだが…」


 そう言って銃を手から消し、顎に手を当てるクロウ。


「でも逃がす気ナイ、分かる、分かるヨー、僕えすぱーだからネ!異能えすぱー!」


「情報と引き換えだな」


「オット、えすぱー外レタ?まー…僕の推察デ良けれバ教えるケド?確定情報じゃないしホラかもしれないからキヲつけてネ?」


「…一応聞いとく」


「オッケー!でも答えはダメネ、ヒントだけ…今起きてる消えないオウマの話はシッテル?」


「…いや、初耳だな」


「おっくれってルー!マ、ボスを倒しても消えないオウマが最近増えててネ?今回の件はそれにパスタみたいに複雑にカランドル気がするネ、ヤキソバとかソーメンのガ分かりやすイ?」


「……結構ペラペラ話すんだな」


「あくまでも推察ダシ、嘘か真かハ、神ノミゾ…って奴?それで…見逃しテくれル?」


「さっさと行け、殺すのは簡単そうだがそっちの蜘蛛と同時に相手して捕まえるのは面倒そうだ、俺は欲深く無いしペイ給料の範囲外の仕事は積極的にしない主義だ」


 その言葉にパンパンと手を叩くリ・チェスター。


「そのスタンス、イイね!僕も見習ウヨ!じゃ、後はお願いネ…ツチグモ!」


『やれやれ、お話長いから忘れられたかと思ったわ』


 そうして、チェスターの隣に居た5m程の蜘蛛の体に女の上半身が張り付いた怪異が動き出した。その女性部分は酷く官能的であり、同時に恐ろしくもある。


「ホーシューは先払イしてるからネ、後は問題なク君ガ死ぬだけダヨ」


『ええ、他のに会ったらよろしくね、色男さん』


「異国のレディと組めテ、中々楽しかッタヨ、又機会がアレば!」


 そう言うと、チェスターはコミカルに走りながら窓を突き破り、虚空の彼方へと身を投げたのだった。


『それで、こっちの色男さんは私を楽しませてくれるのかしら?』


「さぁな、遊んでみたら分かるんじゃないか?後聞きたいんだが、先発の部隊を殺ったのはお前か?」


『ええ、企業の飼い犬って聞いたから警戒したんだけど、案外あっけなかったわ』


「源頼光は居なかった訳だ」


『貴方はどうかしら?私にとっての頼光たりえる?』


「源頼光じゃなきゃ倒せない訳じゃない、俺のやり方でやるさ」


 そうして、臨戦体制に入るクロウ。手にはショットガンが2丁アキンボで握られ、その銃口の先に土蜘蛛を捉えている。


『いいわね、それじゃ、遊びましょうか』


 その言葉が文字通りの引き金となり、散弾が放たれる。同時にその巨体に似合わぬ高速移動で散弾を回避してみせる土蜘蛛。


「ッチ、インチキ地味た速さだな!」


 いつの間にか背後に回り込んでいた土蜘蛛の爪を前方受け身で回避しながらも反撃の散弾を放つ、だが再び高速で移動して回避されてしまう。


『アハハ!結構速いのね!』


「いや、かなり速いぞ?それこそ手は見えない程にな」


『何…?』


 その言葉と前足に違和感を感じた瞬間、その8本足の一つが爆散する土蜘蛛。先の回避の瞬間にクロウが爆弾を取り付けていたのだ。


『ッ!やるじゃないの!』


「言っただろ、手が速いって」


 そのまま散弾をばら撒き牽制を行うクロウ、だがそのことごとくを回避し今度はキャビネットや机を手当たり次第にクロウに放つ土蜘蛛。ある種雪合戦じみた光景が広がるが、少なくとも穏やかな心で見れる光景ではないだろう。


「っと、とと!?」


 土蜘蛛の狙いは障害物を投げつけ当てる事ではなく、クロウにとって動きづらいフィールドを形成する事にある。その為クロウも適度に動き回避しやすい場所を上手く見つけなければならない。


 時に飛来した机や椅子を蹴り返し、散弾で撃ち落とし、爆弾代わりにと椅子の伸縮シリンダーを打ち抜き破裂させるクロウ。だが、ばらまかれた書類やファイルは的確にクロウの足場を狭めて行った。


「随分姑息だな」


『一発掠めただけで致命傷になる銃もってる奴に言われたくないんだけど!?』


「ハッハ!違いない!」


 用意が整ったと見たのか、再び近接攻撃を再開する土蜘蛛。だが紙一重で回避し散弾による反撃といった攻防を繰り返しては位置を変え品を変え、のらりくらりとやり過ごして行くクロウ。


(流石億超え、かなり強い)


 不意に、ドォン、と下のフロアで爆発音が聞こえ、僅かに驚いた土蜘蛛の動きが鈍る。その瞬間を待ってましたとばかりに一発目の散弾を誘導に使い、2発目に土蜘蛛の動きを予測して偏差射撃を放つクロウ。


 掠める散弾。だが掠めただけの筈の散弾は炸裂し、女性の上半身脇腹と蜘蛛の胴体を大きくえぐり取った。


「ああクソ、足を狙ったつもりだったんだが」


『グッ、オオオッ!?』


 ボタリ、ボタリと、ドロドロとした体液を落としクロウを睨む土蜘蛛。だがその瞳からは未だ戦意は消失していない。


「掠めただけでも雑魚なら致命傷なんだが、やはりというか…強いな」


『ッ!?異能だけでここまでの力、出る筈が…!』


「異能だけじゃない、文明の力が上乗せされてるのさ」


 優勢と見たクロウが銃剣をショットガンに接続し、リスクを背負いインファイトに入ると、それに応じるように銃剣を片足で切り払う土蜘蛛。左右上下、四方斜め、刺突、あらゆる方向からクロウの斬撃が飛来したとて、一歩も引かず残った片手で切り払う様は宛ら剣豪と言った所か。


「防戦一方…だなッ!」


 僅かに射角に足が入った瞬間、トリガーを引き込み土蜘蛛の脚部を抉るクロウ。だが、足の一本二本を飛ばした所で大した傷ではないとばかりにカウンター気味に力強く押し込む土蜘蛛の前足。思わずクロウはたたらを踏むも、即座に持ち直し一瞬で攻勢に再び入る。


 敵からの攻撃が一撃でも当たれば致命傷となり得るクロウではあるが、落ち着いた回避と位置取りで安定した立ち回りを見せるのは天性のセンスか…はたまた経験か、どちらにせよそれは常にクロウにとって優位に物事を運ばせた。少なくとも、次の瞬間までは。


「っとぉ!?」


 突如書類が巻き上がり、視界を遮られるクロウ。思わず下がると同時にファイルを踏みつけバランスを崩してしまい、それは…。

 

「ガッ!?」


 それは、ただの人にとって致命的な一撃であった。だが超人であるクロウにとってはそれは致命傷では無い。むしろが問題だ。


 直撃の瞬間後方に大きく飛んでダメージこそ大幅に軽減したが、体が宙に浮き、銃を取り落としてしまうクロウ。


 それを見てニィと、その美しい顔が嗜虐的に歪む土蜘蛛。未だ浮いたままのクロウ背後に回り込み、受け身も回避も取れない体の心臓へとその一撃を放つ。最早銃を出現させても迎撃が間に合わない、絶命必至のタイミングである。


『ガアアアアアアアアアァァァァァッ!?』


 だが、悲鳴を上げたのは土蜘蛛だ。


「言ってなかったが、結構速いぞ?」


『キサマァ!!』


 カラクリは簡単、散弾のシェルを足元に出現させ、後ろ踵で雷管を蹴り上げ最速で散弾を放ったのだ。


 銃とはあくまでも弾丸を効率的に発射させる為の物であり、別段無くとも弾丸事態は理論上雷管に強い衝撃さえ与えれば放たれる。


 それこそ万力で挟んでハンマーで弾丸の尻を叩くだけでもある種銃の代わりになるのだ……命中精度は保証しないが。クロウの異能は銃を作る能力、だが、実際にメインとなる攻撃力を持っているのは弾丸と言っても良いだろう。


 異能は未だ科学で解明されては居ない、だが、ベースとなった物があるならば、知識と法則は通じ…それを如何に生かすかこそが人の力となる。


 だからこそ…クロウは正しく人であり、正しく強いのだ。


「サヨナラだ、美人さん!」


 散弾の直撃を受け大きくのけぞった土蜘蛛のを、再び手に出現させた銃剣で切り飛ばすクロウ。


 そうして。


 そうして呪詛が土蜘蛛より巻き上がる、まるで大地を黒く染め、不毛の大地にせんと言わんがばかりに。


『ガカッ…カカカカカカカッ!!!』


「まだ以外と元気だな、驚いた」


『オドラサレテイルノヲ自覚シテ、オドリキルカ、見事!アナ見事!』


「次はちゃんと勝負しろよ?」


 土蜘蛛は攻撃に使う前足を片方失った後、わざわざクロウと真正面から打ち合う必要は無かったのだ。だが、あえて打ち合った。それはリ・チェスターが言っていた通り、死ぬ為の行為。


『イヤイヤ、ニドトゴメンコウムル、ヨモヤ…"いざなぎ"ガ、ウシナワレシひほう、ヌシガモッテオッタトハナ』 


 その言葉を聞き、眉をしかめるクロウ。


「……どういう事だ?」


『キヅカヌカ、ナラバヨイ、スグニワカル…ソシテ……"まかい"ハ、イズレ、ヒラカ……』


 最後の力を使い果たし、サラサラと砂のように消えていく土蜘蛛。


「マカイ…魔界?」


 その言葉をただの戯言と捨てるには、土蜘蛛はあまりに"適任"であり…そして、あまりにも強かった。


 だが、その疑問に最早答える者は誰も居らず、静寂と"消えぬ逢魔"と謎と、クロウが取り残されるのであった。

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